Interlude かぜときばととりとこころ
「ユーリさん。風牙の真打の話ですけど、銘はどうしましょうか」
この二人が再会してから幾度か話された真打の話。その度に存在しない胸がざわつく。自分がお役御免になるということでもあるからか。鍛冶場でそういう話をされると鋳潰されることを想像してしまうのもあるのか。
創造主様の言葉に主はしばらく考え込んで、唸って、首を傾げて……ため息を吐いた。思いつかなかったようだ。
「風なら嵐とかなんだけどあんまり語呂がなあ。嵐牙もなんか違う気がするし。そういえば、風牙って名前はどこから持ってきたんだ?」
「獣人の方たちの名前が日本語に似ていると言っていたじゃないですか。それで、風と牙を示す言葉を繋げて。最初は『刃』を使おうと思ってたんですけど、『ふうは』は語感があまりよくないかと」
我の名前について創造主が悩んでいたとは。
「なるほどね。ちなみに読むなら風刃だけど、どっちにしろちょっと気が抜ける感じがするな。風刃だと技っぽいし」
そうか。主の感覚だとそうなるのか。だとすれば、二人が納得する名前で良かった。
「かぜときば。漢字で書くとこうなるな」
主が地面に字を書く。いや、字というより複雑な……図柄を小さくしたような。
これが漢字。日本で使われていた文字。
記されたのは“風”と“牙”。これが我の名前、真実の表記。
「でも、『フウガ』って言うと最初に来るのはこういう単語なんだよな」
下に並べて、別の文字が。そのうち風は同じだが、もう一つは“雅”。
「風雅。なんて言えばいいんだろう。趣のある様子っていうか、高貴な様子っていうか。概念的なものって説明が難しいな」
主は、二つの文字の間に線を引く。
「“風流”と“雅”。分解するならこうか。“風流”は自然を楽しむとかそういう感じで.“雅”っていうのはそれこそ貴族みたいな豪華でゆったりした感じというか、優雅な……国語こんな駄目だったかなオレ」
主はよくわからないダメージを受けている。
単純に、言葉の照応が難しいのであろう。日本語とこの世界の言語では意味合いも異なるのだろうから。
「うーん」
主は自分の書いた文字をぼんやりと眺めながら、緩慢な動きで“雅”という字をさらに縦二つに割った。
「漢字って、部首っていうのがあって分解できるんだよな。で、これがたしか“おおとり”だったな」
「“おおとり”?」
「デカい鳥。いや、言葉尻がそうなだけで単純にそういう意味じゃないと思うけど」
大きな鳥。刀とは相容れないように思う。
「風と牙と鳥ですか」
「うん。それでオオトリって鳳凰……厳密には違うと思うけどフェニックスの意味もあったはずなんだよな。ってレヴの力を貰ってるからこれは適切じゃないな。雌雄の別もあったと思うけどどっちがどっちだったか」
主はまた地面にさらに複雑な字を書いた。両方とも“風”の字に似てはいるが、細部が違うくらいでどちらも同じに見えなくもない。というよりこれをもう一度書けと言われたら、我にその力があったとしても無理だろう。
フェニックスと、我の構成要素でもあるドラゴン。雌雄。
どうだろうか。女皇龍様は特に気にしないと思うが。我が雌雄どちらなのかについては、誰もがか。
「そもそもレヴさんも風竜ってわけじゃないですからね。龍鱗を使わせてもらっていますけど」
「言われてみればそうだ。フェニックスは炎だよな」
本気で羽ばたけば暴風くらい起こせそうである。ブレスの余波などでも。いや、主がすで女皇龍様の目の前でやっていたな。二度目はでーとということで我は置いていかれていたが……炎皇様のときもそうであったが別に拗ねてはいないぞ。
女皇龍様自身無属性でもない魔質であり、火山にいたから火や炎や熱属性というわけでもないようだ。あまりこだわることもないのではないだろうか。関連していればこれ以上なく喜ぶとは思うが、銘と在り方が離れていれば我らは真の力を発揮することができない。いや根拠のない願望のようなものだが。
ん? であれば『風雅』は我から大きく離れた言葉であるのか。フェニックス様は風でもないし、牙もないであろうから。
「ですけど、刀の使い方ってそれこそ風と優雅って感じですよね。空間を切り裂いているように感じることがあります」
「そうだな。風属性のこともあるけど、剣を使ってた頃より剣閃が速くなった気はする。そういや、『肉を切らせて骨を断つ』って言葉があったんだけど、素人じゃ骨は斬れないって話もあったな」
ふむ。刀というものはそういうものなのか。自分ではよくわからない。これは振り手にしかわからないのであろうな。もっとも、我に斬れなかったものはあの魔人と迷宮壁くらいのものであったが。
「じゃあ、銘はそれで決まりでいいか」
「そうですね。発音は同じになってしまいますけど」
そうか。
創造主と主が名を決めた“風雅”が我にとって弟妹になるのか義父母になるのかはわからないが、これで我もお役御免か。あるいはやはり鋳潰されて風雅となるのか。
「あとはなにかありますか?」
「そうだなあ。要望ってわけじゃないんだが、風雅を風牙より……わかりにくいな。真打のほうを今の造りより長くすることはできるか?」
「できますけど、短かったですか?」
なんと。今の我ですら主には不足であったなど。
たしかに、初めから風雅が前提であるのなら我は生まれ出でたときから不完全な存在。さらに、今の主の体格であれば成長すれば短いと感じるかもしれない。今の我に慣れてしまえば当然。
されどそうではないようで、主の首が僅かに左右に動いた。
「いや。どうせならこいつには脇差になってもらって、新しいのを本差にしようかと思って」
「なるほど」
また、あるはずの無い胸がざわついた。しかし今度は恐怖や苦痛からではない。
愛着。主が言っていた信念。
我は武器。武器は道具。いつか壊れ破棄されるもの。主の手に取られ、聖女様とお話されていたときからそう割り切っていた。聖都でのあの魔人との戦いで刃を通せなかったとき、折れることも折られることも覚悟した。
されどどれもが浅慮であった。
「本来なら刃だけを替えようと思っていたんですけど、そうなるともう一式作らないとだめですね。けれど、そこも更新できるわけですから逆に良かったのかも。では、そういう方向で進めますね」
「ありがとな。頼んだ」
申し訳ありませぬ。“風牙”は主を見誤っておりました。
風牙は主の刀として作られて幸せでございます。その役割は変わるようでありますが、まだ風牙として、主の刀として、刃として振るっていただけるのですね。
まだ生まれ得ぬ風雅と共に折れるまで、否、たとえ折れたとしてもいくらでも創造主の手で蘇りお仕えいたします。
そしていつか。精霊姫様や水霊姫様の精霊様たちのように、主にこの想いを伝えることができるようになることを。風牙はその日をただただ願い待ちましょう。




