Interlude 昔の今
翌日、私はまたリーフェットを訪れていた。
たぶんユーリも気づいてたと思う。気づいててなにも言わずにいてくれたし、私に任せてくれたんだと思う。後を追ってきてる人がいて、その目的が私だったって。
まあ、敵意が感じられなかったっていうのもあるんだろうけどね。気配自体は私たちがやる隠蔽と同レベルで隠そうとしてたけど。
大通りを歩いて、適当な小路に折れて、人気がなくなったのを確認してからしばらく歩いて。
一気に引き返……おっとぉ!?
「おや。『私は相手を路地に追い詰めたつもりだった。しかし実際は誘い込まれていた』ですか。こういう小説を読む人でしたっけ、あなた?」
特に身を隠す気のなかったらしい相手にぶつかりそうになった。軽やかに避けられたんだけど。
嫌味を込めてる割に特に抑揚のない声になにか言い返そうとはした。のですが。
「あ……え」
言葉が出ない。
格好は旅の冒険者風で「なにそれ?」って感じ。いや、違和感があるわけだから容姿に覚えはあるし、忘れてたわけでもないけど、どうしてこんなところに。
「エーデルシュタイン殿下からお話をうかがって、リーフェットに滞在して、だいぶ待たされました。久しぶりですね、フレイア」
「ソフィア……さん?」
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ソフィア・アイゼン。
私が帝国を出る前、エーデルシュタイン・シュベルトクラフト皇女付きの近衛騎士をしていた人。って、やったのはお茶会や剣の打ち合いの真似事くらいでそれ以外は詳しい素性もなにも教えてもらわなかったけど。
「ご、ご無沙汰してます」
別に咎められてるわけじゃないんだけど、腰から頭を下げてしまう。テーブルに着いているせいでティーカップを頭突きで割りそうになった。
そう言えばソフィアさんは帝国を出てから会うことのなかった人の一人だ。そう簡単には会えない人でもあるけど。
「そ、その後はお元気でしたでしょうか?」
「なにを恐れて畏まっているんですか?」
いやだって昔からソフィアさんはものすごい威圧感が……あれ、今はそうでもない? 私が強くなっちゃったってだけでもなくて。
「そちらはずいぶんとお元気でしたね。ええ、わたしのような価値のない友人は捨て置いても構いませんが」
いややっぱ怖いー!
今だってメチャクチャ高級そうで絶対に貴族御用達なレストランの個室に案内されてるし! ヒェー!
「……冗談です」
でも、薄いながらも微笑んで口に指なんて当てちゃって冗談?
「じょ、冗談? ですか?」
「ええ。エーデ様の挨拶のついでにでもわたしに会いに来てくれなかったのが残念なのは本音ですが。とは言え、わたしもあなたに友人になってほしいと伝えたわけではありませんでしたからね。あのとき助けることもできませんでしたし。ごめんなさいフレイア」
しっかりと下げられた頭を見なくても伝わってくる。ソフィアさんの気持ち。
無念さと後悔。私も持ってたことのあるものだから。
「あのときは……どうやっても無理ですよ」
「監視の名目で庇護下に置くことくらいはできました。そもそもあんな雑な追い落としがうまく行ったことが奇跡だったのですから」
雑な追い落としか。
結局、ワーラックス家がなんでああなったのかって今もわかってなかったりする。
「お父さんってなんで褫爵されたんですかね」
だから、ポロッと口からこぼれてしまった。ソフィアさんが嫌そうな顔をする。
「ああ、その説明もなかったんでしたね。いわく、『あなたを通じてエーデ様とリット様の仲を割いて国家転覆を図った』とのことですよ。ハイト様はお生まれになったばかりでしたから関わってこなかったのでしょうね」
「…………は?」
今知ることになった意味不明な暴論。なにその嫌疑。
っていうか事情を聞かれたことすら無いし。それで罪を確定して人を裁けるの?
と純粋に疑問に思うけど、できたんだから裁けるんだなぁ。そういうものなんだ。むしろ殺すためには冤罪でもなんでも作って一時的にでも爵位を剥奪する必要があったってことかな。貧乏伯爵とはいえ貴族が死ねばそれだけで一大事だし。
「ともかく、真に転覆を図った連中は既に罷免されていますし、ワーラックス家自体の名誉も回復されています。旧ワーラックス領は少々手を回してヴィンラード家の預かりとなっていて、いつでもあなたに返せるようにもしてあります。炎皇としてのあなたの勇名は言うまでもなく届いていましたし、セラディア様のことであなた自身の帝国での名誉も得られたはずです。今ならフレイア・ワーラックス伯爵として戻ることもできるでしょうね」
ヴィンラード家ってお母さんの実家か。所領問題に手を回せるって、ソフィアさんにはそれだけの力があるんだ。リーベ様の力添えもあったのかな。
そう言えば伯父さん含めた親族にもずっと会ってないのか。でも。
「あー、貴族とかもういいかなって。領民の人たちには悪いとは思いますけど。伯父様と家族や祖父母には『いつか挨拶に伺うかもしれない』とだけ伝えておいてくれますか」
そういえば、そろそろ貴族として生きてきた年月を上回っちゃうのか。平民になったら生きてけないと思ってたけどそんなことなかったんだなぁ。むしろこっちが向いてるかも。
「そうですか。予想はしていましたが残念ですね」
うん? 予想してた?
