Material かみさまとドラゴンと精霊とエルフ
魔力。この世界に満ちる力。
ユーリからすれば扱えるのはそれだから、それがなにか知りたくなるのは当然とも言える。でも。
「私はいい加減に霊力のことについて話したいかなぁ」
『ふむ。それも延び延びであったな』
『そうだねー』
ユーリのブレスレットを作る過程でちょっとだけ真相に近づいた気はするけど、それだけだし。
「ワタシも。なんだかんだで興味はある。ウンディーネがいてくれるだけで十分だけど」
『たしかに。サラにーさまやノゥにいさまやフィーねえさまのように。ほかのせいれいがてをかしてくれれば。ティアのたすけにはなりますわね』
『あるいは、複数のウンディーネと道を共にするのは無理なのでしょうかね』
『私たちもよくわかんないんだよねそのへん。エルだって私たち以外の精霊がそばに居着いたことないし』
いまさらティアリスが他の精霊といるところって想像できないけど、それができるならもしかしたら他のみんなも精霊と関係を形成することができるかもしれないわけだよね。精霊魔法は使えなくてもさ。
「ふむ。霊力は我々にとっては未知の力だね」
「ええ。エルさんやティアさんのようなエルフの血を引く方しか触れられないものですからね」
たぶん私とレヴを除いて一番長生きしてるであろうヴォルラットさんとリーナさんが言う。魔族として高い地位にいて強い力を持つ人でもわからないものなんだね、霊力って。
ならやっぱりここはユーリとレインさんが突破口かな? そう思ってユーリを見ると、その考え自体はあるみたいだった。
「エルの諸々で一つ思ったことがあるんだが、霊力が幽冥の境を曖昧にするってことは無いか? いやこれが本質に関係ある話かはわからないが」
「ゆうめいのさかいをあいまいに?」
でも、思わずそのまま返しちゃった。
幽冥。死後の世界だよね?
『我々は幽霊ではないのだが……』
『だよねー』
『ユーリはそういうこと言ってるんじゃないと思うけど?』
『それはわかりますけれど、ね』
『ひじょうに。いかん。ふゆかい』
精霊のみんなは反発してる。もちろん、怒ってるとまでは行かない。
「ユリフィアスは無礼な発言をした。精霊たちへの謝罪を要求する」
ティアリスは別として。
「え? あー、失礼。言い方が悪くてごめんな」
でも、ユーリはしっかりと頭を下げる。誤解させたのは事実だからかな。
そこはちゃんとティアリスも信頼はされてるよね。逆に絶対ユーリを認めようとしてるのを見せないのはまだまだ大人になりきれてないなあって思う。
「精霊と幽霊を同一視したわけじゃないんだ。簡単に言うと、霊力がエルフのいる世界への扉を開く役割をしてるんじゃないかって。もっと言うとエルフや精霊の霊力がこことは別の世界を作ってるみたいな。この前、エルフの里はこの世界とは少しずれた場所にあるって言ってただろ?」
「うん」
「ほー」
「へー」
「ふむ」
方向問わずいろいろ驚いたような声も聞こえたけど、ノゥが言ったね。
「で、エルがよく迷子になるのは無意識にその接続空間とか門みたいなものを作り出して二つの世界を相互に移動してるからなんじゃないかって、ふと思いついてさ。空間を跳躍してるみたいな動きをすることもあるし」
うん? 無意識に? 空間を跳躍?
「なるほど……理屈は……合いますね」
えーと?
どゆこと?
