間章 アイリス・ハーシュエスは姉なのか妹なのか
レインノーティア・ファイリーゼさん。ユーくんと同じ別の世界からの転生者で、同郷のお姉さん。つまりわたしとレアちゃんって姉と妹の違いはあれ同じ立場なんだね。
そう考えると、この四人で話をするのって不思議な感じがする。
「ユーくんやレインさんみたいな転生者って他にもいるのかな?」
「どうだろうな。さすがにオレたちだけってことはないと思うけど、転生した理由も意図もわからないからって話はしたよ」
「この世界を変えるためとかではないんでしょうか?」
「だとしてもな。気に入らないからって理由でこの世界を変えちゃうのは駄目じゃないかとも思うし」
そうなのかな。ユーくんとレインさんがいた世界もそんなにいいことばかりじゃなかったみたいだし、この世界もわたしのまだ知らないよくないことはいっぱいあるんだろうと思うんだけど。
「んー。わたしたちがいた世界だとシムラクルム共和国みたいな政治体系が一般的で、王様や女王様はいても王政とか帝政っていうのはほとんどないのね。で、『民主主義が最高だからそっちに改革しよう』みたいな小説もあったりしたんだけど、こうやって王政の下に入ってみると別に問題ないなって」
「むしろシムラクルムは有事はヴォルさん……魔王様が指揮権や絶対議決権を取ることもあるからな。エクムザさんがその権限のすべてを持ってるっていうのが正しいと思う。ただ絶対のものではないからいろいろと面倒でな、これが」
「そうなんですか?」
わたしとしても特に違和感を覚えたことはないね。日常的な影響が特にないってこともあるんだろうけど。
「『船頭多くして船山に登る』って言葉があってな。まあ日本の政治は山に登るどころか徒党がそれぞれ逆向きに漕ぎ合ってるかオールで殴り合ってるみたいな感じだったんだ。シムラクルムが羨ましいよほんとに」
ユーくんがなんとも言えない顔をしてる。ホントに嫌だったってことかな。
「社会主義の破綻もそうだけど、根本的には人間性の問題だよね。でもそれこそ『専制政治の打破を』とか『独裁けしからん』とか『民主主義に改革しよう』なんて叫ぶ人が出てこないから、案外転生者って少ない可能性もあるのかな?」
「かもしれないですね。ある意味究極的な自己責任の個人主義な世界ですから、啓蒙思想家は生きていけないのかもしれないですけど」
「あー、そっかー。野山に分け入って自給自足で生きてけるもんね、この世界は」
うーん。いくつかわからない言葉もあったけど、見る人によってはこの世界はおかしく見えるってことなのかな。でもユーくんやレインさんからはそう見えないってこと。価値観はいろいろだね。
「ただこう……なんの責任も取ってない野郎が未婚の淑女の前でするべきじゃない最低な話するけど心の底から三人ともごめんなさい。流産とか死産もあるわけですから、本当は転生してきた魂っていうのは予想以上に多い可能性もありますよね」
「ああ……そうねー」
「……そうですね。それも避けられない話ではありますよね」
「うん」
ユーくんが謝るのもわかるようなあんまりいい話題じゃないけど……そうだね。みんな無事に生まれてこられるわけじゃないし。大人になれるわけでもない。そういう意味じゃこの世界はシビアだって魔法を教わり始めたときに聞いた覚えがある。
「そういえばさ。ホントはユーリくんもわたしと同い年のはずだったんだよね」
「え? そうなんですか?」
「向こうから来た時期はほとんど変わらないみたいだからな。もちろん、誤差がどう出るかはわからないけど」
そうなんだ。じゃあ、ユーくんはホントは一歳年上だったかもしれないんだ。
それにわたしとも関係はなくて、一生出会わなかったかもしれないのかな。
……やだな。うん、絶対イヤだよそんなの。
「でもそれだとわたしたちのほとんどは今ここにいませんよね、きっと。お姉様もわたしも魔人のせいで死んでいたかもしれませんし」
「あはは。ムチャクチャだけどこういう人生軸で救われた人が多すぎるから困っちゃうよね。話を聞くにアイリスちゃんもだし。今回のことだとレアの言ったとおりファイリーゼ家や領民の多くもね。ただまあ、パラレルな時間軸でもなんだかんだユーリくんは人助けしてるんだろうね、ユーリ・クアドリやユリフィアス・ハーシュエスじゃなくても」
そっか。違う出会い方だったかもしれないのかな。それこそ物語の王子様みたいな。
でも、ユーくんは深刻そうな顔をしてる。
「……どうでしょうね。魔法の存在は当然知ったでしょうし、知識を活かすこともできたと思います。でもきっとユーリ・クアドリだった頃と同じ段階で詰まっていたはずです。ネレやリーズとの出会いも無いですから、十字属性のまま行き詰まって戻れもしなくなってるでしょう。今回のことを解決するのは不可能ですね」
それもどうだろ。夢の中で戦った感じでは、水魔法使いとしてユーくんに認めてもらってるわたしたちでもぜんぜん通用する気がしなかったけど。今のほうが強いっていうところは否定しないけどね。
「ユーくん、魔人のこと知ってたよね。転生する前にも戦ったことがあるからでしょ? それでこうしてるってことは全部倒してきたってことだよね」
