Material 大地と魔力
「そういえば悠理。雲のはるか上には魔力元素が無いんですよね?」
「ん? ああ、聖都のときのか。そうだったぞ」
ほー、空の上とかそうなのね。と言っても空の上に“宇宙”ってのがあるってことだから、どこからどこまでかはわかんないけど。
そんなところまで自力で行けるのはユーリ君しかいないでしょうなぁ。あとレヴさんかな。
「その仮説があったからこそ……万一の場合は……宇宙空間に魔人を投棄するという解決方法を……用意していたわけですよね」
「そこまで考えてるのがユーリらしいというかなんというか」
「ええ、そうねぇ」
リーズさんは感心してるけど、アレックスさんとフィリスさんは呆れてる。
たしかに、普通は敵わないことなんて考えないよね。そう思えばユーリ君が普段から「まだまだ上がいる」って言ってるのも、その多くは予想外に対する心構えだってことなのか。なるほど。
ともかく、敵わない相手ならとりあえず高いところに連れていけばいいわけね。んで落ちてこられないくらいもっと上にポイーと。
……できる、のですかね? 私にも?
……それはそのときにかんがえましょうそうしましょう。
「空の上では魔力枯渇になるわけですか?」
「いや、なんていうんだろうな。それとは違って」
レアの疑問にユーリ君は記憶を掘り起こすように天井、というかその向こうの空を見上げた。
「魔力が抜けていくのはたしかなんだけど、気持ち悪いって感じではないんだよな。オレの場合は世界に溶けていく感じだったというか、ってそれは酸欠もありそうだ。あの魔人は姿そのまま人間に戻ったみたいな感じだったかな」
魔人になった人はもう元に戻らないって話だったよね。つまり、さっき話してたみたいな“家畜化された魔物”みたいになるのかな。いや、敵意は抜けてないんだろうからそれこそ魔力が抜けていくだけか。
「魔力の無い世界ってどんななんだろ。精霊もいないんだよね。あ、ユーリとレインはそこから来たわけだけど……うん、わかってるよフィー。こっちがいいよね」
「ユーリさんから聞いたことがあるけれど、人間しかいない世界なのよね。この世界だと国はあっても人はそうではないから想像もつかないわ」
「別に魔法が無いくらいで特に変わらないですよ。でももしかしたら魔力みたいなのはあったのかもしれないですね。霊能力者っていましたし。死んだ人が見えたりとか。他にも超能力者とか」
へー、そういう人もいたんだ。でも珍しい存在ではあったのかな。
けど、転移者さんの方はなにか違うことを考えていたようで。
「いやどうだろう……あんまりきれいな話じゃないんですけど」
ユーリ君が苦い顔で前置きをした。
なんだろ。きれいな話じゃないって、良くない話?
と思ったんだけど。
「オレですね。転移してララに助けてもらって目が覚めたあと、吐いて気絶してを何回か繰り返したんですよ」
「純粋に汚い話だった」
思わず反射でツッコんじゃったよ。でもみんな無の顔か苦笑いをしてるから感想は同じかな。
吐いて気絶してを繰り返すのもそれはそれで辛いだろうから同情はするけどね。でも、初めからこの世界の人の私たちはそんな経験ないから、貴重な話ではあるのか。
「最初に聖侍女から報告を聞いたときは呆れを通り越して引きましたけど、死を経験したのですから当然では? というか、それと魔力の話とどう繋がるんですか?」
「いや、アレって魔力元素に対する拒絶反応もあったんじゃないかって。ほら、強烈な頭痛と吐き気とか、症状だけ言うと魔力酔いとよく似てるだろ?」
拒絶反応?
