第五十四章 それぞれの旅、及び移動手段の考察
たとえ大きな敵が姿を隠していたとしても、それを必死であぶり出したりとか隠れ家を知るためのネットワークを築いたりする気とかは当面ない。それももちろん大事だけれど、何より日々を穏やかに過ごすことがオレたちの共通の願いだ。
なので、それぞれやるべきことをやることにした。結果、最初の行動の面子はいろいろ分かれることになったわけだが。
「それでは行ってきます、みなさん」
「こっちはまかせてね、ユーくん」
「がんばってきますね、ユーリさん」
まずはレア組とティアさん組。レアは実家への帰省とレインさんの魔法講師。姉さんが付き添ってくれるのと、アカネちゃんもレインさんから料理を学ぶために同行するらしい。自分の帰省はまた今度にするのだとか。
「思えばティアリスの実家も久しぶりだよね」
「うん。ユリフィアスを使えないのが残念だけど」
ついでに途中まで空間拡張の魔法鞄を持って帰るティアさんと同道することにするそうだ。その当人は何故か不満そうだったが、そこからさらにエルも付き合うということで機嫌を直していた。二人でここに戻ってくるのを一人旅の最終テストにするらしい。
「お土産期待しててくださいねー」
「エーデにいろいろ持たされそうだよね」
続いてセラとフレイアの帝国組。こちらは皇城への報告と顔見せだということだ。二人ともに「帰してくれるかな?」と不安がっていたのはわかるようなわからないような。帰ってこられなかったとしても前回のようなことではないだろきっと。目を見て言えはしないけど。
「忘れ物はないな」
「ええ」
「楽しみー」
「お世話になりました」
「また来ますネ」
最後に、オレとララとレヴとユメさんとミアさんの組。ステルラとシムラクルムに行ったあと聖国を回ってくる予定だ。要件はまず二人の荷物持ち。それにノゾミとの約束。スタンピード後にできなかったララの共和国訪問。それに結局ちゃんと話をしてないヴァリーへの説明。要件の多さから言ってオレたちが最後に戻ることになるのかな。
「道中の無事を祈っていますね」
「みなさん……どうかお気をつけて」
どこにも行かず残るのはネレとリーズ。ネレに関しては鍛冶を頼んだこともあるので申し訳ない。リーズはやっとヴォルさんとリーナさんに通信魔道具を渡すことを決めたようだし、一度帰郷はしてるわけだからそれでという。ミアさんは残念がってたし、オレも残念だとは思うけどな。
まあ、理由はともあれハーシュエス家へは二人とも付き合ってもらおう。行きたがってたし……行きたがってたよな?
というわけで、オレたちは五人でステルラへの道を歩いていた。
「身体強化で走るのが速いのは確かですけど、自由に使える移動手段は欲しいですね……いえ聖女生活で馬車に慣れたわけではありませんよ? エクスプロズまでも自分の足で来ましたし」
後半は早口だったが、なんの言い訳だろうか。気軽に使える移動手段が欲しいのは誰でも一緒だろうに。
「わたしがドラゴンに戻ればいいんじゃない?」
「いやー、それは速いといえば速いですケド、非常手段カナって気が……」
「そうですね」
レヴの提案にミアさんとユメさんが苦笑する。
ドラゴンが視認されたら大騒ぎってもんじゃないだろうしな。スタンピードのときも魔人のときも、すでに騒動が起きていたから有耶無耶になったんだろうし。うちから帰るときも目的地が人目につかない場所だったからだろうし。
「移動手段となると、ララさんのおっしゃるとおり馬車でしょうか。わたくしの家にもありはしますけれど、馬房も必要ですし気軽に持てるものではありませんね」
