第六十一章 その後の両士団
最近、ララとネレとセラあたりから向けられる目が厳しくなってきた。特に何をやるでもなくぼんやりしているのだから当然かもしれない。やることは山積みのはずなのに。
「……エルブレイズ殿下のところに行ってくるか」
ネレが破山剣を打ってくれたし、とりあえずはそれか。届けるなら早いほうがいいだろうし。
常用するようなものではない気もするが、殿下の性格ならそれもあり得る。胃に穴をあけるようなことはなくても、首がとんでもなく長くなっているのは間違いない。
「ゆっくりできると思っていましたけど、やらないといけないことは多いですよね」
「暇といえば暇なのはたしかだけどねー。今の誰かさんほどではないけど」
レアとセラに関しては、これからどうしていくか思い描いていたものも多かっただろう。というか、「正義の味方をやる」みたいな話をしたけど今のところその気配もないしな。
「あー、私も行こうかな。アンナが苦労してないか気になるし」
「む。ならワタシも」
フレイアと、続けてティアさんが手を挙げる。しかし。
「今回は速達のつもりなので、参考になるものはないと思いますよ」
「そう。残念」
まあ、昨日の今日みたいな感じではあるからな。野外で料理したり寝たり寝なかったりするのを増やしてはいるが、何をやっているとは言い難いところもあるし。気をもんでいるのも当然だろう。
「そうだな。霊力制御の魔道具を作るついででいいからティアさんにどんな旅のやり方をしてきたか話してあげてくれないか、リーズ。アカネちゃんもギルド員としてのノウハウや伝聞みたいなのがあったりしないか?」
「わたし……ですか?」
「はい、それなら」
アカネちゃんは乗り気な反面、リーズは驚いたような顔をする。けど、一人旅の実体験を語れるのは他にいない。フレイアは少数での野営経験は少ないみたいだし、今回こっち側だからな。
「ユリフィアス。他力本願は」
「いやいや、誰も教えないとは言ってないじゃないですか。帰ってきたらあらためてちゃんとやりますって」
咎めるティアさんを制する。
リーズと同じ方法は望むところではないとしても、いいものを取り入れるのはティアさんなりのスタイル構築にも役に立つはずだ。
それに。
「魔道具を使ったやり方も立派な手法ですし。それに……先に苦労して後で楽すると、堕落して上がってこれなくなりますからね。今のうちに鋭気を養っておいてください」
「ぴっ」
脅すような表情をすると、久しぶりにティアさんが真っ青になって跳ねた。
それは冗談にしても、オレの方式だと一歩先はサバイバルだからな。ライトなところから入って本格的に行けるか試すのが普通だろう。
「わかりました……ティアさん……よろしくおねがいします」
「そうですね。ユーリさんのサバイバル訓練に備えましょう」
サバイバルとまでは行かないが、言い得て妙かもしれない。サバイバビリティではあるし。
「頼むな。それじゃあ、行ってくる」
/
学院を卒業してまだ一ヶ月とちょっとか。なのにもうだいぶ長い時間が経った気さえする。あちこち破壊されていた街並みがほぼ元に戻ってるからもあるのかな。
学院に顔を出すかは後で考えるとして、エルブレイズ殿下やアンナさんに会うなら行き先は王城になる。魔王城は逆に不安になるくらいすんなり入れてもらえるし、当時はフレイアの伝手もあって苦労はしなかったけど、今回は一悶着とは言わないまでもやや労を要した。
「たしかにあのときマントと徽章を返却しなくてよかったな。本当はこれが無いと王城なんて入れてもらえないんだろうし」
「どうかなぁ?」
フレイアは笑っているが、人の噂も七十五日。本来はもっと短いと思うし、生き死にが非日常でもないこの世界だとさらにだろう。
それにしても、外套に刀か。制服だから気にならなかったけど、私服にこれじゃあ時代劇の旅装束みたいだな。あるいは西部劇のガンマンか。
行く先はとりあえず近衛魔法士団第三隊隊長室。アンナさんのところだ。
扉をノック。
『はぃ、どぅぞー』
扉を通した声は弱々しく聞こえた。魔力探知でもやや疲れているように感じたが、
「ふれいあさん。ゆりふぃあすさん。おひさしぶりですぅー」
「え、わ」
「アンナさん!?」
久しぶりのアンナさんは、柳みたいに見えた。元から線は細い方だったが、やつれているを通り越して悪霊になりかけてる……と言うと言い過ぎだが。
アレだ。『叫び』っぽい。
「私が言えることじゃないのかもしれないけど、大丈夫?」
「ええまあ。いろいろあって今はちょっと仕事量が増えてるのもありますから」
フレイアという対軍魔法士がいなくなったのは大きなロスだろうから、そこをどう埋めるかってことかな?
