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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
(18・19)
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第六十九章 レアの日

 さて、くじ引きの結果も残すところあと二人。今日はレアの当たり日だ。

 と言っても、フレイアのときにも思ったけどこれだけの後番がいいのか悪いのかは両面あるだろうな。前を踏襲できるのが強みで、既知や未知を探しにくいのが弱み。


「で、どうする?」

「クエストかダンジョンに行きたいです」

「……なんで?」


 疑問の言葉を口にしたのはたまたまそばを通ったセラだが、オレも同感だ。

 言っちゃなんだがこれっぽっちも色気はないし、しかも即答でだし。


「もちろん、セラも一緒に」

「なんで!?」


 セラもさらに叫ぶが……こっちについてもやっぱり同感。いや、セラが邪魔だってわけじゃなくて。

 それぞれがオレと二人の時間を持つって趣旨だったはずなのに、そこから外れてる。なんだかんだみんな完全に二人きりってわけでもなかったけども。「セラを仲間外れにしたくない」とかそういうことか?



『ワタシたちは?』

『いかんですわ。まことに』



 ……幻聴はあくまで幻聴であり気のせいだろう。偏在し相互疎通する精霊の力でこっちの状況が見られるかもしれないとしても。通信魔道具という手段があるとしても。


「別に私のこととか気にしなくてもいいんだよ? そりゃまあ寂しいとは思うけど、そこは恋する乙女の特権と権利でしょ」

「それもありますけど、わたしたち三人で無色の羽根(カラーレス・フェザー)ですから。セラがいなかったらそうじゃありません」


 なるほど。レアにとってはそっちも重要なんだな。姉さんと同じようなことか。納得。


「んふ。やれやれ、まったくレアは。しかたないなー」


 と言いつつセラも嬉しそうだ。

 しかし幻聴の誰かじゃないけど、除け者がいるのには違いないから……なんかフォローしとくか。それは意識の端にとどめておいて。


「それじゃあ今日の予定は決定だな」


 クエスト。もしくはダンジョン。一年前のこの時期と同じ冒険者稼業だ。

 まずはリーフェットのギルドに行こう。



「ようこそ、リーフェットのギルドへ……なんて」


 そのギルドの窓口にはアカネちゃんがいた。のでクエストボードに行かずに窓口に直行したわけだが、順番間違ってたな。


「なぜにアカネさんが?」

「少し前に挨拶で顔は出したんですけど、いい加減にちゃんと仕事の手伝いもしなきゃなと思いまして」


 なるほど。

 ちなみにアカネちゃんが今どういう立場なのかは全員に共有されている。セラの疑問も「なぜ今日なのか?」ということだろう。


「家にいるときに三人の声が聞こえましたからね。それになんだかんだで」



「おうおうおう、ここはガキの来るところじゃねえぞ!?」



「……となるんじゃないかと思いましたから」

「あー……」

「そうですね……」


 久しぶりだなこういうの。

 実際問題、登録できる年齢じゃないからな本来。それでギルドが登録を失効させることもないだろうし、Aランクライセンスを停止することはありえないだろうけども。

 魔法学院の制服はその辺りの印籠的なものだったのかな。それを知らない奴もいたが。


「なんだなんだ。坊っちゃんの方はビビってなにも言えねぇのか?」


 どうするかな。できればもう穏便に行きたい。目立たず騒がず。ここで暴れるとまた面倒が舞い込む。

 ならあんまり褒められた手法じゃないけど、


「よし、なにも聞こえなかったことにしよう」

「「「え?」」」


 無視しよう。勝手にやっててくれ。

 ということで適当な範囲に適切に防壁展開。


「てめえ!」


 掴みかかってきたようだがあとはどうなっても知らん。ビタンとかいう音が聞こえた気もしたがそれも知らん。


「そういえば一回も薬草採取って行ってないよな。ピクニックがてら探してみようか」

「ん、んん。あーうんそうだねー」

「えーと。そういえばそうですね。見つけたこともないですよね」


 二人はちらちら後ろを気にしている。憐れむような目と苦笑いなのはそういうことなのだろう。さらにそれに混ざるドカドカという音も。


「薬草採取は常時依頼ですね。手続きも必要ないです。あとはいつもどおりに、ですね」

「はい。そういうことでお願いします」


 アカネちゃんも困ったように笑っている。なんか息切れの声が聞こえるからそれかな。


「じゃ、行くか」

「おい……待て……くそ……」


 さすがに進路上にあるものは無視できないので避けて通る。結局は徹頭徹尾無視できてないな。

 ギルドを出て、街の門へとのんびり歩く。


「んかー、やだやだ。ああいうのがあると早く大人になりたいって思うなー」

「そうですね。それがなくても……ですけど」


 レアにちらりと見られる。もう別にそこを隠す必要もないんだけどな。


「どういう意味でも急いで大人になる必要はないさ。ちなみにあの手のはどうせ大人になったら『女のくせに』とか『魔法使いのくせに』って絡んでくるよ」


 たまに見たし。姉さんもよく話してたし。フレイアに聞いたらいくらでも教えてくれるだろう。


「……他人の心配ならいいんだけどな。そういう人が増えないもんか」

「フレイアさんに聞いたクロさんの話とか? いい人そうだったね」

「ええ」


 そうだな。オレもかく有りたいものだ。

 でもその前に人間不信を解消しなけりゃならないか。目処なんて全然立ってないけど……アオナ、元気でやってるだろうか。そう思うならこの前会ってやれよって話なんだが。

 次の機会には考えてみるか。今はこっちに集中しよう。


「それで、薬草ってどんなところに生えてるの?」

「森林や草原の領域で主に魔力濃度の濃いところだな。龍脈の上とか」

「龍脈の上ですか。だから庭では栽培できているんですね」


 この世界では薬効成分のある草花はともかく、ファンタジー的な意味での薬草は生活空間での栽培ができないそうだ。なら栽培できるところに畑を作ればいいのだが、『薬草有るところ魔物在り』で強い魔力は魔物も発生させたり呼び寄せたりする。エクスプロズでそれができているのはそもそも魔物が発生しない場所だからだろうな。あとはリーズの研究成果の賜物。


「魔力濃度の濃いところかぁ。ダンジョンとかは?」


 ダンジョンね。

 そういえばゲームによっては定番の場所でもあったよな。


「オレも全部のダンジョンを巡ったわけじゃないけど、見たことないな。ある意味世界で最も魔力に満ちたところなんだが」

「魔物がすぐに食べてしまうからでは?」


 それならそれで痕跡くらいあるはずだ。ギルドに報告もあるだろう。低ランクが危険を冒さないように緘口令が敷かれている可能性もあるけど、人の口に戸は立てられないものだし。


「そもそも薬草がどうやって増えるのかもわからないからな。花なんて見たことないし」


 無花果いちじくみたいな例もあるけど、その先の種を見たことがない。まさか地下茎で増えるわけはないし。っていうか「あちこちから少しずつ拝借して植え替えた」って言ってたよなリーズも。


「花が咲く前に摘んじゃうからじゃ? ってそれなら増えないか」

「やっぱり植物系の魔物なんでしょうか?」


 薬も過ぎれば毒というか、効果の度合いだけで同じものだ。魔道具だって魔物素材の作用を混ぜ合わせて作っているわけだから、ポーションもその一種だったりする可能性は無きにしもあらず。杖類だってトレントとか使ったりもするわけだし。


「あるいは精霊の親戚なのか」

「あー、精霊もまだわからないところが多いもんね」


 精霊がその辺から生えてくるのか。そんなことを聞いたらエルは笑ってティアさんは激怒しそうだ。

 だとしても精霊が増えず消えずってことはないだろうし、思いつきながらありえるのかもしれない。それよりまずエルフに見える理由と人に見えない理由の解明をしなきゃいけない。


