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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
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Interlude 父親

 貴族として生きてくると、人付き合いが腹芸と同義になるところがある。もちろん友がいないわけではないが、この歳になってしまうと気楽に話をできる間柄でもなくなってしまう。

 だからこそか、こうしてあり得なかった顔ぶれで酒を酌み交わすことが尊く感じるのは。こんな機会は二度と無いかもしれないのだから。

 と。「酒を酌み交わす」にしても、唯一成人前のユリフィアス君のグラスだけが果実水だが。トロピカルジュースだったかな?


「転生しなければユーリ君も飲めていたんだろうけどね」

「いや、転生する前は舐める程度だったよね?」


 この中ではユーリ・クアドリという人を知っているのはヴォルラットさんだけか。彼が言うのならそうなのだろう。


「水を差す話になりますけど、酒で成功したのって作ってる側のしか聞きませんからね。正直あんまり飲みたいとも思わなかったですし」

「そうか? 酒で人間関係が円滑になることもあるぞ?」

「たしかに聞きはしたけどさ。それ酒席でなくてもいいし、大抵が酒飲む方便だろ」


 ユリフィアス君は苦笑を崩さなかったが、言われてみればたしかにそうだ。酒席で腹の中を話せる関係なら素面でもできる。酔ってなにかをこぼすこともあるがそれは大体がよくないことだったりする。

 高い酒を開ける理由を求めるのもそうかな。その場合は普通慶事なわけだが。


「それに……さすがに、酔っ払って魔法を暴発させるのもな。やらないと言えるかどうか。これも詠唱するのを放棄したからの懸念だけど」


 ふむ……それもあるか。怖い話だ。これ以上なく。

 とは言っても酒を飲んで暴れた話は魔法使いにもあるからね。呂律が回らなければ詠唱はできなさそうだが、どうもそういうわけでもないようだし。心配し過ぎではないかな。


「なんにせよ、こういう系統の話は酒が不味くなりますよ。酒を嗜むのを否定する気はないです」

「『言うと不味くなるなにか』をまだまだ隠し持っているということだねそれは」

「ミアとメイ経由でそれもいつかわかったりして。ははは」


 ヴォルラットさんとヴァフラトルさんもユリフィアス君と同じように苦笑する。

 たしかに、宴席でそれを否定する話はご法度の一つだろう。指摘どおり、暴れるほど飲まないようにだけ気をつけよう。



「それにしても、将来的にはヴォルラット様もアイルードさんも私もユーリ君の義父になるんだねぇ。それにアレックスさんは一気に義娘が増えてしまうね」

「ほんとですね。もうユーリがご迷惑をおかけしてすみませんです、はい。反省しろユーリ」

「いやいや、そうなるならそれこそ私も魔王ではなくただの父親としてヴォルさんになれるからいいかな」

「なんか自然にミアさんまで含まれてません? っていうかペースもアルコール回るのも早いなおい」


 ユーリ君の言うとおり、自然とグラスが進んでしまった。女性陣が作ってくれたフィンガーフードの美味さもあるかな。

 それに次いでやはりこの雰囲気がいい。レインノーティアさんによれば「無礼講」と言うのだったか。最低限の礼儀を持てばあとは気安い場。ただ、それがわざわざ明言された場では結局職場関係が持ち込まれることが多いとか。今回は良い意味でのそれだな。

 レインノーティアさん。とうとう見つかったユーリ君以外の異世界からの来訪者。そして、その父親であるアイルード・ファイリーゼさんか。


「……我が家は娘二人で皆さんも娘さんをお持ちですが、私は皆さんほど上手く親をできているのでしょうかね」


 そのアイルードさんが、俯いて言葉をこぼした。どことなく暗い調子だったのは、その悔恨の通りか。しかし。


「それはなにについてかな、アイルードさん」


 努めずただ微笑む。せっかくのこのような場だ、吐き出したいものは吐き出してしまえばいい。


「あまりにもレインノーティアに……雨音さんに余計なものを背負わせすぎているのではないかとよく思うのです。とくに貴族は柵も枷も多ければ本音と建前も大きい。そこに絡め取られさせているのではないかと」


 なるほど彼女は俗世の悪意にまみれて一度死んでいる。ならば、生まれ変わったのならもっと自由に生きるべきなのではないだろうか。彼女自身の思うように。そういうことか。


「リースリーナが身罷ってからは姉だけではなく母親のような役目もさせてしまっているような気がするのです。言うまでもなく社交はそれほどではないしまだ早いですが、少なからず妻のような役目も。それは、いくら「適応できている」と胸を張っても新草雨音としての価値観とは全く違うものでしょうに」

