Material 魔法とはなにか・真(未)
「というわけで、日頃の疑問があれば遠慮なく。個人情報については当然黙秘権ありとすべきでしょうかね?」
最後のほう、悠理は手を叩いておどけた調子で締めくくりました。場を和ませるようにふざけて言ったのだとわかりますから、みんな笑っています。
これだけの人数や種族が集まっているのですから、各々で思うこともあるはずですからね。呼び集めた目的のように話したいことも。けれど。
「言い出したのは悠理ですから、悠理からどうぞ」
私がそう言うと、悠理は驚いたような困ったような顔をしました。一番手を取る気はなかったのでしょう。
ですが、しばらく待つまでもなく納得したように口を開きました。
「オレはずっと、『そもそもオレたちが使ってるのは魔法なんだろうか?』っていうのを話したかったな」
言った瞬間、再び場が凍りました。さっきの特大爆弾ほどではないですが。
「ユリフィアス。いつも突然にとんでもない議題を出しすぎ。せめて脈絡を。いや順序を考えるべき」
「ですが、ユリフィアスさんらしいといえばらしいでしょうか。根源にまつわる話でしょうから」
ティアさんは呆れ、ユメさんは微笑み。他も似たような感情でしょう。悠理らしいのは事実です。
「っていうか、ユーリ君ってそういう話し出し多いよね。癖?」
セラさんの言うように、たしかにそういう傾向はあるでしょうか。
問題提起として話してるからそうなってしまうのかもしれないでしょうけど、教師のような感じも受けます。悠理としてはどちらなのやら。
「おもしろい話だね。魔法は魔法ではないのかい?」
ヴォルラットさんがレインさんに向けて聞きました。この世界の人であれば魔法は魔法以外の何物でもないですからね。
「うーん、ユーリくんの意図がどこにあるかはわからないですけど……魔法だよねこれ?」
レインさんは詠唱することなく水の玉を作りました。レアさんが言っていたとおり問題なくできるようになったんですね。
ヴァリーが結局できなかったのはなぜなんでしょう。いえ、責めたり呆れているわけではないです。まあこれはいいですか。今は二人にとって、いえ悠理にとって魔法がなにかです。
「感覚的に言えばオレも魔法だとは思うんですけど、十把一絡げ一区切りにしていいものかと。魔法、魔術、魔道、魔導、錬金術、超能力。一口にこういう技術にもいろいろ表現がありましたよね、オレたちの世界だと」
「ん? んー。あったけど。それってなんか関係ある?」
レインさんだけでなく全員の頭の上にクエスチョンマークが浮いている気がします。リーズにも。
悠理は「そんな変なことを言ってるだろうか?」という顔でしたが、すぐに「言ってるんだろうな」と理解したようです。
「とりあえず、ユーくんの思ってることを話してみたら?」
「うん」
アイリスさんがそう促すと、悠理は首を縦に動かしました。このあたりしっかり姉弟ですね。羨ましい……いえ微笑ましい。
中空を見つめて指を折り、淀みなく話し始めます。
「まずはそうだな。単純に火と炎の威力が違いすぎる」
「それはそうだね」
「フレイアさんと私のなんて全然違うよねぇ」
「私もでしょうか。炎魔法の力は憧れますね」
「ええ。こうして共同生活をするようになって初めて見せてもらったときは驚きました。合金の精錬でも助かっています」
「はい……すごかった……です」
とりあえず、炎魔法使いと火魔法使いとリーズでこれは共通認識のようです。疑う理由もないです。
火と炎。いつか聞いた“漢字”であれば倍。けれど、その差は倍では利かない。同質であるはずなのに全く違うもの。
「でもさ。フレイアとセラやアカネちゃんや、もちろんネレや父さんの魔力自体の質ってそこまで違うわけじゃあないんだよな」
悠理はみんなで作ってくれたブレスレットを掲げました。そこにはアレックスさんの魔力結晶は無いですが、属性自体はネレと同じ。二人をそれぞれ初めて探知したときのことを思い出しても、明確にどちらかが劣っているということはないです。さすがに今はネレのほうが強力な魔法使いなのは仕方がないでしょうけどね。
「だからなにが違うのか考えたけど、火の場合は十の入力に対して最高で十とか人によっては三とか下手したら一になるわけだけどさ。それと比較した炎の場合は一に対して一〇〇くらい出てるよな」
「そうだね」
「うん。そんな感じ。と言ってもワタシも帝都で見たくらいだけど」
「それほどすごいのですか、フレイアさんの魔法は」
「アタシもユーリさんの記憶の中でくらいしか見たコトないナー、そう言えば」
相克属性にある水精霊の祝福のみなさんの感想はそんな感じでした。なるほど、ヴォルラットさんたちだけではなくてユメさんやミアさんも未見ですか。
