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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
(18・19)
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第六十四章 エルの日

 三人目はエル。だが、朝からずっとどこに行くでもなく青空の下にいた。


「ん、いいのいいの。会いたいと思ってたのは私だけじゃないからね」


 エルはオレではなくて眼の前の芝生に向かって喋っている。そこに精霊たちがいるのかな。

 朝食をみんなでとってからどこかに出かけるか聞いたのだが、「一日ここでサラとディーネとフィーとノゥの通訳をする」と言われた。それでいいのかとも思うが、拒否してまでなにかするのは違うよな。エルの言ったとおり、四柱の精霊たちだってオレと会いたかったし話したかったのは本当だろうし。


「んー、『いい加減ユーリなら話せる方法思いつくでしょ?』ってフィーが。どう?」

「うーん。ティアさんのウンディーネとは筆談ができるんじゃないかって言って今一つだったけど」


 そう言うと、空中に水の渦が漂う。が、やはり今ひとつ形になりきっているとは言い難い。これも一種の年の功というやつか、なんとなくなら読める、かな。


「『こんなところでしょうか』か?」

「正解。でもやっぱり難しいって」


 同じように、火や土が空中を踊る。しかし形状を継続して安定させるには至らない。重力や拡散、周囲の空気流動の影響なんかとも戦い続けなければならないからな。この世界の文字はアルファベットとかローマ字に近いけど、それでも文章になれば日本語の文章よりめんどくさくなることもある。

 オレは疑似精霊魔法エクスターナル・エレメントマジックと銘打って細々とした魔法陣を描いてはいるけど、あれだってほぼ一瞬だもんなぁ。

 そもそもこの方法が上手くいくなら、中距離くらいの通信の手段として確立されてるか。秘匿性は極端に低くなるけど。


「フィーが拗ねてる。『自分にはできない』って」

「風は不可視だもんな。精霊魔法は魔力探知にはかからないし。ほんとは、音の伝播は基本的に空気を伝ってるんだから風を操ることができるなら音も操れるはずなんだけど……」


 空気を動かしてなんとかしようとしてみるが、風切り音が鳴るくらいしか形にならない。それでもモールス信号ならできるのかと思ったが、唯一知ってるSOSもこの世界じゃ対応しないし、それだけで会話はできない。

 適当に作ることはできるんだろうけど、それにしたって復号化の工程もあるし、一文字を三音で表現しなければならないことを考えると会話自体がとんでもなく間延びして面倒になってしまうかもしれない。


咆哮威圧ハウリング・シャウトを完全に解析して、そこから発声自体を抜いたものを魔法にすればいい、のか?」

「よくわかんないけど、それってできるの?」

「…………いや」


 風魔法を使って特定の音を拾うことはできる。けれど、探知を使って範囲内の会話をすべて拾うなんてことをやれた試しがない。それができるなら、魔力探知が標準化された未来では風魔法使いがスパイとしてこれ以上なく重宝されるのかもな。


