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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
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第六章 風魔法使い、風魔法以外で無双する

 交流戦というのはそこそこのイベントのようで、スポーツ観戦のように屋台が出たり売り子が歩いたりとかなり賑やかなことになっていた。

 場所がいつもと変わらないのに雰囲気が完全に違うのはそれこそ大きな祭りを思わせる。


ほはへふっへはほへ(そこで売ってたこれ)ふっほふほひひひほ(すっごくおいしいよ)!」

「言いたいことはわかりますけど行儀が良くないですよ、セラ」


 ほんとにな。ただ、浮かれた気持ちはあちこちから伝わってくる。だからセラがこうなるのも当然かもしれない。


「そろそろ行こうか」

「そうですね」

「りょうかーい」


 大演習場の入り口をくぐり、運営委員の生徒と話して舞台入り口へ。そういえばここに来るのは二度目か。

 事前に聞いた方式は、三対三ではなく一対一を三回。去年から急に変わったらしいが、理由は推して知るべしといったところだろうか。

 この形式変更は実に朗報。ストレート勝ちなら大トリであるオレの出番はないということだ。

 歩いてくる間にも制服や鎧を着た騎士学院の生徒を何人か見たが、身体の使い方から実力のある生徒は一割もいないように見えた。加えて多くの人間は魔法使いとの戦闘経験などない。こっちが詠唱主体の魔法使いならともかく、十中八九セラとレアの二戦で決まりだ。

 まあ、もしもオレが出ることになって何かやるとしたら。ただの剣術がどこまで通用するかというのと……二刀流でも試すか。

 あの時と同じ、樽には木剣が突っ込まれている。だが流石に今回はまともなものだ。その中から二本掴み取る。どう帯剣するか悩むが、無難に侍スタイルで行くことにする。

 ……槍とか色々背負って弁慶スタイルもありだったかな。目立つからやめたほうがいいか。


「ユーリ君、二刀流までできるの?」

「いや、お遊び程度しかやったことはないな。それでも身体強化すれば膂力は足りるからどうにかなるだろ」

「完全に余裕ですね」

「魔力という表現になっているが、実質的にはこの力は生命力に近い。基本的に誰でも垂れ流しだし、魔法使いでなくても無意識に身体強化は使っているから魔力探知さえできればある程度相手の強さはわかるんだ。二人とも最近の訓練で魔力制御力と探知距離が良くなってるだろうし、そろそろこのくらいの探知はできるようになってるんじゃないか?」

「あ、なんとなくわかります。わたしたちの半分もないですかね」

「ていうかユーリ君が一番小さい気がするんだけど。ほぼゼロ?」


 例によって放出魔力を絞っているからな。これも魔力制御の修練の一つだ。そもそも垂れ流しにしていても良いことはないし。

 通路を通り抜け、日の光の下へと出る。覚えのある数十メートル四方の舞台の向こうには、こちらと同じく三人の生徒が並んでいる。


『さあ、今年もやってきた学院間対抗戦! 勝つのはどちらの学院なのでしょうか!?』


 この世界にマイクや拡声器なんて科学の産物はない。だが、音を増幅し広範囲に声を届ける風の魔道具はある。たとえ風魔法に価値が見出されなくても風魔法自体が無価値なわけではないのだ。

 その辺りを現金だと感じることは……ないとは言えないな。


『一昨年まではチーム戦でしたが、昨年から個人戦に変更されています。少しでも長く楽しんでいただこうという配慮です!』

「物は言いようだ」

「そうですね」

「まあ、アイリスさんに敵わなかったからっていうのもダサいだろうね」


 実況担当は制服を見る限り騎士学院の生徒のようだ。話し方から言って、あれは彼の主観なのだろう。きっと。

 相手が何を思っているのかはわからないし、これまでがどうだったのかもわからない。役割分担や捨て身での時間稼ぎができなくなったことを考えると、全体の時間は短くなったんじゃないかという気もするがどうなんだろうな。


