間章 レインノーティア・ファイリーゼの異世界クッキング
「どうも。いつも連絡もなしですみません」
王立学院の卒業式が終わって数日後。お父様のお仕事の手伝いを終えてお茶を飲んでいたら、ユリフィアスくんがやってきた。
「やあユリフィアスくん、いらっしゃい。君であればいつでも歓迎するよ」
「そうそう。それに気軽にアポが取れる世界じゃないからね。そこは仕方ないかな」
手紙であれこれってのもね。それ自体も信用性がないといけないし、郵便システム自体がないし。郵便システムがあっても科学世界人としてはどうなのってのもあるけど。
「それで、どうしたの? なにかあった?」
「いえ、転生前の仲間と合流したのでレインノーティアさんとお互いに紹介しあうタイミングかなと」
「あー、そうだねぇ」
そういうのあったっけ。卒業したんだから当然そうなってるよね。レアが帰ってこなくてお父様泣いてたけど。
ともかく、こうして来てくれたんだからこっちが優先かな。顔合わせを済ませておけばうちに来てもらうこともできるだろうし。
「よし、それじゃあお願いしようかな。行ってきますね、お父様」
「できれば私も挨拶と娘たちのことをお願いしたいところだけれど、予定的に今回は厳しいかな。落ち着いたらまた観光にでも来てもらえるかな?」
「必ず。こちらもそういえばなんですけど、レインノーティアさんってジェットコースターとか大丈夫なタイプでしたか?」
え?
/
ジェットコースターが嫌いな知り合いはそこそこいたけど、わたしは特にそんなことなかった。得意ってほどでもなかったけどね。
とは言っても大学卒業してからは行ってる暇もなかったしそもそも転生してるわけで、三半規管ダメ人間になってた可能性はある。だから意味はわからないけど想定と覚悟はしてた。王都からうちまで走ってきたってレアも言ってたし。
でもこれジェットコースターじゃないじゃん。戦闘機じゃん。頭の中でなんか変なBGM流れたよ。フライトシューティングか映画だったかは忘れたけど。
ていうか、火山の七合目くらいに楽園があるとかほんとファンタジー。ユリフィアスくんマジ主人公。うらやま。
……でもまあ、お姫様抱っこで運ばれても何もなかったのは「やっぱこの線はないんだな」ってわかったからいっか。わたしの王子様はどこですかねぇ? いや王子様だとファイリーゼ家が無くなるから駄目か。
なーんて半分目を回しながら考えてたら、コテージみたいな家の前でレアが待っていた。
「お姉様、お久しぶりです……というのも変ですし、『よくお越しに』というのも変ですよね」
「そだね。まあ、変ってほどではないけど」
レアにとってはもうここが帰る家なのかなと思うと、感慨深いのと寂しいのとあるけどね。幸せならいいよ。でもたまには家族水入らずでとも思う。浪費しちゃった時間の分もね。
二人に招き入れられて家の中へ。そこにはたくさんの女の人とか女の子が……マジユリフィアスくんハーレム王。
でも、ここにもうひとり男の子を押し込んでも「なんか違うな」ってなるような気がする。というかなんか類友を呼びそうな予感がしたりしなかったり。
っていうか、
「たしか聖女様ですよね? 姿絵を拝見したことしかありませんけど」
「はい。少し前まで聖女ソーマと呼ばれていました。ララ・フリュエットです。はじめまして」
頭を下げられたから慌てて下げ返したけど、どういう繋がり?
あ、聖女様の隊列のど真ん中に転移したって言ってたっけ。その繋がりか。なんという豪運。完全に勇者案件じゃん。
でも運だけじゃないよね。発端がそれだとしてもその後の振る舞いもあるわけだし。転生してきた頃のこと考えると聖女様っていうか幼女様だろうし……おっとっと。
「えーと、みなさまあらためて。ララ様もそうだけどユリフィアスくんとセラちゃん以外ははじめましてかな。レインノーティア・ファイリーゼです。レアの姉をやらせてもらってます」
もう一度頭を下げると、みんな同じようにしてくれる。いい子たちだね。ユリフィアスくんが信じる気持ちがよくわかる。
ただ、セラちゃんがなんだか困惑した顔をしてる。なぜ?
