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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
(18・19)
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第六十六章 フレイアの日

 五人目はフレイア。ちょうど折り返しだな。

 ……五人で折り返しかぁ。傍から見るとほんとにどうかして見えるだろうな。ヴァリーもちょっと引いてたし。でも、奥さんたちが言ったっていう「それがいい」ってのは真理なのかもな。不幸は半分にし、幸福は倍にする。それが理想的な付き合いなのだと思う。

 で、肝心のフレイアの要望だが、「無難に普通のデートをしたい」ということだった。だがしかし例によってオレもなにが普通かわからないので、とりあえずリーフェットのカフェでお茶をすることになった。


「……でも、ちょっと悪い気もするんだよね」


 フォークを口に咥えるようにしながら、フレイアがボソリと言った。

 悪い?


「なんでだ?」


 そういうふうに決まったんだし、それなりに平等なわけで。なんら気後れする必要はないと思うのだが。

 むしろ、あとの方に回るのはクジ運が悪かったとは言えないのだろうか。やることに対するハードルが下がるのはあるとしても。ど真ん中がどっちに当たるかはわからないけどさ。


「ほら、二人で破山剣を届けに行ったばっかりだしさ。士団で隊長やってたときも、仕事してたけど二人っきりでいたりしたし。なんだかんだ私ってユーリと一緒にいたじゃない?」

「あー、そうだな」


 なるほど、言われてみればそうか。他の人に気が置けないわけじゃなかったけど、事情のわかってるフレイアといるのは楽だったからな。

 ただでも、アンナさんの存在を忘れるのはやめてさしあげようね。ちゃんとわかってはいるだろうけど。


「だとしてもそれはそれ、これはこれだろ。仕事の挨拶回りとデートはツレが同じでも全然違うジャンルだし」

「そうだけどね」

「まあ……色欲封じがあったとはいえ悪かったよ。デートだってのを否定したってのは」

「あはは、あったねそんなのも」


 ララが王都を訪れた日。二人っきりで街並みを眺めながら言ったフレイアの勇気をなんの思慮もなく「不謹慎だろ」と咎めてしまった。今思い返すと最低だな。

 住人以外に開放されていない屋上に合法的にいられる機会なんてそうはない。ちょっとくらいその気分を味わってもバチは当たらなかったよな。


「あんまりこの話するとリーズさんがまた暗い顔しちゃうかな」

「するだろうなぁ。別にリーズのせいじゃないのに」

「あはは。そうやって自分のせいだって思っちゃうところは二人ともよく似てるね」


 そう言えば、オレも要らない責任を背負い込みすぎだって言われたな。それでリーズを諭しても説得力ないのか。


「その辺りは私たちも受け持てるからさ。ユーリはその……なんていうか……ほら」

「うん?」

「気兼ねなく私たちのこと愛してくれていいから、って恥ずっ」


 バターン、とフレイアは机に突っ伏した。余計目立って恥ずかしいと思うんですけど。

 でもそうか。みんなからもらってる想い、倍にはして返さないとな。


「ありがとな、フレイア」

「うー、うん、どういたしまして」


 真っ赤になってるけど、ほんとにありがたい薫陶だった。後悔や反省より愛ね。たしかにそうだ。不景気な顔してるより笑いかけたほうが誰だって嬉しいよな。



 とかやってから十分くらいかな。二人で人目もはばからず、



「言われるとは……なんとなく思ってたけど……実際に言われると辛すぎる……」



 道端で体育座りをしていた。

 久しぶりにフレイアのガチ泣きを見た。気持ちはわかる。これに責任を感じるなと言われても無理。

 いや男と女じゃ感覚も違うだろうし、完全に理解できてるとは言い難いか。


「うう……やっぱり歳が……見た目が……」


 声をかけにくい。なに言ってもフォローにならない予感しかしない。

 だってなぁ。姉弟だと思われるならまだしも親子って。日本が晩婚化してただけでこの世界だとおかしくはないのかもしれないが。

 さてどうする。

 一、「もう少しすれば十代に戻れる」。これを言ってもフォローにはならない。

 二、「見る目がなかっただけだろ」。これもフォローにはならない。

 三、「ガキっぽくてすまん」。これはこの流れだと嫌味になりそうだ。

 四、「フレイアは十分綺麗だ」。これはありかもしれないけど歳を意識させることから逃げられてない。

 五、「人がなんて言おうと気にするな」。同上。どころか悪化してる。

 六、「そうしてるとまだまだオレより年下だな」。これもこれでケンカ売ってるな。

 こういうときってバカなことを言えば笑われるか覚めるかのどっちかで楽なのかな。それもわざとらしそうだ。

 姿変えの魔道具を使うのもいいけど、今やると変なことになるし。あれ? これ詰んでないか?

