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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
(18・19)
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第六十七章 ネレの日

 慣れてきたからはっちゃけてきたのか、はっちゃけたから慣れたのかはわからない。だが、二人きりでいても特に戸惑うことは少なくなった。

 と、思う。ネレと机を挟んで日本茶に近いお茶という、傍目からは熟年夫婦か離婚調停中かという状況であったとしても。


「……『一日自由に』と言われても困りますね」


 湯呑を掴む手は絶え間なく動いている。オレと一日過ごすために鍛冶作業を休みにしたから手持ち無沙汰なのかな。


「やりたいこととかなかったのか?」

「それは私に限らずみなさんあるとは思いますけど、きっと誰も頭からふっとんでますよ」


 なるほど。後になればなるほど初見の感覚は減る代わりに考える時間は増えるとしても、本人にとっては初めてのことだものな。そこはオレだけ違ってるってことか。


「なにかしてないと気になるなら、鍛冶の相槌でも露店の売り子でも何でもやるけど」

「それはそれでありがたいんですけど、せっかくなのでもっとこう」


 転生前も経験のあることだからか。しかしそれこそそれはそれで逆に選択肢を減らしてる気もするけどなぁ。


「参考に、ユーリさんのやりたいことってなんですか?」

「そりゃ『ネレとベタベタしたい』、とか」

「いえ、あの。それはありがたいですけど。そうではなく」


 真っ赤になった顔を隠すようにお茶を飲む……振りだよな。だいぶ前からカラだし。


「転生したらやろうと思っていたことです。魔力結晶の錬成は済ませましたから、その他に」


 あー、やることリストね。それならいろいろある。


「刀は作ってもらったよな。それと前言ったダイヤモンドの合成か」

「ララさんの装備は急務ですね。ユメさんもですけど」


 そうか、これはネレには直接関係のないことか。


「他、他。地図、旅行、温泉くらいか。なんだかんだ満ち足りてるからな、今。なんかどうでも良くなってきてる気さえする。これってあんまりよくないよな」

「たしかに、いいのか悪いのかは判別しにくいですね」


 その他にあるとすれば、この世界のことをもっと知れないかってことか。でもこれは話が益体無くなりそうだから今度みんなでだ。それが終わってからじゃないと考えられないこともいっぱいあるだろうし。

 ネレはそのまましばらく考え込んでいたが。


「……打算はあってもいいんですかね?」


 打算?

「それこそみんなあるっちゃあるだろ」

「ですけど、みなさん自慢したり隠したりしないといけないようなことをしたとは聞いていませんし。ユーリさんの甲斐性の問題もあるかもしれませんけど」


 なんかちょいちょい棘を挟んでくるね。体型の話の恨みかな。ここでそういう話もそっち系の話もしやしませんけども。

 ネレはまたしばし考え込み、決心したように顔を上げ、


「掘りましょうか、温泉」


 そう言った。



 温泉の建設予定地は、やんわりとながらこのコテージの裏に決定されている。「宿に泊まりに来るみたいなノリがいい」とオレとレインさんが盛り上がったからだ。


「温泉って、オレたちの世界でもそれこそギャンブルみたいなもんだったんだよなぁ。当たれば一攫千金外れれば借金地獄で」

「そういうものですか」


 金がかかる要素はいろいろあったんだろうと思う。火山近辺が国有地だっていうのは地熱発電の話でもそうだったし、それ以外でも私有地だったり観光地だったりで地代が高いとか、ボーリングが純粋に高いとか。そもそも直径一メートルもない杭を湯脈に当てるの自体が博打だもんな。

 それはそれとして気をつけないといけないことってなんだろう。


「湯か水の他に出てくる可能性が高いのは有毒ガスか。そこはオレが判断できるかな」

「え? ユーリさんそんなことまでできるようになったんですか?」

「組成まではわからないけど、空気と比較して極端に違ったらヤバいってことでいいと思う」

「なるほど」


 その辺りの把握はどうするべきだろうか。塩素はできるんじゃないかって気はしたけど、作ってどうでもないし。化学組成も頭に入ってないどころか周期表も今や霞がかってるし、混合物となるともう理解不能になりそうだ。


「そこをクリアしたとして次はお湯以外のものを掘り当てる可能性か。原油とか天然ガスとか。水や湯だとしてもなにか混じってるかもしれないな」

「油や不純物ですか。やはりアイリスさんやレアさんやティアさんにも手伝ってもらいましょうか」


 それが確実とは言わないまでも安全かな。でも。


「んー、今日はネレの日なわけだけどさ。特権を失うみたいにならないか?」

「そうですね。では、ちょっと交渉してきます」


 言うが早いか、すたすたとネレは家の方に歩いていった。なんの交渉だろう?

 しばらくすると、みんなまとまってやってきた。フレイアだけはリーフェットに出かけているのでいない。


「交渉成立です」


 その交渉の中身はなんでしょうね。まあ、ネレが提案して自分が得する内容の上でみんなが同意したならいいか。


「温泉、温泉」

「ユーリ君が約束を果たしてくれると聞いて」


 歌い出しそうなレヴと「温泉掘れ」ってキレたセラが一際目を輝かせている。元々セラはそんなに期待してたっけ?


