第六十章 迷子と旅の心得
「お待たせしました」
「ただ今戻りました」
聖国から戻ってきた翌日にレアとアカネちゃんも帰ってきた。これであとは姉さんとエルとティアさんか。
ティさんはここに腰を落ち着ける予定はないんだろうけど。
「二人ともお帰り。レインさんはどうだった?」
「私がお教えすることはないくらいでした。転生した人の本領発揮みたいなものですかね」
ほう。
まあ、レインさんもオレと同じでこの世界の常識に縛られてないからな。知識量はあっちのほうが多そうだし、オレよりずっと魔法使いとしても大成する可能性は高いのかもしれない。
「……だからさ。誰もそうそうユーリ君の域には達しないって」
「……セラさんに同感ですね。それに、ウォーターカッターもレーザーカッターもスタンフラッシュも悠理の発想でしょうに」
「だよねぇ。魔法剣もそうだし、私もセラちゃんも魔質は特殊でもなんだかんだでユーリの発想で魔法使ってるよね」
いや別にそれだってオレじゃなくても思いつくだろうし。レインさんだって水魔法の延長線上で考えつくはずだ。
魔法剣については、魔剣がある以上そのうち誰かが成功してただろ。炎と熱についても使うために検証を重ねれば問題なく使いこなせるようになっただろうし。
「……風閃や刹薙はユーリさんしか思いつかないと思いますけど」
「……魔力結晶の……生成もでしょうか……転生術式も……そうですね」
あー、その辺については当面誰も思いつきそうにないか。風魔法全般は特に。
かと言って、後に続く魔法使いがいないのが問題かな、そこは。続くことがいいのかはともかく。転生術式とかは特に。
「ただいま。なんの話?」
「おかえりなさいアイリスさん。えーと……ユーリさんがどれだけ唯一無二かって話ですかね」
さらっと入ってきた姉さんにアカネちゃんが答える。
そういう話だったか?
「ユーくん? わたしもそう思うけど、それ以上にみんなそれぞれ特別だよね」
「どちらもそうなんですけど……ユーリくんと同じ発想が誰にでもできるのかという話だったような」
レアの説明が正しいな。
そもそもウォーターカッターだってこの世界でもいつかは生まれそうだけどな。
水を飛ばす速度を上げるのは水魔法使いなら誰でもやっている。それをさらに高速にして細くすればどうなるか試行していけば、いつかは万物を両断できる刃へと辿り着くだろうし。体積的にも魔力量の節約になるし。
「魔法も……ユーリさんの言う科学や物理の範疇を……超えられないわけですから……そこを把握している世界出身のユーリさんが先に進んでいるのは……一つの事実だと思います」
「かもな。と言ってもそれで説明できない部分はあるけど」
「私やリーズのような聖、光、闇、邪ですか」
「私の熱も?」
それだけじゃなくて、フレイアを見るに炎もかな。
同じだけかもっと小さい魔力で火と炎で全く魔法の規模が変わってしまうというのは、エネルギー保存の法則だのなんだのに反している。あるいは火魔法が不完全なのか。その辺りの解明もしたいところだが、
「いろんな考察もレインさんを交えてのほうがいいのかもなぁ。オレの知識だけじゃ間違ってるところもあるだろうし」
「ユーリだけじゃなくてレインもいろいろ物知りだよね」
年の功……と言うと泣かれそうだが、少なくとも十年分は蓄積知識が多いのは事実だ。
議題は多いし、解明しないほうがいいこともあるのかもしれない。だがそれは追々だ。話さないといけないことが多すぎる。さっさと話さないといけないこともありはするが、みんな揃うのがいつなのかっていうのもあるからな。
特にというかなんというか。
「ところで。アイリスさんも帰ってきましたけど、エルさんとティアさんはまだ帰ってこないですね?」
「「「「「…………」」」」」
セラが、誰もが気になりつつ気にしないようにしていたことを言った。特に返答に詰まったのは十年来の知り合いであるオレたち五人。
あー、今回はティアさんが主体だからさっさと戻ってくるかと思ったんだけどなぁ。そう甘くはなかったということなのか。
