Leveling ダンジョンに行こう
「……交流戦のことを考えるのも怠いな」
「それは流石に重症すぎない?」
実際、本当に面倒なのだから仕方ない。
オレが転生も何もしていないただの魔法使いだったのならいい経験になったのかもしれないが、魔法剣士な上に前世で飽きるほど剣士とは戦っている。それならたとえ負けるとしても実戦経験を積む機会を他の生徒に譲った方がいいに決まっている。
「こうなれば文句のつけようもない大勝でも目指すか。とすると、二人のレベルアップも兼ねてダンジョンに潜るのもいいかな」
「おおっ、なんか素敵ワードが出てきた!」
「ダンジョンですか……危なくないでしょうか」
「その辺りはちゃんと考えるから安心していい」
ダンジョンは冒険者登録をしたからには一度行っておくべき場所の一つだ。王都近辺にもいくつか点在している。
その多くは閉鎖空間であるため、逃げ場を失い救援も困難な状況を作り出しやすい。それもあってダンジョンには基本的にランクによる侵入制限があるが、それでも初級冒険者でも侵入を許可されているダンジョンはいくつかある。出現する魔物が弱いということがわかっているからだが、今回は魔物を倒すこと自体が目的ではないから充分使えるだろう。
それにこの方法は絶対に真似される心配はないからな。
「放課後にギルドに行って話を聞いてくる。二人は例の訓練をやっていてくれ」
交流戦のことを考える気はしないが、演習場が取りやすくなったのだけは今回の救いではあるな。
/
そんな話をしてからすぐの休日。オレたちはダンジョンの前に立っていた。今回も念の為に姉さんに付き合ってもらっている。
使うのは階層型ダンジョン。“地下迷宮”や“塔”のような多層構造物として現出するものだ。
階層型ダンジョンのいくつかある特徴の一つとして、魔力回復量が高くなることが挙げられる。魔力探知ができれば魔力元素の濃度が通常空間より濃いからだとわかるのだが、冒険者共通の主観として広く認知されている。そのことから「ダンジョン自体が魔力を放つ一種の魔物だ」とか「世界に出現する魔物はもちろん魔力自体の根源がダンジョンだ」とか言われたりもする。
ちなみにこのダンジョンだが、王都自体も四方に平面階層を持つダンジョンだという説があったりする。さらに言えば小規模な魔物の発生地区もそうだと言われることもあるし、この世界自体が一つのダンジョンなのではないかというぶっ飛んだ仮説まである。
つまり、ダンジョンがそもそもなんなのかについては推測だけで何もわかっていないというのが実状だ。
「迷宮型ダンジョンに充満する魔力元素の濃度は階層が進むほど濃くなる。場所によっては地上の一〇倍以上だ。ただ、質はいいとは言えない。魔物のものとほとんど同質だからな。二人の今の状態で下層に行くと数分で深刻な魔力酔いを起こす可能性が高い」
薬も過ぎれば毒となる。人体に必要不可欠な酸素ですら濃度が濃くなれば中毒症状を起こすのに似ているかもしれない。
「出現する魔物の強さもあるけど、一攫千金を目指す冒険者が倒れちゃうことが結構起こってるんだよ。ランク制限があるのもそれでの面が結構大きいね。保有魔力量が増えれば自分の魔力に対して回復する魔力の割合が少なくなっていくし、過剰回復もしにくくなるわけだから」
そういう意味でもパワーレベリングでランクを上げるのは危険だし、ギルド側でも試験を設けてランクアップにある程度制限をかけているのだ。
「対処法はある。取り込んだ傍からひたすら吐き出していくことだ。今回はオレがブーストで中級以上と同程度まで濃度を上げるが、魔力酔いも魔力切れも起こさないように調整するから問題はない。好きに魔法を使いまくってくれ」
おそらくこれだけで劇的に魔力の放出力と量が上昇するはずだ。当然、脱出後の魔力抜きは必要だが。
「ダンジョンってそんなに敵がいるの?」
「別にぶっ放す先が魔物だろうと壁だろうと何でもいい。精密に当てることも魔力効率も考える必要はない」
「壁にですか?」
「ダンジョンの壁はそう簡単に壊れないからね。魔法の試し打ちにも使われることも結構あるんだよ」
姉さんの言うとおりだ。場所によっては無敵ではないので限度はあるが。
「じゃあ、わたしはみんなを守る防壁を張ればいいのかな?」
「いや、討ち漏らしの処理だけ気を付けてくれればいいかな。他の魔力調整も防御も移動補助も索敵もまとめてオレが全部やるよ。姉さんのレベルアップも見込めるだろうし。もっとも、アタッカーが三人なら防御が必要だとは思えないけど」
攻撃は最大の防御。常時全方向斉射をしながら進軍するようなものだ。相手に反撃をする余裕があるとは思えない。
「じゃあ行こうか。まずは人のいない層まで一気に潜ろう」
/
前方で火炎弾が絶え間なく爆発し、後方では水の流れがあらゆるものを押し流している。決して威力が高いとは言えないにしても、ここまでやってもびくともしないダンジョンの壁の強固さに驚く限りだ。
「コレすっごく気持ちいいー!」
セラが叫びたくなる気持ちもわかる。ダンジョンを駆け抜けながらこれだけ好き放題魔法を撃ちまくることができればそれは爽快だろう。
対してレアはキルレートが低い。最初のクエストから感じていたことだが、やはり乱戦になると弱点として露呈してしまう。
開始時点で階層は五層を超えている。一撃で沈むような敵は最初からいない。
「レアちゃん。大きさよりも密度を上げて、思い切りぶつけるようなイメージで撃ってみて」
「わかりました。やってみます」
攻撃魔法として使いやすいのは火と土くらいで、他の属性は使い方を考えなければダメージを与えることはできない。低ランクの水魔法は相手を押し飛ばして壁や地面にでもぶつける方が現実的だ。姉さんも今回はそういう方法で魔物を倒している。
対して、セラのやり方は焼夷手榴弾を投げまくっているようなもの。乱戦は彼女の一人舞台だな。
で、中央のオレはというと。
探知、誘引、方向指示、行動補助、防壁の取捨選択、ブーストの調整と三人の魔力の管理、魔石と運良く残った素材の回収、余剰魔力の放出。
やることが多い。細かいアシストは無理だ。
結構キツイなこれ。オレも状況把握と適正対処選択のいい訓練になりそうだ。
/
「いやー、なんだかやりきった感があるね」
「うん。わたしもまだ成長の余地があるってことがわかってよかったよ」
「ある意味、あれがユーリくんの境地なんでしょうか」
結局、五層分潜って一気に帰ってきた。セラとレアと姉さんが撃った魔法の合計数は五桁を超えるかもしれない。
三人は渡したマナポーションを飲み終えたようだし、あとは戻って魔石や素材を買い取ってもらうだけだ。
で。
例によってギルドに戻ってアカネさんの前に大盛りの売却素材を出したところ、
「あの。初級ダンジョンに魔法を無限に乱射する魔物が発生しているという報告があったんですが……」
これもなんだか慣れてきたな。
今度アカネさんのストレス解消に付き合ったほうがいいだろう。できる限り早めに。