間章 フレイア・ワーラックスの名推理
引っ越しの荷物は空間収納魔法でユーリが全員分持ってきてくれてたけど、現状だとみんなが一部屋持って好きに使えるわけでもない。よって整理は先送り。増築も自分たちでやるのかどこかに建ててもらったものを移築するのか検討になった。
というわけで私が何をしているのかと言うと、リーズさんとじっと見つめ合ってた。ユーリとセラちゃん同伴で。
「炎の魔質……火とはまったく違いますね……熱も……」
「うん。セラちゃんは両立できてるのに私はダメなんだよね」
「むしろ私が両立できてるのが謎なんですが。上げる方はともかく下げる方は氷の分野ですよね」
「ええ……と……」
セラちゃんが困ったように言うと、リーズさんも困った顔に。そっか、魔法博士みたいだからって何でもわかるわけじゃないよね。
となると出番は当然。
「推測でしかないけど、火自体もある意味熱だからじゃないかな。セラは広義化でフレイアは上位とかそういう感じなんだろ。そもそも氷は水の形態の一つだからな。熱とは別じゃないか」
「ほーん、なるほどねー」
ちなみに話してる相手は王族なんだけど、同じ年齢っていうことでそんな気を使わなくていいっていうことに……同い歳かぁ……全然そう見えないけど……それ言ったらレヴさんとエルさんはずっと年上だけど。
ていうか年下の両殿下に接してたからいまさらなんだけどね。
うう、歳の話は嫌だ。私の頭の中だけの話だけど。
「そう言えばさ。若返りの件ってどうなった?」
ユーリぃー。ある意味タイミングは良すぎるほどいいんだけど、今はやめて欲しかったぁー。でも大事だから聞くぅー。
「そうですね……退行自体はできるんですが……」
うぅー。そっか、なんだかんだで完成自体はしてないんだぁ。そりゃ難しいよねぇ。
「魔力量が目減りするのは仕方ないんじゃないか?」
「できれば……保持できるようにしたいと……十年を一日で埋めるようなこともできませんし……」
うーん、魔力量減るのかあ。それはちょっと問題な気もする。リーズさんの言うとおりいきなり今の状態まで増やせないもんね。魔質進化した直後からだとたぶん倍じゃ利かないし。
「その若返りってのについては初耳なんですけど、記憶とかは大丈夫なんです?」
あ、そっちもあるか。セラちゃんの懸念がそこかわからないけど、ユーリのこと忘れちゃったら意味ないよね。
「そっちについてはここに実例がいるだろ」
「はい……転生術式に記憶保持は組み込みましたから……それを使えば問題は無いです」
なるほど。言われてみればそうだ。
「魔質が戻っちゃったりとかは」
「あ、そっちもそうだね。ミアさんの見せてくれた夢の中で戻ったときは火になってたし」
「それは……可能性がありますね……ですから……それ以前に戻るのは……控えておいた方が良いかと」
とすると、戻れて十六か七? なら十分かな。年齢差はユーリの転生前と逆になっちゃうけど、何年か経ったらもう一回やればいいだけだよね。
「まあ、もう一回成長し直しでもいいけどね。誰かさんが言ったみたいに成長期を取り戻せるならそれでいいだろうし」
その勘違いもいつ解けるんだろ。ていうか、十代後半は成長期って言えるんでしょうか……いやあくまで魔力の話ね身体的なアレじゃなくてね。
と頭の中でいろいろ思ってたんだけど、ユーリはなんか複雑そうな顔をしてた。
「……さすがに今のオレならフレイアがどうして身体年齢を退行させたいのか理解できるわ。でもそこまでして戻るのもそれはそれで問題ありそうだろ。解決する方法があるなら考えるに越したことはない」
ん? 理由がわかる?
あれ? ちゃんとわかってるの? なんで?
待ってそれはそれで恥ずかしい!
「……おうおうなんだこの空気はよう」
セラちゃんまでなんか言ってるしー!