「ファイリーゼ家までは問題なく着きましたけど……」
「その後も問題なくティアさんのご実家に向かいましたよね」
「ティアの家のある街に直接行ける駅馬車を見送ったから、迷ってるってことはないはずだよね」
途中まで同行した三人の話は確実だろう。問題はそこから先か。
エルの遭難体質が他人に影響したりするわけじゃないってのはオレが実体験済みなんだが、なんだろうな。過剰な霊力がティアさんの水精霊に影響を与えたとしても、魔法である魔力探知ができなくなるわけでも無し。
「エルのときみたいにわたしが迎えに行ってもいいけど、ティアは『万が一がない限りは連絡は控えるし大丈夫』って言ってたよね?」
ああ。
それに、助けに行くことは無理でもないしやぶさかでもないけど、旅は自力でやらないと意味がないからな。何よりもオレに自慢したいってのがありそうだったけど……気のせいかな。
レヴの助けを断ったのは、必ずしもそれだけじゃないだろうけども。
「ユメ、ミア。ティアから連絡ってあった?」
姉さんは間接的な便りがないかと思ったのだろう、ユメさんとミアさんに話を聞くことにしたようだ。しばらくは簡単に会えないのだから世間話くらいならしている可能性もあったが、姉さんの表情は芳しくなかった。
「そう、ありがとう。無いって。ミアは『ティアちゃんの性格的にそう簡単に連絡してこないよネ』って言ってたけど」
「あー、ティアさんならそうでしょうねぇ……」
セラが苦笑とも呆れともつかない顔で笑う。オレも同感だ。
でもこの世界では「便りのないのはいい便り」なんて言葉はないからな。そもそも連絡がつきにくい世界だし、訃報も届かないなんてのも珍しくないようだ。って、十年以上便りの無かったオレが言うことじゃないけど。
「長旅も乙なものだけどな。無理矢理にでも定時連絡の約束くらいはしておくべきだったか」
できるし面倒でもないことを省くべきじゃないな。これに限ったことじゃないとは思うし、どの口で言えるのかって気もするが。
「でも、エルって迷ってるだけでいつも無事なんだよね」
「エルさんのそれはそれで不思議ではありますけど……」
レヴとネレの感想もごもっとも。サラたちの助けがあるにしても数十年単位で無事に旅を続けられているのはもうそれだけで伝説とさえ言えるだろう。
「おそらく……通常は魔力を目当てに寄ってくる魔物に……狙われにくいからというのが……大きいのだと思いますが……」
「あれ? ユーリくんと初めて会ったときは襲われていたんですよね?」
「ウルフ種は当然鼻もよく利きますから、それでではないでしょうか」
「うん。魔力隠蔽してても結構寄ってくるね」
どうやらアカネちゃんとフレイアによって、エルとの出会いのイベントにオレの瑕疵がないことが証明されたらしい。よかった。
じゃねえか。
「なんだかんだでエルが一緒なら最悪の事態にはなっていないはずですが……私のときのようなことはないですよね」
通信魔道具自体の状況面でも、ララの言うとおり前例はある。しばらくあんなことはないだろうというのは希望的観測なのかもしれない。
あっちがどういう状況にせよ、案ずるより産むが易しか。こっちから連絡するなとは言われてないものな。
魔道具に魔力を込める。
「ティアさん。お元気ですか?」
『……ユリフィアス。あまりよろしくはない』
おや。もうちょっとタメがあるかと思ったらあっさりと返答があった。しかも話し方から本当によろしくなさそうだ。
「……お疲れさまです。大丈夫そうではないですね」
ただ、戦闘中というわけではなくて単に疲れ切ってるだけのようだが。
「えーと、ティア? 話してても平気?」
『……アイリス。そっちは元気そうで何より。話すことは問題ない』
「エルも一緒ですよね?」
『うん』
姉さんとララとエルも話に入ってくる。
この魔道具、こういう風にあとから次々会話に加わるような使い方をするときは違和感があるな。別々の会話が混信することはないだろうが、一対一の二つの会話をブリッジしたりとか二人から同時に通信が来たら戸惑うことになりそうだ。