「レインノーティアさんそんなキャラでしたっけ? 初めて会ったときはレアの言うとおり『お姉様』って感じだったと思うんですけど。上流貴族の令嬢的な」
あ、そっか。全部バラそうと思ったから取り繕ってなかった。でもいいよね。
「いや、わたしも転生者だからさ。こっちが元々みたいな?」
その瞬間、空気が凍りついた。当たり前か。
「……悠理」
「偶然です」
ララ様がユリフィアスくんをジト目で睨んでるけど、実際偶然だからね。刀持ってなかったら完全にスルーだっただろうし。
「『会わせたい人がいる』ってなんでレインノーティアさんがと思ったらそういうことかっ! なにこれ逆に私第二皇女とか調子乗ってる凡人じゃん!」
「セラは十分特別だと思いますけど……」
セラちゃんが吠えてレアが宥めてる。
って、第二皇女!?
「そっちもどういうこと!?」
「セラさんはシュベルトクラフト帝国の第二皇女です。それにこちらのリーズはシムラクルム共和国の魔王女なんですよ」
ララ様がいろいろ説明してくれる。ありがたいでございます。
ほー、聖女様に帝国皇女に共和国王女かぁ。
「ニフォレア・ティトリーズです……はじめまして……レインノーティアさん」
「いえいえこちらこそご丁寧に」
ペコリと頭を下げられてこれはどーもどーも。
「じゃないよ! ユリフィアスくんの人生どうなってんの!?」
「「「「「「「「「「「「「それについては同意見です」」」」」」」」」」」」」
わたしの叫びにはユリフィアスくん以外の十三人全員が同意してくれた。ああ、みんな同意見なんだ。わたしが異常じゃないんだ。そこはよかった。
「たゆまぬ努力の結果……とか言えたら良かったんでしょうけどね」
ほんとそれなら良かったよ。チートじゃんチート。運命チート。
と言っても、魔法やララ様のこと同様ユリフィアスくん自身の努力がゼロなわけじゃないんだろうけどね。チートに見えるとしたらそれだけ頑張ったってこと。ほんと魔法とそれに付随するもの以外は特別なことなにもないものこの世界。
そんなこんなで全員自己紹介を終えて、愛称呼びを許可しあって。いやレヴさんにはさすがに卒倒しそうになったけどね。魔物は当然としてこの世界にはドラゴンもいるって話は聞いてたから、「そういうこともあるのかも」で済ませられたけど。自分から会いに行ったって話だし、これはユーリくん……当時はユーリ・クアドリくんの行動力と努力だよね。
「何もかもが必然じゃないしそれは嫌だよね。それでもやっぱり何かよくわからない“力”みたいなのはあるのかな……」
「よくわからない力?」
「運命とか?」
おそらく段違いに長生きしてるエルさんとレヴさんが首を傾げる。世界の根源に近い彼女たちならあるいはなにか感じ取れるのかもしれないと思うけど、そんな都合のいいことはないよね。
「そういうのはわからないけど。ほら、『ユリフィアス』の愛称が『ユーリ』で元々『悠理』じゃない? 『雨音』って英語で『レインノート』だから」
「……ああ、そういえば」
ユーリくんが納得したような顔をした。わたし一人なら偶然だけど、二人となるとね。
三人目がどうかによるのかな。名付け自体は親がしてるわけだから奇跡的な一致の可能性が高くはあるけどね。
まあ、それとこの状況とは別ですけども。
「それでだなエル、ティアさん。レヴも。こうして異世界人が二人いるわけだけど、精霊の反応はどうなのかなって。正直それが一番気になる」
「ああ、そういうことかぁ。どんな感じかな? 火精霊、水精霊、風精霊、土精霊」
「水精霊。どう?」
「だって。どうかな精霊たち」
うん? えーと? 精霊は異世界人だとなにか感じるの?