「そのあたりを解き明かしたら歴史に名を残せるのかな?」

「かもしれないな。少なくとも命を救う助けになることだからな」

「魔法学院の誰かがそうなったりするでしょうか」


 とか雑談しているうちに森林領域に着いた。


「それじゃあ探知してみよっと」

「わたしもやってみますね」


 言葉と同時に魔力が飛ぶ感覚がする。

 摘まれたものと生育しているものでは魔力はやや異なるけど、サンプルはあったわけだから探すのもさほど苦労はしないかな。しかし。


「ん? んー……? んん?」

「あったような無いような……」


 二人とも首を傾げている。もしかしてと思いつつオレも探知を飛ばしてみる。

 なんだ、あるじゃないか。でも違和感があるってこともわかるし、その原因もわかる。


「それだけリーズがすごいってことだ」

「なるほどー、そういうことかぁ」

「リーズさんの育てたもののほうがいい薬草だということですね」


 龍脈の力と試行錯誤だな。むしろゼロベースの栽培なのだから発展しかないとも言えるか。

 つまり。


「結界を使えば薬草の安定的な継続収穫も可能になるわけだ。それだけで結構な収入になるよね」

「そうですね。ポーションのことを考えれば十分な供給はあるんでしょうけど」

「手法が完成されて流通が完全に定期化すれば値崩れする可能性はあるけどな。それにその辺で摘んできたやつがゴミになるかもしれない」


 それで冒険者が困るっていうのもあるが、それまでの正規品が桁落ちになって金の力が必要なものが通常品になるといろいろとバランスが崩れる。社会的にも良くないだろう。


「でもいつかはそんな日が来るんだよね。探知とかもそうだし」

「ユーリくんや無限色の翼プリズムグラデーション・エールのみなさんのおかげでわたしたちはまだまだ先にいますけどね」


 その日が遠いのか近いのか……神様は知らないだろうな。どこかの誰かが知ってるかもしれない。リーズは特別だけど大きく常識から外れてるとは思わないし、エルブレイズ殿下のように一度見てやってみたらできてしまう人が現れてもおかしくない。

 いや、殿下はかなり特殊か。案外オレがいなかったら二人はお似合いだったりして……なんて今となっては受け入れる気はないぞ。


「お、あったあった」

「根元の方を残して摘むんですよね」


 二人は要領よく薬草を刈っていく。

 根っこを残せば生えてくるのは雑草の習性でもあるが、もしかしたら薬草は自己回復してるのか? なんて聞いても答えてはくれないな。

 探知と採集を繰り返し、束を増やしていく。


「ちなみにこれ、根っこごと引き抜いて持っていくとどうなるの?」

「怒られる」

「怒られる!?」


 まあ実際そうだからな。一度だけ見たことがある。


「再生できなくなりますから当然なんでしょうね」

「加えて、根っこを落とさないと劣化が早まるっていうのもある」


 根菜が当然顕著だが、根を張る必要がある以上は土台がなくなった植物はそちらに栄養を多く送る。試しにやってみたら根から魔力を放出していたので、すぐに埋め戻して見なかったことにしたのは懐かしい記憶だ。

 ちなみに薬効成分の低下は薬師の小話みたいなものとして教本に乗っていたのだが、「人の感覚ってやっぱり侮れないな」と感嘆したのを覚えている。

 あとは、神経毒草の多くが根にその成分を持っているのもあるか。もちろん葉や花に持っている種もあるから当てはまるかどうかは知らない。


「それにしても、王都の周りじゃ全然見なかったのにこの辺は結構あるんだね」

「龍脈のこともありますけど、王都周辺だと採取する人の数も違いますよね。それもあるんでしょうか」

「かな。人がいないのはレヴの土地だっていう意識もあるだろうな。当人はこれっぽっちも不敬だとか言わないけど……関係性の問題かそれも」


 女皇龍エンプレスドラゴンも人によっては信仰対象で宗教だもんな。逆の人も大勢いるし、気にしない人が一番多いのかもしれないとしても。


「どうかなあ。神域って呼ばれてはいるけど、触れちゃいけないってわけじゃないからね。火山だからそれこそ拝礼とかするのに命がけなのはたしかなんだけどさ」

「帝国の守護神のような存在だったりはしないんですか?」

「そういう伝承は無いねー。レヴさんいわく昔はそういうこともあったらしいけど、時間感覚が全然違いそうだから」

「そうだな。『十年一昔』とは言ったけど、エルは百年でレヴは千年単位っぽいよな。『寝てることが多かった』って言ってたから定かじゃないけど」


 とは言え、二人にとってもこの十数年はきっかり十数年だったみたいだ。ちゃんと力を貸してもらうって決めたし、今後レヴが守護龍として扱われることもあるのかもしれない。でも無理や無茶はしないで欲しい。


「さて。あんまり刈りすぎてもよくないよね」

「もっと遠くの方からやるべきだったでしょうか?」

「そこは早い者勝ちみたいなのでいいんじゃないか?」


 どっさり納品すれば夢を見るやつが出てくるかもしれないが、いい加減そこまで責任は持てない。それに今回はまだ常識的な範囲だろう。


「よっし。じゃあ誘引でもして特訓と併せてガッツリ稼いだりとかする?」


 一瞬「色気が無いよな」と思ってしまったが、そもそも行動自体には色気は無いか。かつてセラが言ったように両手に花ではあるけど。持ってるのは草だとしても。


「誘引は普通の状況じゃないって気がするな」

「そうですね」

「いやまあそれ言ったら魔力探知で薬草採取してるのが普通じゃないからね? 隠蔽で魔物を避けてるから戦闘してないことのほうがもっと普通じゃないんだろうけど」


 違いない。

 しかし、素材をどっさり提出するのはいい加減抑えたほうが良さそうだよな。どうしてもって言うなら、あちこちのギルドで分割して無難に見せるってことはできるだろうからそれかな。


「じゃあ、探知を封印して自力で頑張るとか?」

「そういうのもやってみたほうがいいかもしれませんね」

「まあそうだな。結局最初のクエストのあとすぐに魔力探知を覚えたから普通にやってないもんな」


 それは二人だけじゃなくてオレもか。

 ほんとにいろんなことがあったな。レアとセラのことについても、懐かしいような昨日のことのような遠い昔のことのような。


「とはいえ魔法が使えなくなるなんてそうそう……」

「……ユーリくん?」

「どうかした?」


 日の高さを見るに、まだ結構時間はあるな。今日の目的はクエストとダンジョンだっけ。

 話の流れで思い出したけど、そういえばここのそばには“アレ”がある。


「せっかくだから面白いところに案内しようか」

「「??」」



 日本だと鉄の産地の問題からか刀鍛冶の居る地域は限られていたが、この世界だと規模はそれぞれとして鍛冶屋はどこの街にでもある。冒険者が各地にいることや、物流が発展しきれないことが大きな要因だろうな。

 しかし、その中でもリーフェットは鍛冶屋の多い地域の一つになる。だからこそかつてネレが居抜きのターゲットにされたということもあるわけだ。

 ではそもそもなぜ鍛冶屋が多いのか? その答えの一つが“ここ”の存在だろう。


「この大陸にはいくつかこういうダンジョンがある。性質からすれば珍しいけどな」

「うおおお、この感覚は覚えがあるうう」

「なんだか力が抜けていくような……こういう感じなんですね」


 魔奪石まだつせきとか吸魔石きゅうませきとか散魔石さんませきとか呼ばれる魔法封じの魔道具。その原材料が構造材になっているダンジョンだ。

 この中では魔法使いの力は大きく減衰され、基本的にはほとんど役に立たなくなる。なんの捻りもない通称は、


「“魔法使いの墓穴はかあな”。上手いんだか皮肉なんだか」


 とはいえ、時間単位で魔力を削られるのは万人共通。戦士系職は単純に積極的な消費分が無いというだけではある。


「最初に興味本位で立ち寄ったときは驚いたな。なにせ魔法が使えないんだ。魔法剣も安定しなかったし」

「……本当ですね。水の玉(ウォーターボール)が出ません。いえ、出はするんですけど」

「私ももう一回試して……やっぱり無理だ。っていうかあの部屋に放り込まれたときよりキツい感じ」


 おそらく、貴族の邸宅にはそれほど強力なものは必要ないのだろう。魔法に詠唱は必要ないわけで、魔法の構築自体は詠唱を開始した段階から始まっている。そのスタートを蹴り躓かせればそれだけで過程は雲散霧消し、結果に辿り着きにくくなる。使えても威力は著しく減る。そうなると万全の準備で迎え入れる側が圧倒的有利だ。