「うーん。私も後継育てるみたいなのってアンナばっかりだったからなぁ。魔法の属性や使い方から言って向いてないのはわかってたけど」
チラリと見られたが……オレの場合は弟子にあたる相手が軒並み優秀だったっていうのもあると思う。あとは、秘匿すべき技術だってことをフレイアも理解してくれてたからな。今となってはオレが自分からホイホイ踏み越えていってるけど。
「でも、それって書類仕事とは関係ないですよね。その場合なら演習場やダンジョンにいるでしょうし」
「あ、そっか」
力が必要なら、本と向かい合うよりもまずは実地で磨いたほうがいいだろう。
そもそもこの世界では呪文が個人仕様で、技術として体系化できるようなものではない気もする。スポーツよりむしろ伝統工芸に近いというか。
「一番大きな要因は組織改革ですかね。両殿下共同の発案なんですけど、騎士団にも第三隊を作って、両方の第三隊で騎士と魔法士が共闘できるようにして、行く行くは魔法剣の運用を前提とした隊として構成する……はずだったんですけど」
「まあ普通は考えるよね、そういうの」
むしろ、「今までなんでなかったんだ」って感じだものな。ほぼ使い捨てになってはいたものの、フレイアも何度か魔法剣を見せてきてたらしいし。
でも、「はずだった」ってことはつまり「できてない」ってことだよな。
「わたしはそもそも土属性なので微妙なところはありますけどね」
土の魔法剣か。たしかに実体質量と実体質量で相性的にはさほど意味を持たないな。
やるとしたら、一時的に剣を巨大化させるとか形状を変えるとかそういう方向か。あとは全属性共通とも言える放射による内部破壊。これは土魔法にも実体としての利がある。
「それを除いてもあまり皆さん協力的ではないというか、そもそもやる気自体がまったくないというか。足並みも揃わないですし」
なるほど。単純に人が集まらないのか。
理由はなんとなーくわかりはするけど。
「信頼関係とか以前の問題っぽいですよね、学院の方を見てたら」
「むしろそちらの方がユリフィアスさんたちのこともあって改善されてきてますけどね。交流戦や共同授業も増やす方向性らしいですから。形でいうなら、上のつながりが無くて四角になれないし中のバッテンも繋げない状態ですね」
ふむ。魔人騒動も負の遺産だけ残したわけではないんだな。
しかし、新しいものが伝統的な観念をぶち壊せるかというとそうでもない。伝統を礼賛してる人もいくらでもいるというのもあるが、取り入れられるかって問題がある。両士団のほうは特にそれが強く出てるってことなんだろう。
というか、役職的には上でも位置から言って中間管理職だよな、隊長職。課長あたりになるのか部長あたりになるのかとそれが中間なのかは別として。
「そもそも、わたしの求心力が弱いのもあるんでしょうね」
「アンナ、私の補佐やってた頃からちゃんとやってると思ったのになぁ。私よりずっと好かれてると思ったんだけど」
「そこはそれですよね……」
女性二人だけで通じ合ってるように見えるが、言いたいことはわかる。
て言うかオレも書類仕事を手伝ったことはあったけど、男性隊員や団員が訪ねてきた覚えは殆どないな。
まあ、「自分の方が優れている」と思っているのに“人の足を引っ張る”方に頑張るのはどこの世界でも一緒か。女性の権利が低いってわけでもないから、単純に嫉妬とかかな。若さとか家の地位とか。
なんだっけ。“上位闊達”だっけ。リーデライト殿下にどうこうしてもらうのも違うんだろうな。
「いっそのことアンナが暴れたら良くない?」
「なんでそうなるんですか!?」
フレイアの提案にアンナさんが絶叫するが、それも一つの手だと思う。最善手ではないとも思うけど。
力をどう示すかについては両殿下も悩んでたくらいだものな。オレを例に取ると「示してもムダ」になってしまうんだが。