いつかその機会もあるのでしょうか。切羽詰まった状況でなければいいのですが。
「でまあ、エネルギー保存の法則っていうのがあって。入力に対して出力が超えることがないのはこの世界でも普通だし、ロスも考えれば十に対して十は早々出ないはずなんだけど、炎はどう見てもそうじゃない。そもそも火と炎って現象としては変わらないはずなのに、魔法になると全然違うものになってしまう。そう、だからこの辺が魔法とそれ未満の一つの区切りなんじゃないのかって考えた……んだっけかな」
セラさんやアカネさんやネレが弱いというわけではなくて、フレイアさんが段違いに強すぎるわけですね。それこそ法則なんて飛び越えて、“対軍魔法士”なんて肩書では収まらないくらいに。
もちろん、フレイアさんもそれだけ努力したのでしょう。理由はまあ、言うまでもないし胸に秘めておくものが大きい、と言うと過分でしょうかね。秘める必要のないものですし。
しかし、要素に対する結果ですか。
「エネルギー保存……ブーストとバーストは……それを超えるためのもの……ではなかったですか?」
入力対出力なら魔法は魔力次第でどこまでも大きくなりはします。個人単体を超えるなら外部から持ってくるしかありません。
それだけでなくて、継戦のため悠理自身の魔力消費量を減らしたり回復量を増やす意図もあるのでしたか。今は私たちも自己生成しておいた魔力結晶でそれができますけど、とそれも今の本筋とは関係ないですが。
「ブーストとバーストは単純に魔力量や魔法規模を擬似的に拡大するものであって、計算自体が飛躍するようなものじゃない。ただの足し算の範疇だ。まあ、魔力元素の出処については、今は置いておこう。あとで話す機会もあるだろうし」
魔力の根源ですか。それも気になりますね。
「ともかく、火水風土のはわりとオレの思う物理科学や化学的な範疇を抜けきってないのにっていうか……違うな。特定の属性が他属性の基準値を振り切ってるのかな。聖属性の回復と光属性の回復なんかもそうだけど、いわゆる上位属性っていうのは間違いなく魔法って言っていいかなってまあそんな感覚」
なるほど。そういうことですか。
そも回復魔法自体がまだよくわかりきっていないというのもありますよね。しかしそれを置いても二つを同列に並べることはないです。
「そういうことであればそうですね。わたくしも聖属性の力を得てから明確に回復系の魔法の力は上がりました。それこそ別物であるように。魔力探知を教えて頂いていなければ使いこなすのにはもっと時間がかかったでしょう」
悠理たち当事者いわく、あの件前後のユメさんの魔力構造が大きく変わっているのも事実であり、
「ええ。聖魔法使いの力はそれだけ特別です。だからこそ、聖女の条件として一目で判る聖属性の力が必須だというのはありますね」
聖国の例を見ても明らかです。
つまり、上位属性の力は魔力探知などの可視化手段がなくても誰にだって違いがわかるということでもあります。悠理が言っていましたけど、フレイアさんの前後なんてお互いに驚愕と困惑の極地だったそうですし。
ただ、「それで『俺も魔質進化したいな。できないかな?』とは思わなかったし、今も風魔法使い以外になろうと思わないのは、それほど特別になる気がなかったからかな」とも言っていましたけど。
「なんでフレイアやセラやユメさんが後天的に新しい魔質を手に入れられたのかとかもそうだけど、そもそもこの世界の魔法って、体系化されてる割に明らかにされてないことが多すぎないかな? 詠唱一つ取ったって、変えられもすれば短くもできるんだから無くすことは誰かが普通に思いつくはずだし。だからこそかオレからすれば不思議なことが多すぎるんだよなぁ。属性やらなんやらさ。炎や氷、会ったことないけどいるらしい木とか。それと比べれば多いけど光や闇に聖に邪。金もか。ヴァフラトルさんやメーレリアさんやミアさんみたいな種族由来のものもありますよね。使えないものは多々あって、火水風土は使おうと思えば誰にでも使える。でもいろいろと一律じゃない。その辺りの区分や差異の理由とか誰も考えなかったのかなと」
そう一息に言い終えて、悠理はため息を吐きました。
こんなことを考えていたわけですか。面白いと言えばいいのか面倒な性格と呆れるべきなのか。
「ふむ。たしかにユーリ君の言うとおりかもしれないね」
「そうね。わたしも一通り魔法は使える気でいたけれど、リーズちゃんが作った魔法やユーリさんが考えた魔法の使い方みたいな新しい魔法はまだまだあるものね」
「それについては、いつも言われてる通りオレのひねり出した活用法がおかしいのもあるんでしょうけどね。でもやっぱり、予測と実験やトライアンドエラーを始め、積み重ねられてきたものが足りないように思えます。言うまでもなく、オレたちが使っている魔力探知や無詠唱と呼ばれたイメージ投影による魔法の発動方法みたいに意識して秘匿されている技術も多いだろうとは思いますけど」
