Connect 夢見た頃を過ぎたなら
「……うーむ」
ララとの一日の翌日。オレを見たセラが唸った。顔にもなんとなく既視感がある。
なんだろな。なんか変な顔してたかな。まともな顔をしている自信がない。むしろ変な顔をしていた確信がある。一応はちゃんと眠れたからそういうのは出てないだろうけど。
「……うーむむむむ?」
「あの、セラ? ずっと唸ってますけどどうかしましたか?」
なんだかんだこういうセラに突っ込めるのはレアである。これもまた勇者だよな。触らぬ神になんとやらっぽいのに。
「いや、ユーリ君とララさんはどこまで済ませたのかなって」
「「んぐっ」」
ほらやっぱりそういうこと考えてるし。好奇心だけじゃないのが救いだ。それだけじゃないよな?
それを言うと周りの全員の背後に「興味」って言葉が浮いてるけどさ。喫緊の問題でもあるから気持ちはわかる。
「キスしただけ、って言うとあれだけど。そこから先には進んでません神に誓って」
「ええ、まあ、そこから先はさすがにですね。むしろ今思えば同衾はその後なのではとも思いますけど」
たしかにそうね。「同衾」を連呼したあとその内実が「一緒に寝ただけ」で全員でずっこけるみたいなネタあったけど。本来の意味はそっちなんだろうけどさ。今回はちゃんと通じてるな。
「んー……そっかあ……でもなあ……」
セラは腕を組んで何やらブツブツ言っていたが、
「よし」
覚悟の表情を作り、手を叩いて顔を上げた。なにかいやな予感がしないでもない。逃げるまでは行かないが、と、
「はいはいユーリ君こっち来て」
「はい」
「ここに座って」
「へい」
「お手を拝借」
「ほい」
促されるままに立ち上がって近づき、椅子に座る。そのまま後ろで手を揃えさせられ、どこからか取り出されたロープでぐるぐる巻きにっておい。
しかもご丁寧に強化までかけてるし。
「……セラディアさんや。なんの趣向ですかこれ」
「お黙り」
ピシャリと一声。おー、今ちょっと女帝っぽかった。関係ないけどそっちの趣味は無い。
セラは後ろからオレの両頬を手で挟み、
「みなみなさまがた。もう待ち続けるのはめんどくさいんで、この場でキスくらい順番に済ませませんか? ムードは無いですけど」
あーそういうことね。
たしかにムードは無いな。特にオレがこれだし。いや、そこは案外関係なかったりする可能性が無きにしもあらず。
果たしてみんなは。
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
少し悩む様子を見せたが、反対は無かった。ほんとに関係ないのか善は急げなのか。
「だってさ、ユーリ君」
「意は汲み取った」
みんながいいならオレに否やはない。どんと来い。ってこれは覚悟としておかしいね。
ともかく、ララに続いた二番手が歩み出る。
「なんか恥ずかしいな」
頬を染めたエルに両頬を挟まれ、一気にキスされる。こういうときに思いっきり歯をぶつけたみたいな話を聞いたことがあるけど、ララのときと同じく特にそんなことはなく。
「ん、ふ」
柔らかい感触とかすかな吐息。唇と手が離れるのと同時に、
「ユリフィアスゥッ!」
凄まじい怨嗟の声が聞こえた。魔力の放射も。
……恨み節が強すぎるだろ。ていうかティアさんはエルと恋愛関係になりたいわけではないだろうに。「いっそのことティアさんもエルとやったらどうですか」なんて言ってしまおうかと目を向けたら、
「ふ。冗談。やってみただけ」
冗談かよ。今はニヤリとしてるけど真に迫ってたな。
それこそ舞台女優とかどうだろうか。案外向いてるかもよ。
「あ、フィーもだって」
「ん」
なにかが触れた感触はしないが、わずかに風が顔を撫でた。「あたしもしたよ」ってことかな。
名前のことで踊ってたときはエルに阻止されたものな。姿は見えないが喜んでいるのは風の踊りかたでわかる。
「次はアカネさんですねー」
セラは既にテンションが落ち出しているらしい。傍から見てて面白い光景ではないよな。すまん。
「ゆ、ユーリさんお願いしますっ」