「そんなことはないと思いますよ。レインノーティアさんもこの二日間楽しそうでしたから。ミアも良くしてもらっていましたし」

「そうだね。文化にもよるのだろうけど、貴族が自ら家事をするのを否とするところもあると聞いている。そのあたりで言うとレインさんはその枠には収まらずにいられているのじゃないかな」


 ヴァフラトルの言う通り、レインノーティアさんは優しい。それに、料理をしている姿は楽しそうだった。それを見て食べさせてもらってきたのは彼だけではなく、屋敷で働いてくれている者たちやときには領民もだと聞いた。

 領民のことで言えば、その知識による発展の恩恵も受けているだろう。彼女がファイリーゼにもたらした幸福はいかほどのものか。

 と思うのだが。


「自分のためだけに使えたかもしれないものを無償で受けているのではないのでしょうか。ユリフィアス君もそうですが、知恵や発想は武器であり資産ですから」


 そういう考え方もあるか。


「そこは逆に良かった面もあると思いますよ。新草雨音としての本来の価値観がどうかはわかりませんけど、転生した環境によっては生きるために必死なら周りのことなんて考えていられずにその知恵や発想を放出するかもしれません。そうなると貴族が取り込みに来るかもしれませんし、それがアイルードさんのような人であるとは限りません。姉さんみたいに高圧もあれば、もっと強引な方法もいくらでもありますし」


 そうだね。アイリスさんを守るために、ユーリ君はその在り方を詳らかにしたのだっけ。


「そうかもしれない。だが、レインノーティアだけでなく、ルートゥレアも……まさか追い詰めるような勘違いをさせているとは思わず……そこをユリフィアス君に助けてもらわなければどうなっていたのか。私は親失格ですよ」

「それを言ってしまうと、アイリスを助けたのもユーリですからね。そうでなければ俺だってまっとうな親でいられなかったでしょうし」

「その話だとミアもお世話になったんだよね」

「もちろんリーズもだね」


 伸ばされ繋ぎ止められた手。おそらく違う場所には握られなかった手もあるはずだ。助けられなかったその誰かがリーズでありアイリスさんでありルートゥレアさんでありミアちゃんでありレインノーティアさんであった可能性はある。ひいては、あのときのアエテルナと今回の世界自体もか。


「そこはどう表現するべきでしょうかね。『運が良かった』というのも厳然たる事実ですけどなんか気持ち悪いですよね。『膝をついた人に手を伸ばすのをためらわずにいようと決めた』っていうのもなんか上からですし」


 そうかな。そう言われるとそう聞こえるかもしれないな。

 それでも、ユーリ君がみんなに手を伸ばしてくれて良かったと心から思う。そうでなければ、ニフォレア家もファイリーゼ家も遠からず破綻していただろう。


「人生、何が起こるかわからない。思うように生きることは難しいよね。ミアもだけど、ユーリ君にも折れずにそれを続けて欲しいかな」

「そうだね。魔王である私を始め魔族を敵視する者も多く見てきた。けれどこうして友人のように接してくれる人たちも多くいる。そのことはなにより救われるよ」


 同じ魔族であるヴァフラトルとともにしみじみと言う。

 悪意を向けられ続けるというのは辛い。アイルードさんもルートゥレアさんにそう思われていただろうと思っていたわけで、逆に悪意を返されても仕方ないと思っていたのだろう。やはりユーリ君は神がかっているな。


「まあ、手を伸ばし続けたらどれだけ人が増えるかわかったもんじゃないですけどねぇ」


 ……アレックスさんのその指摘は、とりあえず意識から追い出しておこうか。



 父親、か。

 俺は、フィリスに引っ叩かれたころからまともな大人になれたのかな。アイリスとユーリに胸を張れるのかな。


「そんなアイリスもユーリも当然っていうかそのうち人の親にはなるんだろうが……人の親、って簡単に言っていいのか? 娘どころか俺たちの孫はどう育つんでしょうねぇ……」


 って、なんか考えが違う方向に。


「ははは。これ以上ない環境であり、これ以上はありえない環境でもあるからねぇ」

「それこそ新しい国ができそうですよ。今のうちに国交を結んでおこうかな?」

「ふふ。なら私もいい関係を結べるようにしておこうか、ルートゥレアだけでなくレインノーティアのためにも」


 国、ねえ。

 レインさんとティアちゃんが世界征服の話をしてたが、実際やったらできそうなんだよなあ、ここ。ていうかユーリ一人でも。まあ、リーズさんがいる以上は待っててもそれと似たような感じにはなるわけだが。