「わたしのことは追々考えますけど、お二人は今日はどんな御要件ですか?」
「エルブレイズ殿下に剣をお届けに上がったんですけど、直接は厳しそうなのでリーデライト殿下経由でお願いできないかなと」
「なるほど、わかりました。その用事を済ませてしまいましょうか」
「ごめんねアンナ。あとで仕事も手伝うから」
「いえそこは……やっぱりお願いします」
背に腹は代えられないものな。オレも手伝おう。
隊長室を出て、まずはリーデライト殿下のところへ。と思ったのだが。
「これはこれは新隊長殿。前隊長に泣きつかれましたか?」
ちょっと歩いたところで集団に絡まれた。
なんか見覚えあるな先頭のこいつ。
「それに……また君か」
「……どちらさまで?」
「そうかい、僕なんて覚えておく価値もないかい」
あーそうだ。法士爵をもらったときの……試験相手とでも言えばいいのか? そういえばこいつアンナさんと同じ土魔法使いだったな。
混沌がどんな手法であれだけの規模の魔人化を起こさせたのかわからないが、漏れたやつもいるってことなのか、なにか条件が合致しなかったのか。理由はどうあれ運が良かったとは言うべきなのかもな。
さて、どうするかな。アンナさんが苦労してるのもある意味オレのせいなところもありそうだしなぁ。
そう言えば。
「フレイアさん、フレイアさん」
チョイチョイと手招き。全員に背を向けて顔を寄せ合う。
「……なに急に。ちょっと恥ずかしいんだけど」
「……いやまあそこはすまん。この世界の貴族って、手袋投げつけて決闘みたいな儀式ある?」
「……んー? あー、あるある。けどそれが何? じゃないか。なんとなくわかった」
爵位制度とその中身といい、なんだかんだ共通してることは多いな。ひょっとしたら昔からオレたちみたいな転移転生者がいたのか、逆にこっちの世界の概念が別の世界に流れたのか。はたまた偶然の一致か。
ていうかそもそも、貴族男性が手袋つけてるってどういうシチュエーションなんだろう。ハクヨウさんみたいな執事さんならおかしくないとは思うけど、ヴォルさんも王帝両国殿下かたがた四名もマコトさんもノゾミもアイルードさんもしてた覚えがない。防具としてはしてたけどな。
ヴァフラトルさんは初めて会ったときに白手袋してたけど、アレはあの場の小道具だったようなので割愛。
「あの。フレイアさん? ユリフィアスくん?」
「おい、何してるんだ君たち」
ともかく手袋に関するそういう文化はあるらしいので、半ば無視するようにして空間圧縮開放。セラがいれば「そういえばこんなのあったよね」と言いそうなものが地面に転がる。
「え?」
「は?」
アンナさんはもちろん、土魔法士の口からも間の抜けた声が漏れた。
地面に鎮座するのはファイアリザードの革手袋。ちょっとゴツいしフォーマルとは言い難いが立派な手袋だ。
ちなみに、落としたのは背中側。なのでオレとフレイアは気づいていないと思われている……いや、アンナさんについてはそれはないかな。
当然のように動く気配。アンナさんが気を使って拾ってくれたならそれでも良かったし、きっとそっちのほうが良かったんだろうけど、
「っ、と」
投げつけられた手袋が背中に当たって落ちた。実際には念の為に展開していた防壁にだが。
「……こうされたかったんだろ?」
「期待しなかったと言ったら嘘だな」
振り向いて手袋を拾い、空間収納に戻す。
相手の地位がわからないが、そもそも法士爵を持っているなら扱いは貴族になる。すなわち。
「決闘の申し込みと受け取っていいんだな?」
「初めに投げつけたのは君だよ」
「……まぁ、そうですよね」
「……アンナ、それは言わないお約束」
なにか聞こえるが、例によってこれも無視。落としただけだろオレは。
ただこれもまたいつものことで。
「一対一の決闘なんてくだらない。しばらく待ってやるからどうせなら文句のあるやつ全員で来いよ。何度も繰り返したいことでもない」