 答えが見つからん。単純にオレまで思考がネガティブになってんだな。

 よし、勢いで押し切れ。


「時間がもったいねー!」

「わっ!?」

「一日は短いんだ、次行くぞー!」

「お、おー?」


 手を引っ張って走る。周りからは奇異の目が飛んでくるけど知るか。恋人を悲しませてることに比べたら、そんなもん気にするほうがどうかしてる。


「いっそのことあーらよっと」

「わわっ!?」


 一瞬ブレーキをかけて追い抜かせ、膝下を払って抱き上げる。身体強化と風魔法で飛び上がり、空中に作った防壁をもう一度蹴ってさらに高く。


「リーフェットもなかなかだな!」

「あは。そうだねー!」


 高所からの眺めなら、どこかに立ち入らなくても見られる。あのとき見ていた風景とは違うしこれで代わりにならないけど、気分を切り替えるには十分だろう。



 これを穴場というのかはわからないが、リーフェットにも人の立ち入らなさそうな高所はあった。街からやや外れたところにある教会の尖塔。見咎められないってことはないだろうけど、そのときは素直に謝るだけだな。


「いい景色だね。風も気持ちいい」

「そうだな」


 とりあえずフレイアの機嫌は治ったらしい。よかったよかった。

 歳の差がどうのと言うなら、それこそレアが泣きそうになっていたようにオレからすれば姉さんとレアは娘みたいな年齢になる。年齢のことは気にしても仕方ないとしか言えない。

 そもそもオレが主要因なんだろうけど、種族関係で今のオレみたいな見た目でフレイアより年上とかいるはずなんだよな。いや、特定の誰かのことではなくてね。エルとレヴならあんまり気にしなさそうだけど。


「ていうか魔力のこともそうだけど、身体回帰するのに容姿の面は話題にしないよな。いやもともとそれがメインだからいちいち問題にすることでもないってわかってはいるんだけどさ」