一回あれこれあったからか、アカネちゃんは必要以上に緊張している気がする。頭でも撫でてやりたいのにあいにく縛り付けられたままだ。たぶん身体強化で千切れるかな。それでだめなら空間収納からなにか出して撃ち出せばどうとでもなる。けどまあ、そこまでするでもないだろうか。
膝に手が置かれ、顔が近づけられ、触れるくらいの静かで短いキス。なんだかんだ遠慮してしまうアカネちゃんらしい。
「ありがとうございましたっ」
お礼を言ってたたたと離れていって、そっぽを向いたまま頬に手を当てている。恥ずかしいのか嬉しいのか。きっとんその両方だな。短かったのを後悔していないのならよかった。
それを微笑ましく見ていたら、
「次は私ですね」
ずいっと眼の前にネレが立つ。なんとなくアカネちゃんをかばうような立ち位置なのは、「乙女の純情を覗き見するな」ってことなのかな。
ネレは大きく深呼吸をして、目を覗き込むように顔を近づけてくる。同時に片手は耳にかかった髪をかき上げ、逆の手はオレの胸に添えられる。
「ここまでとても長くて、でも一瞬だったような気がして。不思議な感じです」
感慨とわずかな呆れが伝わってくる。ネレに限らず長く待たせたのもあるし、よく待ってくれたなというのもある。ありがたいことだ。
「その辺はオレも悪かったよ」
「ええ、まったくです」
言葉自体は悪態だが、声としてはどこか弾んでいるように聞こえる。気のせいじゃないだろうな。
また一度深く息を吐いて、ネレは顔を近づけてくる。キリッとしてたけど、目を閉じた瞬間に頬が染まったのが見えた。思わず笑ってしまいそうになる。
「ん……」
唇と、胸に当てられている手から熱が伝わってくる。それだけ長年の想いがこもってるってことなんだろう。
「ぷはっ」
「……はは」
顔が離れたときに呼吸。それで本当に笑ってしまった。染まっていた頬が普段の色に戻る。
「失礼な。知ってますよ鼻で息することくらい」
「いや、ネレにもしっかりしたところだけじゃなくて可愛いところもあるなって思っただけだよ」
「どうだか」
不機嫌な声色のまま離れていったが、なんとなくスキップしそうに見えたのも気のせいじゃないだろうな。
「次、わたし?」
「そうですね。レヴさん」
もう一人の順番管理担当と化したティアさんが今度はほぼ無感情で頷く。ご不便をおかけします。
ゆっくり近づいてきたレヴは、オレを跨ぐようにして座る。
「あれだけいっぱい抱きついてたのに、ほっぺたにもキスしたことなかったね」
「そういえばそうか」
なにかの拍子に触れたこととかもなさそうだな、転生前の身長差的に。ありえそうな今はそんなに接触がなかったが、そこはちゃんと意識していたからだろう。
首に手が回され、唇が押し当てられる。最初はぎこちないというよりむしろ機械的だったが、口と口の隙間から息が吐き出されると感情が乗ったものに変わる。長くしてはいられないと思ったのかすぐに離れてしまったが、どこか名残惜しそうだった。
「不思議な感じ。でもなんだかすごく嬉しい。これがキスなんだね」
ひょい、と膝から飛び降りたレヴは小走りに離れていく。ニッコリと笑っているけど、その頬は赤い。こちらも嬉し恥ずかしかな。比率はアカネちゃんと逆っぽそうだけど。
とか考えていると。
「よよよよよし次は私だよね歴史的にっ」
声が裏返ったフレイアが歩み出る。変な言い回しも片側の手足がそれぞれ同時に出てるのもどっちもご愛嬌か。
がっしりと肩が掴まれって痛い痛い。そのまま顔を近づけてくるのかよ。
「んー!」
目を固く閉じて、悲鳴みたいに鼻から声が出ている。どんだけテンパってるんだまったく。
手が使えるならどうにかするんだが無理なので、魔弾。いつかリーズにやったようなデコピン替わりに。
「あう」
「無理かもしれないけど落ち着け」
「う、うん。すー、はー」
フレイアは額を撫でて、深呼吸した。あらためてレヴと同じようにオレの膝に座り、抱きついてくる。おいおい大人体型のおまえがそれやると動揺しちゃうでしょうが。既に通った道でも。
「それじゃあ、ユーリ」
「おう」
