第五十二章 勇者と聖女
今日は朝から穏やかな日でした。昼食を摂り終わってうつらうつらできる程度には。
「……リブラキシオムでのイベントの話は聞いていましたけど、見られないのが残念ですね」
あるいは探知がそこまで届けば直接ではなくてもその場にいる気にはなれるのでしょうかね。さすがにそれはもう人の域ではないと思いますけど。
「神はすべてを見ている、ですか……人の営みに干渉しなくとも」
本当に神罰があるのなら、この世界はどんな世界になっているのでしょうね。罰が下るのはどんな人なのか。あるいは、神によって送り込まれた悠理の所業が神罰代行だとか、なんて。そんな馬鹿な。
もしそうだとしたら、そんな役目は取り上げてみんなでどこかでのんびり暮らしたいものです。当人は落ち着かないでしょうけどね、ふふ。
ぼんやりした頭で苦笑したところで、部屋のドアがノックされました。
目が覚めてしまいましたね。
「はい」
『ソーマ様。グロリア様がお話があるとのことです。聖堂までご足労願えないでしょうか』
「……グロリア様がですか」
聖皇グロリア。白か黒かで言えば黒の魔力の持ち主ですね。言伝に来た相手も。
それだけで単純に敵と割り切りはしませんが、どちらも仲間と呼べないのは事実です。それが私になんの用でしょう。
「わかりました。伺いますとお伝え下さい」
なんにせよ、呼びつけられてそれを蹴るのは攻撃の口実を与えることになりかねません。理由も行動も面倒ですが、顔を見せに行きましょう。
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聖堂に出向くと、呼びつけた相手はすでに待っていました。最低限の礼儀ではありますね。
聖皇グロリア。歳は転生していなかった場合の悠理と同じころでしょうか。聖騎士や聖道士にも信奉者が多く、ここ数年で急に出世した人物でもあります。
その内は……表には出していないですが、シムラクルムへの訪問を反対したことからおそらく排他種族主義思想の持ち主。無限色の翼とはあらゆる意味で相容れない相手ですね。
「わざわざご足労いただきまして申し訳ありません、ソーマ様」
「いえ、問題ありません。お待たせしたのならこちらこそ申し訳ないです」
悪意のある相手にどう接するかは本当に気を使いますね。魔力探知が一般化したらどんな世界になるのでしょうか。
ともかく、腹の探り合いは最小限に。いやな思いをするのはこちらでしょうし。
「ソーマ様はここしばらく聖女候補たちの面倒を見ておられるとか。その意図をお聞きしてもよろしいですか?」
「……意図も何も、私とて永遠に聖女を続けることはできません。次代を担う後継者を探し育てるのは当然です」
「つまり、力が衰えておられると?」
「……そうかもしれませんね」
その傾向は一切ないですけど、それを理由に聖女を辞するのも悪くはないかもしれません。
グロリア聖皇は表情を隠すように顔を伏せ、
「そうですか。それは良かった」
え? 今、なんと?
「グロリア、ッ!?」
呼び捨てみたいになってしまいましたが、その先を続けることはできませんでした。
痛い。熱い。いきなり近づかれて脇腹を触られたとは思ったけど、どうして。
手を当てると、濡れたような感触。目をやると、血が。グロリアの手にはペンと、石を砕いたような刃先。
刺された。でもこのくらいは回復で……効いていない?