「ユリフィアスさん!?」
「あー……」
アンナさんはまた絶叫。フレイアはなんとも言い難い表情だ。納得しているのか、「正気を疑いたいけど正気なんだろうなぁ」とでも思っているのか。
「それはそれは。ならお望み通りにしてあげるよ」
「後悔するなよ」
「自分の状況を思い知るんだな」
土魔法士とその連れは肩を怒らせ大股で去っていく。
もしかして、『捨て台詞全集』みたいなのが執筆できるかなそのうち。
「……大丈夫だとは思いますけど、大丈夫ですか?」
その言い方は矛盾しているが、言いたいことはわかる。
アンナさんが把握しているかはわからないが、Aランク試験でも同じようなことはやっている。それでも魔法士団のほうが手練が多いだろう。
「最近だらけ過ぎてましたからね。いい機会です。それに」
「?」
不安そうな顔で首をかしげられるが、その先は口にできない。
オレが敵として想定してる集団はこんなものじゃないなんてさ。
/
敵に回ったのは十人くらいか。そこはギルドの演習場がでかすぎるのもあるからな。それに比べれば閉鎖空間だここは。
それでも、数の暴力か量より質か。集団戦闘の練度までは魔力探知では測れない。なんだかんだで報連相はうまく行っていたのか、騎士も結構混じっているし。
今回、抜く気はないものの風牙は預けていない。過剰な心配かもしれないが、エメラルドによる補助効果が必要になるかもしれないからな。
「本当なら、退く気はないか尋ねるところなんでしょうけど……」
「ないね」
「…………」
いやたぶんアンナさんはお前に聞いたんじゃないと思うぞ。もしもフレイアが言ったならそういう意図だろうけど。
「じゃあ私も入ろうか?」
「い、いえそれは」
「そういう話ではなかったかと」
当の炎皇様の死刑宣告には、さすがに相手も震えている。と言っても本来ならそれが当然だろうし、なんならアンナさんが一番前のような気もする。
で、だ。
力のすべてを出すまでには至らないというか、本気を出したらそれこそどうなるかわからない。いつもどおり魔人目安で行くか。
「では、可能な限り怪我のないように。始めてください」
「土の槍!」
「火の槍」
事前に詠唱を終えていたのか、アンナさんの合図とともに魔法が飛んでくる。見方によっては音頭を取ったようにも見えるな。
「ムダダ……とか言ってた、か?」
魔力放射。不可視の奔流がすべての攻撃を押し流す。いや、塗りつぶして相手にまで届く。
「がっ」
「なっ」
「なんだ!?」
さらに、詠唱を開始する前に魔力放射を連続で放つ。フレイア以外からは魔法士たちが自分で後ろに飛んだようにしか見えないんだろうな。
「風殺石を!」
「そのオチはもういらないんだよ」
疑似精霊魔法、土の玉。指先サイズのそれを風魔法も使って打ち出し、把握していた風殺石を弾き飛ばす。服の中に隠していたのもまとめてすべて。
王都に溢れた魔人と宇宙に捨てるしかなかったあの魔人では雲泥の差があるが、こんな体たらくで防衛に貢献できたのだろうか。
「怯むな! 次、前へ!」
掛け声とともに後衛が前に出てくる。前方だけじゃなくて、今度は左右や後方からも。
下がったり押し飛ばされたりした魔法士にはポーションが手渡されている。
「うっわズル」
「ええ……ですがユリフィアスさんを高驚異の魔物とみなせばこれもありなのかも」
フレイアとアンナさんの声がかろうじて聞こえた。
なるほど、戦闘領域の狭さに対して入れ替わり立ち替わりということか。上手いし頭使ってるし戦術としても常套だな。
なんとなく、『長篠の戦い』の話が思い浮かぶ。あの史実通りなら負けることになるのはこちら側だが、あいにく騎馬じゃない。
「……あ、レヴがいたら騎竜か」
空へ飛び上がる。前回のことから想定していたのかはともかく、魔法は上方へと動いたオレを追ってくる。