ちょん、と触れたと思ったらそのまま押し付けるような圧が来る。抱きしめられた腕もやっぱり鯖折りみたいな力が来るし、他の相手とは比べ物にならないなんだか燃えてるような熱も感じる。一応、身体強化やら防壁やら魔法阻害やらやっておきましょう。ここで死ぬわけにはいかない。
他の人より少しばかり長いような時間が経過したあと、フレイアは飛び退くように離れた。
「ふーっ、はーっ、はーっ」
息が荒い。
まあ。ただ興奮してるわけじゃなくて、心臓が破裂しそうなまま息してなかったからネレ以上に苦しいだけだよな。わかるよ。
そういう視線に気づいたのかはわからないが、
「……………………、わぁーっ!?」
ボボボボボ、と瞬間沸騰。手でガシガシと唇をこする。
オレの。それも握りこぶしで。
「わー! わー! わーっ!?」
それでも止まらず叫んだまま、ドアを開けて外へ出ていってしまった。
ギャグ世界の人かきみは。壁に非常口の絵の穴を作らないだけまだシリアス世界の人だけど。いや、飛び出てく前にちゃんと靴を履いてたのはギャグか。
「……ここで回復をかけるのはなんだか躊躇われますね」
「うん。一応は大丈夫だ。かなり痛いけど」
血の味や臭いはしないから大丈夫だよな、きっと。おそらく。
「……これを姉上に伝えたら笑うかな? 泣くかな?」
話すのはいいけど最大限手加減して。確実にオレは死ぬ。
しばらく待っていたら、銃を連射するみたいな足音を立てて帰ってきた。
「おかえり」
「はぁ、はぁ、ごめん、おちついた、たぶん」
体育会系かな? それも青春なんだろうけど、気持ちは別としてオレにはちょっとそのノリはわからないです。あとたぶん落ち着いてない。
「セラさん、フレイアさんを。ほら、リーズ。次はあなたですよ」
「は……はい……」
ララに促され、リーズがしずしずと近づいてくる。オレの胸に手が添えられ、たのはいいが。一瞬「なんとなくなにかが違うな」というような表情になり、
「ユーリさん……失礼します……」
ん? と答えるより早く首に手を回されて引き倒される。と言うよりむしろリーズを押し倒す形になる。
押し倒すどころか押し潰しそうなので、腹筋と背筋だけで必死に上体を起こして耐えてるわけだけどうおお駄目完全停滞使おう。
「なんか無理矢理襲ってるみたいになってるぞ」
「いえ……その……そういうのも……ありですけど……」
いやいや無理矢理はないから。少なくともこういうことに関しては。
でもそれじゃ駄目な場合もあるのかもしれないのかどうなのか。
「なに。『仕方ない子猫ちゃんだぜ』とか言えばいいのかってぐほうえこれ無理」
ヤベ、吐き気と寒気が。色欲封じ状態のレベルじゃない。周囲からもどことなく冷えた空気が伝わってきた。
でもリーズはぽーっとした表情をしている。そうか、こういう趣味か……じゃないよな。自虐思考みたいなのがあるからだよな。
でもこれも求めてた“わがまま”か。
「リーズ」
「あ……」
顔を近づけてキスしてやる。魔法も解いて体重も預ける。
そういやララを除いてみんなオレが受け身だった。などと唇を触れさせながら笑いそうになったのだが。
「っ……」
「んんんんん!?」
つー、とリーズの目から涙が流れた。思わず顔を引き離してしまう。
「リー」
「悠理ぃっ!」
名前を呼ぶより早くララに引き剥がされた。容易には自力で起きられないから誰かにそうしてもらわなきゃならなかったがってララ痛い痛い二の腕をつねるなネレ逆側もセラは細剣の鞘で腹をドツくなティアさんはリローディングスタッフで殴らないでくれ二人ともどこからいつの間に持ってきた。
「あ、ちが、違います! これ以上なく嬉しかっただけですから! 大丈夫ですから! ララさんネレさんセラさんティアさん!」
急に出された声に、オレをシメていた四人だけでなく全員が固まる。
理由は一つ。そのはっきりとした流暢な声が、俊敏な動きで跳ね起きたリーズのものだと誰も信じられなかったからだ。姉さんでさえ驚いた顔をしている。一番驚いているのは声を出した本人だが。
「あ……その……あの……ですから……ユーリさんを責めるのは……ごめんなさい……」
トコトコと離れて椅子に座ったリーズは、恥ずかしそうに顔を伏せてメイルローブのフードを深々と被り込み、いつもどおり喋った。ただ、真っ赤になった顔の下半分は見えている。