ええ。なるほどそのとおりです。
ただ万事がそうとも限らず、広めようとしなかった技術を教えずとも修得してしまったらしい天賦天然の天才もいらっしゃったわけで。魔法の方ももう一人の殿下が再現なされていたりしないのでしょうか。
「あとは精霊魔法かな。それこそ魔法と呼ばれてるけど魔法じゃないものだし、そこの違いも手がかりになるのかも」
「あー、そうだね……そうだよサラ。魔法とは違うもの」
「ふむ。ウンディーネの使う魔法はたしかに発動の探知ができない。ゆえにワタシたちの使う魔法とは異なる。そういうことにはなる。ワタシたち以外から見れば同じに見えても」
魔力を使うのが魔法なら、霊力による霊法とも呼ぶべきでしょうか。けれどそれならエルフが独力で使えないとおかしいですね。
霊力を直接魔法に使うことはできない。その仲立ちをしてくれるのが精霊で、結果として放たれるのは霊力を用いた魔法のようなもの。それと単なる魔法との差異ですか。
「では、精霊魔法を元に魔法が生まれた可能性もあるのでしょうか? それとも両者は初めから別のものだったのですかね?」
レアさんの推測は興味深いですね。エルフが長寿であることを考えても、精霊魔法が先にあった可能性が高いでしょうか。
「ん。『やってること自体はどっちも大して変わらないよ』ってフィーが。ノゥは『どちらがどう関わっておるかはわからぬが』ってさ」
「ということは、変換のための式は共通してるってことか?」
「魔法は……魔力を使うために魔力による探知が可能であり……精霊魔法は……霊力を用いるために魔力によっての探知が不可能……ということですね……」
概ねそれで間違っていないのでしょうかね。
霊力と魔力のどちらが先にあったのかなど、いろいろと知らなければいけない前提が多いですね。やはりもう少し問題を整理して周囲を詰めてから始めて欲しかったですね、この話題。
悠理が話すきっかけを作ったのは私なのですが。
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「いまいち付いて行けているとは言い難いが……質問が戻ってしまうけれど、ユーリ君やレインノーティアならこの力をなんと呼称するのだろう? 法則や技術と言っていたが」
「そうですね……」
アイルードさんに言われて、悠理はもう一度その問題を考え始めました。
というか、そこも考えていなかったことは責めておくべきでしょうか。
「“魔術”というほど体系化されているわけでも……ああいえ語感の話ですけど、それも違和感があります。科学のようにロジックがあるのはわかるんですが」
「わたしは別に魔法でいいと思うけど、あえて呼ぶなら光とか闇を“特殊属性魔法”にして、埒外の方を上級、ううん、“神域魔法”とかにするかな」
レインさんがそう言うと、悠理は「そういう分別法もあるか」といった顔をしました。
そうですね。精霊と精霊魔法と魔法が対応しているのなら、四属性以外が別のものかもしれないということは考えて然るべきです。
「なんだろなー。頭の中とっ散らかってきた……うん、まだ魔法は使えるから正気ではあるみたいだけど」
「わたしもよくわかんなくなってきた」
セラさんとレヴの言うことももっとも。
推察に推察を重ねて話をしているわけですから。そもそものスタートが無いみたいなものですし。
「ごめん。もう少し細部や前提を詰めてから話すべきだったな。最初にする話としては出発点も落とし所も意味不明だった。オレ自身もふんわりとしか考えてなかったことだから失敗した」
「そこまでではありませんけど、悠理らしいというかなんというか」
「そうですね」
私とレアさんで顔を見合わせて笑ってしまいました。どうでもいいことを小難しく考えるのは悠理の十八番ですもんね。
それでも、前に進むためにはもう少し魔法について解明しないといけないというのもわかる気がします。焦るほどではないにしても。
「ンー、属性については火から炎や熱になったり水から氷になったり光から聖になったりするワケだから、隔絶されてるってワケじゃないよネ?」
「でもでも、私は火を使えてますし氷の人は水も使えるって話ですけど、フレイアさんは火の力を使えなくなったし、ユメさんも光のときみたいな回復魔法は使えなくなってるんですよね?」
「うん」
「はい」
そのあたりも謎ですね。私とユメさんは光魔法に類する力をまったく使えないわけではないというのも。そこは闇に類する魔法を使えるリーズもですが。