「それで、どうするんですか悠理」

「基本的にはネレに地中探知してもらうか。空洞部分があったらオレと姉さんとレアとティアさんで組成を探る方向で」

「うん」

「やってみます」

「了解。がんばる」

「では、縦方向注視で探知しますね。直上に印をつけていけばいいですよね」

「ああ」


 全員で少し離れる。その中でリーズとエルが残った。


「ユーリさん……わたしも多少は……ネレさん……お手伝いします……時間のこともありますから……」

「ノゥも力を貸してくれるって」

「ありがとうございます。お願いします、リーズさん、エルさん、ノゥさん」


 頷きあうとすぐに三人と一柱はゆっくりと歩き始める。

 その姿を見ていて、ふと気になることがあった。


「……そう言えば、L字の棒とか紐付きの水晶を使う手法ってこっちにもあるのか?」

「……L字の棒?」


 探知を邪魔しないように小声で聞いてみると、ララが「なに言ってんだコイツ」という目で見てくる。それでも、アカネちゃんが答えてくれた。


「……水晶かどうかはわかりませんけど、宝石の補助で水脈を探す人はいましたね。今思えば探知に近いことやっていたことになるんでしょうか」

「……へー。そんなのでわかるんだね」


 レヴが不思議そうな顔をしているが、やっぱりあるのかダウジング。あれも似非科学なのかそうじゃないのかよくわからない技術だったが。

 原理としては水脈の電磁場を身体が受けてとかそういうのなのかな。確率ゼロってわけではなかったみたいだからなぁ。

 いまさらだし、今は目の前の仲間を信じるけどね。もう終わりそうだし。


「こんなところでしょうか」

「『なかなかに難しいな』ってノゥが」

「可能性が高そうなところから……ある程度当たりをつけました……参考にしてください」

「ありがとう、ネレ、エル、ノゥ、リーズ。じゃあまずオレからやるか」


 こういう姿勢が必要なわけではないが、地面に手を当てて探知。なるほどいろいろ空洞があるな。距離があるから属性探知の精度がやや怪しいが、


「三番と五番はただの空間だな。今後崩落しないように気をつける必要はあるか。七番はなんらかのガスだ。それと……八番は魔力反応があるがダンジョンか何かか?」

「え、私たちの足元にダンジョンがあるの?」

「龍脈のそばは……レベルの高いダンジョンが多い傾向がありますから……ありえるかもしれません……特にここはレヴさんの土地だからか……力も強いですし……」

「最初からわたしのものってわけでもないけどね。いつのまにか?」


 セラの疑問にはリーズが答えてくれたが、わかっててオレに花を持たせてくれたのか、ダブルチェックのためか。どちらにせよここは別口で探索する必要がありそうだ。もしかしたらもあるからな。


「それじゃあ交代だね」

「ちゃんと探知できるでしょうか?」

「やるしかない。全力を尽くす」


 水魔法使い三人と入れ替わる。先入観を排するために言わなかったが、可能性が高いのは。


「二番がお湯っぽいかな」

「四番は……水とは全然違うような。なんでしょう?」

「六番はよくわからない。他は水。だと思う。たぶん」


 忘れてたけど、ここは火山。マグマの可能性もある。だとしたらシェールオイルのほうがまだマシかもしれない。精製しないと使い物にならないけどな。

 とまあそういう今は使えない資源はともかく。


「ユーくん、どう?」

「オレも二番かなと思ってた」


 微妙に高温の空気があったからな。湯気くらいの温度の。

 よって、掘削場所は決まった。


「でもこれ掘るの大変じゃないかな? ユーくんなら身体強化でどうにかなる?」

「ブレスで一気に掘るとか?」


 いやいや。

 いや、身体強化でどうにかもできるだろうけど。ブレスは無理だろう。


「じゃあ。ウォーターカッターで掘り進むか。引き上げるか」

「それもいいですけど崩れるかもしれないですからね。地盤は緩くはないでしょうけど」


 畑作るときにララに怒られたからネレにやってもらう手もあるが、それだって崩落の可能性はあるし。掘り進むのとパイプを作るのと同時にやるのは、やっぱりシールドマシンみたいな構造じゃないと無理なのか。掘削と成形を同時に……あそうだ。


「ララ、レーザーで縦穴を掘ってくれないか?」

「レーザーでですか?」

「高出力の熱量なら、穴の周囲を焼成させてパイプを作りながら掘り進めることができるかなって」


 出来上がるのがガラスなのか磁器なのか陶器なのかはわからないが、耐水性のあるものができるはずだ。周囲からの圧力に耐えられるかまではやってみないとわからないが、やってみればいいだけであり。


「ではやってみましょうか。まずは実験として一メートルほど」


 よくわかっていらっしゃる。

 光が放たれ、縦に長い穴が空く。こぶし大の円の周辺は予想通り融けて赤くなっている。


「セラ、急冷するのは良くないからジワジワ温度を下げられるかな」

「お、私にも出番あるの?」

「がんばってくださいね、セラ」

「よっしゃまかせなさい」


 赤い色がゆっくりと消えていく。

 しばらくすると周囲の地面より少しだけ白くなった。磁器かな?