「うーん。『何が違うって明言はできないけどなんとなくわかってきた』ってみんな言ってるかな」
「同じく。ユリフィアスはエルフェヴィア姉の風精霊がべったり。レインノーティアさんは水精霊たちが興味を持ってる」
「二人についてない精霊たちもおんなじ感じかな。ユーリとレインについてはティアの言った感じ」
へー、精霊が周りにいるのかー。かわいいのかなー。見てみたいなー。
ウンディーネと、たぶんサラマンダーとシルフィードとノームだよね。エルさんだけ愛称をつけてるみたいだけど。
「まだ曖昧か。さすがにサンプル数二だと少ないかな。今後異世界人を識別する必要に駆られることがあるかもしれないと思ったけど難しそうだな」
「やっぱり、同郷の人は恋しいものでしょうね……」
「いや、レインさんもそうだけどこの世界に適応して静かに暮らしたいって人もいるだろうし、こっちから積極的に関わろうとは思わないよ。ただ、おそらくそうじゃない人もいるだろうからな」
アカネさんがちょっとしょんぼりしたけど、それはユーリくんが即座に否定した。望郷とかは特に無いみたいだもんね、お互い。
そういえば「この世界に害を為すならもう一回転生させる」みたいなこと言ってたけど、そっちか。
「ユーリさんの知識だけで……かなり魔道具の機能は増えましたし……進みましたから……」
「悠理やレインさんが持っているような情報が変な方向に使われることもあるかもしれませんからね」
ああ、そういうことね。そっか。魔力探知とか非詠唱魔法行使は別として、レアの使ってたウォータージェットカッターはユーリくんの科学知識だよね。刀もそうだし。技術は技術、原子力と核兵器みたいにどう使うかは人それぞれか。
「ユーリ君は魔法方面が強いですけど、レインさんは前世の知識ってどう活かしてるんですか?」
「わたし? そうだなぁ。ユーリくんと同じような科学知識とか雑学知識もいろいろあるけど、基本は料理とか?」
セラちゃんの質問に答えた瞬間、数人の目が光った気がした。そりゃそうか。「まず胃袋から掴め」とも言うし。
「興味ある人もいるみたいだし、せっかくだからレインノーティアさんの異世界クッキングでもやっちゃおうか」
/
とは言え、この世界で日本食を作るのは不可能じゃないにせよとてつもなく苦労する。まず調味料が存在しないからね。
出汁類は骨とか干し肉かキノコからしか取れない。キノコも毒キノコとの選別があったりとかであんまり使い勝手よくないんだよね。魔力の影響か美味しいのはとんでもなく美味しかったりするんだけど。
「米みたいなのも大豆みたいなのもあるから酢も醤油も味噌も作れるはずなんだけど、どれも発酵調味料なんだよね。魚醤もだけど。人間にとって都合のいいのが発酵で都合の悪いのが腐敗らしいし、試すのは結構勇気いるんだよねぇ。当たり前だけど発酵食品自体がないわけじゃないんだけどさ」
「衛生管理なんかも極限まではできませんからね。酒はそれ自体が消毒要素にはなりますけど」
そうなんだよね。加熱しても死なない細菌もいっぱいいるらしいし、日本の衛生管理がどれだけ厳密で面倒だったか思い知るよ。
今スープベースとして作れるコンソメとかブイヨンだって、その保存はどうするのっていう。冷蔵魔道具も限度があるし。
「魔法を使えばスプレードライとかフリーズドライは再現できるとは思うんですけど」
「お、その案いただいていいかな。とりあえず菌床栽培とかして干し椎茸的なものの生産は進めててそのうち特産にできるかなとは思ってるけど、顆粒出汁は欲しいよねー」