「でも身体強化は使えるんだよね」

「ええ。そこは問題ないです」

「体内魔力にまで影響を与えてたらそもそも誰も近づけないからな。『体表面で対抗して吸いきれない』っていうのが近いんだろうけど」

「ひゃ」

「わわ」


 手をつないだら悲鳴を上げられた。軽く凹む。声掛けもしなかったから仕方ないか。


「ゆゆゆユーリくん突然は心の準備が」

「別に手を引いてもらわなくても大丈夫だよ? ていうかレアだけにしなさいな」

「そうじゃなくて、この状態なら探知は使えるだろ」


 身体強化を応用して体内の魔力を操る。肌から発される魔力が体表を流れて防壁に似た状態になるように。さらに、普段放出される魔力がその内側を巡るように。

 そこから空間に魔力を飛ばす。この状況では綿密な魔法は作れないが、あたりに撒き散らすだけのような風なら起こせるし、爆発させるような発生はできる。


「魔力が体内を循環するように意識すること。魔法を使うときは一点集中で瞬間的に行うこと。基本はこれだけか」

「なるほどね。そういう方法なら行けるのか」


 セラがそう言うと、炸裂するような火が一瞬だけ現れて消える。

 次は水が出る、のかと思ったが特にそんなこともなく。


「レア? 大丈夫か?」

「は、はい。いまさらではあるんですけどちょっと刺激が強くて」

「……いやそーでないでしょユーリ君の言いたいのは」


 そのとおり、魔法を試さなくていいのかってことだ。特にレアは積極的に近接戦闘を挑むほうじゃないし、このダンジョンと相性がいいとは言えない。だからこそ修行になるというのもあるんだが。


「そういえばユーリ君、空間圧縮は? 防壁ごと消えないの?」

「防壁自体は圧縮の保持に使ってるだけだからな。ある程度の硬度があるものに押し込んでしまえば必要はないんだ。その代わり自在に展開はできなくなるけど」

「へー」


 これの確認も目的の一つだった。ここと同じような状況下に押し込まれた場合、下手したら展開された物に埋もれて圧死する可能性もあるわけだから。

 そのまま空中に残している分も、連続で防壁展開をし続ければ保持できることもわかった。オレが妄想して実際にララが受けたっていう散魔石の攻撃が掠ってもボロボロ物が落ちてくることもないわけだ。

 ただ、探知ができないから大雑把で広い規模に展開しなくちゃいけなくなるから現実的じゃないのかな。

 それと、あと一つ確認してみたいことがあった。


「さあ、こちらに取り出したりますはなんの変哲もない魔力結晶でございます」

「いきなりなに?」

「実は特別な……ということですか?」


 いやほんとにただの魔力結晶です。

 ただしオレが生成したものだけでなく、魔物から手に入れたものもいくつか種類を用意している。それを二人にも持ってもらう。


「端的に言えばこれは剥き出しの魔力の塊だろ? こいつも目減りしていくのかなって。していくとして、魔物のものとオレが作ったもので差があるのかどうなのか」

「そういうことか。どうなんだろうね?」

「気になる実験ですね」


 三人ともに手のひらに乗せた状態でしばらく待ってみる。体内魔力はじわじわと減っていくが、魔力結晶が変わった様子はない。秤も持ってきたほうが良かったかな。


「そこら辺に隠しといて、奥まで行って帰ってくるとかしたら駄目なの?」

「ダンジョンに食われるかもしれないからそれはちょっとな」

「そっか」


 オレ自身は試したことないから実は本当かどうかはわからない。でもフレイアの覚醒時のことを考えると、魔力とかその類のものがダンジョンに吸収されるのは間違いないと思う。それだけでなくて外から持ち込まれた“あらゆるモノ”も。


「悪いな、時間を浪費させて」

「これくらいならね。だいじょーぶ」

「大事な実験だと思いますから。ユーリくんが調べたくなるのもなんとなくわかりますし」


 さらにしばらく待つ。

 変わらないな、どっちも。


「変わった?」

「いやまったく」

「感じ取れるような変化は無しです。探知でも放出された感じはありませんね」


 固形化した魔力は自然に散逸しない。けれど今までやってきたように魔法の触媒にはなる。これは一つ大きな実験結果を得たかな。

 物体は存在する以上なんらかの変化をしているものだが、結晶化した魔力にはそれがない。当然か。変化してるんだったら翼のみんなに渡したペンダントが変質してる。

 それよりも、だ。


「前から考えてたけど、みんなも擬似精霊魔法エクスターナル・エレメントマジックを使えるかもしれないな」

「え、ほんと?」

「各属性でも魔法陣は描けるだろ? 問題はバーストによる魔力供給だったわけだけど、魔力結晶をその代替として使えばいいわけだから」

「なるほど……つまりユーリくんの風魔法も。夢が膨らみます」


 残念ながらこの中でのぶっつけ本番までは難しいだろうな。後日あらためて実験するか。


「さて、長々と実験に付き合わせて悪かった。ダンジョンアタックと行こう」

「やっと本題か。レアは大丈夫?」

「魔法を使わない戦い方は考えてます。試すいい機会ですね」


 三人それぞれ、刀と細剣と大杖を構える。

 では、魔法使いの墓穴をただのトンネルに変える戦いを始めようか。



「さすがに普通よりキツかったー」


 ダンジョンの外に出たセラが盛大に伸びをし、


「どうしても魔法に頼ろうとしてしまいます。臨機応変に行かないといけないのと、刃付きの武器も必要でしょうか」


 レアは反省点を考え思考の海に潜りかけている。二人ともまだまだ余裕だな。

 オレも魔力量にはかなりの余裕がある。特殊状況下の想定はもちろん、瞬間展開の特訓にもなったから実入りは多かった。定期的に来てみるべきかもしれない。


「レアは魔力平気?」

「はい。でもマナポーションは用意してありますよ。どうぞ」

「ありがとな、レア」


 レアが差し出したポーション瓶を受け取る。必要ない気もするけどせっかくの好意だ、飲んでおこうか。

 口をつけて、違和感。


「……売ってるのと違うな」


 怪訝な物言いになってしまったが、悪い感じではない。むしろ次が欲しくなるし味わって飲みたくなる。

 フレーバーティーとかに近いか。リーズが似たものを出してくれるが、それともまた違う。なんとなく遠い記憶を呼び起こされる気もする。

 ああ、そうか。清涼飲料水っぽいのか。いつの間にか飲み方もそれっぽくなってるし。


「うん。よく効いてる感じもするし、それよりなにより飲みやすいね。ずっと味わってたい」


 マナポーションによる魔力増強の再悪手ポイントは「様々な理由で危険」なところだが、その他地味なところで「大して美味くない」というのがある。ポーション類共通だし、レインさんとも話したけど漢方や生薬みたいなものだからな。なんとも言えない味がする。

 しかし、ここまで美味いとガブ飲みや常飲しそうだ。となると過剰回復も起こりやすい。不味いのもそれはそれで役に立ってたってことなんだな。調味すると成分的に当然効果が落ちるのもあるとしても。