「こんなもの?」

「いい感じだ」


 単純に探知した感じではヒビはない。経年の影響はなんとも言えないが実用には充分以上だろう。


「二人ともこの調子で頼む。ギリギリまでやったら最後はネレに頼んだほうがいいかな。突沸で済めばいいけど、レーザーが湯に当たったらたぶん水蒸気爆発が起きる」

「わかりました。ネレ、探知で補助をお願いします」

「はい」

「とりあえず私はしばらく待ちか。がんばってくださいララさん」


 オレたちも暇だな。

 他に気にすることは泉質か? 姉さんの探知能力ならお湯から大きく離れたらわかるはずだから大丈夫だろうか?

 科学世界であれば成分分析ができたんだろうけど、どうするかな。有資格者が飲泉して楽しんでるのとかも見たことあるけど、そういう資格ってこういう状況だとすごい力を持つわけだ。あれもデジタル解析あっての比較分析のところもあるんだろうけど。


「リーズ、成分分析とかは」

「比較対象が無いので……少し難しいです……時間もかかるでしょうし……それだと……」


 無理ではないし少し難しいだけってのが凄いな。さっきも気にしてた「時間」はネレの分の時間のことかな。

 ちょっともったいないけど、手っ取り早く生肉あたりを放り込んでみるか。豚肉が人間に近いんだっけ? 皮の感触だけだっけ?


「アカネちゃん、肉を何種類か適当に持ってきてくれるかな。小さい塊のでいいから」

「お肉ですか? わかりました」


 お願いすると、急いで家へ向かってくれた。いや走らなくてもいいんだけど。


「茹でて食べるの?」

「人が入れるなら。温度的に無理かと」


 首を傾げるレヴにティアさんが答える。

 そうか、温度の問題もあったか。地獄蒸しするなら高温じゃないと駄目だろうが、それだとそのまま風呂としては使えないな。湯もみでどうにかなるレベルじゃない。


「人体への……影響を調べる必要がありますから……そのためですか」

「温泉って、悪影響があることもあるんですか?」

「探知の感じから有毒物質の類は無いと思うけど、なにが混じってるかわからないからな。あとは数打ちのダガーでも用意しておくか」


 鍛冶場に行ってほっぽり出してあったダガーを拾い、さらに園芸用のスコップを持ってくる。


「鉄が錆びたら酸性でいいのか? 還元されたらか? って還元については錆びちゃいないな」


 錆の浮いたものも持っていくか。

 でも、やってみようとしてなんだけど度合いはよくわからないな。リトマス試験紙や各種判定溶液の作り方が知識として必要になる日が来るとは思わなかった。ともかく、極端な酸性やアルカリ性であればこの雑なテストでわかるか。

 というか、温泉と露天風呂がイコールで繋がってたけど決してそうじゃないよな。駄目なら素直に水を引いて加熱しよう。貯水槽に放熱石を突っ込むとか。ってよくよく考えればそっちのほうが楽じゃないかよ。

 ところで、ラジウム泉ってあったけどラジウムって放射性物質だったような? つーことは高濃度のラジウム泉は人体にとんでもなく悪影響なのか? それってどうやって調べるんだ? しかもこの世界で?


「……考えが浅かっただろうか」


 ごちゃごちゃ考えながらみんなのところに行くと、アカネちゃんはすでに戻ってきていた。皿に乗せた数種の肉を持っている。

「ユーリさん、これでいいですか?」

「ありがとう」


 スコップを使って適当に穴を二つ掘り、叩いて固める。ミニチュア風呂だ。

 いや待った。このままだとダガーの方はいいけど肉の方は泥まみれになるかもしれない。むしろ土が溶け出したらダガーも影響を排除できない。


「サラ、穴を焼いてくれないか? 器みたいにしたい。魔力を使うと向こうに影響が出そうだから」

「ん。お願い、サラ」


 エルが言うと、それぞれの穴の中に火の玉ができる。

 しばらくすると火が消えた。ノゥが判断したのかな。


「それじゃフィー、冷却を」

「早っ! 私まだ霊力供与してないよ!?」

「フィー。ユリフィアス好き過ぎ」


 頼むと言い切る前にぬるい風が吹く。たしかに早い。ありがたいけど。

 肉を片方の穴に皿ごと静置し、ダガーと酸化鉄のなにかは別の穴に置く。あとは湯の噴出を待つだけか。

 ああいやいや、風呂を作るなら湯船のことを考えないとな。陶器とかだと滑るだろうから避けるとして、岩風呂みたいなのがいいかそれとも檜風呂みたいなのがいいか。実験用のこれみたいなのじゃなくて、掃除のことを考えると上から入れて下から抜けるように平積みのほうがいいかな。