聖属性は光を含んでいるのだとしたら、あるいは炎自体も火の要素を残しているのでしょうか? どちらもまったく別の現象だというわけではないはずですし。
「無意識に使ってきたものでも、考え出すと難しいものだねえ。思えば吸血鬼としての血にまつわる力も『だいたいこんな感じ』って伝わってきてるくらいだ。もうひとつ参考に、ユーリ君とレインノーティアさんのいた世界の常識では、各属性それぞれについての解釈はどうなるのだろう?」
ヴァフラトルさんの疑問に、なるほどと思いました。科学側からの解釈ですか。
「えーと。火は見た目通り火なんだけど。そもそもなにかが燃えているっていうんじゃなくて、酸素と結合してるんだっけ? 知識があやふやすぎるなあ。ユーリくんどう?」
「同じく。というわけで、話半分とは言わないですけど頭から鵜呑みにしない感じで聞いていただけると助かります」
そのあたりは悠理とレインさんの知識しかないわけですから、私たちは完全に聞き手に回るしかないわけですが、
「うーんと。サンソと結合? サンソってなに?」
レヴが首を傾げました。口に出していないだけで他半数ほども。私もその一人ですけどね。
科学も割と知識前提のところが多いはずです。その上で二人も全知全能であるはずがないですから、前置きどおりに説明がうまく行かなかったり難しかったりするでしょう。
「酸素っていうのは生き物が呼吸をするときに消費してる気体で、物が燃えるときにも使われるからこれが無くなると火は消える……こういうのはやるよな」
悠理は空間収納から皿付きの燭台とロウソクと瓶を取り出しました。疑似精霊魔法でロウソクに火を灯して、瓶を逆さに被せます。
しばらくみんなでそれを眺めていましたが、次第に火は小さくなっていって消えました。
「大気中には酸素が二割少々あって、それが燃焼のために消費されきるっていうか単体で無くなると物は燃えなくなる。と言っても水中でも行使できる魔法は別だけど。で、酸素の結合については鉄が錆びるのも原理的には同じで、それが激しくなると物が燃える感じかな」
「……にわかには信じがたいです」
悠理の解説への懐疑。鉄に最も触れているネレだからこその感想でしょう。私も鉄が錆びることと物が燃えることを繋げられないです。
「そうか? 金属の粉に水をぶっかけると燃えるってのはよくあるんだけどな……ああ、この世界だと発火するような金属粉が出ることはそうそうないのか」
「アルミとかマグネシウムの分離もまだだろうからね。錆びた鉄は酸化鉄って言って、言葉通り酸素と結合しちゃった鉄のことを言うんだよ。他にも銅は暗い茶色になるし銀はくすんでくるんだったかな」
あるみ。まぐねしうむ。話の流れからすれば金属なのでしょうけど、わからない言葉です。
ともかく、概要だけはなんとか飲み込むことはできました。理解までは無理ですけど。
「わたしたちでできる火の説明はそんなものかな。水はねえ……水素原子H二つにさっき話した酸素原子Oが一個くっついてH2Oって表記するんだけど、そういう物体。存在的には2H2Oからになるんだけど」
レインさんの説明を理解できた人はこの中にいるのでしょうか。
見る限りいなさそうです。リーズが想起できていそうなことがわかるくらいです。
「ホントに雑に説明すると、世界は百数十種類くらいの目じゃ見えない粒からできてるんだよ。それがいろいろくっついて種々雑多な物質になってる。以前レアには水が純粋なものじゃないってことは話したけど、そういう意味でも水っていうのは単純なものじゃないんだ」
「水属性についての問題は、実際は氷も水も湿気も科学的に言えば同じものだってことかな。だから、言葉だけで言うなら水魔法っていうより液体魔法って呼んだほうが正しい気はするね」
液体魔法。なにか意味が変わってしまいそうな名前ですね。
「そういえば以前ユーリくんが話してくれましたよね。自然にある水は純粋な水ではないけれど、水属性はそれも含めて各種液体を操れる。対して生み出せるのは純粋な水だけだと」
「あったね、そんな話」
レアさんセラさんとも結構突っ込んだ話をしていたんですね。悠理らしいです。
「さっきは物の大元である原子の話をしたけど、水も氷も水蒸気も分子構成としては変わりがないんだよな。なのに基本的には液体である水の状態しか操れないっていう」
「あれ? ユーリが昔やってたけど、湯気とか霧は操れるんだよね?」
「はい」
「うん」
「できますね」
「可能」
「いけるネ」
「ええ」
「だね」
水魔法使いの意見は完全一致。
と言っても、「水」と言われて想像するのは私もコップに入った透明な液体です。水分子というものの方を意識することはありません。悠理やレインさんだって実際に見たことはないでしょう。だからこそ、想像だけで湯気や霧を作れて氷を作れないことをおかしいと思うのかもしれませんね。