「容姿?」


 野郎からすれば体力面での問題が主だし、そこは頑張ればどうにかなる。身体強化もあるし。けど、女性は男よりいろいろ数値があるわけで。


「いやこう言うと限りなくアレだけど。おまえたまにオレのこと煽ってるだろ。『あわよくば襲ってこないかな』とか考えてたりするんじゃないのか?」

「へう!? ナ、ナンノコトカナー?」


 清々しいまでの棒読みだな。

 今は外行きでちょっとゆったりとした服着てるけど、家だと割とボディラインの浮く服着てるし。メイルローブみたいなのでてるてる坊主になれとは言わんけどさ。

 図星を突かれたフレイアは「あー、うー」と唸り、観念したようにうなだれた。


「だ、だって『大人の魅力で勝利』とかセラちゃんが言うから? 私にあるかどうか試したいっていうかね?」


 ああ、発端はそれなのね。たしかに人によってはプライドかかってくるな。

 みんなそれぞれちゃんとあるけどな、大人の魅力。飛びつくわけには行かないだけで。あとなんだかんだ誰もが持ってる子供っぽい一面もいいギャップだと思う。


「……、ユーリってさ。胸とかおっきいほうが好きなの?」

「……は?」


 いきなりぶっ込んでくるな。ある意味話を振ったのはオレだが。

 誤魔化すのもなんか悪い気がするけど、真摯に答えるのもなんか寿命を縮める気がする。それでも礼儀として答えはひねり出すけども。


「どちらも趣深いとしか。個人のアイデンティティの一つじゃないだろうか。よく言われるけど目立ってるから目が行くだけで、大小で貴賤があるとかはないですね」


 やべ。一般論っぽく言おうとしたら逆に変態チックになった。なんだ「貴賤があるとかはないですね」って。何者だおまえは。


「つまり、『大きければ目は行くけど、どちらもそれはそれで好き』、と。なるほどねー」


 フレイアの反応は薄い。というか嬉しそうでも嫌そうでもないし、何かを確認しているかのような。むしろ確認ではなく、声に出してダブルチェックしてるような。

 ふむ。なんか仕様外の探偵的なセンサーにビビッときましたよ。さっき図星を突けたからかな。


「なあフレイア。通信魔道具使ってない?」

「え? なんで?」


 ……目を逸らしたな。当たりか。

 ていうかどこからなにを聞かせとるんだ。


「残念皆様。バレました」


 フレイアがそう言うと、オレの方にも通信が繋がるときのノイズが聞こえた。


『全員絶句じゃなくて深刻に考え込んでるのはまだマシなのかもしれないけど、できればその辺の色欲は永久に封じておいてほしかったよユーリ君』

『えーと、あの。ユリフィアスさん、その。わたくしは、その。わかりますけど、あの』

『ユリフィアス。最低』

『アー、マー、逃げられないよネそのヘン。ともかくユメちゃんは深呼吸深呼吸』


 セラとユメさんとティアさんとミアさんもとか、どこまで巻き込んでんだこの通信。

 ていうか、ユメさんの動揺がひどい。心の底からごめんなさい。


『申し訳ありませんけどどういう理由でわたしまでユリフィアス・ハーシュエスさんの性癖を聞かされているのでしょーか? 出るとこ出ようか?』

『無難に答えようとしても隠しきれてないわよ、ユーリ。男の子だから……いえ、男の子と言っていいのかしらね?』


 オレだってなんでレインさんと母さんにまで聞かれてるのかわかんねえよ!? 特に母さん! リーフェットに引っ越すにあたって通信魔道具を渡したのが間違いに思えるだろ!

 手当り次第全員とかこれ、フレイアとリーナさんの面識があったらそこまでも通じてたのか? 恐怖だぞ。


「……待てよ。てことは父さんも聞いてたりするのか?」

『……俺は回答しないぞ。フィリスが全てだ』

『うふふ。ありがとう、あなた』


 素晴らしい。そしてある意味羨ましい。いやそういう相手がいるからというわけではなくてね。いや文字だけで言えばそういう相手がいるからなんだけどね。

 ていうか既存の家庭を壊す危険を侵すのはやめようね。一夫多妻のときと同じくヴォルさんの反応もそれはそれで気になりはするけど。


『とりあえずしばらくこれ外しとくから、聞きたい相手でやって』

『……俺も降りる』

『息子と未来の娘たちのこととはいえ、さすがにこれを聞いているのはね』


 そうか。話したくなければ魔道具を外せばいいのか。

 でもそうしたくない人、というよりもっと突っ込んだ話をしたい人は当然それなりにいるわけであるが、


『成長期……ですよね、まだ』

『ん? あー、レアは心配しなくてもたぶんだいじょーぶだって』

『保証はないですよね!?』

『必死すぎでしょ!?』

『私はユーリさんにとってどうなんでしょうか……いまさら変わりはしないですけど』

『大丈夫。アカネさんはそのままでいい。むしろそれでも羨ましい』

『ねえアイリス。ユーリってそういうこと気にするの?』

『どうでしょう、色欲封じもあったわけですから。わたしはどうなんだろ?』

『ちょ、フィー!? そんなに暴れないでよー』


 そういう話はオフラインでやったほうがいいんじゃないですかね。

 別に女の子だっていろいろあるし俗な面もあるってわかってるし、必死になる気持ちも納得はできるんですけどね。幻想は持ちたいというか。


『容姿ですか。たしかに悠理の隣に並ぶことばかり考えていましたけど、そこも重要なところですね。しかしいいごみぶんですよねぇ、ゆうり?』


 さらに、地獄からの呼び声が聞こえる。前職からすれば天に召されるのが順当なはずなのだが。


「だから、そこも含めて容姿だけどさ。もっとこう全体的な話をしてたのオレは。『未来の私』的な。十年前自分がどうなるか思い描いててそのとおりになったかとか、そうなってたとしても十年やり直したあとに同じになってるかとか……いやもうごめんほんとにスリーサイズの話でしかないわこれ」