「……ああ、そうですね。私も直接見たわけではないですが、たしかに」
「はい……おそらくそうだと……思います」
「転移してきたオレは言うまでもなく魔力総量ゼロだったわけだけど、もしゼロなら回復すらしないよな。それでもこの世界の大気中には魔力元素が含まれてたわけで、強制的に魔力枯渇と常時過回復をしてたようなものなのかなと。おかげで魔力が一気に人並みになったのもあるのかもしれないけども」
そっか。ユーリ君は別の世界の人のままこの世界に来てるんだから、その身体の作りみたいなのが私たちと違ったかもしれないってことの一つの証明になるんだ。
魔力は身を焼くけど滅ぼすまでは行かない。そして人の身はそれにすらすぐに順応する。だからこそユーリ・クアドリって人がいられてこうして絆を繋いできたわけ、なんだけど。
「わたしは転生だからかそんなことなかったけどさ。それって、たとえば集団転移してきたら間を置かずに魔法が使えるようになるってことかな?」
「可能性はありますね」
ユーリ君が順応したなら、他の人も。それが魔人の素質を持つような人間だとしたら結構な驚異だ。そこまで深刻に考えてなかったけど、魔法が使えるようになってユーリ君くらいの発想をする人間はいくらでもいるはず。
まあ、私が逆の立場だったとして魔法で暴れようとは思わない。それに、異世界を侵略してやろうって奴らが一枚岩で固まれるかって言ったらきっと無理なのがいくらかの救いかな……でもそれは軍隊も同じことか。個人の意思が全体の向きで無視されたり変えられたりすることはあるんだから。
こういうの、抱えてないで父上にも話すなり相談するなりしたほうがいいんだろうけどね。そうするとユーリ君やレインさんのことも話さなきゃいけないし。難しい。
「話がズレましたけど、魔力の根源というのはこの大地にあるということでいいのでしょうか?」
ララさんがそう言うと、ユーリ君は即答。
すると思ったんだけど、少し考え込んだ。意外。
「……少なくとも、探知してた感じじゃ高度が上がれば上がるほど魔力元素は薄くなっていくから、魔力は大地から湧いてきてるんだって考えていいんじゃないか。この世界に空の魔物が少ないのもそれが一因なんだろうし」
「魔力の発生源。ダンジョンからでしょうか?」
「……それだけでもないでしょうね」
ユメさんの言ったことにも即答しなかった。ということは、なにか他に思うことがあるってことかな。
「すべてが……ダンジョンに帰属するわけでもないですし……わたしたちも少しずつですけれど……魔力を放出していますから……そういう積み重ねもあります」
なるほどね。そりゃそうか。
でも少なくとも上が薄くて下が濃いのは確実なんだよね。よく覚えとこ。
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「それはそれとして魔力ってさ。個人の形質にも影響を与えてるよな。姉さんとオレとか、レインさんとレアとか、兄姉殿下かたがたとセラとか、ユメさんとノゾミとか。きょうだいではあるんだけど、在り方はいとこくらい離れていってるというか」
いきなりなんの話?
と思ったけどよく聞かなくてもそれってさ。さっきと同じであんまりいい話ではなくない?
「……言うのは野暮な気がするけど、あとでどこかから苦情こない? っていうかどこかに無理やり配慮とか言い訳しようとしてない?」
「……まあ、レインさんにはそう聞こえなくもないかもしれませんけど」
うん?
「明言するのは野暮通り越して地雷だから詳しくは言わないけど、なんとも言い難い問題ではあったんだよねホント。なんかほっそーいジャンルの一つになりかけてたこともあったような気はしないでもないけど?」
「オレあんまりそっち方面は詳しくないですけどね。いやほんとに」
「なんか嘘くさいけど」
「オレもそう思いますが」
あれ? レインさんとユーリ君はなんか違うこと話してる? むしろ主題はそれっぽい?
でも、「それぞれのきょうだいがきょうだいなのか?」っていう話なのは間違ってないよね?
「わたし、ちゃんとユーくんのお姉ちゃんだよ? レアちゃんとレインさんもセラちゃんもユメもちゃんと家族だよ?」
「はい。お姉様はわたしのお姉様です」
「兄上姉上も」
「ノゾミもですよ?」
勝手に縁を切られてもね。そういう意味じゃないとわかってても。
「そこはもちろん否定しないよ。ただ、遺伝的要素を塗り替えてしまう部分が魔力にはあるなって。わかりやすいのはこれか」
そう言って、ユーリ君は髪の毛を一束掴んだ。
あーあーそういうことか。たしかに「魔力の発露の影響を一番受ける」って話もあるし、私なんかそれこそだ。
リット兄上、エーデ姉上、ハイト兄上、私、と横に並んで「兄弟姉妹です」って言ってなんの疑問もなく通るかは謎だ。誰より私が。
……やばい泣きそう。泣かないけど。兄上姉上、私はいつまでもあなたたちの妹ですからね。
という私の嘆きを発言者はわかってくれるでしょうか、というのは口にはしませんが話は続きまして。
「基本的に、人の髪の毛の色は染めたり脱色したり老化したりしない限り変わらない。この中で言えばセラはあり得る変化だし、ユメさんは脱色すれば金になった可能性はあるかな」
「ん、そだね」
「そうなのですね」
私は同意、ユメさんはやや懐疑的。
私はもともとベージュくらいで、ユメさんは光沢のある薄い水色だった。私は一気に年取ったと勘違いして絶叫したくらいだけど、ユメさんもユーリ君が言うならあり得たのかな。
「そもそも、自然な髪色が紫とか青の人っていないんだよな。ああいや、リーズとヴォルさんとリーナさんを否定してるわけじゃないですよ」