「国なんてそんなもんできませんって。ともかく、その際は先達としていろいろとご相談に乗っていただけると助かります」


 ホントにそれだけで済むかねえ。

 まあ、ユーリならいい父親になれるよなきっと。それ以上に母親がたくさんいるわけで、むしろ子供たちの方が困惑するか。



「ところでユーリ君。ミアはもらってくれないのかい?」

「ブッ、ゲホゴホグハ!」



 むせられてしまった。そんなに変なことを言ったつもりは無いんだけど。


「その話、流れたんじゃないんですか?」

「親として流してもらったつもりはないけど?」


 そう言うと、ユーリ君は渋い顔になった。

 うーん。悪い子じゃないと思うんだけどな、ミア。


「あげるもらうじゃないからということではないかな。ねえユーリ君」

「そうですよ、ミアさんの気持ちが……ってそういうことでもなくてですね」


 あらら、途中で正気に戻っちゃった。

 って、一応ユーリ君一人だけお酒は入れてないんだよね。

 お酒。血。


「ここだけの話だけど、血って不味いんだよ。そんな大量に飲めるものじゃない」

「……また話が飛んでません?」


 いやー、飛んでないんだな、これが。

 だって吸血鬼ヴァンパイアだもん、私たち。血とは切っても切り離せない。んだけど、それってふつうに思われてるのとはちょっと違って。


「へえ、血って不味いのか。ヴァフラトルやミアちゃんが飲んでいるのを見たことは無いけど」

「ヴァフラトルさんには悪いですけど、普通は飲みませんもんね」


 そうだね。アレックスさんの言う通り。

 吸血鬼ヴァンパイアとは言っても、血が無ければ死ぬわけでもなし、四六時中血を吸ってるわけでもなし。


「でも、蛇の生き血というのがあるのだよね。他にも滋養強壮でいくつかあったそうだけど。まあ、美味しければみんな飲んでいるとレインノーティアは言っていたけどね」

「むしろどの流れでそんな話になったのかが気になりますよ、オレは」


 たしかに。でもそれはそれとして。


「血を吸うと記憶がわかるじゃない? 吸血鬼にとってはそれだけで文字通り血の契りみたいなものでね」

「いやちょっと待ってくださいなんすかそれ」


 おお、ユーリ君がこれまでになく狼狽している。でもそういうことは考えてたはずじゃないのかなあ。


「血を吸うときはちゃんと相手に確認取りなよとは言ったけどね。吸わせる方もそれを許したわけだから、相手を受け入れて自分の全部をさらけ出すみたいなことになるわけだよ」

「ふむ。ヴァフラトルとメーレリアさんの関係を考えればその通りか」

吸血鬼ヴァンパイアにはそういう文化があるわけですね」

「これは確定じゃないのか、ユーリ」

「あー……と」


 詰め寄ったわけではないけど、ユーリ君は口と目を開いたり閉じたりして言葉を選びきれていないようなそんな感じだ。


「それでもその、えー、やっぱりミアさんの気持ちがまず第一ですし?」

「思うに、ミアにはメイが同じような話をしてるんじゃないかなあ」

「……なんとなく想像できる。でもそれはどちらかというと逃げ場を塞ごうとしているように感じるのはオレが卑屈だからなんですかね?」


 そうかもね。メイだし。

 だけどほら、親だから。私もメイもミアに幸せになってほしいのはたしかだから、遊び気分で将来のことを強要したりはしない。血を吸ってもいいと思った相手なら、私とメイのように愛し合えると思うからね。


「前向きに検討してくれるって約束して欲しいな」

「これはもう義務だろユーリ。腹くくれ」

「そうだねえ」

「ユリフィアス君なら断らないと思うけどね」


 私たちの視線を浴びて、ユーリ君はため息、ではなく大きく一息つき、


「わかりました。心に留めておきます」


 真面目な顔で、そう言ってくれた。

 やったね。あとはがんばれミア。



 後悔も期待も連れて時間と歩みは進んでいく。それは緩やかだったり早かったりするのだろうが、決して止まることはない。

 それでも、時にはこうやって胸の内を明かし合うというのも必要なのだろう。この時を忘れることはないだろうとオレは思ったし、父親たち四人も思っただろうと思う。

 いつかはオレもそっち側に立つんだろうな。その時はちゃんとグラスを並べて……どうなるかは知らないけども。

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