 岩風呂は今は無理だから他か。小屋を作ったときの余りの板材と家のことを考えてたときに買い込んだレンガがあるから、間に合わせでそれで組んでみようか。


「ちょっと風呂作る資材取ってくる」


 またたったかと数度往復して材料をかき集めてくる。ある程度の広さを踏み固めたあと、目測として板を敷き詰めサイズを決定。その周りにみんなでレンガを積み上げていく。

 正方形にしたらうまい具合に配置できた。偶然ってすごいなーと呆れてたら、レアとアカネちゃんが感動したような目で見つめてくる。


「ユーリくん、こういうこと難なくやっちゃいますね」

「さすがユーリさんです」

「いやほんとたまたまだから。帳尻は合わせる気でいたけど、その必要もないとは思わなかった」


 二人とも、オレは別に神様とかじゃないんだぞホントに。

 とりあえず作るだけ作っておけば家を動かしたときみたいにネレとリーズが移動させてくれるかなと思ったが、使い勝手は不明だから仮にしておこう。

 レンガ自体は接着してないし板も固定してないから、水圧に耐えられないかもしれない。ひとまず周りに土を盛って堰にしておくか。それで水漏れは防げる。


「ユーリ君そろそろ、っていつの間にかなんかできてる!?」

「これはなかなか立派な……」

「ええ。まあ、みんなで入れないといけませんからね。ですよねぇ、ゆうり」


 だからララはいちいち威圧してこないの。


「ララが考えてることはともかくみんなで入れたほうが楽しいだろ。そこにオレがいることは想定してなかったよ」

「公衆浴場だともう少し広いくらいだよね。ユーくんと入ったことはないけど」

「いまさらながら。学院のお風呂が懐かしくなってきた」

「あー、そうですねぇ」

「わたしもです。まだそんなに時間は経っていないんですけど」


 そう言えばそうか。学院の風呂から比べても狭いくらいだ。利用者の規模が全然違うから当たり前だけども。


「土魔法でそこまでパイプを形成しますか?」

「いやまず泉質を見よう」

「わかりました。それじゃあ、堰を切りますよ」


 宣言通り、魔力が飛ぶ。それで見える範囲には何も起こりはしないが。


「駄目だったの? ノゥ、ディーネ」

「上がってきてはいるけどそんなに強くないかな? どこかに流れていってる量が多いとか?」


 姉さんが首を傾げる。

 そう言えば、こういう実験あったな。水槽にホースを繋いで水面より出口を高くすると、水は出てこないしそこより上がらないみたいな。だったら手押しポンプみたいに出口側の気圧を下げて、


「いえ……これは……」

「お?」


 リーズの呟きをキッカケにしたように足元が振動し始める。それが徐々に強くなっていく。


「おおお、これはヴェノム・サーペントのとき思い出す!」

「あのときもこんな感じでしたっけ?」

 あーあれね。近づいてくるにつれ振動が増していく感じはたしかにそっくりだ。


 つまり大質量が近づいてくるわけであり。



 まもなく、ドバっとお湯が噴き出した。



 おお、頭上はるかまでの水柱と虹はちょっと感動。夢が叶った。

 ってまだ気が早いか。


「とりあえず……止水と傘に……防壁を……」


 リーズが噴出口を魔法で塞いでくれる。あ、そっか。出しっぱなしはマズイな。降ってくるのを被るのも。


「これをそこに入れたらいいんだよね?」


 テスト用の湯は姉さんが確保してくれていた。さすが、意を汲み取るどころかこちらが頷く前に実行に移してくれている。

 みんなでしゃがみこんで二つの池を見守る。さてどうなるか、ってボケっとしてるんじゃなくて。

 硫黄の臭い……とかは特にないな。硫化水素の感じも無し。有毒だから無いほうがいいか。とはいえ無臭の有毒ガスはいくらでもある。湯気の周囲の空気と少し遠くの空気を比較探知。大きく変わってはいない。変なものが含まれたりもしていないのかな。