「まあそうだな。魔人についても、知ってたっていうかある意味名付けたのはオレだし」
「「「え」」」
それは考えなかった。
でもそうだよね。魔力探知が使えないと、あれが魔物と同じような存在だったり魔族とは違うなんてわからないものね。
「もちろんそれ以前にもいたんだろうけどな。フレイアを置き去りにしたパーティーのリーダーがなったのがオレが初めて戦った魔人だ。リーズと知り合ったときに瞬殺したのが三回目か」
そうなんだ。フレイアさんが言ってたことの補完が思いがけずできちゃった感じ。
「でも少なくともそんなに前から魔人っていたんですね」
「うーん、あるいはそれが魔族忌避に繋がってるとか? うちの領でもあれを魔族だと思ってる人結構いたし。ちゃんと否定はしといたけど」
可能性はあるかも。ユーくんが名前をつけるまでそうは呼ばれてなかったんだろうし、ミアや他の魔族の人たちと知り合ってなかったらわたしもそう思ってたかもしれない。
「それからも数度戦ったけど、どいつも元は人間だった。でもそう言っても信じられるかはわからないし真っ当な情報とは言えない。レインさんの推測は当たってるかもしれないですね」
そういえば、リーデライト殿下に言ってたっけ。「魔人化できるのは人間だけだ」って。それが表面化してもしなくても良くないとも。
「うーん、この話やめよっか。あんまりしてて楽しい話でもないもんね」
「ですね」
そうだね。ともかく、今後の主要な敵の一つになるんだろうなってくらいかな。
「わたしが魔人のことを出してしまったからですね。えーと、ユーリくんがお姉様と同じ年齢だったかもしれないというお話でしたよね」
「そうだね。それでなんか思ったんだけど、ユーリくんがホントはアイリスちゃんのお兄ちゃんとか双子のきょうだいだった可能性って無い?」
ユーくんが? お兄ちゃん? 双子?
「なるほど。ユリフィアス・ハーシュエスとして転生したのは偶然かタイミングの問題かどっちなのかなと思ってましたけど、必然として収束された可能性もあるのか」
そっか。九羽鳥悠理さんがユリフィアス・ハーシュエスになるはずだったのなら、そういうこともあるのかも。
「って、それはそれでなんか作為を感じて嫌ですよね。レインさんとオレを転生させた存在やシステムみたいなものが存在するってことになりそうですし」
あ、それもそうだね。運命だったとしても、偶然とか奇跡がくれた運命だったほうがいいね。
「そうだねぇ。あるいはこう、ホントはユーリくんの転生先がアイリスちゃんだったとか?」
「……はい?」
わたしがユーくんの転生先?
「でも、性別が違いますよね? ユーくんももともと男の人ですし」
「転生なんてぶっ飛んだ話が起きてるんだからそういうこともあるかもなって……あ、ごめん、アイリスちゃんの存在を否定するわけじゃないんだよ。ってうわ、そういうこと言ったも同然か。ほんとごめん」
「いえ」
そこまでは思ってなかったけど……ユーくんが女の子だったかもって考えたらちょっと不思議な感じかも。
「それはそれで同族嫌悪ならぬ自己忌避が起こるだろうから、姉さんがオレのことを嫌いに思ってるような……」
「うーん、そんなことないと思うよ?」
「わたしもそう思います。アイリスさんがユーリくんを嫌ってるところなんて想像もできないです」
うん、レアちゃんの言うとおり。そんなことないとは思うけど……たとえユーくんがわたしのことを嫌いになったとしても、わたしはユーくんを嫌いになんてならないから。
「あはは。弟に優しい姉って都市伝説だったよね」
「それこそそこまで含めて一つのネタだったのかもしれないですけどね」
うん? “都市伝説”ってなんだろ? 噂みたいなものかな?
「ユメのところも仲いいし、セラちゃんのところもエーデルシュタイン様はツァルトハイト様のお姉ちゃんで仲良かったよね」
「そうだな。王国もだし、仲の悪い兄弟姉妹って今のところ見たことないな」
だね。家族仲が悪い家も身近にはいないし、いいことだよ。ダヴァゴンとかザレクストみたいな家がどうだったのかはわからないけど。
「えーと。ごめんね、レア」
「もう大丈夫ですから」
あ、レアちゃんのところはわざとそうやってたんだっけ。でも今はちゃんと仲いいから大丈夫だよね。
「でも、ユーくんがお兄ちゃんも面白いかもね。アカネさんにとってはお兄さんだったんだろうし」
「……お兄さんだといいな。子供にとって二十歳はおじさんだったりするから」
「うぐっ、ユーリくんそれわたしにも大ダメージ」
「レインさん今若いでしょうが」
「気分の問題!」
「それこそ気分で年食ってると思ったらやばいですよ」
「わかってるけどさぁ! うわー、中身四十じゃんヤダー! 誰かこの記憶消してー!」
「あはは」
「ふふ」
ユーくんとレインさんのやり取りを見て、レアちゃんと二人で笑う。
たしかにユーくんの中身は歳上で、本当はお兄さんなんだと思う。けど、不思議と年相応みたいな顔も持ってる。だからわたしの弟だよね。それでわたしはお姉ちゃんだね。うん、そこは譲れないかな。