「こんなの売ってたの?」

「いえ、自作です。リーズさんに教わって作ってみました。味の方はお姉様と検討しながら調整を」


 なるほど、レインさんならもうちょっとなんとかならないかと思ってどうにかしようとするか。言っちゃあれだが、転生前は栄養ドリンク依存症になっててもおかしくなかっただろうから。身体に悪いし、皮肉みたいで悪いけど転生してよかったな。

 それと、


「レアも道を模索中ってことだね」

「はい」


 二人とも、どんな魔法使いになるかを話しきっていない状態でオレが何者でもなくしてしまった。野山に分け入り住み着けるとしても、残念ながらそれだけでは生きてはいけない。

 ……ていうか、その身銭をネレとリーズとアカネちゃんに頼ってる現状は完全にヒモでは? オレの個人資産は転生前後分共に共有資産にしたものの、それで一生分でもなし。

 今日みたいなこともあるだろうけど、目立たず、騒がず、ちょいちょい冒険者としての活動をしていかないと駄目か。リーフェットに買い出しに行くついでとかで。

 目立たないとなると誘引ももう気軽に使わないほうがいいな。食料の確保や、せいぜいリーズのための素材集め程度にしておくべきだ。


「定期収入は無理にしても、なにかで適当に収入は得ないとなぁ。身を助ける芸は特に習得してこなかったなそう言えば」

「え? ユーリくんはお風呂とかいろいろ作って売れますよね?」


 あ、そうか。そういう手があったか。いつか誰かに真似されそうだけど。

 ビスクドールも作れたんだった。等身大陶器フィギュアは危険な需要もありそうなので考えものだけど、雛人形とかなら売り物になってさらに流行る可能性はあるだろうか?


「身を助ける芸かぁ。なら私もこういうの作って売れるかな……あ」


 思い悩むような顔からいつかのような金勘定でもしたのか悪い顔に移行したセラだが、すぐになにかを思いついたような表情になった。

 ただ、その感じはあまりいいとは言えない。悩んでるみたいだけど、なんだ?


「どうしたんですか、セラ?」

「あー、うん。ほら、このポーションさ。ある意味レアの汗と涙の結晶なわけじゃん?」

「汗と涙の結晶……ですかね?」

「出たんならそうだろうけど」


 そこまでは言いすぎかもしれないが、感覚的にはそうか。試行錯誤と努力の結晶ではあるわけだし。その過程で緊張や疲労に汗したり調味の失敗で涙した可能性はあるわけで。

 表情はともかくそういう努力を讃えようとしたのだと思った、のだが。



「そう考えたら採用すべきかせざるべきか悩むすごい商品名が思い浮かびましてね。『レア汁』って」



 その言葉に、オレとレアは盛大にマナポーションを吹き出した。

 なんつーひどい名前だ。



「はい、薬草の納品を確認しました。お疲れさまです」


 アカネちゃんが報告書に判を押してくれる。これでクエスト完了だ。


「……それではまた明日」


 こっそりとそう告げて来たので、頷いて返す。

 ん? 明日? 夕方……は今だから夜ではなく?

 一瞬疑問に思ったが、ここで聞き返すことはできない。通信魔道具を使うのも周りの目がある。

 疑問に思いつつ街を出てしばらく。人目もなくなったところで身体強化を使って走り出そうとしたのだが。



「二人とも、帰るのはまだ早いよ!」



 セラが腕を組んで立ち塞がった。


「うん?」

「はい?」


 レアと首を傾げる。

 たしかに急がなくてもまだ帰り着ける時間だ。できることはある。


「まだ戦い足りないのか?」

「元気ですね、セラ」

「そうそうまだまだやる気に満ち溢れてって違う」


 いいノリツッコミだ。

 でも他にやることなんてあるか? リーフェットの中でなら買い物だの食事だのやれることはいくらでもあるけど、もう街の外だぞ? というか、ギルドに報告に行く前にそういうのは済ませたよな。


「ではどうするんです?」

「外泊許可を貰ってきたのだ。だからまだ帰らないのだ」


 なるほど外泊ね。

 ってなんのキャラだよ。


「泊まるにしたってリーフェットはもう遠……くはないけどわざわざ戻るのか?」

「他の街も無いですし」


 どうにかこうにか他の街や村に行けないことはないが、宿があるかもわからないしあまり意義を感じない。それならなんで街の中で言ってくれなかったのか。

 と思ったら、セラは今日一日肩がけにしていた“見覚えのある鞄”を開いた。


「ふへへ。他の皆様には夜営をする許可をもらってしまったのだ」


 空間圧縮を付与した鞄。そこからさらに袋を取り出す。そっちも見たことあるな。天幕のセットか。

 セラは取り出した袋を高々と掲げ……胸元まで下ろして、首を傾げ。



「で、これどーやって使うの?」



 オレにとって“テント”とは、袋状の布を十字やX字の骨組みで持ち上げるような構造のものだった。

 対してこの世界ではビーチパラソルにカーテンを付けたような構造が一般的らしい。折りたたみ傘のような構造のそれは特に慣れるまでもなく数秒で展開可能だ。暴風には弱いだろうけど、そこは風殺石がある。個人用のでも二、三個あれば十分に全体が収まる。

 言うまでもなく防衛陣地としては心許ないが、野宿するような場所なら魔物や野盗に襲われる危険もあるだろうし、有事に飛び出せることが必須で雨風は最低限防げるだけでいいのは逆に理に適っていると言える。どれだけ強固な設計にしたところで砦になるわけでもないものな。

 で、キャンプ地はいろいろ考えたが、薬草採取をした森林区域に川が流れている場所があった。魔物の襲撃があり得るのはどこでも同じ。水場は避けるべきだが、雨の気配がなければ環境としてはベターだ。


「あとはどうする? オレたちの魔力なら一晩中防壁を張っても枯渇することはないと思うけど、リーズなら結界展開の魔道具を持たせてくれてるだろ?」

「ユーリ君の言うとおりリーズさんから貸してもらったけど、初めてだしそこは自力でやろうよ」


 言うなりセラが防壁を張る。構造的にはテントをそのままデカくした感じか。空気循環も問題無い。


「これでよしと。次は火だね。薪はそのへんの木を切り倒せばいいのかな?」

「生木は水分量が多くて燃えにくいぞ。燃えても煙が出る。魔法で乾燥させることはできるけどな」

「そうなの。んー、そこは良しとすべきかどうか」

「とりあえず、落ちているものが無いか見に行きましょうか。無ければ魔法で対処しましょう」


 せっかく張った防壁を一度解除。あらためて宝石を使って入り口を抜いて張り直す。

 入り口分は別で用意。本来なら一人は残るべきなんだろうけどな。そこは初回の特例ってことで。

 探知ではなく目視で枯れ枝や倒木を拾い集める。一晩保たせようとするとそこそこの量がいるんだよなぁ。動物ならともかく魔物だと寄ってくることもあるから臨機応変にしないといけない。キャンプと夜営は違う。