「何度も言うけど、純粋な水自体も混合物というか合成物ではあるんだよな。純水と塩水には一応隔たりはあるんだけど、発生はできないけど操れないわけでもなくてさ。そのあたりもどうなってんだろうなって。想像力でどうにかなることとならないことがあるわけだから」
「うーむむ……」
「ええと……水も水じゃなくて? うーん……」
アレックスさんとフィリスさんが渋い顔で唸っています。他のみなさんも似たようなものですが。
話としてはやや違いますけど、「この場には水魔法使いが多いのに、その誰一人として氷魔法が使えないのは不思議」というのはありますね。フレイアさんやセラさんがいるだけに、余計に。
「ま、まあそのへんの謎はとりあえずおいておくとして。次行こ次。次はじゃあ土。って、土は土だよね?」
「そうですね」
話を強引に切り替えたからか、脈絡なくこれ以上ないほど雑になりましたね。たしかに土は土ですけど。
そこが結論としてそれ以上の説明は出てこなさそう……だったのですが、悠理が思いついた顔でネレを見ました。
「そういえば属性自体の違和感って意味じゃ、最初にネレの身の上話を聞いてしばらくしたときに思ったことがあったんだよな」
「はい? 私ですか?」
見られたネレは、「意外」という顔をしました。
当然です。別れていた時間のほうがはるかに長いとは言っても出会って十年以上経っているんです。今言われても驚くでしょう。
「実際には魔法が使えるようになってからぼんやりとではあるけど。レインさん、土ってなんです?」
「へ? 土? って、急に振られても困るけど、さっきの以外の答えある?」
「土は土ではないんですか、お姉様?」
唐突に話を向けられたレインさんはやや狼狽し、隣のレアさんが首を傾げます。さっきと言っていることは同じなのに違うものを求められているのだから気持ちはわかりますね。
「いやまあ、土は土ですね。魔法でも語学でも。オレが聞いたのはそういうことじゃなくてこう、義務教育で習う一般教養的な」
「一般教養? あ、科学的な土の組成と成り立ちのことか。そうだね。生成の過程を言うなら岩が砕けて石になって、石が砕けて砂になって、砂がすり潰されて土になるって教わるよね、わたしたちのいた世界だと。小学校のいつくらいだったかは覚えてないけどさ」
「初等学校というと、十二歳未満の子供が行く学校だよね?」
「六年通うのだよね。この世界では初等教育は家庭学習や教会での手習いが多いからなぁ」
ヴァフラトルさん、結構なところまで読まれたようですね。アイルードさんもレインさんから聞いていたのでしょうか。厳密にはその下もあるらしいですけど、そこについては必須ではなかったと聞きました。
この世界では、教育は義務ではありません。しかし学ぶ意思は身分問わず尊重され、悠理たちの世界で言う中学校に当たる時期に各々の学校に通うのが普通です。その中で、各国立が最上位に当たる感じでしょうか。その後に進む経歴を考えれば当然ですが、と、この場には適用されませんね。
「ええ、小学校についてはそのとおりです。で、土ってとんでもなく雑多な混合物で、純粋なものじゃないんですよ。いろんなものが混ざり合ってて比率によって大きく変わってくるんです。このあたりは農家の父さんのほうが実感あるだろ?」
「うん、それならわかるぞ。地域ごと土壌ごとに育つものは変わる。気候の問題もあるけどな。って、そうか。魔法で作り出した土がそのどれかって話か」
「そう、それもある」
そう区切ると、私も含めたみんなが「それも?」という顔をしました。
「レインさんが言ったとおり、土は混合物だ。もっと言うと、常温で固体であるものの混合物でもある。もちろんいくらかの水分もあるけどな。で、固体の方だけどその混合物の中には各種金属も含まれる。いや、実際は結構な分量が金属じゃないかな。えーと。植物の育成に必要なのは窒素、リン、カリウム。リンはそうじゃなかったような気がするけどカリウムは間違いなく金属元素だし……カリウムか。そういえば塩も金属なんだよな」
「へ?」
「え?」
「は?」
「ん?」
悠理はとりとめもなく話していたようですけど、どれが誰からかはわからないもののいろいろ困惑の声が出ました。私の口からも。
塩が。金属。
「あーそうだ。意識しないけど塩化“ナトリウム”。金属だ。重曹……ふくらし粉も炭酸水素ナトリウムだし、バナナとかキュウリにはカリウム分があったよね。海藻もだっけ。レバーにも結構な鉄分があるし、結構金属成分摂取してるや」
「つまり。事実?」
「ええ。オレもレインさんと同じで自分で言って意識しないと考えませんけど」
ティアさんの口頭確認を悠理が肯定しました。