「魔法でどうにかするのは難しいか。人間のオレが霊力を手に入れるのは不可能に近いだろうし、リーズにそういう魔道具を作ってもらうしかないのかな」

「うーん。私の霊力を分けるとかできればいいんだろうけどねぇ」


 手を繋がれて祈るように目が閉じられる。意図はわかるけど何がどうなることもなかった。

 霊力と魔力の関係性についても分析と把握が必要なんだろうな。エルとレヴだけだとふんわりしてたけど、ティアさんに手伝ってもらえばどうにかなる可能性が高まるかな。

 見返りになにか要求されたとしても、いくらでもくれてやるさ。


「『せっかくだしほかはなにかないの?』ってサラが」

「他か。そうだなあ」


 人と精霊か。どうあってもファンタジーな物語のフィクション知識しかないわけだが、なにかあったかな。

 精霊。いろいろ設定やキャラクター付けなんかもあったけど。


「憑依とかか」

「ひょうい?」


 なんて言えばいいのかな。この世界にもゴースト系の魔物っているけど、魔力構成の存在で物理無効というか、霧みたいなだけで乗り移られるとかはない。


「合体? こう、エルの身体を貸す感じ?」

「んー?」


 オレには「らしい」としか言えないが、精霊はあちこちに偏在するくらいいるそうだ。エルやレヴからフィーの様子を聞くに肩に乗ることはできるみたいだけど、こっちはその感覚はなかった。互いに干渉できるならみんなあちこちでぶつかってるだろうし、「位相の異なる場所にいる」というのが適切な表現じゃないのかな。それがその名の通り霊的な位相であれば、存在や魂に触れて憑依現象を起こすこともできるかもしれない。

 いや。


「たとえできたとして、その後どうなるかわからないからやめておいたほうがいいか」

「私はやってみてもいいけど……うん、心配してくれてありがとうサラ」


 リスクがあるならサラたちなら拒否するよな。

 精霊は霊力と魔力を繋ぐことのできる存在とも言える。ならあるいは、ティアさんのお父さんのほうが適性があるかもしれないのだろうか。


「ってちょ、フィー!?」

「お?」


 エルがオレの胸のあたりに手を伸ばす。フィーがどうした?

 しばしそのまま固まっていたが、その手は胸に当てられ、安心したように息を吐いた。


「……『なんにも起こらない』って言ってるけど、びっくりしたぁ」


 なんにも?

 ああ、さっき言ったことをオレで試したのか。


「フィーってメンタル的には女性だろ? オレだと合わなくないか?」

「『そこはやってみてもいいでしょ』って、それでユーリとフィーがくっついちゃったらどうするの」


 ユーリフィーアス。寒すぎるから言わないけど。

 いや待て。


「そう言えば今のオレの名前の中にはユーリとフィーの二つがあるのか」

「うん?」

「いや、今のオレの名前を伸ばしたらユーリ、フィー、アースだなって」


 最後がアースだからノゥの要素もあるな。転生後はちょっと縁遠いけど。


「ああそうい、わわっ」

「おわっ」


 風が吹く。オレたちの間を吹き抜けるように、包むように、寄り添うように。それがフィーの感情の表出だというのは通訳してもらわなくてもわかる。


「わーでもそれはまだダメー!」

「うごっ」


 エルが慌てたので、フィーが何をしようとしたのかだいたいわかった。

 だがその理由のすべては決してオレの察しがいいからではなく、伸びてきた両手が掌底として顔面にぶち当たったからだ。

 これでエルブレイズ殿下とララとレヴと贔屓目でセラに続き、エルフェヴィア・ニーティフィアの名前がユリフィアス・ハーシュエスを倒した者として刻まれたわけだ。いってぇ。



「もー、そんなに拗ねないでよフィー」


 表情は見えないが、拗ねているより怒っているというのはなんとなくわかる。一定のリズムでエルに向けて弱い風が飛んでいるからだ。

 しかし、前から思っていたことが一つ。


「いやなんかこうフィーにまで好きになってもらうのはありがたいけど、エルとサラとディーネとノゥにとってはどんな感じなんだ?」

「私とサラたち?」


 エルが首を傾げる。サラとディーネとノゥも同じようにしているのだろうか。なぜかそんな幻が見えた。


「私はフィーがユーリを好きでもいいと思うし、いいことだと思うけど」

「いや、結構な時間を一緒に過ごしてきてるはずだろ? 関係的には友達って言ったほうが正しいとは思うけど、契約者に同じ立場の仲間なわけでさ。なんかこう」


 なんて言えばいいのか。これまで変わらなかったものが外的要因で変わっていくのはある意味当たり前のことではあるんだけど、これについてはいいことだと思いにくいというか。


