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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
(18・19)
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第六十二章 アカネの日

『ええと……どうでしょう。獣人の中にはそういう種族もいるとは聞いたことがありますけれど……』


 アカネちゃんの状態の正否をユメさんに聞いてみたら、何かやんわりと否定された。言葉の使い方が嫌われたってわけでもないっぽい。

 たしかに獣人はそれぞれの動物の要素を持った人間に近いみたいだし、生活様式だって大部分共通してるものな。時期的なものだとするなら社会機能だって止まってしまうだろうし、そういう面での不都合としても周知されているか。動物の体質を持っているのなら生理学的に食べられないものもあるはずだけど、基本みんなそういうのないみたいだ。学生寮でもネギとか普通に食ってたし、アオナが油揚げ好きだったとかもなかったみたいだし。

 でも相変わらずアカネちゃんはオレに抱きついたままである。この状況では他に考えられる要素がない。いや、理性的な人がどんなときでも常に自分を保っていられるとは思っていないけども。アルコール等の摂取問わずな。


「ところでこれユーリ君に対してなのはわかるけどさ。アカネさん、私とかは?」


 セラが立ち上がって両腕を広げる。

 それを見たアカネちゃんは、同じように……右腕はオレの左腕を抱いてるから片腕だが、広げてニッコリと笑った。


「ぐはあっ!?」


 セラ、卒倒。他のみんなもなんとなく、感動したようなちょっと違うような表情を浮かべている。たしかにこれは庇護欲をくすぐられるわ。

 いやまあ、身体は大人だけどな。左腕の感覚神経から伝わる情報がヤバい。


「……とりあえず、朝食にしましょうか」

「そうですね」


 ネレがそう言って、姉さんがアカネちゃんの分の食事をオレの分の横に移してくれた。椅子は最初からくっつけてたのでそのまま。


「今日の恵みに感謝を」


 いつも通りにララの祈りで食事開始。しかしながらアカネちゃんは両腕を離してくれない。代わりに。


「あー」


 え、なに。口を開いて。

 ああなに。食べさせてくれと?


「……よし」


 ちょっと小っ恥ずかしいけど、両手が使えないんじゃ仕方ない……ということにしておこう。オレも左手が塞がってるけど。

 片手食いってマナー違反じゃなかったかなと思いつつ、サラダを適当にフォークで突き刺して口元に持っていく。表現は悪いが、魚が食いつくみたいな感じでアカネちゃんはそれに食いついた。


「むぐむぐ……えへへ」


 咀嚼して笑顔。

 癒やされるし胸に来るものはある。しかしなんかこう、カップル御用達のイベントというより餌付けしてる感覚にもなるのはオレが低レベルだからなのかな。周りの一部から白い目を向けられているのも。


「もどかしい……悠理、どうせなら本気でやってください。アカネさんがかわいそうです」

「そうだね。ユーリ君相手じゃ次の機会がいつになるかわからないもんね」

「ふ。ユリフィアスはやればできる子。プ。フフフ」


 みんな笑ってるし。悪かったな、ヘタレで。

 でもそうだな。アカネちゃんは十五年弱もの間オレを想ってきてくれた。それは彼女に限ったことじゃないけど、幼心から二十歳前までいろんな感情を経てきたのは彼女だけだ。それが混ぜ合わさったのが今の状態なのかもしれない。ミアさんが見せてくれた夢の中であの頃の姿に戻って、当時の気持ちを思い出したのもあるのかな。


「ほら、アカネちゃん」

「ふぁーい。むぐむぐ」


 ただ。なんかこう、なんか。「アカネちゃん」っていう呼び方が幼さを想起させるのと、今の状態が大型犬とか懐いた猫に近い感じなので雰囲気的にはどうなのかというのがある。

 それに加えてアカネちゃんの顔がオレの肩のあたりにあるんだが、狼の耳の先端がオレの顔の前というか鼻のあたりにあって、


「っ、クション!」

「……締まらないねぇ」


 セラが真顔でつぶやく。

 ホントにな。



 ここに来てから日向ぼっこは割と頻繁にするようになった。

 紫外線の影響とか気にならないでもないが、破壊されるはずがないがあるかわからないオゾン層とリーズの結界となんとなく張った防壁で緩和できていると願おう。

 ……しかし。


「ふん、ふん、ふーん」


 上機嫌に鼻唄を口ずさむアカネちゃんにやや悩む。こういうシチュエーションの絵でよくあるようにオレは彼女の座椅子になっているわけだが、いかんせん身長差がある。倒れないように頑張るとうなじに顔を埋めることになり、朝と逆でオレがアカネちゃんのもろもろを吸い込むことになる。言葉の有無とか抜きにセクハラとは言われないだろうけど、いいんですかねこれ。

 しばしの間激しく葛藤していたら、サリ、と通信魔道具がつながるときのノイズが聞こえた。


『悠理。アカネさんが暴れるかもしれませんが、離さないように』


 ん? ララ?