くっそセラめこんなふうに縛り付けやがって今すぐリーズを抱きしめて撫で回してやりたいのに。いやまあそれはそれで大変なことになりそうだからありがとうセラ。
あと、抱きしめるのはララとネレがやってくれた。本当にありがとう二人とも。
「大丈夫だ。オレは動揺していない」
「……嘘つけユーリ君」
「……そう言う人は。たいてい動揺している」
大丈夫オレはあわわわわ。
よし、ちょっと深呼吸しよう。落ち着けユリフィアス・ハーシュエス。魔法使いは感情を制御してこそだ。ふ。意識すれば簡単じゃあないか。
よしよし、次は姉さんだな……と誰かが言うまでもなくそばに立っていた。準備がいい。ちょっとドキっとしたけれど。
「ふふ。このあとはちょっとやりにくいね」
同感。それでなくてもこんなシチュエーションはちょっと無いだろうけどさ。
「それでね、ユーくん。わたしもやって大丈夫なの?」
「なんで? 問題ないよ」
よくよく考えてみると、幼少時から手を繋いだり抱き締められたりしてたわけだしこういう接触があってもおかしくはなかったんだよな。そのあたりはレヴと同様になにかしらのブレーキがあったのかもしれない。
「でも、姉と弟だよ?」
「そうだね」
いまさらではあるけど、別にタイミングがどうとかは思わない。これは明らかに段階が違うものな。
でも。
「だけど別にそれは問題じゃない」
そりゃ世間の方々がなんていうか知らない……いやわからないでもないけど、だからなんだって話だ。
身も蓋もない話、この世界では近親婚を禁ずる法律とか無いらしいし。それでも希少例みたいだけど。ていうかここまでの人数で婚姻関係って結べるのだろうか? そっちのほうが難題じゃないのだろうか。マジで。
「そっか。うん。それじゃあ、させてもらうね」
姉さんはいつものように微笑みながら顔を近づけてくる。けれど、目の端にわずかに涙が滲んでいる気がした。
父さんと母さんにも悩み事の一つにされてたものな。転移転生のことを話した今となってはほぼ納得してもらってるけど。
「姉さん……いや、アイリス。なにか言うやつがいても気にすることないから」
「……うん。ありがと、ユーくん」
触れるようなキス。土壇場で遠慮することないのにほんとに。
リーズとは逆でいっしょに後ろ向きに倒れてやるのも手だったかな。そう思ったけど、アカネちゃんと同じくらいの時間で感触が消える。
「……ん。すごく幸せ。ほんとにありがとね、ユーくん」
顔を離した姉さんはいつもどおり笑ってくれた。今後もこんな経験は何度もするんだろうし、そのときは憂いがないといいな。
いや、またすること考えるとだいぶ恥ずかしいけどさ。それは姉さんに対してだけじゃない。ほんとにすげーことやってるなオレ。すげー格好で。
「良かったね。アイリス」
ティアさんも珍しく優しい顔を姉さんに向けていた。と思ったら音を立てるほど素早く首が動いてオレには虚無の表情を向けてきた。それもすぐにさっきみたいな薄い笑いに変わる。
たまに思うけど、そのテンション移行って大変じゃないですかね。女優より本の読み聞かせとかが良さそうかな? むしろ落語なんかの一人芝居が向いてんじゃないですか? 『時蕎麦』とか『芝浜』とか『寿限無』の概要くらいしか覚えてないけど、一人数役は落語の十八番だからな。
と、それは今度にするとして。長々と待たせたわけだが。
「さーついに最後の一人で待望のレアの出番だよ。よかったねー」
そこは親友、思い入れもあるのだろう。投げやり状態から復帰していつもどおり茶化しつつも、その表情はこれ以上なく優しい。
しかし。
「…………、…………」
「「レア?」」
首を傾げたセラと声が重なる。
呼んだ相手からは声が出ていない。というか目がぐるぐる回りかけているような。探知で感じる魔力もぐわんぐわんしている。
耳を限界まで澄ますと、なんとか声が拾えた。
「……とうとうユーリくんとでもわたし耐えられるかどうかでもたえないといけないわけでうれしいですけどはずかしいですしでもつぎいつかになんてまわすわけにもいかなくてでもみなさんよくできましたよねだからわたしにもできるはずでゆーりくんが」