『では、一戦目。騎士学院、ジャヴォル・フレデクレイ。魔法学院、セラディア・アルセエット。舞台へどうぞ!』

「よーし、行ってくるよ!」

「かんばってね、セラ」


 あえてするアドバイスもない。が、言うとすれば。


「やりすぎないようにな?」

「善処するよ。でいいのかな?」


 お互いにニヤリと笑いあい、セラは舞台上へ歩いていく。


「よろしくね」

「…………」


 セラが相手に声をかけたのは聞こえたが、返答は聞こえない。


「……なんだかイヤな感じですね」

「そうだな」


 レアも動きでそれがわかったのだろう。苦い表情をしている。


『それでは、始め!』

「おおお、ウワァッ!」


 開始時からセラは無詠唱で火の玉(ファイアボール)の連射を始めた。それに気圧されて相手は距離を開ける。その退いたところをさらに火球が取り囲む。


「考えたな、セラ」


 今のセラなら動いている相手の近くにも火を発生させることができる。しかし、止まった火はただの障害物に過ぎない。勢いに乗ったまま突っ切られればそれまでだ。

 逆にああして取り囲んでしまえば動きを封じることができる。そのためにまず相手の動きを止めたのだろう。


「それじゃあ、ユーリ君っぽく」


 相手の動きを止めたセラは両手を前に突き出し、


「全力で行こうかな!」


 人間一人くらい楽に包めるサイズの火の玉(ファイアボール)を作り出し、飛ばす。こういうのバトルマンガでよく見たなあ昔。

 火でできた球体自体には質量と言えるものはないが、それでもエネルギーの塊。相手に接触して爆発のような燃焼を起こす。


「ところでこれ、どうやったら勝ちになるんだろうな?」

「そういえば聞いてないですね。場外か降参でしょうか?」


 だとすれば、下手したら死人が出かねないんだが。

 なんて思ったら煙の中からフレ某の姿が現れ、そのままバタリと倒れ込んだ。

 しばらく待っても微動だにしない。


「ヤバ、ちょ、大丈夫!?」


 セラが駆け寄り体を揺する。それでも目立った反応はないが、


「死んではないな。魔力反応がある」

「あ、本当ですね」


 救護担当が駆け寄り、担架に乗せて走り去っていく。つまり。


『第一試合は魔法学院のセラディア・アルセエットの勝利です』


 響く声はどことなく不満げに感じる。歓声は聞こえるので気のせいだといいが。


「勝ったよ!」

「やりましたね、セラ!」

「おめでとう」


 勝者は拍手で迎える。これが正当な扱いというものだろうに。


『続いて第二試合です。騎士学院、ジャローセン・サルゴン。魔法学院、ルートゥレア・ファイリーゼ』

「決めてきますね」

「ああ」

「頑張ってねレア」


 胸を張って歩いていくレアを見れば「大丈夫だ」という確信が持てる。相手は当然のように挨拶も礼もないので、レアも無言で杖を構えている。


『では、第二回戦。始め!』


 掛け声と同時に、やはり相手の生徒は突っ込んでくる。しかしセラの時と同様レアも水の玉(ウォーターボール)を多数放つ。

 一つ一つは手のひら大程度で危険を感じるサイズではない。だが、そこを甘く見ることこそが命取りだ。氷の硬度には敵わないが、密度の高さでそれぞれが土魔法に近い威力を出している。ダンジョンに行ったときの経験が生きてるな。