「それはまたの機会にな。そういえば、完全回復状態でマナポーションを飲むことで多少なりとも魔力が増える方法があったよな」
「うげ」
「なんかそれ、ユーリ君が死にかけた話のうちの一つじゃなかったっけ?」
「はい……非常に危険です……」
魔力量増えればなんでもいいってもんじゃないよ。さすがにそこまでの覚悟はないし。
「そうじゃなくてだな。ストックした魔力結晶をもう一度取り込むことで総量を上げることはできないか? マナポーションは親和性と代謝の問題があるけど、自分の魔力結晶なら……やってみればいいだけか」
ユーリが空間収納から魔力結晶を取り出して……っていや待った待った。
「手法は聞いてたけどどんだけ作り溜めてたのこれ!?」
「ときどき男子寮からとんでもない魔力反応が出てたとは思ってたけど! スタンピードのときに使ったのもこれかっ!」
「さすがに……これは……」
どう表現すればいいのこれ。ユーリ何人分かとか? 少なくとも人体のサイズ的には五人分くらいは出てきたけど。
ていうか絶対まだ溜め込んでるでしょ。
「自然回復分の魔力がもったいないのと効率上げられないかなと思ってたらこんなことになってただけだ」
こんなことになってただけってそんな簡単に。
そう言いながらユーリは隠蔽を解いていくつか魔力結晶を手に取って、魔力を流す。還元された魔力をブーストで自分に取り込んでいく。
ていうか、これが成功するとまたユーリの魔力量が増えるわけだけど。ホントどうなりたいの。
「で、どうなのユーリ君」
「……わからん。違和感がないことしかわからん。漏出魔力もさして増えてないよな?」
「そう見えます……ですが……魔力を定量的に測る方法がないですから……それでも……違和感がないのであれば……やってみる価値は」
リーズさんも同じように魔力結晶を取り出し全く同じことを。っていうかリーズさんもリーズさんで溜め込んでるなぁ。
魔力結晶の作成か。これって魔力の質とかもわかるのかな? きれいだよね、二人の魔力結晶。
「わずかですが……魔力の濃度や純度は……上がっているような気がします……気のせいだと言われると否定できませんけど……」
「増やしすぎたが故の不明瞭化か。ままならないなあ」
大浴場くらいの魔力があったらコップ一杯増えてもわかんないもんね。
うーん。魔力の増やし方かあ。
魔力ねぇ。
「そういえばちょっと気になってたことがあるんだけどさ。リーズさんがいるところで頭を休めると思って聞いてほしいんだけど」
「ああ」
「……はい」
「私に理解できるかわかんないですけど、はい」
ユーリとリーズさんとセラちゃんが私を見て頭を縦に振る。
「十字属性は相克属性が干渉して魔力が目減りするって言ってたじゃない?」
「言ったな」
「ユーリ君が転生することにした問題の一つですよね?」
「はい……そうですね」
ユーリにとっては重要な問題で事実だったんだろうけど、ずっと気になってたんだよね。
「その魔力の相互消滅? って、三叉槍なら絶対起きてないとおかしいよね? そんなこと言ってる人いなかったんだけど」
水は火を消す。土は水を吸い尽くす。その逆もあるけど一般的にはその二つかな。それって十字属性は関係ないよね。
「……言われてみればそうだな」
「たしかに……そうですね……」
「ほんとだ」
みんないまさら気づいた顔してる。私も書類の溜め過ぎで徹夜仕事してて追い詰められて余計なこと考えてたからだったけど。
「じゃあなんでだ?」
「そりゃ他の魔法使いがザコだからとか……あ、ネレリーナさんって火と土だっけ。そこは除いて」
「火と土は……対面位置ですから……」
「でも火が土を溶融させて液体にすることもあるからな。すぐそこに実例もある」
うん。まあいろいろと思うところはあるけど。考えがなかったらこんなこと話さない。
「ほら、ユーリって考え事するときに魔力ぐるぐるさせる癖があるじゃない? アレのせいじゃないの? それで魔力が混ざり合って減ったり使いにくくなったりしてたんじゃ?」
「え? ……そんな癖あるのか、オレ?」
あれ、無自覚? 意識してやってると思ってたんだけど。
「あるよね?」
「うーん、意識したことないですね」
「そういう傾向は……あった……でしょうか?」
あれれ、セラちゃんもリーズさんも知らなかったの? 気づいてたの私だけ?