 二十歳の九羽鳥悠理とユリフィアス・ハーシュエスはそもそも違う人間だから同じになれないけど、ララとフレイアは同じ人間だ。二人ともいろいろと夢を見てそこを目指してきたわけで、なりたかった自分にもう一度なれるのかというか。これもまたいまさらな話なのかもしれないが。


『端的に言えば……無理……でしょうね……植物で試行を重ねたわけですが……同じようには育ちませんでしたし………まったく同じ花は咲きませんでしたし……同じ実もできませんでした……人でも……無理……いえ……それは可能性で……でも……』


 リーズの実験がクリティカルすぎる。あとなんか他の理由っぽいことで深刻そうなのはどうしてですか。

 環境の問題があるから理解はできるな。遺伝子の問題は双子と同じようなものだろうし。あるいは植物にもちゃんと記憶や意識があって、オレたちが気づかないだけで前回と違うことを試しているのかもしれないけど。


「そこは頑張るしかないかな、うん」

『…………逆に羨ましい気持ちもありますけど。いえ、もしかして一縷の希望が?』


 ネレのつぶやきがなんか悲壮すぎる。フォローできない。っていうか聞かせる気があったとは思えないけども。


「まあ、どうあってもララの言うとおりいいご身分なのは事実だけどな。美女と美少女九人から好意を向けられてるんだから。普通ありえないし」


 なにかあってもこっちの気持ちは変わらないし、と続けようとしたけどそれはフラグっぽいのでやめておこう。


「……えへへ」


 と空想してたら、隣から嬉しそうな笑い声が聞こえた。通信魔道具を通しても。

 ため息もいくつか混じってたけど。


『やっぱりそれがユーリ君の本性なのでは? いろいろ知ってるだけに軽薄とは言わないけどさぁ』

『不快の手前くらい。ワタシには言えない』


 さらに言うと、特に大きなため息だった約二名から大不評だが。

 不快か。容姿に評価つけられるのは誰だって嫌かな。でも。


「そりゃ美的センスは個人のものですけどね。オレの感覚から言えばセラもティアさんもだし、ユメさんもミアさんも十分すぎるほど美人さんなんだけどな」

『んご!? あが!? あがっが!?』

『だからそれが。は? ユリフィ……あ?』

『え、あら、あらら?』

『お、オー。コレはコレはドーモ?』


 そんなに驚かれるようなことか? そこも含めてオレは自分がこれ以上なくいい身分だと思ってるんだが。


「あはは……」


 しかし、今度はさっきと逆にフレイアからは苦笑いと通信の向こうからはため息が。


『……思いを言葉にするのは大事ですからね。悠理がそう思うのならそれでいいです。事実を否定するのもおかしいし変ですし。というかユメさんは優秀ですし誰にも優しいですし私よりずっと聖女らしいですし。ぐふっ』

『そうだね。ティアリスかわいいよね、素直じゃなくて』

『セラも一緒にいると楽しいよね』

『レリミアも……わたしよりずっと……大人っぽいですし……大人っぽい……憧れます……』


 エルとレヴは好意的だけど、ララとリーズは超絶ダメージ受けてる。どれだけ頑張っても隣の芝は青く見えるものだからなぁ。


「オレから振っておいてなんだけど、レアもネレもララもリーズもそこまで気にするなよ。たとえばオレが体型だけサイクロプスみたいになったとして、それで嫌いになるわけでもないだろ?」



『『『『『『『『『『『「…………」』』』』』』』』』』』



 ボケを交えたんだからなんか言ってくれ。せめて姉さんくらいは。

 オレもそんな自分になろうとは思わないけど。っていうかなれるわけないけど。


「もしもーし?」

『と、ともかく。フレイアさんの時間を奪いすぎましたね。私たちはこれで。はぁ……』

『フレイアさん、ではまた夜にでもブハッ』


 微妙なトーンのララとセラの声のあと、ブツッという音がした。

 どうやらこれで会話終了らしい。


「なんなのこの空気」

「いやさすがに想像したらいろいろキッツいよそんなユーリ」


 ん? ……うん。

 さすがにそうでしょうかね。例えが意味不明過ぎたかな。



 とかなんとかやってる間にもう夕方になっていた。午前中はカフェでダラダラして、昼からはここで座ってあれやこれやダラダラしていたわけだけど、一日が過ぎるのって早いな。光陰矢の如し。