あ。名前が売れた時点で凱旋したり、王国で貴族になってたりするだろうからってことかな。そうしてないもんね。
「まあ、あなたにその気がなくとも嫡子ができればその気になるかもしれませんからね。気長に待ちましょう」
「気を長くして待ってもらって……ん?」
ちゃくし?
こども?
「ユリフィアス・ハーシュエス。少々若すぎるきらいはありますが、友人の恋ですから応援します。二人とも色に溺れているわけでもなさそうですしね。おめでとう、フレイア」
「え?」
え、いやいやいやいや!
情報が多い!
「そ、そふぃあさん? なにを、言って」
ユーリのこととか若すぎるとか色に溺れてるとか。どこまでなにを知ってどう誤解してるのですか。そこのところをもっと詳しく、
「安心してください。私はユリフィアス・ハーシュエスについての“真実に近い推測”についても追求するつもりもなければ誰に話すつもりはありませんから」
「…………え」
焦りが一気に引く。残るのは、恐怖とか驚異とか。
真実に近い推測。ユーリのことで言うならそれは。
「二人の“ユーリ”の繋がりの推測は荒唐無稽ですが、私の知る由もないことなどこの世にいくらでもあります。そういうこともあり得るのでしょう」
「ソフィアさん、何者?」
一瞬身構えた。
でも、ソフィアさんが敵に回ることはない。そうやって人を信じて失敗したこともあるけど、「友人になりたかった」って言ってくれたこの人のことは信じられる。と思う。
それにきっとその推測は“転生”で、当たってる。私が再会したときみたいに未知の魔法で年齢退行したって推測もできるだろうけど、それは“ユリフィアス・ハーシュエス”のことを調べたなら否定されるから。だから推測じゃなくて確信のはずなのに、言葉にすることも控えてくれている。
ありがたいと思う。けど、それでもどうあっても乾いた笑いしか出てこない。近衛騎士だと思ってたけど絶対にそれだけじゃないよね、話を聞いてると。
そもそも、性別の問題はあるにしても私と同年代でエーデ付き筆頭騎士みたいになってたのも今考えればすごいを通り越して異常だし。アイゼン家が凄いっていうのもあるんだろうけど、それだけで語れなさそう。
待って待って。ユーリやレインさんと同じじゃないよね? 確かめるようなことはできないけど。
怖。友人として付き合ってはいけるけど、いつボロを出すかわかったもんじゃない。ユーリなら「別にいいぞ。話せば?」とか言ってくれそうだけど。ソフィアさん自身も私くらい話術でどうにでもできそう。
「わたしが何者かについてはいろいろと答えがあるでしょうけど、今は元近衛騎士ですよ。ほら」
指輪。手を見せられるよりずっと前に気づいてたけど、結婚したんだ。ユーリの知り合いも結婚してたらしいし、みんな順調に身を固めてるんですねぇ。
いや、いーもんね。私はユーリがしてくれるから。ユーリ以外にしてほしくないし。
してくれる、よね? 思わずソフィアさんと自分の手を見比べちゃったけど。
「青春ですね。まだまだこれからという感じのようですが。とはいえ、失ったものを取り戻せるのですからこの上ないでしょうけど」
「せいしゅ……年甲斐もないですか?」
「そんなことは。そもそも年齢なんてどうでもいいではないですか。子供みたいでしたし昨日のあなた」
子供みたいだった!?
昨日の私!?
「どこからどこまで見てたんですか!?」
「全部」
全部!?
あ、いや、ずっとそばにいたんだからそりゃそうか。
「お茶を飲んでケーキを頬張っていたところから始まり、鐘楼の上で話していたときはさすがに追えませんでしたけどね。それでも様子はよく見えましたよ」
くすくすと笑われると、ほんとに恥ずかしいことしてたんだなって気付く。
あーあーあー今すぐ帰りたいー。ソフィアさんの顔も見られないしー。いーやー。
「フレイア」
でも呼ばれたので反射的に顔を見てしまう。素直か私。
思えば、あの頃って名前を呼ばれたことすらなかったような。嫌われてるとまでは思わなかったけど、距離は感じてた。そうじゃないといけなかったのもあるんだろうけどね。大人になったからこそわかる。
ソフィアさんは、これ以上なく優しい表情で、
「今、幸せですか?」
そう、聞いてきた。まるでお母さんが子供に聞くみたいな声で。
実際、もう子供もいるのかな。昔よりずっと雰囲気が柔らかいから。
「はい」
これ以上なくって答えようかと思ったけど、きっとこの上はいくらでもあるし、ユーリやみんながくれるって信じてる。私だってあげたいから。恋するとか愛するってきっとそういうことだ。
「ならよかった」
ソフィアさんは自分のことのように笑ってくれた。ううん、自分のことだったんだろう。友人だって言ってくれたんだし。
「ありがとう、ソフィアさん」
一番古くて一番遠かったかもしれない友人。こうして再会してまた話ができたことも幸せの一つだね。
昔は今につながってる。悪いことの中にだっていいことはあるんだ。いつかエーデも一緒に三人であの頃みたいな一日を過ごしたいな。
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「ちなみに、わたしのほうがあなたより歳下だということは知っていましたか?」
「最後に予想外のこと言わないでー!」
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「お帰り。遅かったっていうことはちゃんと話ができたんだなフレイア」
「こっちはこっちでなんか私がいない間にすごいのできてるしー!?」