「魔力隠蔽の魔物除けは初めて会った頃からリーズが売ってたけど、全自動焚き火みたいなのもあるといいのかな」

「あると便利だろうけど価値観壊れそう」

「ですね。リーズさんなら無理ではないんでしょうけど」


 まあ、それだけでそこそこのサイズの荷物になるだろうから売り物にはならないかな。労力や手間を考えると逆に無くてはならないものになりそうなんだけどなあ。

 現地調達を合理的と感じるかは人それぞれか。昔からオレは身体強化で物の持ち運びはさして困らなかったし、今は専用の魔法もある。普通の価値観とは相容れない。


「これで足りる……ような気がしないね」

「多いに越したことはないですよね。足りなくなると困るわけですし」

「そうだな。余ったのは持ち帰ればいいだけだし。よっと」


 風牙を抜いて横一線、木を斬る。倒れる前にさらに数度横に振り抜いて輪切りに。外皮に沿って横回転するように蹴り上げて今度は縦に数閃。よく見る薪の出来上がり。


「おお……」

「お見事です」


 そこそこの離れ技をやったつもりだが、二人とも慣れてきたな。


「セラディアくん、同じようにやってみよう。ルートゥレアくんはウォーターカッターで一瞬で」

「できるかぁ! と言いたいところだけどチャレンジしよう」

「あ、たしかにウォーターカッターならできますね」


 さすがに蹴り上げることはできなかったが、セラは空中に放り投げた丸太を同じように剣閃で薪にした。防壁を使ったのは工夫と言うべきかズルと言うべきか。

 レアの方は、複数本の水刃を操ってオレが言ったとおりに一瞬で仕事を終える。

 残った枝葉の部分も適当に払って、と。


「で、集めて乾燥」


 四方八方から魔弾と魔力放射を撃ちまくって一箇所に集め、真空状態にしたり湿度を下げたりして乾かす。終わったら空間収納に押し込んで。


「じゃ、戻ろうか」

「そだね」

「はい」


 キャンプに戻ったらもう日が落ちそうだった。さっさと火を起こさないと。

 取り出した薪を適当に積み上げ、細かい枝や葉を隙間に押し込む。セラが着火してオレが送風と内部気体の組成調整。あっという間に焚き火の出来上がり。厚みいろいろで輪切りにしておいた木を座布団と椅子代わりにして囲む。

 で、メシは?


「ご飯はこいつだ!」


 セラが取り出したるは干し肉とドライフルーツ、ってそれもリーズから分けて貰ってきたか。あとはリーフェットで買っていたパンとかお菓子とか。お土産じゃなかったんだな、それ。

 それで栄養は取れるし腹も膨れるが、ちょっと侘しいな。


「野菜も出すか」


 真空保存乾燥野菜チップス。冒険者稼業に行くと聞いて一応持ってきてよかった。ただ、このままだと侘しさは大して変わらない。


「鍋持ってきてないか?」

「あるよー。おたまも。網とかも入ってるけどそれもいる?」

「さすが」


 擬似精霊魔法エクスターナル・エレメントマジック土の壁(アースウォール)で即席のかまどを作る。その上に網を置けば鍋を置いても安定させられる。

 かまどにも火を起こし、同時に干し肉と野菜チップスを鍋の中に放り込んで、と。


「レア、お湯を頼む」

「はい」


 既に沸騰した鍋を網の上に置き、火にかける。蓋ではなく魔法で密閉し、やや気圧をかけながら多少柔らかくなるまでしばし煮る。

 オレ一人なら「これでいいか」で終わるが、ここはさらにレインさんの協力を得て開発されたデミグラスソースの瓶詰めを加えて混ぜる。ブラウンシチューの出来上がりだ。準備は万事だね。でも。


「……ここまでのは初めてやったけど薄いかな」


 おたまで掬うとちょっと粘度が低い。煮詰めればいいのかもしれないが、匂いは素晴らしいので待つのはキツい。とろみを付けるにはどうすればいいのかな。片栗粉か?


「いいんじゃない?」

「ユーリくんの手料理ならなんでも」


 レアのは慰めになるのかはわからないが、実食してみないとわからないか。

 取り出された皿に盛り付けて。あとはセラの用意してくれたパンを添えて、いただきます。味見と毒味にオレから。

 うむ。「ビーフシチューです」と言われて出されたら違和感があるだろうけど、これはこれで。


「ほうほう。干し肉だからちょっと歯ごたえがあるのは気になるけど、悪くない感じ」

「はい。それに素材だけで済ませるよりずっと豪華ですよね」


 キャンプのカレーでもスパイスから作るようなことはなかったから、これでも充分か。もうちょっとペースト風にするか固形化してしまえばもっとまともになるだろう。粉もあったっけ。そっちの製法を確立できるかはレインさんと要相談だな。


「よくよく考えればユーリ君の手料理は初めてだ。良かったねレア」

「あ、そうですね。やりました」

「喜んでくれて嬉しいけど、次にも期待してほしいかな」


 別にこれで打ち止めってわけじゃない。今となってはレアのほうがずっと料理ができるだろうけど、頼まれればいくらでもやる気はある。


「はい、そうします。ショウユとミソができれば料理をしてもらう約束もありますもんね」

「いやー、青春青春……青春かなこれ?」


 どうだろうな。ちょっと違う気もする。キャンプも青春だから間違ってないか?

 それなりの空腹はなかなかの調味料で、鍋はすぐに空になった。洗い物はレアが水属性放射ウォーターブラストで手早く済ませてくれる。道具を鞄に詰め直し、かまどは崩して火は一つにまとめる。

 しばし火が爆ぜるのを眺める。焚き火の音ってリラグゼーションBGMにあったよな。


「悪くないね、こういうの。こういう生活もあり得たんだね。今日はありがと、レア」

「いえ。わたしも貴重な経験でした」

「学院の夜営実習は二年次だったか? それから比べれば早い気もするし、在学中にやってきたことを考えると遅い気もするし」

「あー、あっちこっち行ったけど夜営は……しまった攫われたときにやった。ちきしょー」

「……でしたね」


 オレたちは四半日くらいで越境をしたけど、セラは数日かかってるんだよな。レアにいたっては王都に居残りだった。


「でもあのときはある意味お客様だろ。自分でなにかやったわけでも無し、今回が初めてでいいさ」

「じゃあそういうことにしておこうかな」


 腹が満たされれば舌も回る。夜は長いし始まったばかりだ。


「そう言えばこんなときにする話じゃないんだけどさ。ユーリ君が殺すか殺さないかみたいな話をしてたじゃん? アレちょっと気になったままなんだよね」


 殺す殺さない?

 あー、『魔人殺しが殺人になるのか』とかそういう話をしたときのやつか。そういえばいつか話すって言って話してないままだった。


「単純に、人間である限りは可能な限り殺さないようにしようとは思っているってくらいかな。でもこういう話をすると根源的というか価値観というか身も蓋もないというか、そういう話をせざるを得ないんだが」


 っていうか、時々忘れそうになるけどレアもセラも十三歳なんだよな。日本の学校教育だと倫理の授業は中学からあって、哲学自体の触りは道徳として小学生でもあったわけだけど、さすがにこういう話はなかったはずだ。殺人は基本的に違法だからするわけないんだけど。

 いやそれを言うと、この歳でハンターやってる人もいなかったか。そういう世界だからこそだな。

 叙情的に見せるわけではないが、焚き火に薪を放り込む。


「人間ってなんだろうな?」

「……なんか前もこんな話し出しがあったような」


 そうだったか?