「うん? 『エルと別れるわけじゃないから心配しなくていい』? ああ、そういうこと。別に“契約者”って便宜的に言ってるだけでほんとに契約してるわけじゃないからね」


 ふむ。オレが契約相手にはなれないと思うけど、感情の矢印があっちこっち向いてもエルとの繋がりが切れるわけでもないのか。


「『精霊とて感情はあるのだから、個人を好きになることはおかしなことではない。現に我らにとってもユーリは好ましい。我の場合はネレもか。火とともにあるからかそこまで強くはないが』、これはノゥね。『ぼくはフレイアとセラとアカネのこと好きだよー。ノゥと同じ感じでネレもかな』、ってサラが。『わたしはアイリスとレアとレインでしょうか。ティアもですが、ユメやミアとは少し波長がずれていますわね』、これはディーネ」


 なるほど、属性ごとに惹かれるものがあるのか。その上で種族は特に関係なく、純粋な魔質であればあるほど惹かれやすいと。

 それなのに近いけど触れ合えない、か。


「ティアさんのウンディーネもそうだったけど、こっちから姿が見えなくて声が届かなくても精霊は見てくれてるわけだから、周りの人と話したいと思ってる精霊も思ったよりいるのかな」

「ん。『性格にもよるが、そうしたいと思っている精霊はかなりおるな』、『とはいえ相手によりけりですけれどね』、『ぼくは特に人懐っこい性格ってよく言われるかな』、『ユーリみたいに風の魔法を極めようっていう魔法使いはほとんどいないから、風精霊シルフィードからはあんまり話は聞かないや』って」


 ディーネの言うように相手によりけりなのは確かか。エルを傷つけた相手には敵意を向けてたらしいからな。オレだってティアさんのウンディーネからはあんまり評価はよろしくないみたいだし。怒れないとしたらそれこそ歪だとは思うけどさ。

 世界中の人が精霊と交信できるようになるとそれはそれで問題も出るだろうし、余計なことを考えるやつも出てくるだろう。ほんとに程度問題っていうのは難しいな。


「なににせよ、精霊のみんなとここのみんなで意思疎通が図れるようにする方法は本腰入れて考えないとな。きっと今がそのチャンスだ」

「だね。『がんばってユーリ』『期待していますわ』『できるだけ早くね』『我も楽しみにしておるぞ』だって」


 四柱の“見えないけれどそこにいる友人たち”も待たせたんだからな。そのことについてもいい加減前に進めるときだ。

 もちろんこういう二人っきりのふれあいも大切だから、そのへんのバランス取りも大変だけども。このジレンマは傲慢なのやら怠惰なのやら。



「そう言えばアカネちゃんと話してて思ったんだけどさ。エルのご両親って元気なのか?」

「私のお父さんとお母さん?」

「エルとティアさんのご両親だけ会ってないなって。ていうかエルからは家族の話も聞いたことないなってさ」


 折り合いが悪いってことはないと思うけどな。それでも帰郷したって話すら聞いた覚えがない。


「んー、どうだろ。元気だと思うから気にしたことなかったなぁ」


 そらまた呑気というかなんというか。信頼とも違うような。

 千年単位で生きられるなら寿命がないのとほぼ同義だろうけど、不死ってわけではないだろう。魔物は敵だって言ってたわけだし。


「んー、どうかなみんな……元気だってさ」

「ならいいけど」


 いや、いいか?

 精霊を通して話をできるのかもしれないけど、そんな様子もないよな。それ言ったらティアさんもだけど。


「早めにご挨拶に行くか」

「なんの挨拶?」

「いや、娘さんをください的な。それでなくてもお世話になってる挨拶」

「あ、そっか。そうだね」


 なんか一連の感想が薄いな。エルフってあんまり家族間でも干渉しないのかな。長命になるとその辺りが薄くなるとか。レヴも他のドラゴンのこととか知らないわけだし。

 まずなによりエルフがどんなところに住んでるのかとかすら聞いたことないな。どこかの種族と交流があるとかも聞いたことなかったし、里みたいなものがどこにあるかも聞いた覚えがない。


「そもそもエルの故郷ってどこにあるんだ?」

「えーとね。場所としてはリブラキシオムの中だったかな?」


 王国の中? っていうかなんで曖昧?