あのときは疑似精霊魔法で十字属性放射を放ったが。
「いい加減に行けるよな」
ブーストやバーストも使わない。純粋なオレ自身の力での風魔法。ただし、超強力な。
暴風。まずはただただ力任せに単一の風を巻き起こし、その後に制御して指向性を持たせる。言うまでもなく地面に叩きつける方向。すべての魔法を押し返す。
「うわあああ」
「なああああ」
『ちょっとやりすぎじゃない!?』
はっきり聞こえたのは通信魔道具を通したフレイアの声か。
「知らないな」
『ええ!?』
追撃。疑似精霊魔法、流星雨。まあ、魔法名のような大げさなものではなく単に土の礫を撒き散らす魔法だが、追い風に乗れば加速される。それも暴風でならいわんや。
「がっ」
「ぐあっ」
「げっ」
『だああ! アンナ危ないこっち!』
フレイア以外の防壁を貫いて散弾が飛ぶ。それだけでなく地面を渦巻く風があらゆる物を拾い上げて全方向から襲いかかる。
でもアサルトライフルやガトリングガンの弾幕はこの比じゃないんだろうな。殺傷力も。
上下反転して防壁を蹴り、地面に戻る。暴風が目隠しになっている間に木刀を取り出し、準備を終えてから風を吹き晴らす。
ホントならこんなことしてやる必要ないんだけどな。視界を奪っての戦いは今度の機会にしよう。それがあれば。
ホロウバレル展開。加速しすぎてもとんでもないことになるので砲身長は扉一枚分ぐらいに留める。身体強化と防壁強化したオレ自身を弾丸として発射し、体当りする。ビリヤードで運動エネルギーが的球に移動するように、当たった騎士や魔法士が飛んでいく。エネルギーを与えたオレの方も新しく魔法を展開し、跳ね返るように次に向かう。
「固まって防御を!」
いくつか跳ね飛ばしたとき……ってそうか、これ交通事故か。それはともかく、ようやくまとまって身を守ることにしたようだった。多人数に多重で展開されればかなりの強度になる。
ところが、ほぼ時を同じくして予定外に。
「は?」
「な!」
「なんで!?」
「うーん、そりゃいらっしゃるかぁ」
周囲がざわつき、囲みの一部が割れる。最後のはフレイアか。
「おいおい、ユリフィアス。楽しそうなことしてるな」
探知でわかってはいたが、模擬剣を持ったエルブレイズ殿下が現れる。
殿下はそのままゆっくりと歩いてきたかと思えば剣先が触れ合う距離から飛び込んできて、
「でもまだヌルいだろ」
オレの横をすり抜けて、魔力斬を放った。
敵意がないというか狙いがオレじゃないのはなんとなくわかっていたが、それならこうなるのは当然か。
殿下の魔力斬は、魔法士たちが共同で張った防壁を抜くには弱かった。だが丁度いい。
「殿下」
空間収納から破山剣と破山木剣を取り出す。刃付きのほうは使えないだろうが、慣らしとしては悪くない機会だろう。
「仕事が早いな。いいことだ」
迷いなく木剣のほうが手に取られ、振るわれる。斬りつけられた騎士が受ける気になるはずもなく、避けられた切っ先が地面を抉る。それでも殿下は嬉しそうに笑っている。
「いい機会だ! 軒並み根性叩き直してやる! 不満の無いやつもまとめてかかってこい!」
ノッてるな、殿下。ならオレももっとギアを上げていくか。
木刀を構えると騎士が斬りかかってくる。
魔法展開。刹薙。一閃で模擬剣を弾き飛ばす。
ここからだ。
切っ先で地面を殴った衝撃で飛び上がりそのまま一回転。大上段位置に戻ってきた木刀をさらに軌道を変えて刹薙。適宜作り出した防壁を蹴ってそれぞれの騎士に肉薄し、二度、三度……十度と斬撃を繰り返す。
乱れ刹薙舞。三半規管の強化を意識しないと死ぬな。それでなくても吐きそうだ。実戦じゃ使えないか。
最後に振り抜いて、地面を踏みしめる。少なくともオレの周囲に立っているやつはいない。
「終わりか?」
エルブレイズ殿下の方も同じようだ。