 湯温は……ちょっと手を突っ込むのは怖いな。結構熱気が伝わってくる。肉もすでに白くなってるし。


「温度計とかあったっけ」

「取って……きますね」


 リーズが煙のように消えて風のように戻ってくる。だからみんなそんな急がんでも。

 計測した温度は八十度くらい。若干冷めてるだろうから源泉はもっと高いのか。


「入ったら死なない?」

「死ぬな」


 石川五右衛門だな。セラには伝わらないし、釜茹ではもう少し熱いんだろうけど。


「わたしなら大丈夫だよ?」

「だからって『試してくれ』とは言わないぞ絶対……」

「入れるレヴもすごいですけどね……」


 というかレヴが入れても基準にはならないし。みんなで入れないと。


「今あるもので……組み合わせて……やってみましょう」


 またリーズが煙のように消える。だからのんびりでいいってどうせ今すぐどうこうできないんだから。

 今度はやや時間がかかったけど、でかいタンクみたいなのとボールのようなものを持って戻ってきた。


「貯水タンクですね。それと涼風球ですか?」


 ネレの言うとおり、上水用として使ってる魔道具と空調や外出時に使ってる魔道具だな。ただ、出力とか性能は違うように感じる。


「涼風球の試作品で……温度調整ができる仕様です……どちらにせよ……温泉水は……一度どこかに貯める必要があるでしょうから……同時に冷やせば……」

「なるほど。それなら適温にして排出できるか」


 リーズを手伝って配管の上にタンクを設置。試作涼風球を投げ込み、蓋を閉める。

 そういえば地獄蒸しどうしようか。この温度ならできるかもしれない。

 いずれは分水栓とかを設置し直す必要があるな。これも仮か。


「あとは……蛇口をひねれば……」

「どうかな」


 チョロチョロと流れてきたお湯の流れ。それを素早く手刀で切るのを繰り返す。特段熱くはない。

 手で受けて、よく揉む。ピリピリもしないしヌルヌルもしない。痛みも無い。中性に近いのかな。

 もう一度手で受けて、


「ん」

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」


 口に含んでみる。『毒は苦い』と言うが苦味はない。たしかアルカリも苦くて酸性は文字通り酸っぱい。しかしそのどちらでもない。ほとんど白湯と変わらない感じか。


「ぺっ」


 汚いが、一応吐き出しておく。それでなんとなくみんな安心したようだった。


「飲めるかどうかはまだわからないけど、問題はなさそうな感じだな」

「寿命が縮まるようなことをしないでください、ユーリさん。提案した身として恐怖です」


 ネレが本気で心配した顔で胸を撫で下ろしている。そうか、言われなきゃわからなかった。


「悪い、ネレ。みんなも」

「さすがにユーリ君でも生きた気がしなかったよ」


 健康被害があっても魔法があるからどうにでもなるや、などと言うつもりはなかったが、ララとリーズがいるから大丈夫かなとふんわりとは思ってた。それはそれで二人も喜ばないな。って、セラのそれはどういう意味だ。

 あ、放射線の問題も忘れてた。

 探知できるとしたら光としてかな。あとは万能の邪。それとも本質は原子崩壊だから、雷属性でしか判別できないのかな?


「ララ、リーズ。このお湯からなんか変な光線とか出てない?」

「変な光線?」

「どういう……ものですか……?」

「放射線って言って、人体に影響のある光線があるんだ。太陽からも飛んでくるんだけど、大量に浴びすぎると将来的に重篤な健康被害を起こしたりする。ラジウム泉ってのがあるんだけど、たしかそれが放射線を出す物質だったと思う」

「なんというものを掘り起こしたユリフィアス」


 ティアさんが高速で距離を取る。まあ、考えておいて言った上でなんだけど、温度面か有害ガス的なもの以外で近づいちゃいけない温泉とかなかったし、水溶液としての限界もあるだろうから出てたとしてもこのくらいで影響は受けないんじゃないかとは思うが。でも確実性はないか。


「そうですね。普通の水と比べて特になにかが出ているということは無いと思います」

「はい……ララさんを支持します」

「そうか。案外分岐した水脈がマグマのそばを通ってただけとかそんな感じなのかな」


 蒸発実験でもするか。組み上げてる地下水と組成や残留物が変わらなかったら、この仮説の正否もわかるだろうし。


「いやほんと予想外が多すぎるよ。危なくないみたいで良かったけど」

「でも、これで温泉はできましたね」

「それもみんなで入れるね」

「楽しみです、広いお風呂。みなさんと入ったこともないですし」

「まあ。屋外のお風呂というのは気になっていた。安全なら喜んで入る」


 転生後に話を聞いた顔ぶれも、それぞれ光景を思い描いているようだ。


「悠理から話を聞いていて楽しみではあったのは事実です」

「そうだねー。これもユーリと出会わなかったら見られなかったものだよね」

「人は増えてしまいましたけど、やっとみんなで入ることができますね」

「それも楽しいよ、きっと」

「はい……効能のことも……気になります」


 翼のみんなもまた一つ願いが形になった感じかな。

 あ、フレイアだけいないな。忙しいかもしれないから報告は帰ってきてからのほうがいいか。


「成分分析が早く終わるといいですね、ユーリさん」

「そうだな」


 提案者と功労者であるネレに頷く。

 ともかく、湯船自体は一応使えるはずだ。我々の生活拠点にまた一つ新たな施設ができる下地は整ってきたわけだな。しかもオレ待望の。



 温泉掘削と建設の栄誉はほぼ全員のものに近かったわけだが、「今日は自分の日なのでそこを優遇してほしい」というのがネレの交渉だったようだ。それを誰もズルいと思わなかったのはみんなの人の良さだと思う。内心羨ましがってはいるんだろうけども。

 結界の中は雨からも守られているので風呂の屋根はとりあえず無しで済むけど、設備の方も早めに作らないとな。絶対に必要な脱衣所をテントで代用することになってるし。

 肝心のお湯だが、「試験もダメ、安全性の詳細な確認が絶対に先」ということになった。そりゃそうか、ほとんどの物事はすぐに影響があるわけじゃない。安心して使えなければくつろぐこともできない。ということで、目の前のお湯は姉さんたちが用意してくれた。放熱石も、このサイズの水量が余裕で保温できるくらいに入れてある。オレたちが出たらこの後みんなで入るらしい。女性方は楽しそうでよろしいことですね。父さんとヴォルさんとトールさんとアイルードさんとヴァリーを招待しようか今度。