「『どこ、というと表現しにくいな。なんというか、この世とは少しずれた場所にある』。うん、ノゥの言うとおり」


 この世とは少しずれた場所?


「『エルフの里はエルフの血を持つ者しか立ち入ることができないのです』、『アーチェリアは行けるけどティアリスはどうかなー。微妙?』、『あとは精霊くらい?』、とまあみんなの言うとおりな感じ」


 ふむ。エルフの血って言うと霊力が関係してくるのかな。それでこの世とは少しずれた場所にあるのか。

 この世界にも環境の連続性から切り離された不思議空間はある。ダンジョンだ。こっちが負の空間ならエルフの里は正の空間ってことかな。魔界と天界みたいな。いや、精霊界とか神霊界っていうのか。


「あれ? ってことは挨拶に行けなくないか?」

「あ、そうだね。でもほら、手を繋いだりとかしたら大丈夫じゃない?」


 どうだろうか。ともかく、そのときはそのときに頭をひねるか、精霊と話せるようになったらその付随効果でなんとかなるか。

 また一つ立ち向かう理由ができてしまったようだな。ていうかエルのご両親にも単純に会ってみたいし、エルフの里っていうのにも興味がある。がんばろう。



 そうしてこれまた就寝時間となりまして。慣れてきてもいいような気もするけど慣れきらないなこれ。


「あー満足した」


 二人でベッドに寝っ転がっていたら、エルは言葉を体現するように笑った。

 うーん、余裕あるな。年の功とかは失礼だから言わないけど、オレの七倍は長生きしてるんだよな、エルは。


「精霊たちを責める気はないけど、今日一日エルは大変だったし、やりたいことができたように思えないんだけどな」

「それってデートとか?」


 そう、そういうこと。

 あとはレヴと同じで世界旅行も。


「まあ、フィーもしたいだろうからねー。私はそのときでいいかな」


 あ、そうか。フィーにもそういう気持ちはあるか。そこに配慮できるエルは優しいし大人だな。


「時々思うんだけどさ。エルからしたらオレなんて子供に見えてるのかな」

「え、なに突然? そんなことないよ?」


 エルはパチパチとまばたきをしたあとで不意に困ったような顔になり、


「『少なくとも同じ歳か、稀にたいぶ下に見えるぞ』ってひどいなー、ノゥ。ああ、それなら。ディーネが『ユーリが老成して見えるのですわ』って」


 そういう傾向はあるのかな。まあ、死と触れたのは事実だしそこで達観しちゃってる部分もあるか。人生三回目だと思ってるのもあるし。年月についても長けりゃ深いのはたしかだけど、短けりゃ浅いってこともないものな。


「それでもな。アカネちゃんにも言ったけど、リードできるわけないけど男らしく手は引きたいというか。恋は魔法みたいなものとかはよく聞くんだけど、魔法みたいにはいかないな。それもたまたま上手くいっただけなのかもしれないけどさ」


 いやいきなりなに言ってんだオレ。頭の中とっ散らかってるな。二人きりのときに他の女の子の名前を出すのもアウトだとかなんかで聞いた覚えもある。いまさらの上にいまさらだけど。


「知ってる。男の子の意地ってやつでしょ?」


 そう言ったエルと目が合うと、優しく笑われた。


「でもね、私別にそんなこと気にしてないし、できないよ。ちゃんと恋したことないってユーリ言ってたじゃない。あれ私もそうだし、たぶんみんなもそうだよ」


 手が取られ、胸に当てられる。エルの平時の心拍はわからないけど、少しだけ強く早くなっている……ように感じる。

 エルは枕元に置いていた“リボン”を手に取り、そこに重ねた。


「私は、いつだって私を見つけてくれるユーリが好き。精霊のみんなに好かれて、みんなのことを好きになってくれたユーリが好きだよ。うん。みんなもだって」

「ああ。オレもいつだって前向きでどこまでも歩いていけるエルのことが眩しくて好きだよ」


 取られていた手を握り返すと、嬉しそうに笑われた。

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