長い呪文だな。気持ちはわかるけど。
「もー。えいや」
「え、わわっ!?」
しびれを切らして後ろに立ったセラがレアの背中を押す。足が止まってつんのめるような動きだったが、それでもオレの胸に手をついて押しとどまった。おみごと。
鼻が触れそうな距離で目が見開かれ、顔が瞬時に真っ赤に染まる。
「緊張するなって言っても無理だよな」
「ははいでもしたいのはじじつですしずっとそうおもってましたからっ!」
さっきのリーズ以上に早口だが、なにを言いたいかはわかった。
いい加減いいか。ということで身体強化で縄を引き千切……これ結び目に手が届くな。最初から配慮してくれてたのかセラ。もっと早く気づくべきだった。
「よっ」
「ひゅうっ!?」
結び目を解いて縄を落とすと、レアが気をつけの姿勢で跳ねる。過呼吸までは行かないだろうが心配にはなる感じだ。
すでにセラがやってくれたが、オレも手を回してその背中を叩く。これで三度目だな、こうするのは。
「あ……ふふっ」
それだけで緊張が消え去るのが見て取れた。
一度目以外は魔法は使っていない。けど、これもまた魔法みたいなものなのかな。おまじないではあるから。
「絶対ユーリくんに追いついてみせます」
誓いの言葉とともに唇と唇が触れる。この行為でする誓いの言葉ってもっと別なものだと思うんですけどね。
レアはたたた、とセラに駆け寄って抱きついて泣いている。ほんとにいいコンビだな、二人とも。ちょっと妬ける。
さて、儀式めいてしまったがこれで一通り終わらせたことになるのか。終わらせたって表現もどうかと思うが。
なにか声をかけるべきなんだろうけど、「ありがとう」もなんか変だし「お疲れ様」はもっと変だ。言うなら。
「これからもよろしく」
これも変か。「またいつでもキスしてくれ」って意図に聞こえなくもない。してくれたら嬉しいとしても。
けど、みんな笑ってくれた。セラとティアさんの呆れ顔を除いてだけどな。
だったけど。
「悠理。これはこれで重要でしたけど、もう一つもいい加減に」
ララが咎めるような顔になって胸元からなにか取り出す。
輝く薄緑の光。魔力結晶ネックレスか。
「あーそれ。ララさんたちだけが持ってて羨ましいなーと思ってたんだよね。五人が特別なのはわかってるけどさ」
フレイアが唇を尖らせる。別に誰かが自慢してた覚えはないけど、魔力探知すればついでに引っかかる。気づかれないはずはない。それもあってララに怒られたんだよな、「いい加減に全員分作りなさい」って。
でも、「それこそ個人に合わせて形状とか作り直そうか」って言ったら余計怒られた。優劣つける気はさらさらないのにみなさまのどの辺に琴線があるのかオレには計り知れないです。
「まあ、オレもいつかはと思ってたしいい機会だったのかもな」
空間圧縮を解除して魔力結晶ネックレスを取り出す。数はえっと、アカネちゃんとフレイアと姉さんとレアで四本か。
「これも順番だね」
姉さんがそう言ったので、アカネちゃんから順に首にかけてやっていく。でもなんかこう、こういう流れ作業じみた感じだと贈り物っていうよりオリンピックとかのメダル授与をしてる気分になるな。
四人の胸元に薄い緑色のクリスタルが輝く。これで一通りのイベントは終わったかなと思ったら、
「「ん」」
セラとティアさんが詰め寄りながら手を突き出してくる。その意図は聞くまでもない。
「二人も必要なのか?」
「「当たり前」」
仲いいな。たまたまタイミングが合っただけだとはわかるけど、心が完璧に合致してるのか。
「まさか『自分の女じゃない奴には用意してない』とか言わないよね?」
「ユリフィアス。最低」
ひどい言われようだ。まあ、ララに言われるまでふんわりとしか考えてなかったオレにはこれっぽっちも咎める資格はないか。
「……あるよ。ユメさんとミアさんの分もあるし」
これが無いからって絆がないわけじゃないけど、渡したみんなが持っていることに意味を持ってくれるみたいだからな。父さん母さんにヴォルさんリーナさんとかの分も作るべきか。レインさんは欲しがるかな?