そこまで言えば、ネレはもちろん私でさえもその奇妙な謎に気付けます。
「土の組成がそうであるのなら……土属性は金属も操れて然るべき、と」
「そういうこと。砂鉄って言って砂の中にも鉄が含まれてたりするんだけど、もし金属元素が扱えないなら分離しないとおかしい。でも、十字属性だった頃の経験から言っても別にそんな感じはないんだよな」
なるほど。それができるならネレの鉄集めに使っているでしょうね、悠理なら。
加えて塩やさっき言っていた“カリウム”のことを考えれば、もしも土属性が金属を操れないのだとしたら他の要素も含めてかなりの部分が分離されないとおかしいことになります。
「あーそっか。砂金なんかもあったもんね。金属元素と鉱物元素は違ったはずだけど、土の構成要素としては一括りにできるのか」
二人とも科学知識を全面に出しているからかみんな完全に受け入れられているとは言い難いですけど、無理ではありません。まったく、本当に悠理は常識をどんどん壊していくのですから。
「……いまさらですけどレインさん、周期表は」
「それこそ呪文しか無理。その呪文も名前と記号混在してたしさ。それになんか覚えかた変わったとか聞いたしそこでも混線してる」
「うーむ。それでも記憶のどこかにはあるだろうからそれを夢で拾ってもらえばあるいは?」
などと二人はうなり始めましたけど、それでも拾えるキーワードはあるわけで。
「砂の中に金があるの?」
「たしか、少ないなりにも産出される地域はあったような……」
「金鉱の下流の川などでたまにね。そこまで大きなものが取れるわけではないけれど」
レヴがこぼした疑問にユメさんとヴォルラットさんが答えました。
私も巡礼の中でそんな話を聞いたことがあるような。法衣や聖杖に使われていたものはおそらく鉱山から産出されたものだとは思いますけど……思ったより無頓着でしたねそういうこと。
「だからまあなんだろう。金属性って土属性の洗練されたものであって上位じゃないんじゃないかな、とかずっと思ってるんだけど」
「それでも扱えないのは事実、というのがユーリさんの違和感ですか」
仮説としてはそういうことなのでしょうね。それでもドワーフの血筋しか発現できないのであれば、エルシュラナ家のように遺伝的なものか、あるいは魔法とはまた違ったものの可能性もあるのでしょう。
属性を極めた先に何があるのか。それもまだはっきりとはしていないことの一つですね。自分で言うのもなんですが、私が「歴代最高の聖女」と言われてきたのはこうやって未知を追い求める悠理のおかげというかせいでもありますから。
「ええと、残ったのはユーリの風よね?」
「ユーくんが選んだんだから、それだけすごいってことだよね」
「ん、うーん、そうだなぁ」
なんでしょう。今度は歯切れが悪くなりましたね悠理。聞いたフィリスさんとアイリスさんも困惑しています。レインさんもでしょうか。
「風ねぇ……風ってさぁ、ユーリくん」
「ですね。風は存在しないんだよな」
「んん?」
「えっ?」
「ほえ?」
「はあ?」
二人揃えた存在否定。それにさっきと同様、それぞれの口からなんとも言えない声が出ました。
風が、存在しない?
「あるものを無いと言い切るとは予想外だよ」
「ええ。ユーリさんの言うことだから間違ってはいないのでしょうけど、そう言われるとさすがに驚いてしまうわね」
ヴァフラトルさんとメーレリアさんに苦笑されて、悠理は慌てたように首を振りました。
「ああいえ、風と呼ぶ現象はたしかにありますよ? けどそれは大気の動きに対して名称を付けただけであって、風というものが直接存在するわけじゃないってことです。それ言ったらなんでもそうなんですけど、火は特定の現象としてありますし水や土は物質として存在するわけで。風の場合はこう、手や物で仰いだら一応は風って呼びますけど、息を吐いたり吸ったりして空気が動いてもそうは言わないというか」
なるほど。規模で言えばどちらもさして変わらないわけですが、かたや「風」と呼びもう片方は「空気が動いた」という程度の表現をしますね。あるいはそのまま「息」ですか。
「それに、大きくなると竜巻とか嵐とか表現はいろいろ変わりますからね。ユーリくんそのへんは」
「今ならいけます」
「デスヨネー。かと言ってエネルギーを扱ってるわけでもないよねぇ。いや魔力も含めてそうではあるんだけど」
「物体を動かすのは運動エネルギーですけど、要はモノを動かすだけだから土も水も魔法として動かせるわけですし、火もそうですからね」
二人だけでわかりあわれてもと思いますけど、とりあえずそこを一致させてもらわないと私たちへの説明も無理でしょうからね。