私だけわからないのかなと思ったけど、みんなそれぞれわかったようなわからないような顔をしてた。リーズはわかったみたいだけど。
「ユリフィアス。説明。ちゃんと」
「どう説明したもんかな。こう、オレたちの世界とエルフの世界とがあってですね」
ユーリは、さっきブラックホールの説明でやってたみたいに手をかざす。今度は両手だったけど、それぞれがそれぞれの世界ってことかな。
「霊力自体にはこうやって二つの世界をつなぐ作用があるのかなと。エルはそれが多い分だけ道が開きやすいのかなって」
そう言いながら、ユーリは右手の指と左手の指いくつかを折り曲げてそれぞれ反対の手のひらに当てた。
なるほど、霊力がそれぞれへの通り道を作るわけか。そうなのかも。
「道と扉はまっすぐつながっているわけではないから、別の世界を通って少し離れた場所に移動することもできるのかな、ってな」
『その仮説は面白いな』
『ええ、エルの霊力との説明もつきますね』
ノゥとディーネも異論は無いみたい。
「エルフの世界か。大臣として外交をしたことはないけれど、ティアさんはそのエルフの世界というのに行くことはできるのかい?」
「……一度だけ。お父さんに連れられて。行ったことがあります」
「お父さんのお母さんがエルフなんだっけ?」
そうだね。アイリスの言うとおり。
アーチェリアがユーリの言うその“道”を開けるんだとしたら、ティアリスにもできるのかな。それか、アーチェリアとティアリスみたいに私とユーリが手をつないで通ることも。
「あの……ユーリさん」
なんて考えてたけど、リーズの声で引き戻された。それはまた今度やってみればいいことだし、機会が来たときにやることだね。それより今は霊力のことについて。
と思ったけど。
「さっきユーリさんが言った……二つの世界の……根源がそのまま……霊力というのは……ありえないでしょうか」
うん? どういうこと?
「世界の根源が霊力、か。そう考えられる要因は?」
「精霊が……霊力をもって火水風土の精霊魔法を……使うわけですから」
「四属性。そうか、世界の実体がそれで作られるわけか。ありえるかもな」
リーズとユーリはうなずき合ってる。
というか、リーズとユーリだけ。
「いまいちよくわかんないんだけど……」
『わたくしも。です……』
フレイアとウンディーネに同意。
根源と実体が霊力ってどういうこと?
「ねえリーズ、ユーリ。霊力がどうなるの? 世界の実体って?」
私の、というかみんなの疑問はレヴが代わりに聞いてくれた。
「精霊が精霊魔法を使うと、物質が後に残るだろ? ディーネやウンディーネなら水、ノゥなら土って。フィーが大気を生み出してサラが火で熱を生み出す。それが積もりに積もれば」
『水と』
『土と』
『大気と』
『熱?』
それが集まったら。
なんとなく、リーズとユーリの言いたいことが見えてきたかな。
「精霊の力を使い続ければ海や陸地、というか世界ができる。ってことでいい?」
「そういうこと……です……もちろん……証明はできませんから……仮説の域を出ませんけど……」
リーズから丸をもらっちゃった。
霊力が世界の根源ってそういうことか。いろんなものの材料みたいな。
「でも、そうするといつか世界が一杯になりますよね? ユリフィアスさんのような風や、アカネさんセラディアさんフレイアさんアレックスさんの火や炎や熱、それに光に闇はともかく、わたくしたちの水にお父様やアンナさんのような土属性のものは残り続けるわけですし」
ん?
『おお、そうだな。エルから受け取る霊力の限界はあれど、無限に土を出し続ければ世界は土にまみれるな』
『水もですわね。エルはもちろん、ティアリスとウンディーネに限ったことでもないですし』
「コップに水と土を詰め続ければ。当然両方溢れる」
あ、そういうこと。
「それに霊力も無限にあるわけではないんじゃないかしら、リーズちゃん、ユーリさん。いえ、どうなのかしらね。世界の魔力が枯渇したという話もないわけだし、霊力も無限なのかしら?」
「……まあ問題はそこですよね」
「はい……」
「そうそう、それわたしも不思議だった。エネルギー保存とか質量保存どうなってんのって」
レインの言う“エネルギー保存”と“質量保存”。ユーリが言ってたってリーズから聞いたことあるなぁ。