「どういうことだ?」

『いいですから』


 とりあえず、何かあったときのためにお腹を抱く手に少しだけ力を込める。当然アカネちゃんに伝わり、嬉しそうに身が震えた。


「っ、ふふん、ふーん」


 鼻唄もこころなしか高くなっている。

 パッと思いつくことは何らかの攻撃だが、そんな訳はない。いったいなにをしようと?


『行きます』


 言葉とともに魔法が飛んでくる。

 特に悪影響はなく、変な筋肉の使い方をした違和感が抜けていく感じ。回復ヒーリングか。それも対象はアカネちゃんでオレにはその余波かな。でもこれがなんなのだろう?

 と当たり前に疑問に思ったのだが。


「……あれ?」


 腕の中のアカネちゃんが、周囲を見回して首を傾げた。一瞬見えたパチパチとまばたきをした瞳には理性の色があった。というか、表情自体がしっかりしたというか。


「私、なんだか。あれ? 夢?」


 ぽそぽそと喋り、その目がお腹を抱くオレの腕に向き、首だけで振り返ってその腕の先のオレに向き、


「ゆ、ユーリさん!?」


 驚いた表情をして、身動ぎした。

 というか、腕と足をバタつかせた。

 たしかに予言通り暴れたな。害意がないから力は強くない。抱きとめるのだって難しくはない。


「私、夢だと、えっ、えっ、えっ、ひうっ、ひえっ」

「はいはい大丈夫大丈夫」


 なんとなく過呼吸になりそうな気配がしたので、頭をなでて落ち着かせる。どうにも子供やペットをあやしている感覚が消えないのはホント未熟で失礼だなオレ。


「は、うー」


 頭を撫でると狼の耳にも手が当たる。そういえば聴覚器官ではないけど感覚はあるって言ってたっけ。


「くすぐった……嬉し……はぅ、ぅ」


 ぴくぴくと耳が痙攣し、プルプルと身体が震える。これは確実にヤバいな。お互いに。いろいろ。


「落ち着いた?」

「は、はぃ。でもなんで、いえ、現実だったんですね」


 言葉から推測するに白昼夢というか夢遊病みたいな状態だったのだろうか。熱に浮かされたとか。オレ自身にそういう経験がないから想像でしかないけど。

 ということは記憶はあるのか。アカネちゃんにとってはどうも禍福両方みたいだけど。


「私、恥ずかしいです……」

「可愛かったし、みんな目をキラキラさせてたよ」

「わうう……」


 何度か見た、狼の耳ごと頭を抱えるポーズ。癖みたいなものかもしれないけどほんとかわいく見えるなこの仕草。


「そ、それでみなさんは」

「様子見かな。今日はアカネちゃんが一日オレを独占していいって。オレも同意した。とりあえずオレとしては十五年近く頑張ったご褒美ということで」


 それ言うとララとエルとネレとレヴとリーズとフレイアもか。

 え、ヴァリー? 美人の奥方様二人と可愛い二人の子供がいるからいいでしょ。オレから渡すものなんて無い無い。


「ご褒美ですか?」

「ああ。今日一日、して欲しいことは可能な限り叶えるよ」


 って、安請け合いしすぎたかな。でもアカネちゃんなら無理を言わないだろうし、言っても可愛いものだろ。


「じゃあ、えと。いえ、ちょっと待って下さいっ!」


 パッとオレから離れ、また小声でポソポソと。自問自答って感じでもないし通信魔道具を使ってるのかな。別に誰かに許可を取る必要もないと思うのだが、聞かないでおくのがエチケットか。


「……そうですね」


 深くうなずいて、アカネちゃんは戻ってきた。着座位置は対面。なんの話し合いが行われたのやら。


『採決を取ることになりました。悠理がやるかどうかについても詳らかにしてもらいます』


 採決とオレの答え、ね。

 今なら月夜のお茶会で言っていた“協定”がなにかわかる。「抜け駆け禁止」か。罰があるようなものじゃないだろうけども。


「それじゃあ、抱きしめてもらってもいいですかっ?」


 抱きしめる?

 ああ、ハグ?


