間章 ニフォレア・ティトリーズ最後の挨拶
どうやら話が終わったようで、各々がバラバラに動き始めました。
通信魔道具に魔力を込めて、その中の二人に繋ぎます。
「ユーリさん……ララさん……解呪をしようと思います」
『ん、了解』
『わかりました』
ついに訪れた機会。何よりも先にやらなければならなかったこと。それを今すぐやりましょう。
ユーリさんの抱える「問題」は周知されていないそうですから、早く解決して説明したほうが良いと思います。レリミアは知っているそうですしアカネさんには通信魔道具を通じて事情は説明しましたけど、他の人も苦しい思いをしているはずですから。
「あ……ユーリさん……付与装備や空間収納魔法を使っているのなら……できるだけ解除してきてください」
『わかった。悪いネレ、ちょっと場所を借りるな』
ネレさんの鍛冶場にいるのなら、場所も大丈夫ですし時間はかかりませんね。
予想通り、程なくしてドアが叩かれました。
『リーズ、来たぞー』
「どうぞ」
「お招きどうも」
「お邪魔しますね、リーズ」
工房の戸を開けて二人が入ってきます。すでにテーブルを脇にどけて向き合えるようにしてあります。
わたしのお茶は……魔力を帯びている可能性があるので今はやめておきましょう。
「そういえばリーズ。魔人騒動のときは顔を合わせたのが一瞬だったから渡しそびれたけど」
ユーリさんが服のポケットから取り出したのは魔力結晶ネックレス。みなさんと同じものですね。
「これは……受け取れません……そうです……“まだ”……色欲封じを解呪してからです」
ことさら“まだ”を強調してしまいましたけど、本当は。
「わかった」
ユーリさんはどけたテーブルにネックレスを置きました。けれど、それはきっと。
いえ。いまさらどうこう考えても仕方ないですし、今は色欲封じの解除が最優先です。
「では……見させてもらいます」
「頼む」
ユーリさんはこの領域に入ってきたときからほぼすべての魔法を解いてくれています。王都では色々展開してましたね。そんなことさえなんだか懐かしく感じてしまいます。
魔力詳細探知。術式把握。
初めて見たときの虹のような五色の光ではもうないですけど、透明でいて強い緑色の魔力。その奥に変わらない眩い光があります。それを少しずつ選り分けるようにして、ユーリさん自身の深い部分を見極めます。
「想像通り……転生魔法自体はすでに行使を完了して消失しています……色欲封じは……少しだけ魂と結びついてはいる感じですが……解除は問題なさそうです」
よかったです。これでユーリさんの魂に異常や欠損でも起きたら責任を取ることすらできないところでした。
「なら、単純な解呪や付与解除で十分でしょうか?」
ララさんの質問に頷きを返します。
「わかりにくいですし味気もないですから、詠唱の真似事でもしてみましょうか」
そう言ってララさんはユーリさんと手を繋ぎました。儀式めいているのは当然ですね。
「哀れなこの者を鎖の縛りから解き放ち給え。解呪・付与解除」
ララさんとユーリさんの身体が輝き、その光が抜けるように散っていきます。詳細探知は続けていましたから、色欲封じの術式が消えるのはわかりました。
それにしても、「哀れ」ですか。そうですね。被害者ですし。
「どうですか……ユーリさん」
「ん、うん」
「手っ取り早くこうしましょうか」
繋いだままだった手をララさんは一瞬彷徨わせて……自分の頬に持っていきました。ユーリさんの手に触れられて、少しずつ顔が赤くなっていきます。
ユーリさんの方も、ララさんの反応を見てというのが大きいのでしょうけど同じように顔を赤くしていますし、魔力が乱れているのがわかります。
色欲封じは解けましたね。これで二人は想いを繋げることができます。他のみなさんも。
心残りはないです。いえ、ありますけど、それを言う資格はわたしにはありませんね。
「……ありがとうございました……ユーリさん」
……あなたが大好きでした。
七大罪封印術式。まずは嫉妬、傲慢。憤怒、怠惰もでしょうか。意義はともかく暴食と強欲も一応。何より強く、色欲の封印。魂の奥まで刻み込んでララさんにも解呪できないような深いものを。そして十五年相当の単純な時間回帰で記憶消去。ずっと考えていたので構築はほぼ一瞬。
その邪魔法をすべて起動しようとして、
「こら」
ユーリさんから魔弾が飛んできて頭にぶつかりました。
責めるような表情のまま、魔弾魔弾魔弾魔弾。ダメージは無いですが、頭を小突かれ続けている気分にはなれます。
「ユ……ユーリさん……何を……っ……」
思わず魔法の発動を止めてしまいました。動揺のしすぎでしばらく再構成は無理そうです。
最後に一つ、指を弾く仕草とともに魔力斬が飛んできて額にぶつかりました。デコピンってやつですね。
「なんか変なことしようとしてただろ。転生のときに混ざってたような気がする術式は色欲封じか? それに似たのも六つ。それと回帰結晶を使ったときと同じような感じがしたぞ」
さすがユーリさん。たぶん明確な解析だけではないんでしょうけど、的確な術式把握です。
「……まったく。リーズ、何をしようとしたのか察せますが、あなたの口からちゃんと教えて下さい」
ララさんに真正面から見つめられて、ユーリさんに困った顔をされて。これで話さないわけには行かないでしょうね。
「七大罪それぞれの永久封印を……それと……ユーリさんと出会ってからの記憶をすべて……消そうと」
「なんでそんなことをわざわざ……」
「何をしようとしているんですか貴女は……」
正直に告白したら、二人とも呆れ返ってしまいました。けれど、ずっと必要だと思っていて、色欲封じの副作用の話を聞いたときにもう決めていましたから。いえ、本当は転生術式に色欲封じを潜ませたときから覚悟だけはしていました。