少なくとも、“空気を動かしたもの”が“風”であり、風魔法はその“動き”を操れる。しかし魔法の結果としてなにかを操ることはどの属性でもできるので、風魔法の特権や本質とは言い難いと。そういうことでしょうか。
「えーとそれでユーリさん。風魔法ってなんなんでしょう?」
アカネさんの簡潔な問いに悠理は少しだけ考え込み。
「否定しといてなんだけど、結局は大気を動かすことかな。付随してというか、そのための気体を作り出す魔法か。水と違って空気の組成は固定されないから生み出す気体はどんなものでも行けるし既存物の分離もできてる。そういう理屈に合わない面では魔法はちゃんと魔法なんだな」
そういう意味では、さっき言っていた土魔法の要素に近いのでしょうかね。形のないところは火魔法に近いと。動かせるのは各属性共通。
「ん? そういえばこの世界の酸素濃度とか地球と同じかどうかわかんないけど、そのへんユーリくん大丈夫だったの?」
「どうなんでしょう。魔力元素は別として、死ななかったんだから致命なまでは違わなかったんじゃないですかね。高地トレーニングとかそもそもオレたちが生きている間にも微量ながら大気組成の変動はあったわけですし、生きた化石とかいたんだから中毒になるまで行かなければどうにかなるのでは?」
「高地トレーニングは下手したら高山病になって死にかねないけどね。まあ重力もさほど変わらなさそうだし、環境的には魔力があるくらいでさして変わらないのか」
言葉のすべてはわかりませんでしたけど、二つの世界の環境はさほど変わらないということでしょう。
これで四大属性はとりあえず網羅しましたね。炎と氷もですか。それに金の裏口くらいも。
「あとは光と聖、闇と邪かしらね」
「ララさんとユメさん、私とリーナにリーズか。こうしてみんな揃ってみると、ユーリ君もよくここまで属性を網羅するように知り合いを作ったものだねぇ」
ヴォルラットさんの言葉には心の底から同意します。節操がなさすぎです。
「そこはみなさまで話すなり袋叩きにするなりしていただくとして」
「お姉様……?」
「イヤダナアジョウダンヨ? というマジ冗談はさておき」
果たして冗談でしょうか。もちろん、それで済むかは悠理次第ですけどね。
「うーん、魔法が無かったんだからもちろん回復魔法なんて当然無いからねぇ。ユーリ大先生、そもそもどういうものなのその四つ。っていうか聖と邪のほう?」
「そうですね。そこは特殊というか、聖は主に回復魔法で身体や精神の安寧方向に関する魔法、邪は時や空間や精神の操作的な魔法でしょうか。ララとユメさんにリーズとリーナさん、これで正しいでしょうか?」
自信なさげに聞かれたので、私はユメさんと顔を見合わせてしまいましたが。
「その認識で合っていますね」
「はい。と言ってもわたくしの練度はまだまだですから断定はできませんけれど」
身体ダメージの回復とそれに付随する身体的異常の改善。それと解呪。光魔法のそれを強めたものが聖魔法です。これまでのことを思えば「解明されているところでは」という前置きがつくのでしょうけど。
転生前に聖域という架空魔法の話はしましたけど、構成を聞いた限りでは結局防壁等の常時展開でしかないわけですし。それならリーズのこの結界がまさしくそれですよね。聖魔法特有のものではありません。
「邪魔法もそれで……間違っていません」
「ええ。まだ未知の領域はあるのかもしれないけれど」
ここはどうあっても悠理には直接手を出せない領域ですよね。疑似精霊魔法での再現がどこまで可能になるかもあるでしょうけど、それでも直接行使と間接行使では魔法の在り方自体全く違うそうですし。今のところは荷物運搬のための空間圧縮と回復用途の軽い時間回帰だけでしたっけ、実現は。
「へー、たしかにそういうの聞くと『これぞ魔法だな』って気がするね。じゃあ解説できるのは光と闇?」
「それもそれで闇には重力領域とかもあるみたいでして」
「重力。加重や抜重のことかい? それならよくやるけれど」
「ええ」
下に落ちる力。ではなく、正確には物が物を引き寄せる力。闇の玉もその一種だということでしたっけ。
「そこはあれじゃないの、究極の闇」
「究極の闇?」
なんでしょうそれは。闇魔法にはそんなものがあると?
そう思って悠理を見たのですが、どうも通じてない様子。
「なんすかそれ」
「ありゃ、ユーリくんにも通じなかったか。宇宙の穴で伝わる……って単に“ブラックホール”って言えばいいんじゃん」
「それですか。たしかにあれは究極の闇で極限の高重力でしたっけ」
とりあえずはお互いに通じたようですけど、納得されてもなに一つ入ってきません。
宇宙はこの空の上。そこにある穴。言葉としては言えても、想像すると絵を起こすことができません。開いた穴の中はどこにあってどこに行くのでしょう?