 いや、歳取ると早く感じるんだっけ? ボケっとしてると「長いな」と感じることもあるんだけど。


「一日って短いね」

「奇遇だな。ちょうど同じこと考えてた」

「そうなの? あはは。なんか嬉しいな」


 同じ場所にいて寄り添っていて同じことを思う。たしかに胸が暖かくなる感覚はある。「もっと時間が欲しいと思ってくれているんだな」ということに対してかもしれないか。

 夕焼けの中でもフレイアの髪はより紅く輝きを放っている。生きてきた証であり、生きている証であり、それを隣で見せてくれるということは彼女の想いの証でもある。


「なに、ユーリ?」

「フレイアが綺麗だな、ってさ」

「そう? ありがはへぇ!?」


 ボッ、と音を立てた……のは幻聴だが、西日の影響もあるのか顔が髪と同じくらい真っ赤になった。

 言ってからその発言の気恥ずかしさに気づき、その反応で受け取る側との微妙なニュアンスの違いに気づいたが、それもまた事実なので弁明はしない。


「ううう……嬉しいことばっかりなのにぃ。素直に喜びたいのにぃ」


 フレイアは両手で顔を覆って、絞り出すような声で言う。


「そこで『当然だ』みたいに返されるのもなんかビミョーだし、喜んでくれたならフレイアはそのままでいいさ。そうしてると可愛くもあるし」

「ううう……」


 おそらく、みんなが割とこうして喜んだり驚いたりしてくれるからオレがそれなりに冷静でいられるのもあると思う。少なくとも空回りはしなくて済むからな。


「ゆ、ユーリだってかっこいいからね? ときどき抜けてるけどそこもかっこいいし、親身になってくれるのもかっこいいし、強くても威張らないのもかっこいいし。これ、私たちみんなそう思ってるから」

「そうか。ありがとな」


 真っ赤になりながら言われると、気恥ずかしさより微笑ましさのほうがずっと強くなってしまう。

 フレイアのほうが身長が高いからちょっと不格好だが、肩を抱き寄せる。


「あ、あー、あー。これリーズさんの気持ちわかるなぁ。はふー」


 胸に手を当てて深呼吸しながら言ったあと、フレイアは体重を預けてきた。肩を組んでこめかみで頬を支えるみたいな感じになってはしまったが、そこはご愛嬌。


「残念だけどそろそろ帰らないとかな。でもまたこうしたいなー、なんて」

「よかったな。これからいつでもできるぞ」

「そうだね。えへへ」


 笑ったことによる振動が伝わってきて、こっちまで嬉しくなってしまった。



 帰る途中、ふと思い出した。


「そういえばさ、フレイア」

「え、なに?」


 ランドサーフィンで進んでいた速度を緩める。

 またこれも忘れてたな。思ったよりもぼさっと生きてるのかオレは。

 大盾から飛び降り、空間圧縮を解除して破山剣を取り出す。


「え?」


 フレイアの動きが止まった。そのまま間を置かず数歩後退。


「え、待って私レヴさんと違って別にユーリと戦う気とかないんだけど」

「ん? いやそうじゃなくてだな」


 フレイアに背を向けて破山剣を構え、疑似精霊魔法エクスターナル・エレメントマジックで炎を作って纏わせる。さらに魔力を込めて混ぜ合わせ、振り抜く。

 炎となった斬波が飛んでいく。使ったのは二度目だが、オリジナルだとどうなるんだろうな。


「こういう技を作って『炎皇魔力破斬』って名前をつけたけど、了解をとってなかったなって」

「アア、ウン、ベツニイイトオモウヨ」


 フレイアはカクカクと首を縦に振った。そんな引かれるようなことだったかな。


「本物、やってみるか?」

「マタコンドニイタシマス」


 そうか。なら今度にしようか。

 いまさらこんなので引かれるのもどうかと思うんだが。ドラゴンブレスモドキと違って怒られるような要素もなさそうだし。



 二人でベッドに寝転がり、天井を眺める。この視界自体はなんとなく慣れてきた。


「はぁー」


 フレイアが息を吐く。

 ため息、ではないな。噛みしめるような。


「どうかしたか?」

「うん? うん。こうしてユーリと二人で同じベッドに入ってるの、念願叶った感じかなぁって。本音を言うと一度別れる前にやっときたかったけどね。あの頃だとどう反応できたかわかんないけどさ」