お父様と話はするし通じなくもないけど、やっぱり同郷だといろいろ考えられていいねー。
「……ユーリ君とレインさんが何言ってるのかさっぱりわかんない」
「ウーン、科学知識なのカナ」
「食品の乾燥の話だっけ? ユーくんが魔法使いだって教えてくれたあとにそんなこと言ってた気がするけど」
「そのあたりの話は……転生前に少しだけ……聞いた覚えがあります」
みんなそれぞれ思うことはあるみたいだけど、やっぱり隔たりはあるよね。冷蔵庫とかコンロとかはあるけど、洗濯機とか衣類食品問わず乾燥機みたいなのはないし。
「というか、お姉様こんなにお料理できたんですね。知りませんでした」
「手付きもいいですね。教わりたいくらいです」
レアとネレさんに褒められちゃった。あはは。
「まあねー。社畜やってると料理くらいしか生産性のあるものとか趣味がなくて変なことに凝りだすものだから」
最終盤はそれすらやってる余裕はなかったし、やったとしてもほとんど棄てることになっちゃってたけど。この世界でやり始めた当初は勘が狂いまくっちゃってて酷いものだったよ。お父様にはだいぶ試食係をやってもらったっけ。
「えーと。シャチク? とは?」
ティアちゃんが首を傾げる。そっか、この言葉はこの世界にはないか。いいことだね。そういう勤め人自体はいるんだろうけど。
「仕事だけやってて家に帰れない、じゃなくて帰してもらえないしまともに寝させてももらえない人のことだよ。年度末なんかは貴族の仕事でもそういう傾向はあるけど、それがずーっと一年中毎日休みなく続くの。安月給で」
そう言った瞬間、全員の表情が死んだ。当たり前だけど。
「奴隷は……いなかったのでは?」
ララさんが頭の痛そうな顔をしてユーリくんを見た。ある意味聖女もそれっぽかったのかな。忙しそうだもんね。
「奴隷制度みたいなのは完全に無くなった世界なんだけどね。それでも人を使い潰すのには割と慣れてたんじゃないかな。って言うかたぶん奴隷よりもひどいよね」
「法とか人の目とかをどう逃れるのかに重きを置いていたようなところがあるからな。それでいて、いかに物事を先延ばしにするかとか責任を押し付けるかとか仕事をやっているように見せて長く職場にいるかとか有能な人間の足を引っ張るかとか告発者を排斥するかとか。是正する法律も機関もあったけど機能してたのかはよくわからない。とは言え、レインさんと違ってオレはまだその世界に足を踏み入れてはなかったから穿ち過ぎかもしれないですけど」
「いやいや。客観のほうが正しいことなんていくらでもあるし、ユーリくんのそれは正しいよきっと」
逆に、中にいるとわかんないことも結構あるからね。“普通”ってのがどんなのかもわかんないし。今思えばそれもあったんだろうね。狙ってやってたのかはわかんないけど。
「なんだろなー。夢の中だとすごい世界に見えたのに、聞けば聞くほどひどい世界にイメージが崩れてくの……それ自体は皇城でも見たことある光景だけどさ。一年中て」
セラちゃんがものすごくゲンナリした顔をしてる。そっか、うちみたいな優良貴族でこれなら、王族とかそれに類するとこだともっとか。規模も違うだろうし。
「お姉様……苦労してこられたんですね」
「ギルドも仕事量は多いですけど、さすがにそこまでではないですね……」
「両士団も仕事は多かったけど、真面目にやってれば休憩もできるしちゃんと休みはあったからなぁ。殿下方の尽力が大きかったんだろうけどさ」
「ユリフィアスさんもレインノーティアさんも、今が幸せそうなので良かったですが……」