「えーと。なにその“ぶらっくほーる”って?」
こういうときに遠慮も前置きもなく疑問をぶつけられるのは、レヴと今回のようにセラさんでしょうか。これは大きな長所ですね。
しかし。引き出されるものが素直にうなずけるものとは限らず。
「そうだなぁ。大雑把に言うと、太陽が爆発したりしてさ」
「えっ」
太陽が。爆発。
サラッととんでもない言葉が出てきました。またなにを言い出すんですか悠理。
「いや、わたしたちの世界でも五十億年とかそんな先の話だったけどね。あ、どうだろ。膨張して周りの星が飲み込まれるみたいな話だったかな。ちなみに地球ができて四十六億年とかだったからまだ半分以上ある感じ。だからこの世界でもずっと先の話だよきっと」
そうなのですか。って、安心していいことなのかどうなのか。遠いとはいえ必ず来るということですし。そのときにはレヴですら生きているのかわかりませんけどね。
「でまあ、そのあとにものすごく重たい星というか塊というか物なのか空間なのかわからないものが残るわけで。そいつがなにもかも、それこそ光すら飲み込んで離さない代物なんだ。それがブラックホール。宇宙の穴だよ……ああそうか」
解説の中でなにか閃いたようです。私にはよくわかりませんが。
悠理は手のひらを水平にひらひらさせたあと、ティーカップをそこにかざしました。
「宇宙が、いやここはわかりやすく世界として。それを平面で表したとき、ブラックホールっていうのはこういう感じで表記するんですよ」
平面の中で凹んだ場所。それはなんというか、ありえないものではありますね。それが実際にはあるかもしれない……いえ、あるのでしょうね。この頭の上に広がる空の向こうのどこかに必ず。
「近づいたものはこの穴にすべて落ちていくというか、ものすごい力で引っぱり込まれていくわけですけど、平面としては歪んでる。実際の立体空間としてもですけどね。たしか歪めてるのは空間だけでなく時間もって話だったはずです。これを考えると、重力を操れる闇属性の先に邪属性があるっていうのは納得がいくなって」
「ふむ。加重を突き詰めればそうなるわけかい」
「そういえば、クロさんの闇の玉も触れたところを削り取ってるって感じだったなぁ。そういうことなんだ」
「そのブラックホールのように周りのものを吸い込むような力はないけれどね」
闇魔法を見る機会はさほどなかったですけど、たしかに“そこに有るものを塗りつぶして無くしてしまう”ような、そんな他とは異質な魔法のように感じたことを覚えています。
「あー、『光の速度に近づくと時間がゆっくりになって、超えると逆行していく』みたいな話もあったよね。回復魔法も案外そういうものだとか?」
「可能性はありますね。それはそれで説明も付きます」
光や聖にも、時間を操ることのできる素養はあるわけですか。けれど、これまでのことを思い返しても若返ったりは無いですよね。邪魔法と違って人にしか作用しないからでしょうか。
結局、どの属性もよくわからないわけですね。原理だけでなく限界までもというのはある種の希望ではあるのかもしれませんけど。
「聞いた感じでは……科学と魔法には……それで解明できる面もあれば……照応しない面もありますね……各属性にも……ですか」
「そうだね、ほとんどよくわかんなかったけど。あはは、難しいよねサラ」
「うん。ほぼ意味不明」
「科学って難しいネー」
さっきの学校の話。たしか、六年、三年、三年、四年と区分があるのでしたっけ。それくらいの時間を重ねてやっと把握できるものがこの場で理解しきれるわけはないですね。
あらゆることを総合した上でかいつまんで話しているのもあるのでしょうし、悠理やレインさんたちも仕組みのすべてを理解しているわけではないのだと思います。私たちにとっての魔法がそうであったように。
「というまあ『大回りして大量に本をぶちまけ並べまくって特に本質は見えませんでした』みたいな話になってしまいましたが。とかく、魔法って便利でそれなりにみんな使ってるけど解明されきってるとは言い難いなって話でした。あんまり意味なかったかな」
悠理はそう締めて、困った顔で頭を掻きました。
「いや、たしかに答えにはたどり着けなかったかもしれないけど、いろいろわかったこともあったしユーリ君の話はおもしろかったよ。これまで考えたことのない視点とこの世界ではまだ知り得ないであろう知識。と言ってもやっぱり、活かせるかどうかについてもまだわからないけれどね。うん、ユーリ君が魔法に並々ならぬ興味を持ち続ける理由もよくわかる」
ヴォルラットさんの言葉が全てですね。うまくまとめてくださいました。
「なんとなくしか入ってこなかったけど、科学ってすごいねぇ」
「まったくです。世界にはまだまだ未知なることが多い」
ヴァフラトルさんとアイルードさんの言葉もですか。
今詰められるのはこんなところということでしょうか。要素一つ一つを検証して、照らし合わせて、相互にまた検証して、と続けていかないといけないですね。悠理たちの世界だけでなく、どの世界にもいるはずの先駆者たちのように。