『問題ないですね』


 ララの答えにはそれぞれ首肯が続いたようだ。否定の言葉はない。


「まあそこそこやってはいるからな。レヴや姉さんは挨拶代わりみたいな感じだったし。でもそれ以外はそんなにか」

『ほーん?』


 ……いやなんですかねセラさんその呆れたような声は。


「言いたいことがあるなら別に自由に言ってくれて構わないんですが第二皇女様?」

『よく覚えてるなぁって』


 なんか怨嗟がこもってませんかね。

 まあ、オレだって「身体的な接触は案外少ないな」とは思ってしまったけども。


『お姫様抱っこってやつ? 私もだけどユーリにやってもらった人が結構いるって話もしたよね』

『しまったそれは私もだ! ……いやアレはそうか? どうなんだ?』

『わたしもやっては貰いましたけど……移動の一環みたいなものですよね』


 エルとセラとレアか。移動の一環ならララにもやったような覚えがあるな、聖都での最初の一件のときに。あとレインさんも。


『手を握る程度で照れて……思ったほど恵まれていませんでしたか、私』

『まあ。ララさんはその権利があるし。一番大きいと思う。だからこそユリフィアスの酷さが目立つ』


 ティアさんがこれ以上なく非難してくるが、この世界と“俺”をつなげてくれたのはララだからかな。もっと丁重にと。

 やっぱり転生前も人の好意に鈍感どころか無意識すぎたな。本人がそう感じてしまうのなら否定はできないし謝るしかない。


「そういう話もまたしないとな。それはそれとして今はアカネちゃんだ。どうぞ」


 さっきのセラみたく、手を広げて待ち構える。

 ところで、アカネちゃんには起きる前からずっと抱きつかれてた気もするんだけど。いや、こっちが主体としてとシラフでやるのとだから違うか。


「はい……では」


 恐る恐るといった様子でアカネちゃんは手を伸ばして、これ以上なくゆっくりと近づいくる。それこそ清水の舞台から飛び降りでもするような覚悟なんだろうに、一瞬でもトントン相撲を思い出してしまうオレはやっぱりアホなんだろうな。

 手を掴んで引き寄せる。一瞬驚いた表情になったのが見えたが、気にせず抱きとめてやった。宙をバタバタさせていた手は、やや置いて巻き付くように背中に回ってくる。

 ……あんまり言いたくはないけど、やっぱり絵にならないししっくり来ないな。オレがまだガキンチョ体型を脱してないからなぁ。そう言えばガーネット家のそばで打ち明けたときもぼんやりと同じことを思ったような。そうかあのときに既に一度抱きつかれてるのか。

 思わず同じように背中を叩きそうになるけどそれは違うな。心臓はうるさいんだけど、精神的には落ち着いてる部分もある。色欲封じが効いてたころの感覚がまだ抜けきっていないのか、それともオレの精神構造がおかしいのか。でもこの状況で始終錯乱状態なのも問題があるし。

 などとボンヤリなのかグルグルなのかわからず考えていたら、耳元で小さな笑い声が聞こえた。


「どうかした?」

「いえ、ユーリさんが旅立ってから、いろいろ夢見てたなと思いまして。冒険者として一緒に過ごしたり旅したりする未来。ちょっと前までみたいなギルド職員として助けになる未来。それと……もちろんお嫁さんも。いろんなことを夢見てどれか一つでもと思ってたのに、その全部が叶ったんだなあって」

「たしかに。全部叶ってる」


 世の中はまれに起こり得ないことが起きる。それがいいことなら喜んで受け入れるべきだろう。

 それに、偶然叶ったわけじゃない。アカネちゃんは全て自分で叶えてきたんだ。


「アカネちゃんがいい子にしてたからだよ。努力したから掴み取れたんだ」

「だといいです」


 これもなんか変な会話な気がする。

 色欲封じが機能してた頃のオレは今から見れば中身無し発言の黒歴史だ。それでも会話としてはまだマトモだったように思う。恋愛のものではなくても好意はストレートに出てたわけで。