 それはそれとしまして。ネレはもう少し時間がかかりそうなので、湯船の精度はどうかと木目をじっと見続けてみる。カサは減っていない。とりあえず水漏れとかはなさそうだ。

 でも、じっと見たからこそ思うのだろうけど味気ない。これはこれで残してもいいとして、やっぱり岩風呂だな。それはそれで周りから浮くけど。

 その辺に岩場はあるのかな? あとで聞いてみよう。こっちはそうだな。レインさんがプールの話してたっけ。それもアリか。トロピカルドリンク作っとかないと。


「おまたせしましたユーリさん。でもあんまり見ないでくださいね」


 腰にタオル巻いた足湯状態になってぼーっと雑念を垂れ流していたら、背中に声がかけられた。テントの距離が近かったから衣擦れの音とかは聞こえてて、止んでからやや時間があったのにも気づいていた。覚悟を決める時間が必要だったってことだろう。


「目隠しでもしようか?」

「それ、わかってて言ってますよね?」


 まあな。見ないでほしいけど見てほしい気持ちもある感じなんだろうなってのはわかる。

 風呂から持ってきた桶でかけ湯をして、とりあえずは隣を見ないままお互いに歩を進めて肩まで浸かり、



「「あぁ……」」



 これこれ、これだよこれ。温泉じゃないけどこの解放感と開放感。いや露出癖とかではなくて。

 学院の風呂は広かったけど、ティアさんが言っていたように屋内。なにより入浴時間が決まっている以上は独り占めなんて当然できなくて、空間的にも気分的にも狭く感じた。何も気にせず力を抜いてゆったりのんびり入れるのは素晴らしい。


「昼間からこんな広いお風呂に手足を伸ばしてゆっくり入れるなんて、すごく贅沢ですねぇ」

「ほんとになぁ」


 これは寝っ転がったままずっと入れるようなところが欲しくなるな。そういう部分も作ろう。

 パシャリと水音がしたので、反射的にネレの方を向く。どこかで見たように、伸ばした腕を反対の手で擦るような仕草をしている。

 ほんとは良くないらしいけど、大判のタオルを巻いて入っているから肌自体は見えない。それでも水圧で張り付けばボディラインくらいはわかるし、薄く透けて見えそうだったりもする。ただそれよりもほんのり色づいたうなじとか、汗か結露か跳ねたお湯かわからないが肌を滑る水滴とか、湯気でしっとりした髪の毛と少しだけ緩んだ表情に目が行く。

 あとは、「やっぱりお湯に映えるのは黒髪だな」などとも思ったり。


「なんですか?」

「いや、色っぽいなと」


 言ってから、「素直になりすぎた」とちょっと後悔と反省した。一瞬口を開いたあと、顔を逸らされてしまう。

 フレイアのときみたいに肩を抱き寄せたら殴られそうなんだよなぁ。状況も全然違うっていうかコレだし。とか思ってたんだけど。


「……はぁ」


 ため息とも吐息ともとれるものと一緒に頭が倒れてきた。そのまま肩にコテンと乗せられる。


「ララさんとも話しますけど、嬉しいものを嬉しいと受け取れないとだめですね、いい加減に。どれだけ恥ずかしくても」


 さらに、しなだれかかるように体重が預けられた。腕を掴まれてネレの身体の正面にいやこれさすがにヤバいって。


「あのね、ネレさん。うんいや『やめて』とかは言わないけど。いろいろと気になります」

「へぇ。ララさんやエルさんのような女性らしさに憧れや嫉妬がありましたけど、そんなこともないみたいですね。ふふ。でもその先はだめですからね?」


 きっちり間違うことなく伝わってるんだろうな、動揺。でもここでさらに近づくとアカネちゃんとかフィーのときみたいになると。ある意味拷問のような。

 仕方ないので首を後ろに折って空を見上げる。今日もいい天気だなー。なんでこんな現実逃避してんだオレ。


「体型といえば年齢回帰の魔法ですけど、私とリーズさんとアカネさんも使うことにしました」

「え、そうなの?」


 気を逸らそうとしたのを気遣ってか、ネレが話題を変えてくれた。いや変わりきってはいないけども。


「最初はいいかなと思っていたんです。けど、もしかしたらユーリさんより早く天寿を全うすることになるかもしれませんから、そこは最低限調整したいなと。記録上はどうにもなりませんけどね」

「あ……すまん」

「ふふ。謝らなくてもいいですよ」


 そうか。転生したオレと違って十数年分長生きしているならその可能性も大きくなるのか。エルとレヴは不老不死に近いから必要とは思わないってことかな。


「それに……ユーリさんとちゃんと一緒にいれば私たちだってちょっとは変わるかもしれませんし」

「そいつは責任重大、か?」

「そうですよ?」


 掴まれた腕がきっちりと抱かれる。タオル越しだが当然返ってくる感触はあるってああそういうことねって話が戻ってますけどね。でも真面目な話でもあるからそれでの動揺は少ない。