あはは。わたしたちはイヤな側面見た方だからね。お互いにこれからどうなるかわかんないけど。
少なくともユーリくんは今後確実に修羅場連チャンだろうし。そこは甲斐性だよね。
「また料理ができるようになっただけでもわりと嬉しいかな。あ、そうだ。圧力鍋とかって造れないかな。煮込みやってると時々欲しくなるんだよね。時短するに越したことないし」
「圧力鍋……どんな構造でしたっけ。単に密閉するだけじゃ駄目ですよね」
「あー、空気弁か。そこが一番の鬼門だよね」
「イヤそもそもアツリョク鍋ってナニ?」
そっか、みんなにはそこから説明しないと駄目だね。
「完全に密閉することで水を水蒸気にして体積を増やして圧力を上げることで水の温度を普通より上げて、それを利用して食品を短時間で調理できるっていう鍋だね。数時間かかるような煮込み料理が三十分で出来ちゃったりとか。食材がすっごく柔らかくなるんだよ」
「気圧と沸騰温度の話については登ってくるときにしましたよね。あの逆です。自然状態だとほぼありえない状況ですけど、作り出すことはできますから」
あ、そんな話したんだ。でも外はともかくここは空気が薄いって気がしないから高山病とかになることはないのかな。リーズさんの魔道具の力すごい。
「アレ、蒸気抜きが危険だとか聞いた覚えがありますけど。あとば……爆発するとか」
「爆発するの!?」
「内側の圧力が上がりすぎるとね。水が蒸発すると体積が千倍以上になるから。水蒸気爆発って言って、ここ火山だし溶岩に水系魔法使えば見ることはできると思うよ」
「せんばい……科学世界は。単位が大きい」
セラちゃんが目を白黒させてティアちゃんが放心してる。
ただ、ユーリくんが言いたかった「ば」の先が違うことだっていうのはわかる。でもこの世界ではそれはないでしょ、当分。
「密閉自体は……鍋を防壁で包めば……簡単かと……ただ……圧力をかけたときにどうなるか……」
「それならむしろもっと圧力をかけられそうだな。とは言え加熱し続ければ内気圧は尋常じゃなく上がってくわけだから、やっぱり蒸気をどう抜くかか」
ふむふむ。魔法で違うアプローチができるとは言え、一朝一夕とは行かないよね。
「いまさら遅いけど、物の構造とかもっと興味持っとくべきだよね」
「ですね。オレもこの世界に来て心底そう思いました。気になったらすぐ調べられたのも功罪両方あったってことでしょうけど」
いかに科学の恩恵を享受してたかだよね。冒険者稼業もそうだけど、この世界に来て人間の自力ってのを思い知らされた感じ。そういう意味じゃそれを再現しちゃう魔道具師もすごいと思うけどね。リーズさんは特に。
それに、ユーリくんの知識から刀を作っちゃったネレさんもか。
「でも、フライパンがあるだけでできることだいぶ広がるよ」
「それはユーリさんの要望で作りました。便利ですよね」
ネレさん鍛冶師だっけ。こういうのも作るんだ。
「わたしも試しに職人さんに作ってもらったんだけどさ。加熱ムラが出たりすぐに穴開いたりであんまり良くなかったんだよね。耐用レベルだと結局持ち手のついた鉄板になっちゃった」
「薄く作るとどうしても弱くなりますからね。加熱ムラもそうですが素材の不均一性でしょう。私も魔力探知がなければ作れなかったと思います」
ふーむ。魔力探知か。そういえばユーリくん開発だっけ。
「魔力探知もそうだけど、わたしもいろいろ魔法教えてもらっていい? 最低限自衛はしたいし、もろもろ役に立つだろうし」
「構いませんよ。と言いたいところですけど、水魔法使いのレインさんには適役がいるじゃないですか」
適役?