「現状はどうなんです?」
『興味本位で街道を外れたのが運の尽き。どこにいるのかわからない』
『そうだね。いつの間にか森に突っ込んじゃって』
よくあるやつだな。なんだっけ。迂回できるって思い込みで動くと道が平行になってなかったり、脚力の左右差でまっすぐ歩けなかったりとかするんだっけ。方向音痴の根本原因として聞いたことがあるような。
そもそも街道とは言ったって、魔物の影響があるこの世界では分岐路の立て看板みたいなものもそう無い。立地的に平面ダンジョンとされるところを通らなればいけないこともあるし、そういうところは特に環境復活のせいで轍がなんとか残ってるだけのようなところも多い。都市の近辺なら土魔法使いが定期的に整備をしているか、通行量が多ければ明確な痕跡が残るってくらいだ。
だが、オレたちならば。
「防壁を足場にして高所に上がって、集落や人の往来が見えたらそっちに向かえばいいですよ。あとはギルドに行くなり駅馬車に乗るなり誰かに聞くなりすればどうにかなります」
『なるほど。やってみる。ありがとう』
「いえ、どういたしまして」
ティアさんからまともに礼をもらってしまった。
魔人騒動のときにテンション任せで礼を言ったことを恥ずかしがってたのにな。それだけ切羽詰まってたのか。
なら連絡をとってくればいいのだが、正常な判断能力を失う状況ってのもいくらでもあるわけで。ティアさん、無感情に見えるだけで感情豊かだからな。これが次の課題か。
『見つけた。これで戻れる』
それは何より。
しかし、本当に遭難した結果の死というのはこの世界では多いんだろうな。死因の多くは魔物によるものなんだろうが、その前の要因は道に迷うことなんだろうし。
魔法をこねくり回しても科学が発展してもゼロにできないものは多い。地図やナビについては使う側の問題もあるけどな。
『ユリフィアス!』
などと世の無常というか限界を考えていたら、鼓膜を破られそうになった。通信を繋いだままだったらしい姉さんとララも目眩に似たようなふらつきを起こしている。
『馬鹿な。エルフェヴィア姉が消えた。どうして。いや。どうすれば』
「……そっちは、広めに探知をかけて魔力反応の薄いところを見つければいいです」
『わかった……うん。なるほど。いた』
案の定というかなんというか。
やっぱりそっちも早々になんとかしないといけないな。いや、何よりまずそれか。
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「……やっと戻れた」
「ただいまー」
ティアさんとエルがエクスプロズに辿り着くには、それからさらに数日を要した。
一応の定時連絡を取るようにした結果、かなり波乱万丈な旅であったことはわかっていたが。これを教訓や経験にしないと意味が無いってくらいには。
「というか。戻ったと思ったら別世界のようになっている。どうなってる?」
「ご覧の通り、いえお寛ぎの通り、ハーシュエス家を持ってきました」
「……そう」
呆れられた。それ以外に説明のしようはないのだが。
疲れてるだろうし肩でも揉めばいいのかな? などと思ったそばから、ティアさんはぐったりとソファーに沈み込む。
「ともかく。ワタシに旅はまだ早いかもしれないということがわかった。無念」
「そりゃまあ一人旅はねぇ。いきなりは無理ですよ誰だって」
セラが苦笑している。
だが、その言葉と発した当人に思い出すこともある。
「セラだって、王都までは一人旅だったんじゃないんですか?」
レアの言うとおり。ある意味で一番難しい旅をしてきたはずだよな。さすがに「ドレスで走ってきた」なんてことはあり得るわけがないし、身分がバレればそれだけで大事にすら収まらなくなる。
「私はフツーに駅馬車を乗り継いできただけだし、そんな大冒険はしてないよ? 度胸もなかったし」
……度胸とは?
皇女の家出以上の大冒険があるのか?