向こうは相手が相手だけどな。立ち向かうにはよほどの覚悟がいるだろう。
「それで、次はまた俺とやるのかユリフィアス?」
「……それはまたの機会ということで」
オレだってそうそう相手したいと思うわけでもないし。
/
「わざわざ悪かったな。まあ、持ってきて貰わんとこっちから取りに行くってわけにもいかんのだが」
場所は変わってエルブレイズ殿下の執務室。窓際には木と鉄のバカでかい剣二本が鎮座している。壁掛けにするにも大仰で金具が耐えられるかわからないけどさ。
「ただケチを付けるわけじゃないが、オマエに借りたアレほどの力は感じないな。こいつはこいつで騎士団にあるどれよりも立派だが」
オレたちの武器にはレヴの龍鱗が使われている。その面で既存のどの武器とも一線を画しているのは間違いない。
「そこはいろいろ事情もありまして。申し訳ありません」
「いや、謝らせる気はなかった。制限の中で最善を尽くしてくれた鍛冶師には最大限の感謝をしていると伝えておいてくれ」
「承りました」
高貴な人間に武器を献上するのは鍛冶師として一つの到達点だろうからな。今のネレがそれを求めているとは思わないが、誉れにはしていいと思う。
「少しだけ、僕も騎士であればと思ってしまいますね」
リーデライト殿下が笑う。言葉尻から以外に悔しさは感じられないが、実際こっちには何も提供はないからな。法士爵持ちだというのに。
なら。
「破山剣と違ってまだまだ試作の粋を出たとは言えませんが……」
空間収納の一つを解除して大杖を取り出す。
「え」
フレイアからは「それ渡しちゃうの?」という目が向けられるが、これ自体はそこまで特別な技術を用いたオーパーツでもない。これまでに誰かが作っていてもおかしくないものだ。
「あのときの大杖とは違うものですね。というか、木製なんですかこれ?」
「一般的に想像される木製品とは違うでしょうね。木材を粉末化して再形成したものです。正規品とするには厳しいですけど、杖としての実用には耐えました。製造方法もまとめてあります」
累計二通目のレポートも取り出して渡す。
前の世界にはMDFというものがあった。木粉を圧力と接着剤で固めてボードやブロックにした素材だ。そこに使われていたであろう化学合成接着剤がなくても、天然の接着剤はいくらでもある。“樹脂”という言い方からすれば松脂あたりが相当するのだろうが、他には定番の漆に膠、生物由来なら蜜蝋などなど。魔法の力を借りればガラスを接着剤として使うのも不可能ではないと思う。
当然の疑問というかツッコミというか、セラからは「純粋な木じゃないじゃん」と言われたが、そもそも杖に使う木材だって不純物を多量に含んでいる。やってみる価値はあったしやった価値はあった。
問題があるとすれば。
「物理的な衝撃にはやや弱いですかね。打撃武器として使えはしますが気を使う必要はあります。表面のコーティングが剥がれてしまうと水にも弱いです」
「やはりそうですか」
オレたちなら魔力強化でどうにでもなるが、一般的な普及には遠いかもしれない。大小問わず杖が折れるのは自然の摂理ではあるけどな。水分で膨張と収縮を起こすのも。
ちなみにこの技術の先か後にはFRPがあり、プラスチックは無理でもリーズが何かに応用できないか思案中だったりする。そういう意味でも無駄ではなかった。
「再現性がないが強力な俺の剣と、再現性があっても実用に壁があるリードの杖か。どちらがいいとは言えんな。どちらも良くはあるが。いや、研究畑のリードにはそのほうがいいか」
「はは。ある意味理想的な贈り物の仕方をされているかもしれませんね、どちらも」
「でも、自分を実験台のように使うのはあんまり……」
「ああ、それはそうだな。もっと言ってやれワーラックス」
久しぶりに会った両殿下は、好き放題しっぱなしのオレに変わらず接してくれた。
この繋がりと絆も大切にしないとな。




