Interlude 料理の道とは
お姉様の魔法についてですけど、実際のところほとんどお教えすることはありませんでした。
「魔力探知や魔法の使い方の話はユーリくんに聞いてたからね。それができるようになったらいろいろわかることもあったから」
ということなのですが……「すごい」という感想だけでは片付けられないというか。
「たぶん、固定観念の問題とかもあるんだと思うよ。あと知識かな。二つの世界のいいとこ取りみたいなさ」
二つの世界の知識。魔法と科学ですか。夢の中でユーリくんの知識を授業の形でいくつか教えてもらいましたけど、たしかに未知の情報でした。それでも全く関係がないわけではないからこそユーリくんも魔法に応用できていると言っていました。
「もちろん、レアたちのほうがずっと先に進んでるのも事実だからね。冒険者として何回かクエストに付き合ってもらえるかな?」
「わかりました」
「はい」
「私もお付き合いします」
お姉様の力になれるなら、なんでもしましょう。お姉様にとってもきっと気を使わずに済むでしょうからね。
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魔法のことに目処がついてしまったとなればこっちが教わる番です。むしろこうなってしまうとこちらが主題ですね。
四人とも髪の毛を布でまとめて、エプロンを着けました。ネレさんが鍛冶作業のときにこんな格好をしていますけど、料理に使ってもいいのでしょうか?
「慣れたら服装はどうでもいいけどね。汚れないようにとか髪の毛が落ちないようにとか、何より集中できるから最初はこうしておくのがいいかなって。コックコートもあるけどこっちのほうが可愛いし何度も着替えなくて済むから」
なるほど。そういう理由ならこういう格好をしておくべきですね。
「っていうか先生役に抜擢されておいてなんだけど、アイリスちゃんとアカネちゃんは料理できるんだよね?」
「学院に入るまでは一通りやってました。レインさんみたいにはできないですけど」
「私も一人暮らしが長いですから、それなりには」
アイリスさんもアカネさんも、共同生活の中で家事の要です。対してわたしは何もできなくて申し訳ないと思うことがたくさん。すこしずつできるようになれるように努力してはいますけど、魔法よりも道は遠いです。
「ユメちゃんは別だったけど、やっぱり貴族って自活能力低いよねぇ。社会構造変わったら生きていけないよ」
フレイアさんも帝都を出た後しばらくは苦労したとおっしゃってましたね。セラもでしたっけ。二人とも家事は半ば諦めていますね。
貴族令嬢が平民の男の人と結ばれて市井で幸せに暮らすという物語を読んだこともありますけど、いざそうなってみるとそう簡単なものではないです。英雄譚もそうですけど、努力の部分は飛ばされるんですね。
「じゃ、始めよっか。と言ってもやることはそんなに多くはないし、料理ってこんな風にキッチンで気合い入れてやるものだけじゃないんだけどね。バーベキューも立派な料理だし、前やった蒸し野菜だってれっきとした料理法だから。ユーリくんもやってみたいって言ってたけど“地獄蒸し”っていうのとかね」
「それ、シャワーを作っていたときもユーくんが言ってた気がします。どんな料理なんですか?」
「レインさんとユーリさんがご存知だということは、前の世界の?」
「うん。地中から出てくる蒸気を受けるかまどが設置してあって、そこに食材を放り込んでおいたら勝手に蒸し上がっちゃうの。と言ってもわたしは使ったことないんだけどね。場所が限られてたから」
なるほど。自然の力を利用した料理ですか。
「それにしても地獄って……すごい名前ですね」
「日本だと温泉が湧いてる場所をそう呼んだりしてたかな。場所によってはそれこそ沸騰したお湯が湧き出てたり有毒な気体が溜まってたりするところもあったからあながち間違ってないのかもね」
温泉。ユーリくんが入りたいと言っていた天然のお風呂ですよね。でもそれも無条件にお風呂として使えるわけではないということですか。だとしても他に利用法があると。
「とまあ、レアとアイリスさんなら似たことができるよね。アカネちゃんも間接的にはできるかな。魔力消費は多くなっちゃうかもだけど」
魔法を使って蒸気を作って、それで蒸すわけですね。結局野営をする機会はなかったですけど、今後あればいいかもしれません。
「食材が良ければそれで塩を振るだけでもいいものができるし身体にはいいんだけどね。みんなが求めてるのはそれじゃないよね」
眼の前には野菜とお肉。これを蒸しても美味しそうですけど、淡白な食事になりそうです。ユーリくんなら笑って食べてくれると思いますけど。
「まずは野菜炒めを基本として、調味料とかソースでバリエーションを出してく感じかな。それだけでもレパートリーは増えるし」
何事も基本を大事に、ですね。
「あとはメシマズ概念とかあったけど……みんな味覚は大丈夫そうだから平気かな」
「「「めしまず?」」」
声が揃ってしまいました。それもお姉様のいた世界の言葉でしょうか。
「余計なことしたりしなかったりで、不味いを通り越して病気になりそうな料理を作る人のことかな。結構いたみたいなんだこれが」
病気になりそうなご飯……どんなのでしょう。毒が入っているようなのとは違うんですよね?
「アイリスちゃんとアカネちゃんは基本はできるだろうから、今回はレアにやってもらいましょうか」
「わかりました」
緊張しますけど、やってみます。
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「案外難しいでしょ?」
「……はい」
ベタベタのフニャフニャですね。このくらいはと思ったし、以前ネレさんとユメさんに教えてもらったときはうまくいったはずなんですが。
「『青菜に塩』……って意味としては違うんだけど言葉そのままでタイミングが難しいのもあるけど、そもそもネレさんの包丁とフライパンが良すぎるし、うちのコンロとリーズさんの作ったコンロじゃ火力が違うからね」
「たしかにそうですね。エクスプロズで料理をしていると特に自分が変わったわけではないのに料理がうまくなった気がしますから」
この中だとお姉様の次に料理をしてきたはずのアカネさんもそう感じるんですね。
「わたしたちの世界だと、『料理は火力が命』ってのがあってね。魔道具ってたぶんこういう貴族の屋敷のは火事にならないように他より出力が低いんだと思う。特にこれ系統のは短時間で一気に熱を通すっていうのが肝心だったから相性良くないんだ。だから失敗しても別におかしくはないんだよ。っていうかわざと失敗させたみたいになっちゃってゴメンね、レア」
「いえ、いい経験になりました」
それでもお姉様ならうまくできるんでしょうね。経験の差というのはすごいです。
「そういう意味じゃほんとに料理は科学なんだよね。でも一番はあれだけどね。『料理は愛情』」
愛情。
「だったら大丈夫だね」
アイリスさんが微笑んでくれます。
「はい。それなら自信があります」
「誰かの勝ちということはないですけど、みんなありますからね」
アカネさんの言うとおり、その辺りは誰が勝ちっていうことはないですよね。だったらララさんが一番ってことになります。そこは否定しませんけど。
それに、それだとわたしは誰にも勝てないことになっちゃいますから。それは悲しすぎます。
「というわけで、基本は煮込みとレシピの伝授が主になるかな。焼き物はまた今度お邪魔したときで」
「レインさんのお料理美味しかったですから、よろしくおねがいします」
「ユーリさんも懐かしいって言ってましたもんね」
そうですね。やっぱりそこはお姉様とユーリくんの故郷の味なわけですから、できる限り覚えて帰りたいです。趣旨が変わっちゃってるような気もしますけどね。
「よろしくおねがいします、お姉様」
「うん。頑張っていこー」




