Interlude 風魔法使い、昔の知り合いにバレる
どうやらここでも危険人物認定されたらしく、“送迎”の帰りの“送”の方は誰もしてくれなかった。道はわかるからどうでもいいんだが。
しかし、あの魔法士はどのくらいの立場にいたのだろう。戦争の可能性があるのかはわからないが、集団に混ざると危険な状況を引き起こすタイプに感じたけどな。
そんなわけで一人で魔法士団本部の廊下を歩いていると、
「ねえ、そこの君」
何故か呼び止められた。その上でその声に聞き覚えがあることに気付く。それに加えて特異な魔力属性にも。
「こっちこっち」
周辺を見回すと、薄く開いたドアから手だけが出ていた。その手は言葉通り手招きをするように動いている。
「ちょっと“お話”してかない? 休憩だと思ってさ」
顔も見えないし、正直なところを言うとさっさと帰りたい。しかし無碍にするのもマズい気がする。場所的にも、相手の素性的にも。
「……わかりました。お邪魔します」
招かれた部屋は、一瞬見たプレートに打刻された文字を信じるなら“第三隊隊長執務室”ということらしかった。
部屋に入ろうとすると、引きずり込まれるように手が引かれて扉に鍵をかけられる。
まあ、悪意がないのはわかっているので為されるがままで済ますけど。
部屋の主は強引にオレをソファーに座らせ、向かいではなくその横、しかもドア側に陣取る。「逃さないぞ」という意思表示だろう。
「こんにちは。私、フレイア・ワーラックス。魔法士団第三隊の隊長をやってるの」
「そうなんですね。はじめまして、ワーラックス隊長」
知っている。
二つ名は炎皇。魔質進化によって変化した燃えるような真紅の髪と瞳が示す通り、火の純粋進化属性である“炎”の魔質を獲得した高位魔法使い。冒険者だったころの最終ランクはA。
魔法士団に入ったとは噂で聞いていたが、そこまで出世していたのか。
そんなことに驚いていたら、笑顔でがっしりと両手を握られていた。
「ねえ、ユリフィアス・ハーシュエスくん。どう? 卒業したらウチに入らない? っていうか今からでも席を置いておかない? 具体的には私の下辺りに」
「え、あの」
ここまで押しが強かったか、コイツ? というか掴まれている手が軋んでいる気さえするんだが。
「か、考えておきます」
「考えるとかじゃなくてね? 確約してくれないかな?」
ギリギリという音とニコニコという音が聞こえる気がする。気のせいだろうか。
が、
「何か繋がりがあるんだろうと思ってたけど。まさかこんなことだとは思わないよねえ、ユーリ」
「え?」
そもそもすっとぼけた演技をしていたが、突然変わった話題と呆れ顔に本当に間抜けな反応しかできなくなる。
まさか。これは。
バレている、のか?
「ていうか、ユリフィアスだし今もユーリでいいんだよね? ややこしいけどその愛称になるように名前も選んだってこと?」
「愛称? なんのことですか?」
「とぼけなくてもいいじゃない。アナタがアイリスちゃんの推薦状書かせたんだから。ちょっと考えれば誰にでもわかるでしょ?」
笑顔のままで紅ではなく黒と青の魔力を滲ませていたフレイアは、そこで一時停止。声を極限まで落として呟く。
「……ユーリ・クアドリ」
やはりそうか。これは誤魔化しきれないな。
ユーリ・クアドリ。十字属性魔法使いだったオレが前世で名乗っていた名前。そんなの、もっと先で聞くものだと思っていたのに。
転生前時点でフレイアは五つ近く歳下だったが、一時期パーティーを組んでいた戦友だ。その上で魔質進化の瞬間にも立ち会った仲でもある。
「負けたよ。久しぶりだな、フレイア」
「ほんとに。ていうかなんでわざわざ誤魔化そうとするのかわからないんだけど?」
それはもちろん、色々問題があるからだ。さっきのやり取りからしてもフレイアがあちこち言い回るとは思わないが。
「色々困るかと思ったからな。で、なんでバレた?」
「情報の分析と繋ぎ合わせ。一緒にいた時よくやったよねー」
ああ、やったな推理ゲーム。遊びでも仕事でも。
「ユーリから頼まれた子。同年代よりずっと強いその子。話してくれない師匠のこと。その子よりさらに強い弟。それくらいならまあ才能だとしても、そもそもフツーの十二歳少年がジャイアントトードはともかくヴェノム・サーペントを倒せるわけないでしょ。しかも異常進化個体だなんて」
「そうか?」
「……え、ユーリの同級生ってそんなバケモン揃いなの? そんなわけないでしょ?」
そう言われるとたしかにそうでもないな。“必殺技”のある姉さんなら確実に行けるが。
「まあ、それでそこに交流戦の大暴れでしょ。だからアイリスちゃんを狙ってたバカを利用してその化け物一年生を呼び寄せてみたんだけど、魔法の使い方を見て確信した。あんなことする魔法使いなんてそうそう見ないからね。っていうか、あの魔法陣描くやつすごいよね。その上、魔力供給まで全部外でやるとか。風属性ってあんな凄かったんだ」
