Interlude 魔力と命
「ところでさ。リーズ」
「はい……なんでしょう……ユーリさん?」
ユリフィアス君が悩むように名前を呼んだので、ティトリーズさんは首を傾げてしまったようだった。
表情を見るに、楽しい話ではないのだろうか。それでも今するべきかと判断をしかねているような。
この世界には、必ずしもする必要性のない話としたほうがいい話のどちらが多いのか、などと考えてしまう。しなくていい話などないとわかっていてもだ。レインノーティアのことがあるからかな。
「原状復帰やダンジョンもそうだし、スタンピードのことを考えても魔力から魔物は生まれてくるよな?」
「はい……そう……ですね?」
そこは疑うことではないね。ユリフィアス君の言ったように世界中の魔物は倒しても別個体がまた現れるし、ダンジョンボスですら倒してもしばらくすると復活してしまう。けれど、個体としての予備や子供のようなものがいるわけでもないらしい。それがなし得るのはやはり、魔力という力の御業なわけだ。
「そもそも魔力自体各種の現象や物質に変換できる。どころか、その例で言えば魂も発生させる。だったら魔力や魔法で人は生まれると思うか?」
ずっと思っていたことがようやく口から出た。ユリフィアス君にとってはそんな感じだろうか。代わりに部屋の中の時間が完全に止まったのだが。
しばしの後。
「……ユーリ。さすがにそれは不健全だろ」
「……育て方間違えたかしら」
アレックスさんとフィリスさんが悲痛な目でユリフィアス君を見た。
当人は「なにが?」と聞きそうだね。きょとんとした顔で首が僅かにかしげられている。
と考えながら、私の中にはそんな不安は特になかった。
「アレックスさん、フィリスさん。ユーリ君は別にそういう意味で言ったわけではないと思いますよ」
「ええ、ユーリさんはそんな人ではありませんもの。一般的な感性は普通ですから」
ヴォルラット様とティリーナ様がフォローしたけれど、ユリフィアス君の疑問の表情は変わらない。
ということは、なにが問題なのかと気づいていないということでもある。セラディアさんがこれ以上なく呆れた顔のままで、
「わかってないみたいだから言うけどさ。自分の子供を魔法で作る気、ユーリ君?」
と、答えを言った。
「は? え……って、違う違う」
ユリフィアス君は驚きだけしかない顔をして、すぐに自分が言ったことがどう受け取られたかに気づいたようだった。
やはり、単純に魔物が発生するのと同じプロセスで人が生まれるかと考えていただけのようだね。そういうのが「ユリフィアス君らしい」のかな。
「むしろなんでそんな発想になるんだよ。オレはそこまで変な考えはしてないぞ」
「いえ、悠理なら可能性はあります」
それは……さすがにひどいのではないだろうかララさん。
そもそもティリーナ様の言うとおり、ユリフィアス君がそれを望むとは思わない。アレックスさんと同じで不健全だという意識もあるだろう。いや、見る人によっては今の状況も十分不健全だろうが。
それでも、手が届かなかったとはいえリースリーナの死やそれにまつわるレインノーティアの気持ちに寄り添おうとしてくれた彼が命についてそんな考え方をしているはずがない。
「えーと……そうじゃないならどっかの漫画の禁忌ネタとか?」
「その類ではありますかね」
どうやらレインノーティアとはそのあたりの話が通じるようだね。いや、二人のいた世界にはそういう物語があったということのようだが。魔法を用いて人を作り出すようなことかな。
「そもそも魔力がなにかっていうのは今は置いておくとして、それ自体にも三様体があるわけで。待機中に漂う魔力元素や物質の中にある魔力のような属性や性質や形のない状態。魔弾、魔力放射、防壁、各種魔法のような実存の状態。そして、魔力結晶という完全なる安定個体の状態がある」
ここまでは共通認識であるから、全員が頷く。明確に魔法知識の領域だ。
「そこからさらに光闇火水風土その他もろもろ種々様々に変化させられる。となると魔力自体が万物の根源みたいな面もあるって考えられるわけでさ」
「ああ、そっか。たしかにそこだけ聞くと“錬金術”の類っぽいね」
「さっきも言ってたけど、レンキンジュツってなんなの?」
レヴさんが片言みたいに言いながら首を傾げる。
私も聞いたことはないな。二人のいた世界の概念か。
「鉄を金に変えようって考えた人たちがいてな。オレたちの世界じゃ物理法則を超えてるから形にはならなかったけど」
「あくまで物語の中だけでの話ですね。でも、さっきの話からだとこの世界ならそれどころか魔力から金を作れるのかな?」
どうだろうね? 不可能ではないはずだが、だとすれば偽造貨幣がもっと溢れていそうだ。おそらく金属市場も暴落している。それに、魔力によって土は生み出せるとして、鉄を操ることのできるドワーフたちが武器や防具を無から作り出せるとは聞いたことがない。
と。指摘することではないが、なぜかセラディアさんの目が光らなかっただろうか? お金に苦労するような生活を送ってきたとは聞いていないのだが。
レインノーティアがたまに言うように、「先立つものはいくらあっても困らない」のは事実だろうから、そういうことなのだろうか。
「まあなんつーかそんなわけで、ダンジョンとかでいきなり人がポップしてくることがあるのかなと……なんの話がしたかったんだったっけ」
ユリフィアス君は真横になるくらい首を傾げている。
長い前置きをおいたのだから、そこそこ大事な話だったはず。なにもないところから人が生まれるということの意味、か。
「我々もそういう存在かもしれないということかな?」
「ん、うん。ノゥが、『精霊はそれに似たところがあるか』って」
私の言葉をノゥさんも肯定してくれたようだが、その可能性はあるのかもしれない。そもそも私たち個人のどこから魔力が生まれ、どの程度を魔力が占めているのかという謎もある。
「『わたしたちは夢と同じものでできている』か。そんなのあったねぇ。『わたしが蝶の夢を見ているのか、それとも蝶がわたしの夢を見ているのか』とか」
夢。
ルートゥレアいわく、レリミアさんが見せてくれた夢は現実と区別がつかないようなものだったと言う。この世界がそういうものであるというのは、完全に否定するのは無理かもしれない。
「それも多少はあったかもしれませんけど、ちゃんとみんな両親がいて生まれてきてるわけですからちゃんと生きてますし夢ではないでしょう。あるいは、夢だったとしてもここで生きていくと決めたわけですから、オレにとってはここは現実ですよ」
それがユリフィアス君の決意か。それは彼がこうして作った繋がりの根幹とも言えるものだろう。そして、ユリフィアス君だけでなく、ルートゥレアたちも共に生きていくのだと。
……いや。共に生きることについては、ユリフィアス君が生み出したあらゆる物がこの世界の根幹を破壊してしまうからだというのも無くはないのかな? なにより倫理観とか。その責任は必要だろうね。うん。