 さらにその一発一発の魔力量も一定ではない。直撃しないコースはもちろん、当たるものにもいくつかフェイクが混ざっている。魔力節約と疑心の発生。一石二鳥のいい手だ。

 突進は止まり、後ずさりに変わる。その周囲をセラがやったのと同じように水でできた球が囲む。


「行きます!」


 全方位攻撃。あらゆる方向から逃げ場なく水が襲い、打撃を加える。だがそれだけでないのは見ている全員がわかる。

 水が消えない。まとわりついた水は結合し、相手を包み込むほどの大きさになっていく。いくらもがいてもそこから逃げることはできない。


「終わりです」


 言葉とともにレアはその特大水球を飛ばす。壁際まで近づいたところですべての水を引き上げ、地面へと降らせる。残った中身はそのままの勢いで壁へ叩きつけられた。

 相手が倒れたまま動かないのを見て、ようやく胸を撫で下ろして息をついた。


『だ、第二試合も魔法学院、ルートゥレア・ファイリーゼの勝利です』


 レアは勝利コールと歓声を聞いて一礼する。が、オレと同様にやはり一瞬だけ納得の行かない表情を浮かべていた。


「レアおめでとー」

「お疲れ様。ウォーターボールのフェイクは感心したよ」

「ありがとうございます、二人とも」


 オレたちの拍手に、レアはやっとはにかむような笑顔を返してくれる。

 これでストレート勝ちで終了。あとは表彰式のようなものだけかな。あるのかは知らないけど。


『今年の交流戦は魔法学院の二連勝で幕引きでした!』

「さて、終わったな」


 そういえば、やっぱり試合時間の引き伸ばしは叶わなかったようだ。

 それに予想通りオレの出番はなかっ、


『が!』


 ……が?


「んん?」

「なんでしょう?」


 答えはすぐにわかった。


『ここで決着では面白くない! 大将戦で全てを決めましょう!』

「は?」


 なんだ? ありえない言葉が聞こえた気がしたが。ふざけてるのか?

 面白くない? 何がだ?

 大将戦をやる? 全部決める?

 これはアレか。「最後の問題は百点」とかそういうノリのやつか。

 ……どこまで馬鹿にすれば気が済むんだろうな?

 セラとレアの結果はすべてなかったことにする気なのか。自分たちの代表である騎士学院の二人も。そういう冒涜をやってるってことをわかって言ってるのか?


『と、いうコトで! 両学院の最後の選手、舞台へどうぞぉ!』


 本当にやる気か。これこそ面白くないと思っているのはオレだけなのか?


「ゆ、ユリフィアス・ハーシュエスさーん? 穏便にねー?」

「わ、わたしたちは気にしてませんから……」


 何も聞こえないな。

 わかったよ。全部決めてやろうじゃないか。そうだよな。勝ち抜き戦でも総当たり戦でもないんだ。交流戦、レクリエーションだものな。オレも勝てばいいだけの話なのだから。

 さて、オレは今どんな顔をしているのだろう? 真顔か? それとも笑顔か? やることだけはほぼ決めているが。


『騎士学院代表、ジャレルード・ホーフスキーと魔法学院代表、ユリフィアス・ハーシュエスの最終試合を行います!』


 向かい合う相手は木剣で肩を叩きながら近づいて来て、ニヤニヤとした気持ち悪い笑いを浮かべた。


「お前の噂は聞いてるぞ。どうせ何かトリックがあるんだろ?」


 黙ってろ。煩わしい。

 オレの殺気を受け流しているのだとしたら、それはそれで感心するが。そんなわけはないな。


『それでは、始めぇ!』

「行くぞぉ!」


 こっちは構えていないどころか木剣を抜いていない状態での開始コール。だが、それで焦るはずもない。相手が打ち込むよりもこちらが剣を抜くほうが当然早い。

 剣筋は悪くない。スピードもさすがは騎士学園一年トップ。大将の器にふさわしい。どうやら魔力を抑える術も心得ている本当の手練だったらしい。


「そらァ!」


 振り下ろしの剣もなかなかの速度。真面目にやらなければやられてしまう。



 とかなら、まだ面白くもあったんだがな。



 予感は正しかった。いや、この可能性は考慮してなかったが。

 ふざけた手法も認めてやったし、先手も取らせてやった。その上で一合二合三合と剣戟を重ねていくが、全く驚異とは感じない。魔力による身体と武器の強化もしていないが、この程度はあくびをしながらでも捌ける。柔よく剛を制すとかでもなく、ただ未熟なだけの子供のチャンバラだ。


