間章 ネレリーナ・グレイクレイも怒ってます
今日の鍛冶作業を終えたあと、風牙を膝に乗せてユーリさんと向き合っていました。なんだか疲れ切っているのが気になりますが。
「それでユーリさ……あ」
風牙を鞘から抜いてみようとしましたけど、無理でした。そういえばリーズさんが封印をかけてくれていたんでしたね。これももう解除してもらってもいいのでしょうか。
あらためてユーリさんに抜いてもらいましたが、曲がりも欠けも刃こぼれもありません。龍鱗を提供してくれたレヴさんのおかげですね。いえ、わざわざ剥いだわけではなくて生え変わりのときの物をいただいただけですけど。
何より、魔人と対峙したときの話を聞くにユーリさんの使い方も大きいんでしょうけどね。大切に扱ってくださっているみたいですし。
ですが。
「……ユーリさん。一つはっきりさせておきたいことがあります」
「はい」
こちらがじっと見つめたからかユーリさんも神妙な顔を。思わずぶちまけたくなったこともありますけどそれはまたの機会にとこらえて、
「刀とご自分の命とどっちが大切なんですか!?」
思いっきり叫びました。魂の限り。
何をおいてもそれです。ララさんから聞きましたけど、風牙が折れるのを気にして手を止めるなんて本末転倒です!
「選べるもんでもないけど、どっちかって言うとネレの作ってくれた刀?」
即答。わたしのつくった、かたな。
いえ、はっきり言ってこれ以上なく嬉しいです。でも変な意味で複雑です。
「同列どころか上に扱ってくださるのはありがたいような申し訳ないような感じですが、さすがに比率が狂っていませんか?」
「そうか? オレの芯みたいなものでもあるけど、それ以前にネレの魂が込められてるだろ。それを折るのは問題外だ。そもそもオレは割と物に愛着持つ方だからなぁ。これとか」
そう言うとユーリさんは鍛冶場の片隅の山……リーズさんのところに行く前に積み上げていった空間収納魔法の中身の山から、ボロボロの剣を拾ってきました。ほんとに他に表現しようのない“ボロボロの剣”というか、どこかで見ましたねこういうの。
「えーと、それは?」
「転生してから最初に買った剣。なんとなく捨てられなくてさ」
破片全部は拾いきれなかったけど、と続きました。ああ、初めて会ったときに魔力強化で砕いた剣ですね、この既視感は。
そういえば、転生前に私の打った剣を折ったときも“悪いことをした子犬”みたいなしょんぼりしたような申し訳ないような顔をしてましたね。鍛冶師としてはそれはそれで冥利に尽きますけど。
「だからって武器を守って死んだら意味がないでしょう。そのための武器なのに」
「まあそうだけどさ。店売りならともかく、風牙を失うっていうのはその先に死があるんじゃないか?」
それはそうかもしれません。でも自分と引き換えに敵を倒せたなら、風牙自身も本望だと思います。そうでなくても守って折れたなら。
代わりにユーリさんが死んだら……どうなるんでしょうね。それこそ多くの人にとって地獄なのはたしかだとして。
「ともかく、風牙よりもっとずっと強い刀を打たなければいけませんね」
「……前々から聞こうと思ってたんだけど、ネレさんはオレに何を斬らせたいの?」
何を斬るか。
運命とかでしょうか? 悪縁についてはそうして欲しくはありますけど、ちょっとバカっぽいですかね。
「立ちふさがるものすべてですかね。真打……銘はまだ決めていませんけど、求められるものがさらに上がりました」
「いや、別にハードルを上げなくとも」
「そうですね……最低限、魔力を込めて振ったら魔力斬ではなく風閃が飛んでいくくらいを目指さないと」
「いやいやネレさんや。それはやりすぎでは?」
多層構造にして鞘ごと刀にする感じにすれば行けるでしょうか。風閃はさすがに私には使えませんでしたけど、使用者のユーリさんも帰ってきたわけですし。
「ユーリさんが宇宙に捨てなければならなかった魔人くらいなら、触れるだけで細切れになるようにしなければ」
「おい待てどんな剣だよ。もう呪いだろそれは。物理法則と一ミリも噛み合ってない」
フレイアさんやセラさんの剣も打たないといけないですし、やることは山積みですね。
「まったく、職人気質は変わらずか。あんまり根を詰めるなよ?」
「大丈夫です。むしろやる気は最高潮ですから」
やっと私の勇者様が帰ってきたのですからね。それに、やることは鍛冶だけじゃありません。
さあ。剣も刀も恋も、ネレリーナ・グレイクレイの勝負はここからです。