「あの。ユーリさん、大丈夫ですか?」

「何が?」

「いえ、なんだかすごく汗をかいてるような。心臓も。もしかして私」

「え? ああいやいや」


 離れようとするのを強く抱き止める。それこそまともに話すならそっちのほうがいいんだろうけど、誤解はよろしくない。いやむしろ顔を見ないほうがいいかも。


「えーと。うーむ。よし」


 あんまり大っぴらにするのは憚られるが、ちゃんと言っておくかこの際。

 通信魔道具は……繋がったままみたいだ。


「この際だからみんなにも聞いてもらおう。レアにも言ったけど、単純にモテなかったのオレ」

「……はい?」

『へ?』

『うん?』

『へえ。そうだったんだユーくん』

『は? 悠理?』

『んん?』

『はあ』

『そーなの?』

『そうは……でも……』

『んー? うーん? んー?』

『ユリフィアスは嘘ばかり言う……え?』


 なにか皆様疑っていらっしゃるようですが、変なこと言いましたかねオレ。


「そりゃ恋慕とかを抱くことはあったさ。けど、その先は偶像っていうか。いやこう遠い存在としての偶像もあるけど、顔の見える距離にいても表面上というか主観での相手しか見たことないっていうか見れてないっていうか。ちゃんと眼の前に相手がいて手がつなげるような恋愛したことないの。“恋愛初心者”みたいな言い回しはこの世界にもあったよな。オレやレインさんのいた世界だと“彼女いない歴イコール年齢”とか“恋愛幼稚園児”とか皮肉ったんだけどさ」


 言ってて恥ずかしいし悲しいし虚しい。事実だから逃げられないけど。


「でまあ言うまでもないけど、告白とかされたこともなかったし。好かれてたかどうかすらわからない」

「それはそれで……不思議なような嬉しいような」


 通信魔道具越しにもなにやらみんなで頷いているような景色が見えた気がする。人からするとそんなに嘘くさく聞こえるのかこの事実?


『意外ではありますが、あなたはそういう冗談は言わないですね』


 冗談なら良かったのか悪かったのか。まあ、今となっては要らない見栄だ。その辺の変なプライドとか持っててもしょうがないもんな。

 言ったらなんかスッキリしたし。


『ともかく私たちが割り込むのはここまでにしておきましょうか。アカネさんの時間を奪うことになりますから』

「ありがとうございます、ララさん。みなさんも」


 通信の向こうからは『いえいえ』とか『楽しんでねー』とかいろいろ聞こえた。

 楽しむ、か。ずっとヤキモキさせてたわけだし、今のこの状況やみんなの想いを考えればこういう時間も積極的に取るべきなんだよな。

 なんだけどなぁ、と思ってたら。またアカネちゃんがじわじわと身じろぎをしだした。


「それであの、えーとですね、ユーリさん」

「うん?」

「このままこうしていたい気持ちもあるんですけど……さすがに恥ずかしくなってきました」

「うん」


 そうだな。オレもだ。



 父さんにも言ったけど、ユリフィアス・ハーシュエスの精神年齢がどこかというと微妙な感じだ。転生前の二十歳とも言えるし、足して三十前半とも言えるし、リーデライト殿下やエルブレイズ殿下が言っていたようにもっと老成しているように見られたりもする。肉体年齢の十三歳とも言えるし、学院在学中にやっていたことは人から見れば紛れもなく“クソガキの所業”もあるだろうから、もっと低いかもしれない。人間ってそういうもんだとは思うけどな。


「恋愛関係もオレがリードできればいいんだけどなぁ」

「手探りでやっていくのも楽しいと思いますよ?」


 なのかな。わかるように好意を示してもらってるから、そこでギクシャクすることもないか。

 今はまた手つなぎで寝転がってひなたぼっこに戻ってるけど、いつかはデートとかもしないとな。ただ、それもまた身長差がなぁ。成長期なんだからさっさと伸びてくれないかな。


「私はユーリさんが隣りにいるだけで楽しいですから」


 弾む声に隣を見ると、にこやかに笑うアカネちゃんがこっちを見ていた。それを見ていると、ウズウズと湧き上がってくるものがある。


「はう!?」


 自然と頭に手が伸びていた。頭というか狼の方の耳か。さっきも触ったけど、やっぱり触れてみたい。

 くすぐるように、撫でるように、包み込むように。愛でるように、じゃれるように、慈しむように。そうやって撫でていると、目が潤んで頬が桃色に染まってくる。

 なんとなく。本当になんとなく、距離を詰めて顔を近づけて、


「あ、待っ、それはちょっと……」


 顔を引かれて拒否られた。ちょっとショック。

 言うとそれはそれで残念がられそうだとは思うが、鼻から下をくっつける気は無かったのだが。


「あ、いえ、違うんです。ごめんなさい、嫌なわけじゃないんです。ただ、私たちも思うところがあって」

「うん、まあそうね。そういうのにふさわしい時と場合ってのはあると思うよ、オレも」


 何事も初めてのことは一世一代だし。

 残念ながらこの世界にはホテル最上階のレストランもスイートルームもないけどな。そういう場合は女の子たちはどういうシチュエーションに憧れるんだろう。お城のダンスホールとか? それはそれで無理だな。いろんな意味で。


「いえもちろん妄そ、じゃなくて希望みたいなのはありますけどってえっとそうではなく。なにかするなら私は三番手というか」


 三番手?