「やはり噂は噂。この程度かァ!」


 また同じようなパターンに入るのだけは勘弁してほしい。

 こっちが棒立ちのまま一歩も動いていないし攻撃すらしていないことにも気づかないアホをよくもまあ大将に据えられたものだ。終わってる。

 ここまでだな。

 大振りの斬撃を逸らせ、一歩踏み込んで剣を振り抜く。明らかに当たらない位置で剣を振り続け、無理やり距離を開かせる。

 面倒くさい、やはり。


「まさか、舐めプすら馬鹿馬鹿しくなるとは」

「はァ? なめぷ? なんだそれは?」


 ああ、この世界の人間にこの言葉は通じないのか。どうでもいいが。


「手加減してやっても話にならないってことだよ」

「なんだ? 強がりか?」


 どう取ればそうなるんだ。


「まさか『魔法使いが魔法を使わないと戦えない』とかバカなことを考えてないよな? オレはここまで一切魔法を使ってないのに。それでも負ける気がしないぞ」


 本当に、身体強化も武器強化も使っていない。ということは素の身体能力もそこまで変わらないのかもしれない。いや、確実にこっちのが上だな。

 だからこそ馬鹿らしくなる。結局ダヴァゴンの時と同じじゃないか。


「仕方ない。それが全力ならこっちも魔法を使ってやるよ。ただ、お前ごときじゃ話にならない。ご期待通りに盛り上げてもやる」


 身体強化。さらに、木剣に魔力を込めて空に向かって射出。予算の都合か相変わらず防壁の強度は良くない。それだけで光の花びらが散る。

 魔力探知。剣と悪意の塊をスクリーニングし、風魔法で打ち上げて舞台に引き摺り下ろす。


「理由は知らないが、取り巻きはわざわざ真剣を持って来たんだ」


 降ってきた木剣を掴む。さらに二本目も抜き、身体強化と合わせて両方それぞれに魔力を込める。

 これでやっと二刀流を試してもいいくらいの状況にはなったか。


「さあ、まとめてかかってこい」



 強制的に舞台に上げられた事で多少はお見合いになるかと思いきや、数の暴力と獲物の有利を過信して敵は迷うことなく突っ込んできた。

 ただしそれも前後から挟撃しようとする程度。攻める方も受ける方も乱戦には乱戦の心得というものがあるが、それを考える気は無いようだ。

 この程度の相手は物理防壁一つで完封できるしそうするのが常道なのだが、それでは本当につまらない試合になる。観客は面白くすることをご所望のようなのだから派手にやってやろう。

 ダンジョンと同じ。魔力探知で敵の位置を把握し、行動を予測する。総数は二十五。魔法剣士がいない以上、剣の届く範囲がキルレンジ。つまり最接近して来た敵を最優先して倒していけばいい。

 後ろからの斬りつけを左の剣で止め、前方からの斬りつけは右の剣で弾き返す。身体強化を使えば片手でも凡人が両手を使うくらいの力は楽に出せる。

 塞がった左手側から切りかかってきた奴に蹴りを入れる。身体強化に加えてヒットの瞬間に魔力放出して打撃力を上げる。頭数を減らすためにもビリヤードのように巻き込みを加えるのを忘れない。残り二十三。

 左の剣を封じている奴が離れようとしないので、そのまま逆手に持ち替えてその場でスピン。近づいてきた二人も合わせて両剣回転斬りの胴薙で斬り倒す。残り二十。

 倒れている一人をバックステップで跳び越し、ついでに魔力放出付きの肘打ちで一人始末。残り十九。左右両方の剣を順手に持ち直し、魔力をさらに追加。ハの字に振り抜いた瞬間に上乗せした分の魔力を開放。

