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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
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Interlude 遠き自分の足跡

 悠理のご両親……いえ、九羽鳥悠理のご両親ではなくユリフィアス・ハーシュエスとしてのご両親ですが、お二人に会わせてもらって強く思いました。


「私もお父さんとお母さんに会わないと駄目ですね」


 月を眺めながら呟いたら、隣にいた悠理が微笑んでくれました。


「あのとき言ってた『覚悟』ができたか?」

「いえ。覚悟ではなく、ただどうしても会いたくなってしまいました」


 なにか表現するなら“郷愁”でしょうか。悠理やアイリスさんが両親と悩んだり笑い合ったりしている光景はとても眩しくて羨ましかったですから。もちろんそれだけではなく、二組の両親を重ねて「二人が今なにをしているのか?」という単純なことが気になってしまったのもありますけど。

 なにより、親不孝なのは私もですからね。反省はもちろん解決できるならしなければ。ネレやフィリスさんのように二度と会えなくなる可能性だってあるのですから。


「……ところで、付き合うのはいいけどこの姿だといろいろ話がおかしくなるよな」


 悠理が自分の姿を示して困った顔をします。

 たしかに、十三歳のユリフィアス・ハーシュエスを恋人……えーと。恋人でしょうか、私たちの関係は? ともかく、それに準ずる相手として紹介するのは問題しかないです。

 何より、出会いのことは別として転生のことを話すのはやめておくべきでしょうし。


「そうですね。では、『矛盾は出るけど問題ない手』を使いましょう」



 前回試して考え出された“ランドサーフィン”を使うことで馬車はもちろん身体強化で走り続けるよりも早く進むことはできました。

 それでも、距離を埋めることはできるはずもありません。目的地の近くにたどり着いた頃には夜になっていました。日は沈んでいて家には明かりが灯り、周囲にはほとんど人の姿はありませんね。

 ハーシュエス家があったのと同様、フリュエット家があったのも規模としては街ではなくて「村」と呼ぶのが適当な場所です。悠理のいた世界だと人のいない場所ですら住所が与えられていることもあったそうですけど、この世界では名前のない人里のほうが多いでしょう。

 およそ二十年ぶりの帰郷。もうほとんど思い出の彼方ですね。それでも、足取りはたしかにかつての家へと向けることができています。


「……時間も距離も、どれだけ離れていても故郷は故郷か」


 やや後ろをついてきてくれる悠理がそんなことを言いました。たぶん独り言ですよね。

 ただ、それは私に対することなのかそれとも自分のことなのか。距離すら超えて離れすぎて、もはやたどり着くことは絶対に叶わない悠理の故郷。あの夢のような、私も一時焦がれた別の世界。彼自身「戻る気はない」とは言っていましたし苦い記憶も強いでしょうけど、他の記憶や想いのすべてを不要と断じて捨て去りたいわけではないのはわかります。

 悠理もこうして故郷を歩くことがあれば残るものはあるのでしょうか……と考えていたらフリュエット家が目の前にありました。

 私にとって、ここがかつてと今との分かれ目。聖女ソーマであった時間を挟んで二人のララ・フリュエットが見えた気がしました。

 それを含めて本当に不思議な感覚です。



 少しだけ何かが違えば私はまだここにいて。



 少しだけ何かが違えばこうして帰ってくることもできなかった。



 けれど、こうして帰ってこられた。次の一歩を迷うのはやめましょう。


「……行きます」

「ああ、行ってらっしゃい」

「え?」


 私は歩き出しましたが、悠理は立ち止まったままでした。思わず振り返ったのも、その顔が険しくなってしまうのも当然だとわかってもらえるはずです。

 咎めているのがわからないはずはなく、悠理はバツの悪そうな表情になりました。それでも私との距離を詰めようとはしません。


「ここで待ってる。ああいや、どこか宿を探すけど」

「一緒に来てくれるはずではなかったのですか?」


 そういう約束だったはずなのに。ここまで来て悠理のほうが怖気づいたなんて、そんなことは。私の大事な両親ではありますけど、リーズのご両親となら比べるまでもなく会うのは気が楽なはずです。