「わたしの勝手で……ユーリさんに迷惑をかけてしまいましたから……その責任を取らないと……」
泣きたい気持ちでいっぱいですけど、涙をこぼす資格も権利もないです。
そんなわたしにユーリさんとララさんはお互いに顔を見合わせて、やっぱり困ったように笑いました。
「ごめんなさい……いくら謝っても赦されないと……わかってはいます……わたしが無限色の翼に相応しくないのも」
「何を。赦すも赦さないもないですし、相応しくないなんてこともないですよ」
「そうそう。リーズはさ、あれこれ気にし過ぎなんだよ。オレもよく言われるけど。ほら」
そんなわたしにユーリさんは、無理矢理気味に魔力結晶ネックレスをつけてくれました。転生前に感じていた魔力とは違いますけど、暖かさは変わりません。
「いつもオレのおかしすぎる無茶振りに応えてくれてたリーズの小さなわがままだろ。そのくらいかわいいものだし、逆に自分を出してくれて嬉しいよ。だよな、ララ」
「そうですね。もちろん文句もありますけど些細なことです。リーズにもそういうところがあったのだという方が安心しました。応えられるかどうかはわかりませんけど、もっとわがままを言ってくれていいんです。仲間ですし、友達じゃないですか。それにそんなことしても……いえ、そんなことをしてしまえばそれこそユーリからも私たちからも逃げられませんよ?」
「まあ責任は感じるだろうな。見捨てもしないし。嫌がっても地の果てまで追っちゃうぞ」
「だそうですよリーズ?」
ユーリさんに見えないように、ララさんは自分の魔力結晶ネックレスを手で示しました。
わたしたちの協定。それと誓い。
そうですね。そちらのほうが大事ですし、できることならわたしだって。
それにしても、「地の果てまで追ってくる」ですか。みなさんやりそうですね。簡単に想像できて笑ってしまいそうです。
そう思ったら、ユーリさんがため息を吐きました。
「て、言うかだな。リーズには逆に感謝してるんだオレは」
「「?」」
心底困ったように頭をかくユーリさんに、ララさんと二人で首を傾げます。
感謝。この流れだと色欲封じに対してでしょうか? 何故?
「なんて言えばいいのか。例えば、ヴォルさんとリーズに血の繋がりがなかったとしてさ」
「……はい」
想像力は魔法使いの武器です。ありえないことでも想像すれば現実になります。いえ、これは現実にはなりませんけども。想像ならできます。
「そのヴォルさんに抱きしめられて『君が生まれてきてくれてよかった』って言われたとしたら心臓止まるだろ」
「……うっ」
それは……きっとドキドキしますね。絶対に。お父様の声真似をしたユーリさんでしたから、二人が二重に重なってちょっとなんと言えばいいのか難しい感じでしたけど。
「それをこう、転生したせいで乳児期とか幼児期を経てきたわけで。赤ん坊だからこその母さんによる保育というか看護というか介護というか。それに家族だからってずっとペタペタくっついて来ちゃう姉さんとか、子供の身体に二十歳超えた精神構造でやられてるオレの気持ちと言えばさ。血は繋がってるしその実感もあったけど魂としては他人だし。さらに言うとそれが嫌なわけじゃないから余計にというか。うおお乳幼児期の記憶がめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた!」
乳幼児期。ああ。
わたしには子育ての経験はないですけど、人のものを見たことはあるのでわかります。自意識のある状態であれを受けるのは恥ずかしいでしょうね。
「だから助かったよ、色欲封じをかけてくれてて。おかげで平静でいられたのもあるからさ」
なるほど。悪いことばかり考えていましたけど、ユーリさんにとって意味はあったんですね。
「わたしのわがまま……ユーリさんの……役に立ったんですね?」
「ああ。ありがとう、リー」
「ゆ う り」
ゴバッ、と。そんな音が出るほどの魔力が放出された気がしました。部屋が歪んだような気さえします。
出処はララさんです。
「あ、ああ、ララ。忘れてた。ララも解呪してくれて」
「いまさら おれい とか どうでも いい です あなた は てんせい して そんな こと を かんがえて たのしく いきて きたん です ねえ ?」
「「ひいっ……!?」」
ユーリさんと抱き合って一緒に悲鳴を上げてしまいました。
ら、ララさんの目。瞳孔が開ききっています。無意識の魔力強化も、やりすぎでパリパリパチパチと雷と火花が。髪も逆巻いて。さらに、周囲の光が吸い込まれて黒い靄のようなものが。それでいて口元は笑っています。
「ち、違う! そういう気持ちになっただろうってだけで考えてない! 色欲封じがあったんだから!」
ユーリさんは必死で否定していますが、わたしにはわかります。いえ、誰でもわかります。
ユーリさんの言葉は心からのものです。でもララさんにはまったくこれっぽっちも届いていない。届いたとしても受け入れる気は一切ない。
「なにをいってもおなじことですこのおろかものもういちどしになさいてんせいさせてあげますから」
「ここはオレに任せて逃げろリーズ!」
「は……はいっ……!」
わたしとユーリさんは……後にも先にもその日その瞬間だけ、ララさんが闇魔法を。いえ、“神聖暗黒魔法”とでも呼べそうなものを使うところを見た気がしたのでした。
ごめんなさい、ユーリさん。心の底から謝罪します。そして庇っていただいて本当にありがとうございました。
それと。わたしを赦してくれてありがとうございます、お二人とも。
大好きです。