 魔弾の斬撃版である魔力斬。二閃それぞれが一人ずつヒットし、当たった相手は吹き飛ぶ。残り十七。さらにもう一度。今度は鎧を装備した奴に目掛けてX字に振り抜く。命中した相手の胸部鎧が同じ形に凹み、身体ごと押し飛ばす。残り十六。

 今度は右手の剣を逆手に持ち替え、棒立ちの敵の胸部鎧に投擲。同時に地面を蹴り、それを追いかける。転がっている敵を踏み潰さないように疾駆、着地し、ぶつかって宙を舞った剣を掴み取り、唖然としている別の敵に向かって打ち込む。残り十四。

 両方の剣を腰に戻し、並んでいる二人に向かって跳ぶ。眼の前で着地し、腹部に片手ずつ魔力付加した掌底を打ち込む。残り十二。手を引く動きに連動させてサイドステップ。もう一組の前に着地し、魔力を込めた回し蹴りで片付ける。残り一〇。

 制服の内ポケットから木球を取り出す。空中に放り上げ、落ちてきたものからキャッチして魔力強化して両手で交互に投擲。残り九、八、七、六。そろそろ剣術に戻すか。

 片方だけ抜き、腰だめに構えて突っ込む。振ると見せかけてそのまま体当りし、吹き飛ばす。残り五。目標を変えて突っ込み、居合抜きの一の太刀で斬り捨てる。残り四。止まったところを斬りかかってきた剣を受ける、のではなく逆軌道で剣を斬り上げて弾き飛ばす。そのまま振り下ろして叩き伏せる。残り三。

 胸の前に剣を構えた敵に対して、木剣を振り下ろす。当然受けられるが、相手の剣をそのまま押し込み膂力に任せて斬り飛ばす。残り二。

 他にもいたのかもしれないが、逃げ出そうとしていた最後の仲間を追い抜いて正面から叩き伏せる。これで残り一。

 最後に残したのは本来の相手。そこらに転がっていた真剣を拾い上げて勝った気でいるらしい。対してオレは木剣への魔力強化を洗練させ、強度をさらに上げる。

 真剣が通じないのはこれまでの剣戟でわかっていたはずなのに、それでも真っ直ぐ切りかかってくる。なら正面から迎え撃ってやるだけだ。

 放つのはこの試合で最速の一撃。魔力放出を加速に使い、上段斬りに再び居合の軌道を当てる。

 両者完全に振り抜く。結果、こちらの木剣は傷一つなし。相手の真剣はオレの斬線から先が折れて宙を待っていた。

 ありえない光景に驚いた顔をしている相手を気にせずもう一つの木剣を抜き、強化して脚の間を斬り上げる。身体が浮いたところへ両腕をクロスさせて右肩と左腿を平行に一閃。腹を中心に風車のように回転している相手に、右手を引き、限界ギリギリまで魔力を乗せて突きを放つ。直撃の瞬間に放った魔力が相手を真っ直ぐ吹き飛ばし、めり込む程の速度で壁にぶつかる。

 残敵、無し。


「これで全部だな」


 血はついていないが、払うように振ってから腰に差し戻す。

 剣というのは刀とは違って基本的に鋳型を使うかインゴットから叩き出すことで作られる。つまり究極的なことを言えば“研いで刃を付けただけの金属の板”に過ぎない。

 また別の話になるが、魔法使いにとって魔力を流しやすいのは無機物である金属ではなく木のような有機物の方だ。なので杖はそのサイズ問わず基本的に木製や魔物の素材を多用して作られている。

 この二つの話を統合するとどうなるか。

 答えは、「適切に強化のかけられた木剣なら手入れもされていないナマクラなど余裕で叩き折れるし、上手くやれば叩き斬れさえする」、だ。


「まったく。意味のない一日だったな」


 溜まっていた息を吐き出してから舞台を降りる。これで負けになるならそれはそれでいい。どうせ何をやったって勝ちにはならないだろう。実際、今も勝利コールはかかっていない。ついでに言うと歓声もないが。