「な、ぜ」
魔法が阻害されている。傷口への探知も効かなければ身体強化による誤魔化しもできない。これは。
「なるほど、散魔石の仕込みナイフですか。しかも粉末にしたものが塗られているのかしら。面白いものを渡してくれましたねぇ。私自身が知らなければ聖女とて警戒のしようもない。きひひひひ」
愉悦に歪みきった笑顔。勝利を確信した者の表情でしょうかね。これを見た人はどう思うのやら。
しかし……勝ったと思うのはまだ早いですよ、残念ながら。
「ガッ!?」
グロリアが吹き飛び、壁に叩きつけられました。まあ、やったのは私なのですけど。
「な、何故」
「どうしてでしょうね?」
簡単なこと。阻害されないギリギリまで身体強化をかけたあと、聖属性放射で傷口に付着した散魔石を取り除くと同時にグロリアも押し飛ばしただけのことです。傷も治癒済み。痛みで気絶するかと思いましたけどね。
たしか、“備えあれば憂いなし”でしたか。以前悠理が冗談で「身体の中に散魔石突っ込まれたらどうすんだろ」と言っていましたが、まさか本当になるとは。対処法を考えただけで憂鬱になりましたけど、もしかしたらは考えておくべきですね。感謝です。ペラペラと自慢げに手の内を話した彼女にも。
「ふざけるな、ソーマァ!」
急に膨れ上がる魔力の気配。これには覚えがあります。かつて巡礼の道程で一度。なによりユーリと再会した時ですね。
魔人。グロリアの姿が異形に変化していきます。
「愚かな……ッ、これは」
眼の前の光景に呆れていましたが、他からも同じような反応が。それもあの時の王都の比ではない数。光の魔力に包まれた聖都にも淀んだ魔力の持ち主はいくらでもいますけど、いくらなんでもこれは。
というか、ヴァリーと話したそばからこれですか。“フラグ”とか言うのでしたっけ。
「呆れたり怒ったりしている場合ではないですね」
転がっていた散魔石のナイフ……というよりこの構造は毒針でしょうか。それを拾って。先端は魔力を阻害しますけど、柄は強化と付加を受け付けますから、魔法剣化して。
「お返ししておきますね」
「ァ、カ」
グロリアだったものに身体強化で投擲。“胸の真ん中”に返してあげました。せっかく立ち上がったのにまた座ってしまって。ご苦労さまです。
「……貴女がそうならなければこうすることもなかったでしょうに」
眼の前の魔力反応はまだあります。さすがにこれで片がつくことはありえませんか。なら。
「どれだけ先を見据えているのかわかりませんね、本当に」
魔力結晶化の魔法。それでネレの言っていた魔力結晶剣を作り出します。魔力を浪費しますし剣として使い続けるには強度不足でしょうけど、使い捨てなら十分そうですね。
「もしも自力での転生があるのだとしたら、今度はどうか他者に寛容な人生を」
口先だけの祈りを込めて、結晶剣を魔人に突き立てました。
「ア、ガ……ゥ」
昏い魔力が消えていくのとともに結晶剣も消失し、それでおしまい。
いえ、勝手に終わらせてはいけませんね。外の魔人をなんとかしないと。
身体強化を保持したまま聖堂を飛び出します。が、扉を開いた瞬間に何かが流れ込み、躓いたかのように足が止まりました。
魔力の流れが狂ったような。改めて身体強化をしてみると、魔法自体は使えますが大幅に力が落ちていますね。それだけではなく、さっきまで晴れていた空もまるで嵐の前のような黒雲が立ち込めています。
「みんな、聞こえますか?」
通信魔道具に魔力を込めましたが反応がありません。魔力的接続が切れているようです。さっきのやり取りで壊れたわけではないと思いますけど。
「周囲の魔力元素濃度が落ちている? なにはともあれ、止まるべきではないですね」