生き物を飼うってそれだけで大変だからなぁ。自分の面倒すら見れてないのに無理だ。
「最低限自走式の馬車くらいは今の魔法技術でもあって良さそうなんですけどね。ゴーレムに引かせるとか」
「ウーン、魔力的に難しいんじゃないですかネ」
オレ自身はゴーレムを生成したことがないが、たしかに主に戦闘や短距離の荷物運びにしか使われないようだし、維持魔力はそこそこ要るのかもしれない。
でも単機能程度ならそこまで魔力を浪費することもないと思うのだが……そういう魔道具も誰かが作っているのだろうか? アンナさんとそういう話をしておくべきだったかな。
「悠理の世界にあったような移動手段はどうでしょう?」
「車か。なんとも言い難いけど、いずれ必要にはなるし一般化はするんだろうな」
嫌な思い出があるとはいえ、それまで恩恵自体は受けてきてた。どうあっても使用者の問題だし、道具としての否定はできない。
あるいは、セラに話したような電車。蒸気機関のようなものは現状でもできるだろう。例によって構造はわからないから知恵を絞る必要はあるとは言え、魔道具を使えば燃料の調達を考えなくていいのはこの世界ならではの利点だ。強度も出力もずっと高くなると思う。
実用上の問題は、馬車の速度でも気になる振動か。耐久性と併せてそこも防壁でカバーできるが、そんなものに乗りたいかと聞かれると首を縦には振りにくい。それも魔道具で代用してもいいんだろうけど、継続的に使うならサスペンション用のバネや空気充填できるゴムタイヤの開発が必要かな。
それ以外だと飛行機か。魔法を使えばこれまた垂直離着陸も可能なはずだ。でも今作ってしまうとどう考えても視覚効果がヤバい。遭遇することは少ないが空の魔物もいる。こちらもこの世界での移動手段にはしにくいな。
結局、避けられない最大の問題は魔物の存在なんだよな。街道の舗装ができない理由もそれなわけだし、どう迎撃や突破するかもある。
なんにせよ、魔法の力を借りても形にするのに数年かかるだろうなぁ。なんかもっと手軽にそれほど金もかけず場所も取らずに今ある材料や道具だけでなんとかならないだろうか?
「……やるだけ試してみるか」
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防壁で放射を受けるという移動方法は転生前に考えていたし、当時からやっていた。その発想がどこから来たのかと言えばもちろん“帆船”からだ。
同じ類の移動手段にはヨットがある。さらに小型ならウィンドサーフィンなんてのもあった……と考えを連続させていくと、“カイトサーフィン”なんてものを思い出した。
あれを陸上でやることはできないだろうか? 地面数センチとかを浮いて移動することもできないか?
というわけで、宿泊予定の街について早々に買い物に出た。
まず用意するのはカイト代わりのデカい布。骨組みと合わせて野営用のテントが代用品になってくれた。多少重いが風魔法を使うからどうにでもなる。
続いて、手綱になるロープ。こいつは布ともども強化をかけるので柔軟性重視で。掴み続けるためにはグローブも必要かな。
そして最後にボード代わりの大盾。こいつを探すのが一番難題だったかもしれない。
材料はなんとか揃った。翌日、街から少し離れたところですべての部品を取り出す。
「またあなたはわけのわからないことを……」
ララに呆れられたが、たしかに傍から見れば盛大なお遊びだな。この辺、転生後の年相応の子供の面が出てるんだろうか?