あ、そっか。
「レア、お願いできる?」
「はいっ!」
いい先生ならそばにいるよね。すれ違っちゃったぶんの家族の時間もあらためて持てるし。
代わりにわたしは料理を教えればいいよね。これ以上の対価はないはず。
「っと、こんなところかな」
ありあわせ……って言うには材料の種類が多かったけど、組み合わせでできることとできないことはある。時間の制約もあるし。
チーズ風味のシチュー、パエリア、トマトラグー、生野菜と温野菜盛り合わせ。それが相当量。この人数だと食費がとんでもないことになりそうだね。
それにしてもこの世界、味とか食感に差はあるけどほぼ変わらない食品があるのはラッキーだった。残念ながらまだ本格的な和食は作れてないけどね。次に披露するときは何かそれらしいもの作りたいな。
「うまーい!」
「おいしいですお姉様!」
「すごい、レインさん」
「ええ。すばらしいです」
「これは。筆舌に尽くしがたい」
「レインさんとユーリさん元の世界でこんなの食べられてたの? ズルいナー」
「やはり最低でもこのくらいはッ……!」
「うーん、そうだね。火精霊たちも食べられたらなぁ」
「これも才能ですね。すごいです」
「うん。いい。すごくいいよレイン!」
「道具さえあれば……これよりも……なるほど……」
「このおいしい味を再現できるようにがんばらないと」
「これだけ手が込んでるものをササッと作れちゃうのすごいよね。量も」
好評っぽいね。よしよし。で、転生仲間の方は。
「なんていうかこう、ゆっくりお腹に溜まる感じって懐かしいです」
満足してくれてるみたい。良かった良かった。
「あー、そうだね。ジャンクじゃないけどカロリードーンみたいなとこあるよね」
最初慣れなかったなぁ、毎晩フルコースみたいなの。そっちは貴族だからとして、お残しする文化みたいなのはホントだめだった。元日本人だから特にかな。
でもどうせなら次はカレーとかラーメンを出してみたいね。味噌汁と違って材料的には無理じゃないだろうし。
「それにしても海産物が少ないですよね、この世界。環境的にはオーストラリアとかが近そうですし、内陸と海岸が遠いのはわかるんですけど、海の魚とか食いたいなと思うことはありますね」
「あれ、ユーリくんその辺は調べなかったの? この世界の海はダンジョンとほぼおんなじらしくてね、海産物取ろうとするのって結構無謀らしいよ」
「ああ、そうなんですか。海辺の街も行きましたけどさすがに『タコとかイカ食わないんですか?』とか聞けませんでしたからね」
あはは、デビルフィッシュね。お寿司とかが馴染んできてたからもう忌避感なかったんじゃないかと思うけど。
「でもダンジョンと同じなのか。だとすればいるのはメガロドンとかクラーケンとかなんですかね」
「サメ映画にイカ映画かな? まあでもいつかはなんとかしたいよね。鰹節は無理でも昆布出汁は欲しいし。調味料も」
「ですね」
せっかくご飯があるんだから味噌汁は欲しいし。そうでなくてもお吸い物ね。
「海の食べ物ですか。悠理とレインさんの世界では一般的だったのですか?」
「日本は聖国くらいの面積で四方を海に囲まれてたからね。文化的にも海の食品が多かったかな」
あー、思い浮かべると食べたくなってくるね。刺し身、お寿司、秋刀魚の塩焼きに鯖味噌に鮭のムニエル。サメはフカヒレ、イカはソーメンにスルメにゲソ。おにぎりも海苔がないと完成とは言えないし、練り製品とかも海の魚がないとだめなのか。鰹節昆布煎子。結構日本食の根源だったんだなぁ。
あ、まずいヨダレが。
「お姉様もこんな顔なさるんですね」
「なんだろね。ニホンって不自由なんだか自由なんだか」
自由を確保するのにも不自由を受け入れないといけないからね。生きたいように生きることが正しいわけでもないし。それはこの世界も同じだけど。
でも、この世界に来られてよかったよ。お母様を救うことはできなかったけど、幸せを願ってもらったその娘としてここで顔を上げて生きていくんだ、わたしは。
/
ララさんに「同郷人で話すこともあるでしょう?」って二人きりにしてもらったけど、初めてうちに来たときにそれなりに話はしたよね。