探知。これも乱れがありますが、魔人と……魔物? 魔物の方はあちこちから湧き出しています。
話に聞いたことのあるダンジョンスタンピードとはこういうものなのでしょうか。魔人の魔力に呼応しているとか。こんな効果もあるのなら、技術自体の放置もできませんね。
魔物の相手は聖騎士聖道士や滞在している冒険者でもなんとかなるでしょうけど、魔人はわかりません。私がやるしかないですね。
風のように走る私にすれ違う人たちは驚いた顔をします。落ちていた剣を拾い上げて魔力強化。聖属性魔法は攻撃には向きませんが、魔法剣としてなら使えるはず。
魔人を斬り裂き、次へ。併せて傷ついている人たちへ回復を。
「ソーマ様!?」
「ソーマ様だよね、今の!?」
聖女が希望の象徴だというのなら、今の私はそう見えるのでしょうかね。次の魔人に接敵し、一閃。倒したのを確認して走り出し、
「光は地に堕ちよ」
攻撃を避けるためにサイドステップ。遅れて私のいた場所に空から降ってきたのは黒い槍。魔力反応は続きますが、全て回避。
余計なことにかかずらっている暇はないのですが、このタイミングでということは。
「“魔族”のわたしの“闇魔法”をすべて躱すとは。さすが聖女様ですね」
「……“人間”のあなたの“土魔法”がなんですか?」
歩み出てきたのは明らかに小物の男。予測できていても呆れますね。
さらに魔族の詐称ですか。このタイミングで。
逆に言えば、この自体を引き起こしている張本人。いえ、その一人と思っておきましょう。
「通じるとは思っていませんでしたが、こうも簡単に看破されるとは! 聖女様は素晴らしい!」
あまりにも短慮短絡過ぎます。隙だらけです。悠長にしている時間はないのでさっさと、
「あ」
「ぐぎゅ」
自称魔族で闇魔法使いの土魔法使いは、近寄ってきた魔人に叩き潰されました。なんの冗談ですかこれ。
「っ、く、はははは! なんだこれは!」
同じことを感じた人がもう一人近くにいたようです。が、何でしょう。背筋が凍るような感じがするのは。
魔力探知。魔人の向こうにあるこの魔力は。光と闇と白と黒の入り混じったような、見つめたら取り込まれて沈められそうなただの穴のような。
「……“混沌”」
悠理が言っていましたが、これはまさにそれです。反射的に探知を解いていました。
「ソーマ様!」
「危ない!」
声で顔を跳ね上げると、至近距離に魔人の姿。頭から飛んでました。
複合防壁。魔力の流れが悪くて安定しませんが、近距離ならばなんとか。攻撃を受け止めて、魔法剣で反撃。瞬間的に強化をかけすぎてしまったのか、剣は砕けるように折れてしまいました。
それでも魔人を倒すことには成功したので、かけられた声のところまで跳び退きます。
「ソ、ソーマ様」
「すごい……です」
フィーリアとカリタ。途中すれ違ったのも彼女たちだったのでしょうか。それで追ってきたと。
「二人とも、ツッ」
再び複合防壁。魔法とスローイングダガーが飛んできていました。ダガーだけがバラバラと地面に転がります。
「うーん、ちょっと甘く見すぎていましたかね」
気持ちの悪い魔力を持つ相手はまるで散歩でもするように歩み出て来て、
「ヒッ!?」
まったくその傾向を見せずに、フィーリアにダガーを投げつけました。二人を守るように防壁を張っていなければ間違いなく命中していたでしょう。あるいはそれを狙ったのかもしれません。
周囲の惨状。それで揺らいでいたところにトドメで初めての明確な死の予感。フィーリアは腰が抜けてへたり込んでしまいます。多少の危険を求めていた私への罰ですかね。今は乗り越えるのを見守っていられる状態ではないです。
再びフィーリアに向けてスローイングダガーが。防壁で……いえ!