 ともかく、セラも言ってたよな。「魔人を人としてカウントすべきかどうか」って。


「種族としての話ですか?」

「いや。レヴを“一人”として扱うのかっていうのは初めて会ったときに考えたけど、概念……区分的なものかな。辞書的な定義についてなら遺伝子っていうのがあって、その大元の共通部分、まあ生物としての設計図みたいなもので分類できるんだが」

「へー」


 セラがイマイチ理解できてなさそうな声を出すが……オレも理解しきれてるとは言い難いし、そこから踏み込んだ説明は今は必要ないだろう。証明できないことを置いておくとしても。


「それはそれとしてっていうか、今は人間も獣人も魔族もドワーフもエルフもドラゴンもひっくるめて“人”って区別で話すとして。なんていうか大雑把にわけるとさ。普通の人と、野盗みたいな討伐対象になる奴らと、魔人がいるわけだろ」


 火種にせずに余っていた枝で地面に紐人間の絵を三つ描く。普通の人にはスマイル、野盗には三角白目、魔人には角を付け足し、間に線を引く。現実はこんなにわかり易くないが。


「んー、この区切りだと野盗から人間かどうか怪しくなる感じ?」

「わたしは魔人からでしょうか」


 言ってから、セラとレアは顔を見合わせる。


「どっちの感覚も間違ってないとは思う。実際はこんな単純な三択じゃなくて、犯罪歴のない普通の人にだって粗暴な人はいるし、そもそもバレてなかったり捕まったことがないだけかもしれない。対して野盗の中にも食い詰めたりして仕方なくそうなった人もいるのかもしれない。それで許されると思えないけど」


 腕を振り上げた普通の人と泣き顔の野盗を描き加える。


「ほかには、罪を罪と思わないやつなんかもいる」


 満面の笑顔の野盗を描き加える。描いてるオレはこれ以上ない虚無の感情になっているのがわかる。


「あらためて見ると……事実なんですけどなんとも言えないですね」

「……嫌な無限色プリズムグラデーションだね」


 ほんとに。

 多様性を認めるなら当然これも認めないといけないんだけど、オレも心が許さない。でもこの辺の矛盾に目を向けてもいない人って結構いそうなんだよな、いろいろ鑑みるに。

 究極的な答えが多くの宗教であったらしい「異教徒は人間ではない」って考えなんだろうけど、それもちょっと。同教徒間でも軽重犯罪はあったわけだし。どう区分を引き折り合いをつけるかは生涯をかけて探し続けないといけないんだろう。


「ついでに、聖都で戦った魔人は力と意思を制御できてるみたいだった。だとすればいずれは正義の魔人みたいなものが現れるのかもしれない。今のところは万に一つくらいの可能性かな」


 笑顔の魔人も描き入れる。ついでに勇者パーティでも描いておくか。こいつらがどういう立場なのかは実際に現れて会ってみないとわからない。

 魔王のヴォルさんはどう描くかな。角があるわけでも無し。普通の人の区分だから普通の人にマントとかつけとけばいいか。それじゃわからないから名前も書いたり。

 ……だいぶまとまりのない構図になったな。


「うーん、いろんな人がいるね。人とも言いたくないのも」

「ええ。それに正義の魔人ですか」


 二人ともここまでの話に思うところがあるみたいだな。わかる。

 でも力は力に過ぎないわけで、オレたちだってそれに振り回されてないだけと言えなくもない。むしろ振り回されている面もあるのかもしれない。ある程度は我を通せてきてるのもそのおかげだろう。オレ自身も魔法の力を得て明確に変わったと思うし。


「変な話も混ぜてすまん。そういうのは出てきてから考えればいいよな」

「まあでもそれはそれで出てきてほしくはあるかなぁ。そっちのが救いはあるわけだし」

「そうですね。難しいでしょうけど」


 あるいはそれが目的……無いか。だとしたら善人も魔人になっているし、探知なんてするまでもなく魔力が濁っているような人間を狙い撃ちするはずもない。ララも含めた聖女見習いとして集められる聖属性の少女たちがそれなんてこともないし。


「話を戻すけど、オレの場合は単純に救えない奴には容赦しないって感じかな。タガが外れるって言うけど、一度犯罪を犯すと平然と再犯するっていうのはたぶんどこの世界でも同じだと思う。愉快な話でもないけど、自分で積み上げるより人から奪ったほうが楽だからな」

「えぇ……?」

「そうでしょうか……?」


 二人がまともな感性を持ってくれていて安心する。どうかそれを失わないままでいて欲しい。

 だが、これも一面では真理なのだと思う。


「初心者冒険者が半日かけて死にそうな目に遭いながら薬草採取で銀貨五枚稼いだとするだろ。強盗は彼を殴り倒して一分で銀貨五枚稼ぐ。犯罪が無くならない根本原因の一つはそれなんじゃないかな」


 あとは心理的な快楽。加害者は被害者より力を持っていることを証明できるわけだから。

 よく聞いた言葉だ。「犯罪者の気持ちなんてわからない」とか「あの人がそんなことをするとは思わなかった」とか。つまり、「他人を分かれ」とかお題目を言いながらわかろうともしないしわかってもいないという矛盾がそこにある。やり過ぎると同化するのはフィクションではよくあったネタだし、精神科医が病みやすいっていうのも話としてはあったけどな。


「……わかるけどわかりたくない」

「……はい」

「それでいいと思うよ。でもその感情だってホントはわかりやすい反応でしかないのかもしれないけど、誰もそれを考えない。だからわからないんだろうな、それだけじゃないってことも。ネレとフレイアのこともあるけど、二人だって周りを恨んで好き勝手生きることだってできただろうにそうはしなかった。『偉い』って言うとこっちが偉そうだけど、それでもオレは偉いと思う」


 そこは疑う気はない。立派だよ、みんな。

 オレの場合はもうどうにもならなかったからな。相手とはもう絶対に邂逅しえないのだから。邂逅したところでどうもしないし、なにをする正当性もないし証明もできないんだろうな。


「あー、ネレさんとフレイアさんね。立派だよね」

「そういう人もいるんですよね」


 ん? ネレとフレイア?


「いや、今オレが言ったのはセラとレアのことだぞ」

「へ?」

「わたしたちですか?」


 話の流れ的にネレとフレイアのことだと思っても仕方なかったのだろうか。明確に目的語と主語を分けたと思うんだが。


「オレが秘密を明かしたときに言ってただろ、悪い方に転がる可能性もあったって。でもそれ以前にもいろいろできたはずだ。わかりやすいのはセラか。それこそ“皇族パワー”で気に入らないやつを片っ端から処断していったらそれなりに平穏な世界はできたんじゃないか? 陰口を叩いてたやつらだってどうとでも罪には問えただろうし」

「ああ、うん。そうかもね。認めたくないけどフレイアさんみたいなこともあるもんね」

「レアだって……まあ時代とともに移り変わるのもあるしこの世界だと虐待の概念は薄いし実際そうじゃなかったわけだけどさ。不意をついて力でやり返すことは誰にでもできるし、不良少女になって家の名誉ごと地に落としてやることもできただろう」

「ふふ、それはいいですね。不良少女ですか」

「レアから一番遠い言葉だね」


 笑われてしまった。「グレる」って表現は通じないだろうし、どっちも転移前でもすでに死語に近かったかな。

 それでも、二人が復讐とかそういう道には走らないだろうっていうのはわかっていた。だからいろいろ度外視して力を貸そうと思ったんだし。


「でも自分なりの正当性があったとしても、見る人から見れば悪にしか見えない。禍根は必ず残る。オレだってそんなセラは暴君だと思うだろうしレアは同情はできても肯定はできないと思う。だからどんなに苦しくても耐えないといけないんだろうな」

「はは、そうだね。それを耐えた分のご褒美はあったってことかな」

「ええ。今こうしているわけですから」


 そう思ってくれればありがたい。後悔されないよういっそう努力しよう。


「オレとしては、人である限りは人の法で裁くべきだと思ってる。ただ、犯罪者のいくらかや混沌みたいに自分たち以外を使い捨ての道具かゲームの駒みたいなものとしか思ってない奴もいる。そういう奴らに容赦する気は無い」


 前者には木刀と魔力斬を。後者には風牙と風閃を。使い分けと手加減ができるなら結果の制御もできるわけだ。


「なるほどねー。それがユーリ君の線引きか」

「参考になります」


 殺しの基準が参考になるのもどうかと思うが、この世界では必要な話ではある。

 いや、どんな世界でも必要だったのかもな。死刑の基準や是非というのもこの延長線上か周辺にある話だったんだろうから。『殺人を完全に否定できる論理は存在しない』みたいなのもあったよな。