 言いたいことはわかるが、昼間のこともあるのでなんとなく答えあぐねる。なんかまた目のやり場に困る格好してたし。

 ただそれも結局近いうちにいろいろ変わるし、実質的にオレのほうが歳上なのは永遠に変わらないわけだが。にしたってネグリジェっていうんだったかそういうのは青少年の心にはトゲ付き棍棒ってなに考えてるのオレ。


「なんとなくわかってきたな、ユーリの反応。私も捨てたもんじゃないってことも。でも、協定がなかったらどうなってたかわかんないけどね、みんなきっと」

「その自制心は純粋に尊敬するというか、頭が下がる。いろんな理由で」


 魔法使いの魔法制御にもっとも重要なのは平静を保つことだからっていうのも少なからずあるのかもしれないが。みんながみんな色欲封じをかけられないと欲求を解放しっぱなしになるってことじゃないのもあるけども。


「逆の立場になったら怒るより辛いと思うだろうからね。まあ、誰かがやらかしちゃってもなんだかんだ許しちゃいそうではあるけどね、ここのみんななら」

「そうだな」


 みんな、「誰かを蹴落として幸せになってもそれは違う」ってことを実感してきてるからな。そこでお見合い読み合いになってると言えるのかもしれないし、ある意味不幸ではあるのかもしれないし、嘲笑う人もいるのかもしれない。けど、少なくともオレは尊いと思う。

 ゴソゴソと動く音がしたので横を見たら、フレイアがこっちを見つめていた。


「もしそうなったらそれこそひどい抜け駆けだったんだろうけどさ。あの頃はまだそんなときじゃないと思ってて、今でも並んで歩くのに足りてるかどうかわかんないけど、言うね。『好きですユーリさん。だから私をあなたの恋人にしてください』。これがあのとき伝えたいって書き残してずっと胸に秘めてたこと。前後がおかしくなっちゃったけどね」


 フレイアが姿を消した後で渡された手紙か。あのときまさかと思って笑ったけど、ホントにそれだったなんてな。


「変なこと聞くけど……あの手紙ってまだ持ってたりする?」

「ネレに預けた金庫の中に入れてたよ。部屋に戻ればある」

「そっか、嬉しいな。思い出に取っておいてくれたんだ」


 実は、焼くかどうか迷った。完全な私信だからな。誰かが盗み見るってことはないだろうけど、それこそなにかの拍子に見られて嬉しいものではないはずだ。形に残しておくことに意味があるとわかっていたからそうはしなかったし、こうして喜んでくれるのならそうしなくてよかった。

 で、今はフレイアがくれた言葉に答えを返さないと。


「オレも、会ったときから好意はあったな。世の中に絶望してて、それでも憤りをぶつけようとはできなかった不器用で誠実な女の子に」

「あはは、ユーリからはそんなふうに見えてたんだ」

「言っただろ。『必死に周りを威嚇してる猫に見えた』って」

「言ってた言ってた」

「噛み付いてるなら『狂犬』って言った。面と向かって言ったことないけど、ネレは『弱りきって怯えた犬』みたいだったかな」

「なら猫のほうが良かった……のかな? んー?」


 怒りや憎しみを抱え込んで折れそうでも、それを形にすることなく抱え込んで誰も傷つけないように一人で歩こうとしていた少女。たまたま手を差し伸べられて、これもたまたま掴んでくれた。違う形で折れたけれど、彼女は胸の炎を失わずにまた立ち上がって歩き出して走っていった。

 いくつかのことは偶然だったのかもしれないけど、その在り方を美しいと思うし、嬉しいとも思う。


「手を取ってくれてありがとうな、フレイア」

「手を伸ばしてくれてありがとう、ユーリ」


 こういうことをしたわけじゃないが、お互いに手を差し出して握り合う。失われるかもしれなかったお互いの熱はここにある。


「好きだぞ、フレイア」

「うん。やっとこうなれた」


 ベッドが軋む。十数年越しに胸に飛び込んできた少女を受け止めた。

 これでやっと、あのとき仕舞い込んでいた想いも聞いて、それに答えることができたのかな。

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