たしか、「なにかからなにかに変わるときはあらかじめ分量が決まっててそこから変わらないし、ひいては世界全体もそう」、だっけ? 一〇〇は一〇一にも九十九にもならないみたいな。それは力も物も両方だって。
「無限に魔法や精霊魔法の生成物が増えていったらこの世界はそれこそ水の星になるよな。なんでそうなってないんだろうか」
「ダンジョンじゃないの?」
答えるようにアイリスが言ったら、ユーリもレインもリーズもぼけっと固まった。
それを見たアイリスのほうが驚いてるっていうのはちょっと不思議な光景だけど。
「え? ダンジョンがそういう“もの全般”を魔力に戻してるんじゃないのかなって。違うの?」
「ああそうか、それだ」
「あー、そういうことかぁ」
「そう……ですね……たしかに」
三人とも納得したのかな。
ダンジョン。そういえば、捨てた物がいつの間にか消えてるとかもよくあるんだっけ。その物がなにかっていうのは問わないわけだね。
「ふむ。ユーリ君がさっき言ったように魔力から魔物が生成されるのであれば、ダンジョンが世界の縮図のようなものだということも言えるわけだね」
「はい……そのとおりですね……お父様」
ふーん。
つまり、霊力を精霊が物に変えて、ダンジョンがその物を魔力に戻してるってことかな。そこで循環してるからこの世界はもので溢れたりはしないってこと。
「でも、そうなると結局魔力は世界から溢れちゃうんじゃないの?」
『うむ。フレイアの疑問ももっともであるな』
『そうですわね。水が還元されるにしても魔力は残るわけですし』
そっか。魔力は残るか。
「そこはなんだかんだで宇宙空間にでも放出されてるんじゃないか? 熱……気温だって結構な部分が放熱されてるって話だったからな」
「案外、暗黒物質の正体ってそれだったりして?」
『あんこくぶっしつ?』
『話からすると宇宙にあるものじゃない?』
うん、私もわからない。
「もしくは……魔力を霊力に戻すような……力や存在があるか……ですね」
そっか。精霊とエルフの逆の関係の種族がいたりすることもありえるか。
うーん、世界はまだまだ未知のことばっかりだなぁ。先は長いや。
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そういえば、霊力のことだと関係あるのは私とティアリスだけじゃない。
「エート……レヴさんは精霊が見えるんですよネ?」
「うん。エルやティアたちみたいに契約をしたりはできないし、エルフの街に行ったこともないけどね」
レヴにもそれができれば、たくさんの精霊やエルフと友達になれたんだろうね。精霊にとっても、
「一緒に生きる」って意味だと関係形成して霊力を分け与えて成長できるエルフ以上の隣人はいないから。
「レヴは精霊が見えるから霊力に触れられる。魔法使いに供与できるから魔力も持ってる。かと言ってティアさんみたいな両方持ってる人の感じでもない。だとしたらやっぱり、ドラゴンは霊力を魔力に変えてるのかな」
「おそらくそう……ですね……はい」
「そうなのかな?」
レヴがわからないならわからない気もするけど、私だって自分たちのことをわかりきってないわけだしおかしくないよね。
「しかし、これはまたすごい仮説がいくつも立ったものだね」
「もしもエルフの国とちゃんとした交流を持てるようになれば、いろいろと聞いてみたいことではありますね」
そういえば聞いたことないなそういう話。
行き来できるのはエルフだけとはいえ自由なんだから、国交みたいなのがあって良さそうなんだけど。アーチェリアみたいな交流の結果とも言える人もけっこういるわけだし。
お父さんとお母さんは答えてくれるかな? どうだろ? まず帰りつかないといけないけど。うん。ユーリやみんなのことも紹介したいし。
「ていうか、ドラゴンがレヴさんだけっていうのも不思議だよな」
「……あなた」
ただ感想を言っただけのアレックスさんをフィリスさんが即座にたしなめる。うん?
あ、そっか。「仲間がいない」っていう意味に聞こえるからか。でも、それってもう聞いたことある話で。私たちにとっては確定事項でもあって。
「ドラゴンと魔力の関係については一つ思ってたことがあるんだよな。レヴ、ミストルテインって名前の龍がいたりしないか?」
「みすとるていん? どうだろ、わかんない」
「そうか。他のドラゴンの知り合いもいないって言ってたもんな」
レヴにとってはあんまり気にしてない話でもあったり、って、他のドラゴンいるの?