 魔力強化した斬突打拳蹴に無属性魔力放出で骨鎧砕かれ刃折れ、死屍累々。二十五人の騎士学園の生徒やくだらない提案をしたり乗ったりした奴らが舞台に敷き詰められたのを見ても自分たちの勝ちだと言えるのなら、それはそれで立派な精神力だと認めなければならないだろう。

 まあ、これで騎士学院の風通しがちょっとは良くなるといいな。本当に。


「だからさぁ……」

「やりすぎです、ユーリくん……」


 この反応ももうほんとに慣れたな。いい加減みんな慣れて欲しい。そうすればこんな事をしなくても済むはずなのに。



 結局、今回の学院間新入生交流戦は三対〇で勝ち……どころか、魔法学院生徒会の力によってオレの倒した数がそのまま通り、「二十七対〇で魔法学院の勝利」というありえないスコアとして記録され幕を閉じた。来年からの試合形式はどうなるんだろうか。気にしても仕方ないが。

 それから数日後の現在。オレは王城区域内の近衛魔法士団本部を歩いていた。

 前を行くのはその団員。名前は聞いていない。魔力量は多いとは言えないが、質や有り様は確かな強さを感じさせる。

 ところで、何がどうなったら今度は魔法士団からの呼び出しになるんだろうな。案外またお礼参りか。貴族社会の根は深そうだし、権威主義者があれだけ多いのを鑑みれば考えるまでもないことだとは思うが。

 もしくは何か別の理由か。


「……なんだかすまないな」


 案内してくれている団員がボソリとつぶやく。

 探知した魔力の感じでは彼はオレに対して敵愾心を持っていないようだ。


「何がですか?」

「いやここだけの話なんだが、君にはお姉さんがいるだろう? 彼女に恋慕してるやつは多くてね。君を倒そうと息巻いてる団員は結構多いんだ」


 なんだそれ。初耳だ。


「君のお姉さんがきみより弱い人間に興味がないと言ったのが大きいな」

「……へえ」


 実際のところはおそらく、「オレ以外に興味がない」と言ったんだと思うんだが。その辺りは聞く側の勝手な都合のいい解釈なのだろう。

 そういえば「騎士団も魔法士団も敵に回すんじゃないか」と思ったことがあったが、その懸念が現実になる要因はそれなのか。モテるんだな、姉さん。本人は興味がないんだとしても。

 案内された先はやはり演習場のような場所だった。ただ、学院のものと比べると四倍以上広い。防壁も比べられないくらい強固になっている。


「ようこそ、ユリフィアス・ハーシュエス君。歓迎するよ」


 周囲を取り巻く制服組を見ていると歓迎ムードには見えないけどな。やることもおそらく決闘と銘打った私闘だろう。ただのスカウトなら剣を預かられて応接室にでもいるはずだ。

 さっき「歓迎する」と大嘘を言った相手はここまで案内してくれた魔法士に非難の目を向けている。剣を取り上げておく打ち合わせでもあったのだろうか。


「今日呼び出したのは」

「そういうの飽きたんで、さっさと始めませんかね。どうせ興味ないし」


 手のひらを上に向けて手招きのジェスチャーをする。それだけで周囲に動揺が走る。

 動揺するようなことが何かあったのか。不思議で仕方ないんだが。


「我放ちし土の矢よ、敵を穿て!」


 不意打ちの土矢アースアロー。だが距離も詠唱も対応するには余裕がありすぎる。

 上げていた手の前方に防壁を展開。それだけで土の矢は接触面から潰れて地面に落ちていく。

 これで一応、正当防衛の言い訳は立つかな?