「ははは。わかっているよそれは」
「ええ」
「……はい」
おーい。リーズさんだけちょっと悲しそうな顔したよユーリ君。
と思ったけど、レインさんもゆっくりと手を上げた。
「ごめん、申し訳ないけどそれにはちょっと同意します。いや、わたしだってこの集まりで容姿に一番違和感持たないのネレさんだから」
「私ですか?」
「うん、元の国民性的にね。その次がララさんかな。ユメちゃんは牛人族としてのアイコンがあるし。今は慣れたけど最初に街に出たときはみんな好き放題髪の毛染めてコスプレしてるのかと思ったもん。地球だとそこまで極端に原色に寄った色してる人はいなかったし。今は慣れたけど」
「そういえば、ユーリさんの記憶のナカの日本ってそんな感じでしたネ」
ふむ。ネレさんにララさんってことは、黒とか金? そういう世界なのか。その上で日本って国は主に黒系? それに原色っていうことは。
「私は変ってこと? と言っても魔質進化の影響でこうなっただけで、元々は茶色と金の間くらい……だったのはこの中だとユーリしか知らないか」
「私は元からですね。と言ってもお母さんの種族的なものですからおかしくはないですよね?」
「わたしも? でもアカネと一緒だから違うかな?」
髪の毛赤色組が困った顔をする。それに対してユーリ君は首を横に振った。
「赤毛はオレたちの世界だと事実に基づく有名な物語もあってな。自然にあり得る色ではあったんだ。直接お目にかかったことはなかったから実感はないけど」
「あー、あったね。うん。あんまりいい物語ではなかったけど、だからこそみんな知ってるというか」
そうなんだ。
「黒系金系銀系灰系赤系。それと医学的には異常になってしまうんだが、真っ白。ありえるとされてた髪の色はこんなところかな。混色もあっただろうけど、それ以外の色はいなかった」
「それこそ青でいうとバラの話がよくものの種に上がってたかな。赤白桃黒黄とかその組み合わせってあるけど、青だけはどうしても作れないっていう。もともと青色になる色素を持ってないからで、だから青薔薇の意味は『不可能』とか『永遠の夢』だったんだよね。そう考えるとたしかに魔力が影響を与えてるって言えるのかな。人間以外の人はアカネちゃんみたく種族的にそういう遺伝子を持ってたりするんだろうけどね」
自然な青髪っていうとそれこそアオナとか? そこはアカネさんというかベニヒさんと同じ理由だけどさ。
レアとレインさん、アイリスさんとフィリスさん、ティアさんが青に寄ってるのは魔力の影響。あのスタンピードより前のユメさんも。ついでになっちゃうけど、エルさんの薄い緑も種族的なもの? ティアさんがどことなくそれっぽいし。
「だからまあ、魔力ってわかりやすい気質だけじゃなくて身体的な部分でも影響を与えてるよなって。だからこう、きょうだいでも特徴的には変わってくる面もあるのかなというか。あとは付随的に案外不老不死もいけるのかなとかさ。それこそこれは十年二十年見なきゃいけないことだけど」
あーそういうところに行き着くのね。魔力を維持すると身体的にベストな状態も維持できるみたいな? おもしろい。
でもちょっと、とある人たちのその魔力がピキってなったのですよ今。やっちゃったねユーリ君。
「なんでしょうねユーリさん。もう一回ひっぱたきたくなったんですけど。今度はわりと全力で。ララさんもいますし今回は手加減はいらないですよね?」
「かまいませんよネレ。標的はいくらでも回復してあげます。リーズも行きますか?」
「いえ……わたしは……でも……いえ……せっかくですから……軽くなら」
「なんでだ!?」
ユーリ君が絶叫して周りに助けを求めるけど、たぶん目をそらした人は理由がわかった人だろうね。私も意味は察したし。
「ユーリ。最低よあなた」
「悪気はないのでしょうけどねぇ。これはリーズちゃんとネレちゃんを止めようとは思わないかしら」
「これはさすがに惚れた相手でも……いいえ、惚れた相手だからこそね。ユーリさんアウトよ?」
母親たちからも完全なるダメ出し。あはは。それでやっとユーリ君にも伝わったみたい。表情が変わる。
「ああ、わかったそういうことか。そういう意図はねえよ。そのあれやこれやはこの場で口にはしないけど」
案外そういうとこ鈍い……わけじゃなくてぜんぜんそんなこと思ってないんだよね。フレイアさんのアレでぶちまけたのも忘れてないし。
「そもそもそれだって二者択一ではあるよな。出会ったときの思いを大事にしたいか、それとも理想の自分になりたいかっていう。どっちもありだし理解できるよ……なんか弁明になってない気がするなこれも」
だね。フォローしつつ全方位に喧嘩売ってる気がする。
それでも、ユーリ君が言ったように記憶の中の姿でありたいか理想の自分でありたいかはとても重要で選べるものでもないし、理解できる考え方だ。
「仕方ありません、保留にしましょう。それこそこれからのこともありますから」
「そう……ですね……いえ……もしかしたら……それでも希望は……」
命拾いしたねユーリ君。っていうかララさんのは聞いたけどネレさんにも一発ひっぱたかれてたのね。でも自業自得だからしゃーないね。
それはそれとして、
「出会ったときか、理想か、ですか。わたしは……」
なんとか聞きとれた呟きに苦笑しちゃう。
私はどうなるのかな。そこはわかんないけど、それを言ったレアは立派な大人の女性になるよねきっと。
いや、私だって立派な大人の女性になるんだい。フレイアさんみたいなさ。あとユメさんとかララさんとかフィリスさんとかベニヒさんとかリーナさんとか。母上も。お手本はいっぱいいるからね。
え? 姉上? ……うん。