パーティー組んでたときにクエストのためにいろいろ考えることが多かったからかな。みんなの知らないユーリを知ってるってちょっと嬉しいかも。
「ものは試しだよね。なんか考えてみてよユーリ君、今日の夜ご飯とか」
「ん? んー」
おー、やってるやってる。
「ほんとだ。やってますね」
「なるほど……言われてじっくり視ると……よくわかります」
魔力探知を教えてもらってから魔法使いや魔法士とは山ほど対面したけど、こういう癖の人は一人か二人いるくらいだったかな。そういう人にしてもこんな竜巻みたいな魔力の動かし方はしてなかったからね。いや、昔はもう少し穏やかだったけど。
「えーと。魔力が減るのはユーリ君特有の問題だったってことかな」
「それと……あまりにも属性混合をさせすぎたのもあるのかもしれませんね……ユーリさんはそういう魔法使いでしたから」
なるほどね。三叉槍も三属性使えるってくらいで常にまぜこぜの魔法使ってるわけじゃないもんね。それだって全部を体内でやってるわけでもないし。
「マジか……」
ユーリはそれこそ椅子から崩れ落ちそうなくらい項垂れた。
「『無くて七癖』とは言ったが……そんなことしててそれが理由だったのか……じゃあ別に十字属性が悪いってわけじゃないじゃないか……」
うわ、とんでもなく落ち込んてる。この話するべきじゃなかったかな。
でも、ユーリが属性混合向いてないっていうのは事実なのかな。それはそれで残念な事実だろうけど。
「でも、魔力が混じっちゃうの自体は結局は正しいわけだよね? ユーリ君がそういう結果になるのが早かったってだけで」
「そう……ですね……出会った頃にはすでに……その傾向はありましたから……魔法を使い始めて二年も経たずですよね」
リーズさんと出会ったのって私と別れたあとだっけ。パーティー組んでたときはどうだったかな。
「そうだな……間違ってはないよな……いや待てよ。そうすることが魔力に影響を与えるなら」
また魔力をぎゅんぎゅん回しながらユーリはもう一度魔力結晶を取り出して、ってやっぱりとんでもない量作ってるし! 溜め込みすぎ!
「リーズ。分析を頼む」
さっきとほとんど同じ行程。ただ今度は魔力を制御して回転させてる。同時に体内魔力も同じように。
その流れを身体の中と外で繋げるようにして、排出と吸収を交互・同時ってやりながら、たぶん意識を周囲まで伸ばして周囲の魔力自体を均一化させてる。
最後に、吸い込むように全部の魔力を吸収した。身体はぼんやりと輝いてる気がする。
「今度は実感がある。使える魔力が明確に増えてる」
「はい……使った魔力結晶と同量とまでは言いませんが……明らかにさっきとは違います」
一回だけ全力に近いものを見たけど、あれ程ではないまでも「魔力が活性化してる」と言えばいいのかな。漏出魔力は一目で違いがわかるくらいに増えてる。
「あとはこれが恒久的かどうかか。使い切って戻るか試すか、それとも安静にして経過を見るか」
「いやいや。そのまま魔法使わずにいて、明日使い切ってみれば良くない? レア辺りは心配しそうではあるけど」
「そうですね……それがいいと思います……せっかくですから……サンプルは多いほうがいいですね」
とか言いながらリーズさんも自分で試してるし。自分で試すのがわかりやすいからもあるだろうけど、たぶんこれユーリだけにやらせたくないからだろうね。
私も魔力結晶作っときゃよかったかなと思うけど、二人みたいに隠せないからね。成功するにしろ無理にしろ今日からやろっと。
「……ていうかユーリ君は何になりたいの? レヴさん?」
ほんとにね。もう転生前の魔力量なんてとっくに超えてるんだろうし。
「さすがにドラゴンの領域に辿り着けるとは思えないけどな。でも力があるからってレヴに全部押し付けて平然としてる奴になる気がないのは転生前から共通してる」
「そこは徹底してるよねぇユーリ君は」
「はい……レヴさんからも……よく聞いています」
「眠ってりゃ不幸にならなかったところを叩き起こしたクズにはなりたくないし汚いものが見えるのが当然だとも言わせたくもないからな。キレイなものだけ見ててくれと言うつもりもないけど。結局はオレのエゴだな」
そうかな。でもそういう面はあるのかもね。
ただ、レヴさんだってきっと頼ってほしいとは思ってると思う。友達としてもだけどたまには切り札的な立ち位置としてもね。って言っても、今回もそうだけどレヴさんが切り札になるって相当やばい状況ではあるんだよね。それはそれでまずい。
ともかく、これで見た目の問題が解決できるなら万々歳かな。道のりはもうちょっとありそうだけどね。何かに使えるだろうし、魔力結晶作り気合い入れていこー。