「ただまあ正直なところ、『これ考えたらヤバイな』って思いつきからの逆算もある」


 人間としての最低のラインというか、超えちゃいけない壁というか。


「うん?」

「はい?」


 首を傾げる純粋な二人に躊躇する。

 その純真さは美徳だしあまり口に出したくはないけど、こういう問題は本音で話さないといけないものだろうな。

 躊躇せず、悪人として描いた人間の首全てに横線を引く。


「『こいつは殺したほうが楽だな』って思って実行したら、そのまま人として終わるんだろうなあって」

「あー……」

「それはダメですね……」


 これも実際のところ、多少でも腑に落ちる時点で考えついていることでもある。というか、その究極のところが殺人や戦争だという面もあるのだろうし。


「みんな話し合いで済めばいいのにねぇ」

「そうですね。お父様とお姉様ともちゃんと話せばわだかまりも解けましたから」


 そうだな。それが理想だ。

 だけど現実はそうは行ってくれない。ララにしたバベルの塔の話のように、言語の壁が争いの種になることもあるけど、


「同じ言葉を話してたって話が通じるとは限らないからな。まあオレも最近まで誰かさんにさんざん言われたもんだけど」

「ユーリ君に? 誰かさん?」


 ……眼の前の人はなんで首を傾げてるんですかね?


「セラのことですよね。わたしも最初はそういう感じでしたけど」

「私!? ……あ、そういえばそうだ」


 あとはティアさんとか。姉さんの前提があるからあの辺は煽りもあったんだろうけどさ。最終的にはちゃんと話を聞いてくれるし。


「そこは知識や常識の違いだから話せば分かるとしてさ。誰にだって譲れないものはある。それを知るためにも対話は大事だ。でも、対話する気も譲る気もないやつっていっぱいいて、関わるのをやめようと思っても近づいてきたりするわけでさ。懇親会前後のとか、ベニヒさんに聞いたみたいなわざわざステルラに来て暴れる獣人嫌いとか、フレイアとクロさんマオさんの別れの原因とか」

「わー、ちゃんと例があったー」

「それもすぐ近くにです」


 解釈問題なのでいくらでもこじつけることができるかもしれないが、それでも例には困らないと思う。意識せずそうしてる人もいるけど、イチャモン付けるプロは少なからずいる。愉快犯もそれ以上にいる。


「あとは、王都のギルマスやアカネちゃんが言ってたみたいに『人を殺すことを楽しく感じたらお終いだな』ってのもあるな」

「それもわかります」

「楽しくなりたくない……」


 誰にでもあるはずの上昇志向。その比較対象が昨日の自分なのか他人なのかの問題でもあるのかな。他人に向いた究極の一つが殺人。力を持って他者を制す。万引きなんかも生理的欲求からじゃなくてスリルと快感を得るためなんて話もあったし、人間の心理っていうのは表裏一体かつ別体でもあると考えたほうがいいのかもな。


「そもそも人を殺すのはダメだよね。その“人”が何かっていうのも今話してたことだけど」

「そうですね。そこはわたしもセラもユーリくんも違う感じでしたけどね」


 オレとレアの違いはさほどなかったように思うが、そうではないということは人の形をしていればまだ人と判別するってことかな。それを優しいというべきか甘いというべきか、それこそオレには判別できない。


「法に則ればそうだな。でも逆に、大義の元に法で人殺しが許容されることもある。野盗の討伐だけじゃなくて死刑もそうだし」


 二人にはというか、さっき話したとおりセラにはある意味薄氷の向こうかもしれなかった世界だ。


「そっか。そういうのもあるね」

「死刑ですか……」


 年間数人くらいだが、そういう報は出回る。オレだって転生前を含めて何度か野盗や犯罪者をギルドとか衛兵に引き渡したことがある。奴らもその後はその報の一つになっただろう。


「あとは、戦時下なんかそうだな。長く戦争が無いからそういう感覚はこの世界には無いんだろうけど……いや、オレも別にそんなのはなかったか」


 第二次世界大戦の尾は確実に引いてたけど、実際の戦争は報道やフィクションの出来事って感じだったもんな。直接巻き込まれてないからだろう、災害ですらそんな感じがあった。


「ユーリ君の世界はあっちこっちで戦争があったんだっけ」

「大なり小なり。戦争してなくても実は休戦状態だって言えそうなところもいっぱいあったな。“冷戦”ってのもあったくらいだから」

「冷たい戦争……ですか?」


 この世界だとストレートな言葉は無いな。英語圏では『コールド・ウォー』だったからあながち間違ってはいないんだろうけど。


「情報線とかにらみ合いとかそういうのだよ。表立って人は死んでないけど裏ではどうだったのか」


 って、これはあんまり関係ないか。策謀巡らせて自爆してるやつもいただろうけどそれも入っちゃうからな。


「戦争と言えばこんなのはどうだ? 数はもううろ覚えだけど……『一人殺せば犯罪者、十人殺せば殺人鬼、百人殺せば英雄』」

「うえ、何その言葉……」

「最後のはちょっと……」


 これについても二人の感覚は理解できる。百人殺せば絶対的な正義になれるなんてのは受け入れられない。オレもそれ自体は同感だ。


「最後のは戦時下の話だろ、きっと。まあ、そういう話を主に持ち出すのは創作の中の殺人鬼だったと思うけど。だから詭弁の面が強かったというか」

「あ、そっか。戦争中ならそうなるのか」

「軍隊相手であれば、それでも少ないのかもしれませんね」


 人や軍隊の規模が小さいこの世界でも、戦争ともなれば私兵や民兵が集まって千から万単位の軍勢になることもあるだろう。剣と魔法主体で個人の力量に大きく左右される分、個人の戦果も当然偏ることになる。“対軍魔法士”って肩書があることがそれを予期してるとも言えるのかもな。

 と、この解釈関係は余談だ。


「つまり、どんなことだって正当性を持たせることはできてしまう。生理的反射で忌避してしまうようなことでも。とまあこんなことは話すべきじゃなかったか」

「聞いて後悔はしてるかな。でも知らなくていいとは言えないかなぁ。ユーリ君が前に言ってたけど、戦争がどこかにある世界ゆえの話っていうのもあるんだろうし」

「ユーリくんが勇者とか英雄とか言われたくないしなりたくないのもわかる気がします」


 そもそも生殺与奪を裏に含むからな、そういう単語を公的に使うのって。器じゃないのも多分にあるけどさ。

 この世界にはそんな歴史はないようだけど、人権侵害どころか大量虐殺が生まれた社会背景が構築されてしまったことは幾度もあった。その上に立った人間もおそらくその場では「英雄」と呼ばれたんだろうし。


「だからまあ、シムラクルムでのことみたいなのは別として、静かに波風立たせず行きたいなって思ってたんだけどな。脅威に思われて人も時も構わず絡まれてたらたまらない。だから目立つ気はなかったんだけど、そううまくは行かなかったな」

「そりゃ無理でしょ、と思ったけどアイリスさんのことを聞くにやむをえずって感じだよね。私たちのことについてもそうだけど」

「クアドリさんだったころの勇名も広まっても良さそうですけど、そうなってないですもんね」

「とはいえ、言ってるほどユリフィアス・ハーシュエスの名前も広まってないけどな」


 あの魔人はどこかから聞いてたみたいだけど、一般の人には全然だもんな。ヴァリーですら知らなかったし。

 もちろん、名前を売って殺しに来るのを迎え撃つ方法もある。現状そっちなのかもしれないけど、それをするには守りたいものが増えすぎたし、これからもどんどん増えていくことになるだろう。


「他人の死生論については、転生するのが人間以外だったらまた違う見え方をしたのかな」

「そっか。ユメさんとかミアさんも私たちと違う感覚してるよね。リーズさんも」

「わたしなら反撃しちゃうかもしれません」


 三人も正当防衛を否定はしていない。それでも、過剰防衛って罪があったことを考えるとどう考えても過少防衛って気がする。

 やりすぎないために強くならないといけないっていうのも変な話だが、攻撃を最大の防御にするのは駄目ってことだろうか。人類皆兄弟的な考え方を貫けるのって心から尊敬する。


「……話しといた上にそっちへズラしておいてなんだけど、もっと楽しい話題がいくらでもあったよな」

「あははは、そうだね」

「大事な話ですけどね」


 ほんとに、たまには馬鹿騒ぎしてもバチなんて当たりっこないのにな。次はバーベキューでもするか、みんなで。花火、はちょっと作れないな。


「さて。気分が上がったとは絶対に言えないけど、休む順番を決めないとな」

「それは気にしなくていいよー」


 ん?