 思い当たることだと……出会った順番がそうか? そのあたりで優劣をつける気はないしみんなもそうじゃないだろうけど、やっぱり遠慮とかもあるってことかな。どうもララが特別だと思ってるみたいだし。


「なんでもかんでもララが一番ってことはないけどなぁ。いやそう言うとララに悪いしまた引っ叩かれそうだけど」

「それでも、ユーリさんを最初に好きになったのはララさんのはずですし、絆を繋ぐことができるようにしてくれたのもララさんですから」


 好きになったってことだけならみんな一番とか二番とかの意識はなかったんじゃないかな。それでも強力に自制心を発揮してるというか、我先にってならないのはみんな理性的だなと感嘆する。理性を失った場合はセラが肩身を失いそうだけど。


「あっ、でもユーリさんやララさんが焦る必要はないですからね?」


 そう言われるとそれはそれでちょっと焦る。義務感でやったら死ぬほど後悔するのはわかりきってるけどな。ただそれ言うと、さっきの勢いみたいなのもそうなのだろうか。


「わかった。ありがとな」


 ともかく、頭をなで続けてみる。くすぐったそうに目を閉じて、それでも嬉しそうにしてくれている。あーもうかわいいなほんとに。これだけで一日過ごせそうだ。



 最初に使っていた家。誰が呼んだか、とか言うまでもなくセラが呼んだ“連れ込み宿”。そういう意図ではなく、「邪魔されない」っていう意味で使うことになった。

 っても、一定以上の接触をしないわけだから何するわけでもないけど。単に寝るだけ。こうして二人でベッドに入ってるからってなにがあったりもない。

 ……ダブルというか、クイーンとかキングって呼ばれるようなサイズのベッドが用意してある理由は謎だが。


「実質は半日くらいだったけど、あんまりこれといったことはできなかったなぁ」

「そうですか? 私は満足でしたよ」

「いやほらデートとかさ。行けるところはリーフェットくらいだろうけど」


 その場合の問題は、アカネちゃんに限らずほとんどの相手が姉弟にしか見られなさそうってことか。レアとレヴくらいだろうか、同年代に見えるの。あと気にしてたけどネレも。リーズもギリギリか? それもまた他人からだと微笑ましく見えるくらいなんだろうな。


「デートですか……いっしょに食事ということなら再会してすぐにしましたね。あのときはそんなつもりじゃなかったですし、お互いに気づいてませんでしたけどね」

「そんなこともあったな」


 王都に来てすぐの頃の話だ。あれをデートと呼ぶならペアでの食事は全部デートになるだろうけど、やった話の割に事務的なわけでもなかったからな。

 今となっては懐かしくも思える。まだ一年経ったかどうかくらいなのに。


「あとはお父さんとお母さんにも会いに行ってくれましたし、ユーリさんのご両親にも何度も会わせてもらいましたから。私はそれで十分です」


 それはそれで別だし段階が飛んでる気もするし、ジャンルが違うから十分でもないと思う。

 ていうか、会ってないのはエルの両親くらいなのか。そういう関係の相手を除けばティアさんもだけど。セラも微妙か。皇妃様とは面と向かって話してないし。

 って、なんかせっかくの一日なのにずっと余計なことばっかり考えてるな。


「アカネちゃ……いや。アカネ」


 カッコつけてるように感じて顔から火を吹きそうだけど、これくらいできるようにならないと永久に恋愛初心者を脱せない。それにオレだってそういう願望はある。

 キョトンとする顔のそばに腕を伸ばし、頭を抱き寄せる。いろいろ制約はあるみたいだけど、腕枕くらいなら許されるだろう。

 しばらくすると口元も緩み、嬉しそうに目が細められる。頬にかかってる髪の毛をどけてやったりもして。だんだん「恥ずかしい」って気持ちより「愛おしい」って気持ち……でいいのかはわからないけど、感覚が変わってきた。


「ユーリさん、だいすきです」

「オレもだよ、アカネちゃん」

「であったときからずっと、です」

「オレがそう言うと危険な発言に聞こえるかな」

「かもしれませんね。ふふ」


 じゃれあうようにしていたら、浮かれるような熱もいつの間にか落ち着いていって。

 この距離感が心地いいと思ってしばらくして、お互いに眠りについていたようだった。

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