フレイアにも魔力探知は教えた。それでオレの魔力の流れを追ったのだろう。あれを解析できたのならここまで早口になるのもわからないでもない。
オレのように魔法を平然と改変や開発する魔法使いなんて、そういるわけがない。考えて使うくらいなら単純に既存魔法に魔力を湯水の如く注ぎ込んで出力を上げた方が簡単だからな。
「と言っても、戦い方で言うならそもそも魔法剣士自体がほとんどいないけどね」
「そうだな。なんで流行らないんだろうな?」
「いや魔法付加が面倒だからでしょ」
ツッコまれないとわからなかったが、そういうものだろうか。
だとするとやっぱり魔法使いは脳筋カテゴリーかもしれない。なんだかな。
実際のところは、媒介となる物体があった方がイメージ強化もできるし魔力消費も少なくて済むのだが。
「それで何? 若返りの魔法でも開発したの? でもそれで他人の家の弟になったり子供に囲まれて喜んだりとか結構やることがヤバいっていうかさあ」
おい待て。いきなり話がトんだ上、オレの評価がおかしな方向に行ってるぞ。
「そんなわけ無いだろ。使ったのは転生魔法だ。一応ちゃんと十二歳だぞこっちは。ユリフィアス・ハーシュエスも偽名じゃない」
「はい? て、転生? なんで? わざわざゼロから人生やり直すほどのことあった? ていうかよくそんな魔法作ったね?」
「魔質が固定されすぎて成長が見込めなくなってな。あれじゃあ敵わないやつもいくらでもいるだろ。やり直す以外に方法が無かったんだ」
単純に答えたはずなのだが、フレイアはポカーンとした顔になった。何か変なことを言ったか?
「……えぇー? ユーリって十分強かったと思うけど?」
そうだろうか? 魔力を見た感じでは今のフレイアに敵わなかったと思うが。
と言っても、現状でも炎と風では相性がいいとは言えないけどな。戦い方を考えないと確実に負ける。
「でもなあ……そっか。転生か。昔は足りないと思ってたのに、今は逆に……うわぁぁぁ」
「何が足りないんだ?」
「は!? なんで聞こえてるの!?」
それはまあ。
割とみんなが他人に聞かせないように声に出していることもたいてい聞こえている。風の魔法使いだから空気振動としての音も感知しやすいのだろうか。
「いや、なんかさ。ほら。使わなかったみたいだけど。若返りの魔法ってさ。ないの?」
若返り? なんのために使うんだ?
そうか、魔質をそのままに成長期を取り戻すのか。強くなるにはそういう方法もあるな。転生したところで魔質進化を起こせるとは限らないし。
「邪魔法にあるんじゃないか?」
「うーん、邪魔法かぁ……手を出しにくい領域だよね。でもなあ。うーん」
邪魔法というか呪いに近いが、その手の属性の魔法使いは出会うことすら奇跡に近い。が、その奇跡をオレは起こしているわけで。ここまで重要なら転生前に聞いておけばよかっただろうか?
「転生魔法の開発に手を借りた知り合いが邪魔法使いだ。会うことがあったら聞いておこうか?」
「是非に!」
さっきよりも勢いよく手を掴まれた。そんなに重要なのか。
その勢いが恥ずかしかったのか、すぐに手を離して熱を冷ますように振っている。
「あっ、いや。まあ、できたらでいー、よ?」
なんだそのキャラ。
しかし、元気にしてるのかな皆。フレイアと話したことで改めて気になってしまう。リーズは特に内向的だからな。
「あー、あとさ。今回はなんかごめんね? ホントは止めるべきだったんだろうけど」
「それについては願ったり叶ったりだろ。オレも権威主義は嫌いだし所属魔法士の分別もできただろうし」
何より、転生してからのお約束だ。
いや、オレの人生のお約束かもな。特に転移後からの。
「アハハ、わかってた?」
とは言っても、フレイアもこのポジションにいる以上はある程度の爵位は得ているはずだ。オレより見えてるものは多いだろうな。
「まあユーリはここに収まる気はないだろうけど、またいつでも会えるってわかったし良かったよ」
「そうだな」
こちらから会いに行くのは制限があるだろうが、フレイアが会いにくる分にはなんの問題もないだろう。
あれ? そう言えば、昔の知り合いに会ったらなにか話しておくことがあったような?
「なんか話すことが……あ」
そうか、ヴェノム・サーペントの件で誰にも話していない部分。さっき話題に出たから頭に引っかかったのか。
フレイアになら伝えておいてもいいだろう。彼女は“翼”に加わってはいないが、過去の出来事から奴らの存在を知らないわけではない。
反体制組織というのはどこの世界にでも当然のようにあるもので、その存在自体は一般的にも知られている。しかし、その実態についてだけはそこまで知られてはいない。把握しきれないというのもあるが、ある種の宗教となってしまうこともあるからだ。
その中でも混沌は最悪の部類であり、倫理などなく手段も選ばない。種族による差別のない多くの国では最悪の敵として秘密裏に認定され捜査されている。フレイアの今の立場的にも知っておくべき情報だろう。
「フレイア」
「ん?」
「ヴェノム・サーペントの件だけどな。混沌が湧いたぞ」