「まあ、私は手ずからかけてくれとは言わないよ。というわけで早くおくれ」
「ん。ワタシも。だから。ん」
差し出され突き出され続ける二つの手の上にそれぞれ載せる。二人とも手早く自分の首にかけてしまった。やっぱり女性は慣れてるな。
セラもティアさんもなぜか誇らしげな顔でいるけど、ここまで数が増えてしまうと思うことがないでもないわけで。
「なんかこう、これだけの人数に渡してるとさ。やりすぎで所有権の提示に首輪をつけてるみたいな気にもなってくるんだよな正直……」
「あー、そうかあ。言われるとそんな気がしてきたー」
「それは。うん」
オレの呟きでセラもティアさんも一気にゲンナリした顔になった。
「……首輪。普通は考えますよね。でも逆なら」
ララが何やらポソリと恐ろしいことを言った。いや気持ちはわかるけどそんな趣味持ってないよね? ね?
オレが後ずさったのに気づいたのか、クスリと笑う。そのまま近づいてきて、
「それでも悠理なら身につけてくれるでしょう?」
手を握られる。掌と掌の間には、何やら硬い感触が。
ララが手を離すと、涙型のイヤリングが十以上連結されたようなアクセサリーが残った。
「……ネックレスとしては派手だな」
そして首輪としては貧弱か。違うとはわかってるけど。
「通信魔道具と被ってしまいますけど、ブレスレットです。セラさんの提案で私たちの生成した結晶をあしらってみました。制作のほとんどはリーズの力ですけどね」
いくつもの色の結晶。それ自体は涙のようだが、彫金を含めると羽根のようにも見える。
「ちょっと苦労したけど、私の霊力とサラとディーネとフィーとノゥの力も形にできたよ」
「人と獣人のハーフである自分の魔力の色がどんなものなのかと思っていましたけど、わかって興味深かったです」
「私も人とドワーフのハーフですし、複数属性もあって純粋な色ではないですけど、それでもこうして並んでみると感慨深いですね」
「わたしは爆発させそうだったけどね」
「そこは私もかな。サイズがね。でもレヴさんと一緒に頑張ったから」
「レリミアや……ユメさんにも……結晶は……もらってあります……ユーリさんなら……探知でわかるでしょうけれど」
「わたしとレアちゃんはよく似てるけど、少しずつ違うからね」
「アイリスさんは海の色の方で、わたしは空の色の方です。わたしもアイリスさんのような色になれるでしょうか?」
「私もやらせていただきましたとも。しかも人が増えればさらに連結できる仕様ですよ。天才かってね」
「もちろんワタシも。霊力もたぶん篭もった。水精霊も協力してくれた。ありがたく受け取るといい」
各々が言うと、その結晶がそれぞれ光ったように見えた。思いには魔力が乗るのだから見間違いではないのかもしれない。
それはまさしく、オレが思い描いていたものでもあって。
「でもさ……増えないよね? 提案した上にバッチリ形にしてもらっておいてなんだけど」
「増える? そうなの?」
「セラちゃんの言うのはユーくんを好きになる人のことだよね? それはわからないけど、お父さんとお母さんの分もあるといいかな?」
「では……お父様とお母様にも……お願いしましょうか」
「お母さんに話したら興味を持ちそうです。ならお父さんもですかね。ユーリさんと繋がりがありますから、きっと頷いてくれるかと」
「お父様とお姉様はなんと言うでしょうか。断りはしないですよね」
「両殿下とか……さすがにまずいか。秘密は守ってくれそうだけどね」
「ならヴァリーにも貰いましょう」
「そっかー。そういう繋がりもあるのかー。ユーリ君に歴史ありだね」
「これまでがこうならこれからもこうでしょうからね。本当にユーリさんは」
「まったく。ユリフィアスは」
「ネレもティアリスも言うよねぇ」
みんなの話が半分くらいにしか聞こえない。