 いえ、少しは緊張してほしいですけど。ある理由では。


「約束はともかく、長年どうやっても会えなかった一人娘がいきなり男連れで現れたら警戒も動揺もされるだろ」

「そんなことはないと思いますけど……」

「それに、家族の感動の再会に水を差すことになるだろうからな。肩身が狭そうだ」

「……ああ、そうですね。そっちはそうかもしれませんね」


 まったく。変な気遣いだけは達者なんですから。


「わかりました……でも呼んだらちゃんと来てくださいよ? 紹介もなしに戻るのは絶対にだめです」

「ああ。顔は必ず見せる」


 悠理を残して家へ。魔力探知では男女二人、属性は違っても私との繫がりを感じる魔力があります。元気なようですね。

 深呼吸。足りないのでもう一度大きく深呼吸。細く長く息を吐きだして、拳を振り上げ、軽くドアをノックします。


『はい?』

「夜分遅く失礼します」


 そう言ってから、娘の台詞ではないなと思って苦笑しそうになりました。

 鍵が外れる音がしてからドアが開きました。顔を出したのは中年の女性。面影には微かですが覚えがあります。

 顔を合わせてから、何を言おうか全く考えていなかったことに気づいて。


「あの、私は」



「ララ!」



 けれど、何かを言う前に抱きしめられました。強く、もう離さないようにと。

 この感触。聖女見習いとして旅立つ前に同じことをされたのをついさっきのことのように思い出しました。

 大事な記憶は、どれだけ時が流れても忘れないものなのですね。


「……ただいま、お母さん」



 テーブルを挟んでお父さんとお母さんと向き合います。座ったときはなんとなく距離を感じましたけど、普通に食事をしていてもこういう位置関係でしょうね。

 距離についても、時間があるので当然でしょう。私も感じていたことですし。


「急に戻ってきてしまってごめんなさい」

「そんなこと。また直接顔を見られただけでも十分よ」

「……ああ」


 二人とも、戸惑ってはいますけど困ってはいないというところでしょうか。一安心です。

 ここにいた時間よりもいなかった時間のほうが長いわけですから、家族と思われなくなったのではないかという不安もありました。杞憂だったのは救いです。


「本当はね、ソーマ様がララだってずっとわかってたの。ね、お父さん」

「……ああ」

「でも、大声で言うわけにはいかないし会いに行くこともできないでしょ? だから、話を聞くたびに二人で静かに喜んでたの。ね?」

「……ああ」


 そんなことが。

 でもお父さん、全然喋らないですね。返事も生返事というか。目を合わせてくれませんし。


「もう。なにか言ってあげてください」

「ぐ、ふむ」


 お母さんに背中を叩かれて、お父さんは少しだけ咳き込みました。一瞬病気を疑って魔力探知しましたけど、ちゃんと健康です。

 お父さんはポリポリと頭をかいて、ゆっくりと頭を下げました。


「すまん、ララ。元気でやっていることは知っていたが、聖女ソーマであるおまえはどこか遠い世界の存在のように感じてしまっていた。家を出た頃から見ればこうして成長して変わったが、ちゃんとララ・フリュエットのままでいてくれたんだな」


 あ、そうか。この家にいない時間が長かったということはつまり、二人にとって私は“聖女ソーマ”である時間のほうが長かったということですね。

 その辺りは、悠理を含めた無限色の翼プリズムグラデーション・エールのみんなや魔王様たちが「ララ」と呼んでくれていたから、私のほうの感覚が薄かったのでしょう。今は事情を知った他のみなさんもそう呼んでくれていますし、ソーマという名前のほうが遠い存在です。


「聖女が代替わりしたことは聞いたが、先代聖女としての仕事もあるだろうから帰るのは難しいだろうと思っていたところにこうして帰ってきてくれて。嬉しいのと同時に戸惑っている。おかしな態度でおまえには嫌な思いをさせてしまったかもしれない。本当にすまない」

「……いえ、そんなことはないです」


 首を振って否定しましたけど、なんとなく笑顔がぎこちなくなってしまったことは自分でもわかりました。その理由がどこにあるか考えると……その多くはこのとんでもなく他人行儀な口調でしょう。

 聖女見習いになってからずっと畏まった話し方が普通になっていて……それでは家族らしくないですよね。悠理たちに対してもですけど。それでも私だと言ってくれるとはわかっていますけどね。


「えっと。ごめんなさい、お父さん。ほんとはもっと早く帰ってくるべきだったんだろうけど、その、頭の中を一杯にしてたことがあって」


 聖女をやめることにしたあのときの私は、完全に悠理のことしか考えてなかったですからね。魔法学院を卒業するまで時間はあったわけですから、その間くらいはここで過ごしてもよかったのに。


「本当にごめんなさい、親の気持ちを考えない不孝者な娘で」

「子供はいつか親の元を巣立つものだから、ララはそれがちょっと早かっただけよね」

「そう、だな。早すぎたが」


 いつまでも子供のままではいられないけれど、子供でいられる時間を私はどこかに置いてきて……終わらせてきてしまいました。

 そういえば悠理も同じようなことを言っていましたっけ。あれはある程度無責任でいられる年頃の話だったんでしょうけど、親に叱られて抱きしめられて赦される年月というのが必要なのはたしかだと思います。

 お母さんは微笑んで、少しだけ難しそうに口を開いて、


「それで、これからはここにいられるの?」

「それは……」


 それは、当然の疑問でしょう。聞かれないはずもないし話さないわけにもいかない、これからのこと。

 答えは決まっていますけど、言っていいものかの逡巡はあります。


「……そう。なるほどね」

「…………」


 でも、私の沈黙をもってお母さんは察したようでした。言葉はないですけどお父さんもでしょうか。


「一番辛かったときに私の心を救ってくれた人がいて……それだけじゃなくて命もだけど。私は、その人のそばにいたいって思ってて……だから、ほんとにごめんなさい。せっかく帰ってきたのに、またそばにいられなくて」