 身体強化。風魔法で加速。いつも通り、魔力で強化した剣で斬りつける。本気を出してはいないが、刃が相手に届く少し前で止まる。流石は近衛魔法士。悪くない防壁だ。

 ただし、物理防壁で防がれただけじゃないな。近接距離へ近づいた瞬間に速度が落ちた。

 風魔法が消されている。


「やはり風殺石ふうせつせきは効いているようだね」


 風殺石。

 その名の通り、風の影響を消す魔道具だ。

 風は軽い。それでも天災として時に大きな被害をもたらす。その致命的な被害を避ける為には風の影響を無くすしかない。公共構造物には当然のように埋め込まれているし、旅人が突風や飛来物から身を防ぐために市販さえされている。その用途のため当然だが、効果は常時発動型。所持者の魔力を利用して勝手に動き続ける。



「報告も見たし内偵も済んでる。君は風の魔法使いなんだろう? これで封殺だ!」

「ッ、流石は魔法士団。用意周到だな」



 ……なんてなあ。芝居のために一応何か言って距離だけは取ってみたが。

 ドヤ顔で魔道具を誇示しているが、封殺まではされてないだろ。最初から魔法自体は使えているわけだし。さっきも致命的な阻害をされたわけでもないし。

 というか、風魔法を抑制したくらいでオレを止められるとでも思っているとは。まあ、オレの魔法属性を看破したところだけは賞賛に値するけどな。

 そもそも風殺石の存在なんて開始前からわかっていた。オレはほぼ常時属性探知を展開している。属性探知は当然風魔法。干渉して消失する範囲が丸わかりだ。

 一〇〇メートル四方はある演習場に対し、相手が用意した風殺石の効果半径は三メートル弱。徒歩移動用の最大サイズだ。店売りの普及品で済まさずに建築用のを周辺の構造材と置き換えるくらいやってほしかったな。


「……この程度か」


 これが魔法士団の全てではないだろうが、正直期待外れだ。

 オレも実力不足を補うためにあらゆる手段を尽くしている。この魔力量と魔法レベルではジャイアントキリングをしなければならない機会など山ほどあるはずだからな。だからこそ、こんな手には毛ほどの価値も感じない。


「この程度のこと、想定してないとでも思っていたのか?」


 この世界にはまだ未知の手段があるのかもしれないが、風殺石は既知のモノ。なら風魔法が使えない状況なんて考えてしかるべきだろう。

 正面から押し切るだけの風魔法は今は無理だ。しかしそれ以外にも手はある。

 無属性魔法だけを使う。接近戦を挑む。風魔法を射出補助としてのみ使う。周囲の空気組成を弄って失神させる。超音速貫通撃オーバーソニックスラストは……被害がデカいし最悪は殺してしまうから駄目だな。

 ほら、使えるかはともかく打てる手なんていくらでも思いつく。どこが封殺なんだ?

 だがいい機会だ。そろそろあの魔法を試してみよう。

 射角を取るために上空へ跳び上がる。物理防壁を展開して足場代わりにし、そのまま空中に停滞。魔力の流れを把握するために属性探知の精度を上げる。

 魔法の行使には三つの方法がある。

 一つは当然、詠唱法。無詠唱でも使えることを考えれば本来は“具現化法”や“投影法”とでも呼ぶべきか。

 もう一つは魔道具を用いること。演習場の防壁はもちろん、風殺石もこの一種だ。決められた効果しか果たさないので出力や回数に限度がついてしまうが、使用者の魔力量によっては詠唱よりも大きな魔法を発動させることもできる。

 この二つが主要な方法。だがもう一つ、魔法陣を用いる方法がある。敬遠され使われることもほとんどない枯れた手法だ。煩雑化した図形の描画は詠唱よりはるかに長い時間を必要とするし、精度も桁違いに高いものが要求される。その上で周囲の魔力に常に反応しているのか鮮度のようなものもあるらしく、描画開始時点からすでに劣化と崩壊を開始しているという重大な欠点も持っている。