 あとはまあ、フレイアと同じような感じもあるのか。あのときは外見年齢だったけど、身体的な年齢自体がかけ離れてると思うこともあるだろう。オレとは逆方向に。


「と言っても、リーズさんについては自分を実験台にしていたこともあるようですけどね……そこはララさんも怒っていました」

「それは誰だって怒るわ」


 植物試験の次は生物での試験も必要だろうけど、なにも自分を実験台にしなくても。いや誰ならいいってこともないんだが。そこで自分をテストケースにするだけリーズはまだ誠実で理性的なんだろうけどさ。

 でもどこで判だ……いやオレはなにも思わなかったそう髪の毛の長さとかだよそうそうあとはほら時間回帰を回復魔法に使うとかしてたから傷の有無だのあるだろでもリーズは古傷とかないだろうからそこは参考にならないかやっぱり髪の毛とかだな。


「ふうやれやれ、まったくリーズの自己犠牲には頭が下がるぜ」

「……なにか微妙に気になりますが忘れることにして。でも、ユーリさんもそういうところありますよね?」

「んー?」


 オレは自己犠牲の精神はほとんど無いと思うけどな。身内を除けば誰彼構わず助ける気もないし、自分を切り売りもしてない。せいぜい知的好奇心を満たそうってくらいか。知らないことは山ほどあったけど、この世界に来てからもっと増えたわけで。


「やっぱりですね。そこをわかっていないあたりがリーズさんとの違いでしょうか。ララさんの前に現れた二体それぞれの魔人のことや魔力量を増やす実験にしても……一歩間違えば死んでいた可能性はありますよね」

「自己犠牲ってそのことか? 全部勝算があってやったことだけど」

「『勝算』と言っている時点でわかったようなものですけど……失敗の確率はゼロでしたか?」


 それはもちろん、どんなことでも失敗はあるだろう。たまたまうまく行っただけのことが山ほどあることもわかってる。それでもその確率をゼロに近づけようと努力はしてきたつもりだ。


「まったくもう……ユーリさんは……私がいないと……」


 ダメだってか。

 ネレに頼ってる部分もあるからそれはそうだ。でもあんまり話が繋がってなくないか? と思ってネレの方を見たら、


「……ばべ(だめ)……べぶ(です)……()

「は? わー!? ネレ!?」


 鼻の辺りまでお湯に浸かっていた。顔は真っ赤で。

 逆上せたのか! なんで!?

 いや、緊張とか疲れか。気づいてやれよオレ。



 剣を打つことも研ぐことも、どこか恋をするのに似ている。



 そう思ったのはいつのことだったでしょうか。

 叩いて性質を知り、積層し、形を整える。

 研いで実態を知り、余計なものを削ぎ落とし、先鋭化していく。

 剣だけでなく、きっと恋も抱きしめれば自分を傷つけてしまうもの。それでも抱きしめずにいられないもの。傷つけ傷つけられることのないように研ぐのをやめることもできないもの。

 だから私の恋は剣とともにあって、ユーリさんに二つとも一緒に渡し続けていたんだと思います。そのときの精一杯を。ずっと。いつか届くようにと。

 それもやっと。これまで打ってきた剣のように形になりました。



「すまん、ネレ」

「そんなに何度も謝らなくても。私もまさかこんなことになるとは思ってませんでしたし……」


 風呂ができたのが昼過ぎで、ネレは夕方くらいまで気を失っていた。さっき目覚めて、なんとか軽めの夕食を終えたところだ。

 ていうか、謝るところはそれだけじゃないような気がする。熱中症の際の対処知識を持ち出して濡れタオルを置いてるのは当然、首と脇の下と足の付け根。夏になる度に聞いてたときはなにも思わなかったし涼を取るのに自分でやる分にはむしろ気持ち悪かったが、第三者視点で見ると割と際どいところを冷やしている。心配以外の感情を励起してる場合じゃないからなんとかなってるけど、昨日のフレイアより目のやり場に困る。

 涼風球による部屋の冷却と魔法による送風と団扇で仰いでの三連。それから砂糖と塩入りのレモン水の温度管理。看護方面の過不足のなさに目を向けて耐え凌ごう。よし。


「ほんとはもう少し長く入っていたかったです。でも、これはこれで悪くない気分ですね。だいぶマシになってきましたし」

「そっか」


 額や頬に手をやる。熱く感じるってことはまだ体温が下がりきってないんだろうけど、常識的な範囲ではあるかな。ララが回復ヒーリングもかけてくれたし、高熱による重いダメージは無いと思いたい。