 ちょっとだけ、「会いに来たのは間違いだったのかも」と思ってしまいました。絶縁ではないにせよ、それに近いことを言っているのにも等しいですから。今回はいつでも帰ってこられるとしても。

 悠理と両親を秤にかけているつもりはありません。それでもある意味ではそういうことです。

 けれど、お父さんもお母さんもそんな私に微笑んでくれました。


「ララはこれまでずっと人のために生きてきたのだものね。これからは自分のために生きてもいいと思うわ」

「そうだな。ララの幸せは私たちの幸せでもある。それに、さっきの顔を見れば引き止めることはできんさ。いい顔をしている」


 なんの怒りも疑いも憂いもなくそう言い切ってくれる。言葉の通り、私の幸せを願ってくれている。申し訳ないとともに何よりありがたいです。


「でも、たまにはお母さんたちのことも思い出してね?」

「ああ。聖女は辞めても娘であることは辞めさせないからな」

「……お父さん、お母さん、ありがとう」


 感謝の言葉とともに、自然に涙が溢れてきました。

 深い愛と、それをくれる両親。聖女ソーマとしてはもちろん、ララ・フリュエットとしてもこれまで何も孝行はできませんでしたけど。お父さんとお母さんの娘として生まれてくることができてよかったです。



 久しぶりの娘としてのわがまま。その夜はまだこの家にいた頃のように三人で並んで寝ました。意識が微睡みそうになってもずっと話を続けて、お父さんもお母さんもそれを聞いてくれて。完全に眠ってしまうまでこれまでのことをずっと話していました。

 翌朝。



「はじめまして。ユーリ・クアドリと申します。娘さんにはお世話になっています」



 前触れ無く現れて頭を下げた黒髪黒目の青年に、お父さんとお母さんは私のとき以上に驚いた顔をしていました。

 ユーリ・クアドリ。黒髪黒目。青年。今となってはその姿を現実で見ることはありません。リーズの回帰魔法を使っても無理だろうということでした。

 それなのに悠理がその姿でいるのは、エルも使っている姿を変えられる魔道具のおかげです。エルが耳だけそうしているように本来は完全な別人になれるほど変えることはできないそうですけど、複数使用することでカバーしているのと、悠理の場合はこの姿も本当の姿ですからね。ミアさんの力で三度もこの姿になっているのも大きいのでしょう。

 悠理を見たお父さんはその手を取って、


「どうかララをよろしくおねがいします、ユーリさん」


 深く頭を下げました。


「はい。何があってもララのことは守り通します」


 悠理も悠理であらためての決意表明を。思わず顔がほころんでしまうのと、それだけなのかなという微かな不満が。


「男の人はそういうものよ、ララ。大丈夫」


 何がそういうものなのかについて心からは納得したくないですが、お母さんも悠理のことを認めてくれたようです。

 あれこれ話しながら村の出入り口までお父さんとお母さんは見送ってくれて。これで今回の私の帰郷はおしまいですね。名残惜しいですけど。


「わたしたちはここにいるから。いつでも顔を出してね、ララ、ユーリさん」

「いつでも歓迎しよう」

「うん。ありがとう、お父さん、お母さん」

「ええ。必ず」


 何度も振り返って手を振りました。それでも最後には振り向かず、私の歩きたい道……一番帰りたい場所へと胸を張って。

 誰の目もなくなった場所で、悠理は姿変えの魔道具を解除しました。腕を組んで、感心多め、疑問がその半分、あとは疲れと呆れ少々といったところでしょうか。


「……なんかどの親も人間ができているというかなんというか。オレもいつかそうなれるものかな」

「はい?」


 人間ができている?

 たしかに、ニフォレア家もハウライト家もエルシュラナ家もハーシュエス家も、両親はみんないい人たちですよね。でもそれが普通なのでは?


「誰か一人くらい、『キサマなぞに大事な娘はやらん!』って殴りかかってくる人がいるかと思ったんだが。今のところそんなこと無いなって」

「なんですかそれ」

「伝統文化……でもないな。様式美ってやつかな」


 なんの様式と美なのかはわかりませんけど、あまりいい出来事ではないんじゃないですかね、それは。

 というか。


「親になる気があるんですね、悠理」


 そこがなんとなく意外で、それ以上に嬉しいところです。

 悠理は言葉に詰まったような顔はしたものの、ゆっくりと頷きました。


「それこそ具体的な展望も覚悟も持ててはないけどな。人生の先にそれがあるのはわかってるし、いつかはそうなるんだろうって理解はしてる」


 まあそうですね。本来ならレアさんやセラさんくらいの年頃の子供がいてもおかしくないんでしょうし。


「……それに、なんだかんだで全員その気があるんだろうってのはわかったしな」

「……ええまあ、そうですね」


 そこはセラさんのお手柄でしょうか。

 ただ、そのときあの家や私たちの周りがどんな状態になっているのか。それを考えると少しだけ楽しくて、それ以上におかしく思えて笑ってしまいました。



「ああでも、リーズの魔法で若返った姿を見られたら違った悶着があるでしょうね。フレイアさんについてもそうですけど」

「……それはそうかもな」

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