「これ、ありがとね。わたしが貰っちゃっていいのかなって思うけど」
「いろいろと連絡を取ることもあるでしょうし、レアとアイルードさんのこともありますからね」
そっか。これを使えばお父様もレアと話せるのか。リーズさんやっぱりすごいなあ。地球の技術もっと教えてほしいって言ってたし、今度ネタ帳作って渡してみよ。
「ほんとにいい人たちと知り合えたよね、ユーリくんは」
「そうですね。でも手料理食べてて思いましたけどね。オレもレインさんみたいに人を幸せにできたら良かったのにって」
って、なにやらダメージ受けてたんだ。あの場では気を使ってっていやいや。
「ユーリくんは十分人を幸せにできてると思うけど? ここにいるみんなそうでしょ」
これだけ人が集まってきてるんだし、そこは誇っていいと思うんだけどな。女の子ばっかりなのは人によっては絶許ポイントだろうけど。
「いえ、そのことについてはもう疑いませんよ。ただなんていうかこう、レインさんは誰もが笑顔になれることをできるわけじゃないですか。学院でのクラスメートとの付き合い方にしろ、オレはどうあっても人を選んでるなって。どっちにしろ考え方が傲慢だとは思うんですけど」
んー、そっか。死なない技術って日本じゃ必要なかったもんね。仕事にもならないだろうし。魔物や犯罪者の脅威があるとはいえこの世界でも必須ってわけじゃないもんね。力自体がどこに向くかもわかんないし。
「でも今回、ユーリくんの前世の繋がりと地球での知識が世界を救ったところもあるじゃない。わたしなんか何もできなかったしさ」
魔人が世界中に溢れたあの日、世界が滅んでた可能性もあった。それを防いだのは紛れもなく今隣りにいる彼だ。そしてそれを誇りもしない。レアもだけどね。
「みんなを幸せにすることなんてできないよ。幸せになる価値のない人だっているだろうし、ってこれはこれで傲慢なのかな」
「オレもそう思ってる節はありますけど、どうなんでしょうね」
正直、みんなを幸せにできるともしたいとも思ってないな。悪人なんていくらでもいるんだろうし。
善人でも、ユーリくんが今抱えてる人数でもわたしには荷が重いよ。貴族に転生した身として領民のことは考えてるけど、個々人のことまではたぶん無理。不幸にしたくないとは思ってるけど。
「責任として重いのはわたしの方のはずなんだけどね。究極的に言えばユーリくんはここに引きこもってもいいわけだし」
「いろいろと約束もありますからそれは無理ですよ」
笑われちゃったけど、それも一つの選択肢だと思う。
地球にいたころ、漠然と「社会がいい方向に向いてないな」っていう感覚はあった。この世界でもそういう場所はあるけど、それに関わって神経すり減らしてほしくないと思うから。
そういう意味では転移してきたユーリくんは自由っちゃ自由だったと思うけど、本質的にはなんの後ろ盾もなかったわけで。
「もしわたしが転移の方だったらどうしてたのかなぁ」
ユーリくんみたいにアマネ・アラクサとして放り出されたとして、生きてこられたかな。なんとかかんとか冒険者としてでも生きてこられたかな。
「料理人とかどうです? あれだけできるなら生計として成り立つと思いますけど」
「それもいいかもね。移動販売とか」
苦労はあるだろうけど、それも楽しそうかな。
「運命……って言っていいのかわからないけど、どうなるかわからないね」
「ですね。案外呆気なく命を落とす可能性もあるのかもしれませんし」
そうだね。今回わたしもそうだったかもしれない。
あ、やば。震えてきた。「怪獣映画かホラー映画かよふざけんなよ」なんて思ってたけど、そっか。現実なんだ。
「……うん。間接的にでもちゃんと悠理くんはわたしを助けてくれたから。誇って。わたしみたいな人はいっぱいいるんだから」
「ありがとうございます、雨音さん」
お互いの名前を呼び合って、やっと彼は笑ってくれた。
そうだね。助けた人がいっぱいいてこうやって慕われてるからって、超人ってわけじゃないんだもんね。レアもそうだけど、今度はみんなが彼を助けてあげられるといいね。