「何事も物は試しだろ」
「それでなにするの?」
レヴが首をかしげるが、見てもらったほうが早い。
布の四隅に骨組みごとロープをくくりつけ、逆側は大盾に固定。やることはそれだけだ。
……凧揚げってどういう歴史だったんだろうな。物自体はそんなに複雑な構造でもなし、この世界でもあって良さそうなものなんだが。電線もないからいい遊びだろうに。
大盾の持ち手に片足を引っ掛け、カイトにゆっくりと風を当てる。まずは単純な凧揚げだ。
遊びと比べれば揚力は強いとは言え、出力を絞ればそれ自体で浮かび上がることはない。だが絞りすぎるとカイト自体が落下してきてしまう。
「調整が難しいな、これ」
完全停滞を使ってオレの位置を固定するか。
「ソモソモ風魔法使いじゃないと無理っぽくないですかネ?」
「進むだけであればユリフィアスさんなら簡単なのでは?」
「悠理だって思いつきが何もかもうまくいくわけではないと思いますけどね」
いろいろ言われてるうちにとりあえず安定した。ユメさんの言うとおり進んでみるか。
「ねえユーリ、一緒に乗っていいのこれ?」
「ああ。落ちないようにはするけどしっかり掴まっててくれるか」
レヴが後ろから抱きついてくる。「しっかり」という言葉の通り、オレの背中とレヴの胸あたりが密着する。
うっ、かわいい系のキャラだと思ってたけどレヴもちゃんと女の子だな……じゃなくて落ち着けユリフィアス・ハーシュエス。
「だいじょぶかな、こんなで?」
「ああ。問題ないと思う」
シートベルトは無いが、防壁はいつでも展開できるようにしておこう。
大盾のサイズ的に定員は三名くらいか。いや、大人なら二人が限界だろうか。
「それじゃ離陸、っと」
カイトに送る風を強くして張力を強める。完全停滞を解除すると、強化と防壁付加した盾が地面を滑り始める。
風をさらに強めて重心を後ろにずらす。前方がわずかに浮いたことで盾の表面が揚力を発生させ、同時にロープを掴む手にオレたちの体重が加わる。
風の強さと角度を随時微調整。地面近くを滑るように移動し、ララたちの周りを大回りで円を描くように回る。
『こう言うとなんですが……もう少し派手なものかと』
『でもホンキでやったらちょっと怖そうですよネ』
『レヴさんも一緒ですし、あまり無理はできないのでは?』
通信魔道具越しに声が届く。言ってくれるな。
「ちょっと限界を試してみるか。レヴ、しっかり掴まってろよ」
「あはは。うん」
ララたちから距離を取る。左方向へのヨーで方向転換し、さらに風を強める。発生した風圧も大盾で捉え、ロープの張力と合わせて一気に高度を上げる。
「わあ……!」
こうなってくるとカイトサーフィンっていうよりモーターパラグライダーとかのほうが近いか。アトラクションじゃなくて完全に移動手段の速度だけどな。
正直、調整は本当に難しい。カイトの翼端はほぼ常時波打っているし、ロープを伝って骨組みからはあまり好ましくない振動が伝わってくる。当たり前だが、方向転換をかけたときの不安定さが顕著だ。どうすれば失敗するのかも破損の可能性もわからないから限界も調べられない。
カイトに送る風の出力を徐々に減らしていき、高度を下げていく。地面についたところで魔法をカットして、身体強化でロープを一気に引き寄せた。
完全に停止したところでレヴが降りる。
「面白かったー」
「ならよかった」
こっちは景色を楽しんでる余裕がなかったが、レヴが楽しかったならそれだけでも意味があったな。
「……それで?」
しかし、近づいてきたララの目は冷ややかだった。時間もとったし当然でしょうね。
「移動手段としては操作が難しいな。遊びでやってもなにか失敗したら危なそうだ」
「そうですね。ユリフィアスさんなら大丈夫でしょうけれど、突風に煽られたりしたら」
「アー、そうだネ。絡まってどっか飛んでっちゃうネー」
「そっかー」
凧が存在しなければ「糸の切れた凧」って言葉も存在しないんだろうけど、そんな状態になるな。
そもそも道具としても大掛かりだよな。片付けるのも苦労するしその辺に置いておくこともできない。運搬できる人数も少ない。
「普通に盾だけでよかったかな」
放射と合わせて地面を滑走できたらそれでいいんだし、スケートボードとかスノーボードみたいにすれば走らなくても済む。個人移動もスノーモービルとかそういう類の構造でいいのかもしれない。車もバイクも自転車も一般的には不整地を走るようには作られてないし。
これまで気にしたことなかったからなあ。学院に通い出す前にボードを作って試しておけばよかったな。
「エート。ともかく、スグにどうこうは無理ってことですかネ」
ミアさんがまとめてくれたけど、そういうことかな。
自走式の馬車については、帰ってからリーズと話してみよう。