 だが、そこを解決する手法をオレは前世の時点ですでに構築しておいた。

 ブーストとバースト。この魔法は魔力補充と構築した魔法に魔力を注ぐためだけに創ったものではない。高濃度の魔力元素を自由に操るこの魔法なら、オレ自身や大気中の魔力を使って不可視の魔法陣を描ける。いや、“一瞬で表出させられる”。

 今回描く魔法陣は四つ。火属性放射ファイアブラスト水属性放射ウォーターブラスト風属性放射ウィンドブラスト土属性放射アースブラスト。単純に魔力を現象や物質に変換して放射するだけの魔法だが、だからこそ出力を測るには最適だ。

 そこにさらに、重複展開したバーストで魔力を注ぎ込む。周囲にいる魔法士が垂れ流しにしている魔力も利用させてもらおう。

 疑似精霊魔法エクスターナル・エレメントマジック。空間圧縮魔法に使っているのも原理的にはこれだ。外部魔力を使うこの魔法なら魔力変質を起こすことなく他属性の魔法を使える。この魔法もまた、オレの切り札の一枚だ。


「食らえ!」


 火水風土四つの魔力砲を開放。魔法名は四属性斉射クアドリクスブラスト十字属性魔法使い(クアドリクスマギカ)だった頃にシャレで開発した、「特に相互作用もなく初見の敵でもどれかが弱点として効くだろう」という出力ゴリ押しの魔法。そいつの再現だ。

 上方を取ったのはこの魔法を使うためだった。出力重視の魔法を水平方向に飛ばすと要らない被害が出るからな。


「う、うわあぁぁぁぁ!」


 四色の属性砲は魔法士の周囲を取り囲むように着弾する。さすがに直撃させるような真似はできない。わざと逸らせたので風の放射も消されていない。


「こんなところか」


 使用自体は問題ない。しかし威力制御に難があるな。この辺りは二段目のバーストで調整するしかないのだろうか。これも研究が必要だ。

 防壁を解除し、地面に降り立つ。


「悪いな。オレは風の魔法使いじゃない」


 一応、盛大に嘘もついておくか。魔法使いにとって使用属性を吹聴されるのはマイナスだ。

 さて、これで終わり、


「まだだ! 我がつ……ケヒュッ! ゴハッ!」


 風殺石のせいで属性探知は利かないが、周辺の僅かな空気の流れで動いたのはわかった。いい加減これも見たパターンだな。「やったか?」とか言った覚えもないのに。

 魔法使いを封殺する方法で一番簡単なのは、レアたちに無詠唱や対抗戦の話をした時に言った通り詠唱をキャンセルさせることだ。

 風殺石で風魔法が消されたとしても、その外の風魔法とそれに連動した物理影響は止められない。消失範囲三メートルの外側に真空空間を作ってやればその内側の空気を吸い出せる。

 声を使っている以上、音を伝達する触媒がなければ詠唱を続けることはできない。それ以前に肺から空気が引きずり出されて人体機能の継続が困難になる。殺すつもりはないので当然すぐ解放するが。

 ダメ押しも行くか。

 その辺に転がっていた小石を拾い上げて、ブーストとバースト抜きの超音速貫通撃の術式で射出する。音速には全く届かない速度で頭のすぐ横を通った弾丸は、防壁を貫通し、髪の毛を一束ほど刈り取り、はるか後ろの壁にめり込む。


「あ、ぇ?」


 風殺石は一定以上の空気の動きを阻害するだけで運動エネルギーを完全に取り除いてしまうわけではない。そうでなければ風殺石の効果範囲に入った人間や動物は息をすることも動くこともできなくなる。荷馬車のような物体も動かせなくなってしまう。それに、度を超えた出力は干渉する前に効果領域を通過する。まさかそんなことすら知らずに使っていたのだろうか?


「で、いい加減オレの勝ちでいいんですよね、これ」


 例によって答えは返らなかった。

 まともな人はいないのか、本当に。

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