「ヴォルさんはどうでしょう?」
「いや、聞いた覚えはないねえ。そもそも『ドラゴンといえば女皇龍レヴァティーン』のような感じだからねこの世界では。もちろん、『他のドラゴンもいるはずだ』という主張はずっとあるけれど、証明できなければどうやっても主張にしか過ぎない。こうして人化していたからかレヴさんですら伝説になりかけていたくらいだからね」
あ、いないのか。
それにしても、レヴって伝説になりかけてたんだ。どうりでここ数年女皇龍の話を聞かないと思った。
「そうですね。皇城でも『いなくなった』『誰かが怒りを買った』『国をお見放しになられた』とかさんざん聞きましたよ。実際はここの誰かさんのせいだったわけですけど」
「……その“ここの誰かさん”って、そんなに悪いことしたか?」
「って言われるとしてないんだけどね。罪作りではあるよね」
「……否定はしない」
セラとユーリのやり取りでみんなが笑う。たしかに、帝国の人から見れば一大事かもね。私からすれば世界ってどんどん変わるものなんだけど。
「それで、そのみすとるていんさんがどうかしたのユーリ?」
「ミストルテインは“ヤドリギ”って意味だったんだよ。ドラゴンが魔法使いの杖みたいなものなら、オレたちの足元には『ミスティルティーン』みたいな名前のとんでもなくデカいドラゴンが眠ってて、魔力を放出し続けてるんじゃないかって。龍脈はそれこそ太い血管みたいなもので、生命力としての魔力が多く放出されてるとかさ。ダンジョンは身体の隙間か傷みたいな」
ヤドリギのミスティルティーン。レヴと同じドラゴン。
いるのかな、そういう存在がこの大地の下に。
「理屈は……もちろんそのようなドラゴンがいるのだとすれば……になりますが……合いますね……ミストルテインというのは……それもまた……ユーリさんや……レインさんのいた世界の?」
「そうだね。レヴさんと同じ神話に出てくるんだけど。ああユーリくん、ひょっとしてユグドラシルと結び付けてる?」
「ええ、まあ。神話の要素が御愛嬌なのはどっちかがどういう風に影響してるのかはともかく、そのくらいの言葉遊びは許容範囲かなって」
ゆぐどらしる?
なんだろう。なにか気になる。
「ねえ……ユーリ、レイン。そのユグドラシルって……なに?」
『む、エル?』
『どうしました?』
「そっちは“世界樹”って呼ばれる大地を支えるくらいデカい樹だけど……エル?」
天にも届くようなすごく大きな木。
見たことあるような気がする。
それこそ、長い長い壁みたいな広さと、見上げても雲や霧の中でおぼろげにしか見えないような。
「エルフェヴィア姉?」
ティアリスに袖を引かれて、寝てるみたいな意識がはっきりした。
「あ、うん……なんかそういうの、すごく昔に見たことがあるような気がして」
『そーだっけ?』
『私には覚えがないけど』
あれはいつでどこのことだったのかな。
サラとフィーがわからないなら、私がまだ一人だったとき? だとしたらずっとずっと前?
「この世界にそういうものがあると聞いたことはないね」
「ええ、各国にもそのような話は」
「世界を支えるような大樹がこの世界にあるとすれば、どこかからと言わずどこからでも必ず見えるでしょうね」
そうだよね。大きな木って今までいっぱい見たけど、世界のどこからでも見えるようなものじゃなかったし、たぶんきっとずっと。
「エルさんの世界にあるのかしらね」
「わたしとミアが記憶を見ればわかるかしら?」
だと思う。
だと思うんだけど。
思い出しそうで思い出せない。思い出しちゃいけないような気にもなる。どうしてだろう。
「仮に二者が照応してるとして、ドラゴンが霊力を魔力に変えて、ユグドラシルが魔力を霊力に変えてるのか? エルフが行き来できる両界があり、両者がそれぞれの領域で相対する性質を持ってるなら、いろんな整合性も取れるし」
「なるほどね。それなら説明もつくもんね」
「そう……ですね……ドラゴンとユグドラシル……ですか」
ユーリとレインとリーズは結論を出しちゃったのかな。でも。
「でも、さ。私の曖昧な記憶だよ? 見間違いかもしれないし」
「は? ははは。なに言ってんだ」
本当に曖昧で、なにかの夢かもしれない。
そう思っちゃったんだけど、ユーリは笑った。ううん、笑い飛ばしてくれたのかな。
「そんな神秘的な風景を記憶に残さないわけないだろ、エルなら。見覚えがあるならちゃんとそれはあるよ」
「そうですね」
「私もそう思います」
「うん。絶対あるよ」
「はい……必ず」
ララとネレとレヴとリーズも笑ってくれる。
いつか、そのユグドラシルってやつをみんなで見に行こう。霊力のことをちゃんと知って。
『仲間というのは良いものだな。いや、もう家族か』
『そうだねー』
『美しいですわね』
『でも、ユーリと直接話せるのはまだ先かー』
精霊のみんなとも。ノゥが言うようにみんなで家族になって、フィーが言うように話ができますように。