「一日くらいなら徹夜できなくもないけど、それも併せて夜営の経験だぞ?」

「いやいや今日はそういう日ではなかろう。ゆえに私が火の番をするのだ。ユーリさんとレアさんはテントで仲良く寝るのだ。レアさんにだけ腕枕の機会を逃させるわけにはいかんのだ」


 だからなんのキャラだよ。

 ただまあ、それはそれで経験の一つにはなるな。個人とか知らないパーティーとでの護衛クエストとかだとそういうのもあったし。


「そう言うならお言葉に甘えるか。レアとだけ他のみんなと違うことをするのは駄目だろうしな」

「……がんばります」


 レアもレアで、そんなに気合い入れるとまた空回りするんじゃないですかね。リラックスしていきましょうよ。



 眠れません。その理由はもちろん、ユーリくんのこんなに近くに並んでいたり、腕枕をしてもらったりしているからですけど。

 たまに。学院の寮にいた頃からほんとーにほんとーにたまにですけど、夜に探知をしてみることがあります。ユーリくんは今なにをしているのかな、と。そんなことをしていたら、眠っているのか起きているのかはわかるようになってしまいました。

 ユーリくん、眠っていませんね。


「……やっぱり夜営だと眠れませんか?」

「ん……? うん。いろいろ思うことがあって。あ、レアが悪いんじゃないからな」


 取ってつけたような否定。ではありませんね。本当に小さいけれど心配事があるような感じです。


「でも、なにかあるとこれも中断させることになるな」

「いえ、眠れませんから大丈夫です。ユーリくんは大丈夫ですか? 明日はララさんの番ですよね」

「そうだけど、さすがにコンディションが悪かったら一日くらい置いてくれるだろ。そもそも日替わりなのがおかしいんだから」


 そう言えばそうですよね。ユーリくんだって気持ちの切り替えや疲労はあると思います。


「……ああいや、疲れるとかそんなことはないんだ。ごめん。ただ、前日を引きずるっていうかどうしても比べてしまうところがあるというか、ああしておけばよかったなとかこうしておけばよかったなとか後悔も引きずるっていうか」

「わかります。他の人はどう過ごしたのか気になりますから。報告のようなことはしますけどね」


 アカネさんのお話もレヴさんのお話もエルさんのお話もリーズさんのお話もフレイアさんのお話も聞いています。リーフェットにお泊りで一日開いたので、アイリスさんのお話も聞けました。みなさん想像できるように話してくれましたけど、想いやそのとき感じたことはその人だけのものです。

 本音を言えば、お話に夢を膨らませていたところはあります。でも二人の時間に耐えられなかった前例があるのでまだ少し早いかなとも思ってしまったわけですね。「慣れる」と言うと少し違う気がしますけど、焦らないようにはならないといけないと。


「それはそれで怖くもあるな。不満とか言ってなかったかな、って聞くのはアンフェアか」

「いえ。ユーリくんが言っていたように『ああしておけばよかったこうしておけばよかった』というのは皆さん言っていますね。でも初めてですからそういうものだと思います。次もありますし、不満はないみたいです。わたしもこうしてもらってるだけで十分幸せですから」

「そうか。まあ幸せって足元にあるみたいな……」


 そして、ユーリくんが懸念していたときはやって来ました。



 探知をかけ続けていたが案の定だ。

 いや、この辺のお約束は外してほしかったけどな。


「……やれやれ。レア、悪いけど腕枕はおしまいだ」

「はい」


 なんとなくレアも事情を察したのだろう。苦笑しながら文句もなく身を起こしてくれる。幸せは足元にあるけど、鳥だから逃げるのも早いか。

 それぞれ畳んだ毛布を持って、テントの外へ。そこでは夜番さんがすやすやと気持ちよさそうに寝オチしていた。座っておけば寝ないってことはないけど、横になるのは駄目でしょうよ。

 防壁に魔力は注がれているのでしばらくは保つだろう。ただ、一晩中かは魔物の有無による。あとは遭遇個体の強さ。近辺に強い魔物はいなかったけど、水場だから何があるかわからないものな。


「まあこんなことになるんじゃないかと思ってたよ」

「セラらしいですけどね」


 レアは持ってきた毛布をセラにかけてやっている。山頂は遠いと言え、それなりに登ってきてはいる。さらに開所と水場と夜ということで、気温的にはやや冷える。のんきに寝ていたら風邪をひくかもな。

 話をしていたときの位置に腰を下ろし、弱くなってきた焚き火に薪をくべる。セラの毛布に引火するようなダメなお約束のほうは阻止しないと。


「レア」


 レアの毛布はセラが使うことになったので、オレのを渡す。彼女はしばしそれを見つめて、


「こうしませんか?」


 レアが毛布を肩がけに隣に座った。肩を寄せ合って、一枚の毛布を二人で羽織る。

 なるほど、こういう方法もあるか。

 火の管理をするのに右手を使っていたのを見てだろうレアは左側に座っていたが、空いたオレの左手に手が重ねられる。


「今は、これで精一杯です」


 その気ではなかったとは言え抱き上げたことは何度もあるし、さっきもっとくっついていたような気がするんだが……こういう状況で自分からやるならってことかな。


「じゃあデートは一足飛びどころじゃないな」

「そうですね」


 茶化すつもりはなかったもののそう聞こえたかと思ったが、レアは笑ってくれた。


「きっと、三人だけだったらわたしはユーリくんにずっと近づけなかったと思います。『みなさんがやったことはわたしにもできるはず』と思えるからこうしていられるのもあります」

「そういう面もあるのかな」


 今思えば、レアはひっそりとだが好意を示してくれていた。しかし、三人のままだったら色欲封じの問題が解決していなかったことを無視してもたしかに進展しなかったかもしれない。


「わたしなんてたった一年ですから、他のみなさんに敵わないです。けど、それでもユーリくんの袖を握るくらいならできますよね」

「……なんでいきなり卑屈になってるんだよ。そりゃまあいろいろ手順とか優先順位とかあるみたいだけど、こうしてる分には気にする必要ないだろ」


 そういえばどこかの誰かが「悠理一人くらい押さえつけられる」とか言ってたな。そんな呼び方をするどこかの誰かは一人しかいないのだが。

 実際そうされたらオレはいろんな理由で反撃しないし、できないだろうな。現時点では誰もやってきたことないけど。


「あー、そうだな。負けないって言うと誰かより上ってことになるか。それはなんか違う気がするな」

「そうですね。だからわたしは一歩ずつでも近づいていきますから。魔法のことと違ってこっちはユーリくんは待ってくれますよね」

「まるで魔法のことだと後ろも見ずに突っ走ってるみたいじゃないか、それだと」

「そうですよ?」


 おかしそうにレアは笑う。

 魔法のことはともかく、こっちは待ってるだけじゃ駄目だな。背中を見せて歩いていくのではなくて、手を取れるように近づいて指を伸ばしていかないといけない。オレだって暗中模索なんだから。

 たとえその道が見えなくとも、遠くとも。それが好きだと言ってくれたみんなへの誠意だろう。

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