「ユーリさんの手、気持ちいいです。もっと」


 手を掴まれたと思ったら、ベッドに引き込まれた。そのまま抱きつかれる。寝るのには早いけどこうするのもいいか。光源になっている魔道具への魔力供給を減らそう。

 全身で触れるとよくわかるが、やっぱりまだちょっと体温が高めだ。でもまあ、リーズに言ったのと逆でオレが冷やす要素になるかな。

 濡れタオルを全部桶に放り投げ、魔法で室温をさらに下げる。ヒヤリとした空気と温かいネレで丁度いい釣り合いだ。


「ありがとうございます、ユーリさん」

「どういたしまして」

「これだと恋人というより家族みたいですけどね」

「そうか?」


 額や耳にかかった髪を梳いてやる。

 思えば、ネレにはもう血の繋がった家族がいない。そこは転生前のオレと共通項だったんだな。だから父さんと母さんに親身になってくれたのもあるのか。


「出逢ったころのユーリさんにとって、私ってどんな存在だったんですか?」

「あのころのネレ? 不遇でも折れてないのがすごいなと思った。他人から見れば諦めが悪いとか頑固なんだろうけどな。ララもそうだったけど表面上の魔力は曇ってたけど、だからこそ芯の光が強く見えたし、より強く輝けたのかもしれ」

「そうではなくて、女の子としてですよ。それもわかってて……いえ、これはわかってないですかね」


 途中で遮られた。ゆるいけど不満顔になってきてたものな。

 いやなんとなくはわかってたよ。でも出逢ったころの評価っていったらそこからだろ。


「なんだろうな。鍛冶師を探してたのは本音だったし、絡んでた相手がクズだったから助けたいと思ったのも本音だ。どっちかって言うとそっちかな」


 表情がどんどん不機嫌になっていく。頼むからもうちょっと聞いてくださいよ。


「まあほら、あのころはまだ感性が日本人だったからさ。十八歳以下に手を出すと犯罪みたいな感覚があったから、妹みたいな悪友みたいな。なんだかんだネレも憎まれ口みたいなのが多かったろ」

「照れ隠しですよ。それに、あの頃だってもう大人でした」

「ああ、今ならわかるよ。年齢の方はまだ戸惑うけど。それでもさ、鍛冶屋として再起して、研鑽を重ねるごとに少しずつ笑顔から暗さが消えていって、真剣な顔で槌を使って剣が出来上がればやり遂げた顔をして。俯いてた顔を上げて胸を張って一流の鍛冶師として前を向いて。あのころからその姿を」


 話している間に言ったとおりの顔になっていたが、



「かっこいいと思ってたかな」

「なんでそうなるんですか!?」



 オチがついたみたいに身体から力が抜けた。

 即座に立ち直り、頬を引っ張ってくる。急に元気になったなおい。


「ユーリさんは、いい加減、乙女心というのを、学ぶべきですよね?」

ははっへふっへ(わかってるって)いひゃいいひゃい(痛い痛い)ひゃはら(だから)ひょのほろはら(そのころから)ひょうい、あーもう。好意はあったと思う」


 頬を摘んでいた手を握る。鉄を叩き続けてきた手は職人らしいのかと思ったが、身体強化のおかげか意識して手入れをしてきたのか、驚くほど細くてしなやかだ。


「みんなについてそうだけど、いつ異性として好きになったのかって聞かれると困る感じもあるな。それに、恋をすると女の子はきれいになるって話もあるしさ。鈍感でもなんとなくは好意が向いてるんじゃないかとは思うけど、恋愛ド素人にはそれが思い違いじゃないって自信はなかったんだよ」


 九羽鳥悠理とユーリ・クアドリはもうほぼ別人とも言えて、二つの世界では価値観も違う。でもさっき言ったようにオレ自身の価値観や根本は大して変わってなかったわけで。「モテるわけなんかないよなぁ」ってのが根本にあったわけで。

 それもそれで相手に失礼だというのは今になってわかったことだ。


「だからまあ、転生して好意を伝えてもらってからなんだろうな、オレも好きだって思ったのは……違うな。好きでいいって安心したのは、か。とんでもなく不誠実だとは思うけど」

「どうでしょうね。そういう恋の自覚の仕方もあるんだと思います。それに、恋愛感情に近い感じで好きでいてはくれたってことですよね」


 ネレの顔は苦笑だった。それでも優しさは感じる。

 オレだって恋愛モノの創作に触れたことがないわけじゃない。雪解け水が湧き水として滲み出すように好きだと思うこともあれば、いきなり燃え上がるように好きだと思うこともあるんだろう。失って気づくのだけは御免だが。


「だからおまえのことが好きだよ、ネレ。鍛冶師として仲間として以上に、オレを好きでいてくれる女の子としてさ」

「誰にでも言ってるみたいですけど、言われると存外嬉しいですね。私も好きです、ユーリさん。あなたの剣を打つと決めたときからずっと」

「出会ってすぐじゃないのかそれ。そんな前からかよ」

「はい、そんなに前からです。一人で生きて一人で死んでいくのだと思っていた私に、あなたは友人と家族と愛をくれましたから」


 さっきまでオレがしていたように、ネレはオレの頬を撫でてくる。その顔は年相応というとアレだけど、大人の女性らしさを感じさせてくれた。

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