「まー、両国首都間なら人の行き来も多いし安全も安全よ。っていうかそれ言うならフレイアさんですよね。身一つ流れ流れてどこへ辿り着くのやらって」
「あー、そうだねえ。アカネちゃんみたいなこともあるから、安全とも言い難かったよね。でもそれ言うならリーズさんもじゃないの? 結構な街を転々としたって言ってたし」
「そう……ですね……ええ……」
リーズは言いにくそうに顔をうつむかせる。なんでそこでダメージを受ける必要が。
女の子に使っていい言葉じゃないけど、そもそもリーズは戦闘力面だとなんの不安もなかっただろうからな。出会いのときはあれだったが、身を立てることについても魔道具師としてやってこれていたようだったし。
しかし、旅か。
旅ね。
自分が何者なのか知りたいって言ってたよな、リーズは。一人旅っていうのは往々にしてそういう面もあるのかもしれない。オレだってこの世界で自分が何をすればいいか考えるためにそうしてたのもあるし、その中で死ぬことだってあったのかもしれない。「宝くじに当たる確率より隕石に当たる確率のほうが高い」とかいう話もあったしなぁ。それでもみんな宝くじを買ってたわけだが。
まあ、気づかなかっただけで死んでたかもしれない出来事はいくらでもあったはずだな、オレも。
「それでも、ティアリスにもそのうち問題なくできるようになるよ」
「……むしろ。エルフェヴィア姉が問題なく出来すぎている」
それはオレも思う。と言うより無限色の翼全員の持つ実感だろう。
エルと共存する四柱の精霊たちが優秀すぎるのもあるんだろうけど、それにしてもな。
「あはは、そうだね。風精霊たちみんなのおかげだよね」
精霊側からも指摘があったか。そこで腐らないのがエルの凄さで良さだな。
「じゃあ、やっぱり参考になるのはユーくんなのかな。クアドリさん時代はほとんど一人旅だったんだよね」
そうなるのか。
ただ、こちらも参考になるかは謎だ。
「オレは十字属性の力でゴリ押ししてたところもあるからなぁ。火起こしも水の確保も魔法でやってたし、寝るときは土魔法で即席の拠点を作ったりとか」
防壁を使えばすべての魔法で一時的な待避防御拠点を構成はできる。しかし、魔法の中で唯一環境問わず半永久的に形状の残るものを作れるのは土魔法だけだ。それでもサイズや強度で限界はあるけどな。
「たとえば、この結界の小型サイズの魔道具があれば安心して旅はできるが……」
「作成は……可能……ですね……龍脈の力を使わなくても……宝石の魔力蓄積を利用すれば……十分です」
やっぱりできるか。さすがリーズ。
しかしはたしてそれでいいのかという疑問はある。
「うん。ユリフィアスの言いたいことはわかる。リーズさんには申し訳ないけど。ワタシもそれは違うと思う」
行軍であれば間違いなくそれを選ぶべきだが、ハプニングや危険のない移動を旅と呼ぶかは個人の感覚に因るだろう。
安全に越したことはないし、それを求める人も否定しないんだけどな。
「でも、オレとティアさんじゃ大きな違いがありますからね」
「む。たしかにワタシは経験は足りない。でもそれはこれから」
「いやそうじゃなくて女性っていうことですけど」
それ以外他にないと思うんだけどな。魔物に対してなら平等に命を持ってかれるけど、対人の場合は尊厳方面だったりするから女性の場合。
肝心の技能については、ビギナーズラック抜きにしてもカンのいい人はすぐに問題なくできるようになることだとは思うし、この世界だとなんだかんだノウハウは豊富だろう。先輩女性冒険者なんか山ほどいるだろうし、人さえ選べばそこから学ばせてもらえる。なんならエルザードさんに頼めばそういう訓練に参加させてもらえるかもしれないし。
「またそういう……」
「本当に……」
のはずなのに、なんでセラとララはオレに冷たい目を向けてるのかな?
「女性の一人旅が危険なのはどこの世界でも変わらないと思うが」
「そうだけどね」
姉さんまで苦笑してる。同じ組はレアとフレイアとアカネちゃんとリーズか。
呆れてるのはネレ。エルとレヴは意味不明といった顔。
「あー、アレか? なんか性差別的なところに触れた?」
考えられるのはそれくらいだが、全員が首を横に振った。じゃあなんだよ。
「ユーリさん、普段は意識させないのに突然女の子扱いするところがありますから。そのせいですね」
アカネちゃんが笑いながら言う。
……これ以上なく意識してると思うけどなぁ。同じにしちゃいけないのが席だったか布団だったか風呂だったかも何歳だったかも忘れたけど、ちゃんと分別はつけてるし。
「実際、学院でも果し合いは挑まれてたんだから、卒業しても続くことはあり得るだろうに。それだけモテるってことなんだから」
「それはそう。だけど複雑。この気分に名前をつけられない」
「だからそれは」
「エルフェヴィア姉が言うようなものでは。絶対に。無い」
エルが何を言いたかったかもティアさんが否定するのもわかる気がする。ただまあ、どちらが正しいかとかはオレには言えないな。それはティアさんがいつか明確な答えを出すことだろうし。
誰が詠んだか、『故郷とは遠くに有りて思うもの』とも言った。離れてわかることもいくらでもあるんだろうからな。
「ともかく。当面はここで野営の経験を積ませてもらおうと思う。よろしくおねがいします」
話を打ち切って頭を下げたティアさんに、全員が頷く。
そうだな。オレが伝えられることもまだいくらでもあるんだろうし、喜んで協力しよう。