この世界に来てから作ったたくさんの絆。それが見える形となったものがここにある。なんなのかわからない異物で、弾き出されるかもしれなくて、なにを成すべきでもなく、なにかを為してすらいけなかったのかもしれないオレを認めてくれた証が。
「悠理!?」
「…………あ?」
ララの呼び声とみんなの驚いた顔に驚かされるのとほとんど同時に、ブレスレットごと天に向けたままだった手に水の粒が降ってきた。なんだこれ。
「よかった。ユリフィアスも人間だった」
「そんなに嬉しかった?」
ティアさんが今まで見たことのないような優しい顔で笑っていた。姉さんはハンカチで目元を拭ってくれる。
ああ。泣いてたのか、オレ。
「……なんだか、オレもこの世界にいていいんだって認めてもらった気がしてさ。ありがとう、みんな」
端的に言えば承認欲求が満たされたってことなんだろうけど、そういうことじゃない気がする。ただ、求めてもらえて、否定されることもなくて、そばにいてくれる。そのカタチがここにあって。
「そっか。うん、ユーくんはここにいていいんだよ」
「ええ。いなくなることなんて許しませんよ、悠理」
さっきリーズにしていたみたいに、姉さんとララが抱きしめてくれる。
「精霊のみんなもそう言ってるよ。私も同感」
「ユーリさんにはこれからも私の剣や刀を使ってもらわないと困ります」
「ユーリと一緒にいろんなところに行っていろんなものを見たいのはたしかだけど、そばにいられるだけで十分嬉しいもんね」
「わたしたちがユーリさんのそばにいるのは……誰よりユーリさんがわたしたちをわたしたち自身として求めてくれて……認めてくれたからです……ですから……離れたくなんてありません」
過去に置き去りにしかけたとも言える翼のみんなも、オレのことを責めずに笑いかけてくれる。
「ユーリさんと出会って、力をもらって、私はここにいます。そのことが無くなっていいとは思いません」
「そうそう。単純な魔法の力だけじゃなくて、顔を上げて前を向く力をもらったよ。あきらめない心とか、想い続ける心とか。って恋は自前か」
「わたしはなにより未来をもらったね、ユーくんから。わたしがわたしとして生きていける未来を」
「わたしもユーリくんにいろんな絆を繋いでもらいました。新しいものも、無くしたと思っていたものも」
アカネちゃんとフレイア、姉さんとレアも手を握ってくれる。
「ユーリ君はさ。私を仲間のセラディア・アルセエットだって認めてくれて、セラディア・シュベルトクラフトだってわかっても私を私として見てくれるから。私もユーリ君をユーリ君として見続けるよ。それでいいよね」
「ああ」
セラは、オレがレアにやったように背中を叩いてくれる。さらに肩にも手が。
「もっと自信を持てばいい。無駄に卑屈だからいけない。だから転生なんてだいそれたことを考えなきゃならなくなる。そのままで十分変で特別なのに」
「そうですね」
苦笑してしまう。ティアさんはブレないな。
「ほらもう。ティアリスがユーリをいじめるからそうやって思っちゃうんだよ? たまには素直に話したら?」
「……え? あう。えう。ごめ。ごめんなさいフィー。エルフェヴィア姉。あ。うん。ユリフィアス。ごめん。ありがとう。感謝しているし。これまでもこれからも頼りにしている」
エルがそう言うと、ティアさんが頭を叩かれてるみたいになりながら謝ってくれる。フィーがやってるのかな。
「フィーもありがとな」
「本当に。フィーはユリフィアスを好きすぎる。風の魔法使いがいないからなのはわかるけど」
「ティアさんのもわかりますけどね。こう言うとまた怒られるけど、照れ隠しにはだいぶ慣れてきたつもりですから」
そう言うと、ティアさん含めて腕が三箇所ほどつねられる。ははは。
この世界に来たことは無駄じゃなかったし、意味があった。
想いを向けてくれて、愛を分けてくれる人のためにも。オレもみんなやこの世界と真剣に向き合い続けよう。