「う、っ」
「ひいっ!?」
飛んできたのは散魔石のダガー。それもほぼ全体が同素材。とっさに腕で庇いましたが、防壁を突き抜けて刺さりました。出処はここですか。
抜いて投げ捨てましたが、あと何本持っているのか。致命傷にはならないでしょうけど、何度も血を流すのは良くないです。
「ソーマ様! どうか私の大事な人の痛みをお取り払いください、回復」
カリタが魔法を使ってくれますが、傷は治りません。
よく考えたものです。いえ、当然考えることだったのでしょうかね。回復魔法をどう阻害するかというのは。
「な、なんで……やっぱり私……」
魔法が使えなかったと思っているようですが、発動はしています。理由は他にある。しかし探知のできないカリタがそれに気づくことはできません。
「阻害されているだけです。貴女のせいではありません」
「で、でも」
グロリアの時にやったのと同じことをして、回復。手段はありますけど何度もやりたくはないですねこれは。
「フィーリア。カリタ。私は大丈夫です。危ないのはここだけではありません。他で戦っている者もいます。彼らの助けになりなさい」
「で、でもソーマ様」
「あ、う」
二人とも動きませんでした。
やれやれ、困ったものですねカリタもフィーリアも。私の軌跡を考えれば聞き分けがいいのがいいとは思いませんが、今は全てが思う通りの反対に行っています。
「いい子たちではないですか。あまり邪険にするのもどうかと思いますよ、聖女様」
周囲からは悲鳴、火の手、建物が崩れる音、気迫の声。その中で超然としている目の前の相手だけが異質。二人がそれを感じている様子はないようですが、あるいは無意識には気づいていてそれが足を止めているのか。
「ならばここで共に灰となればそれもまた幸いだろう」
言葉が終わると火嵐が。詠唱ですか、今のは。
防壁で周囲を守り、後方に向けて聖属性放射。道はできましたね。
「二人とも行きなさい! 聖女を目指すのであれば一人でも多くの人を救うのが使命です!」
恫喝してでもこの場から離さなければ。望み薄かと思いましたが、
「っ、立ってフィーリア!」
カリタがフィーリアの腕を引っ張りました。
「……カリタ」
「私には駄目かもしれない! でも、貴女ならみんなを助けられる! だから立って! 私にも肩くらいなら貸せるから!」
そう言った瞬間、カリタの身体がわずかに輝きました。
悠理が言っていましたね。「人の成長は何より輝いて見える」と。たしかにそうかもしれません。いえ、見た目の意味ではないとわかっていますよ。
できることとできないことを切り分けて、できないことはできる者に託す。自分には無理でも背中を押してその成長を助ける。カリタの行いはそれでしょう。
とまあそれはそれで重要な心構えだと思うのですが、そこまで悲観することもないですね。
「カリタ。フィーリア。信じなさい、貴女たち自身を。そしてお互いを。それが必ず力になるはずです」
聖属性の力が人を想うことによるものなのだとしたら、むしろカリタの想いこそが奇跡を導くでしょう。ですが、同じものはフィーリアの心にもあるはずです。
……もしかして。互いが互いを想えば聖女の力は。
「わかり、ました。ソーマ様、ご無事で! カリタ!」
「うん、フィーリア!」
手を繋いで走り去っていくフィーリアとカリタの魔力を……まったく!
散魔石のダガー。今度は聖属性球と聖属性放射をぶつけて防ぎます。狙いは私ではなく、またあの二人。
女の子を背後からなんて、許すことはできませんね。
「逃げられましたか。残念ですが懸命だ」
そうですね、形としては逃がしました。
けれどそれだけではありません。おかげで見えたものもありましたからね。
「お礼を言わないといけませんかね。ずっと誰を次の聖女にすべきか考えていましたが、ようやく解を得ました。これで役目を明け渡せます」
「遺言はそれでよろしいですか? 物語としては美しいですけど」
「遺言は死ぬときに考えます。まだまだ先の話です」
ふざけたことを言う人ですね。悠理のいないところで死ねるものですか。それに、ここからは手加減無しです。
聖属性放射。予備動作も警告もなく放った輝く奔流が男を吹き飛ばします。
いえ、そのつもりでした。
「聖女とか言いながら容赦なしとはやるなぁ。もう少し前だったら好きになれそうだったのに」
変わらず立ち続ける彼は、闇が張り付いたようなナイフを取り出し、自らの腹に突き刺していました。
自害。ではないですよね。散魔石製でもない。だとしたら。
「……なぜ今それが頭に浮かぶのでしょうね」
思い出してしまったのは、ユーリ・クアドリが転生するときの光景。使ったのは転生魔法が付与されたナイフでした。私達の前で悠理が突き刺したのは心臓でしたけど。
「がっ、あっ、ぐあ、ッ!」
ナイフ、両手両足首、胸。六ケ所から真っ黒な液体とも気体ともつかないものが吹き出し、その身体に絡みついていく。グローリアとは違う光景です。その魔力の強さも。
残ったのは、全身黒で塗りつぶされた人の形をした何か。これまで見た魔人とは明らかに違います。
「……フ」
魔力放射。とっさに防壁で耐えましたが、遅れていたら飛ばされてどこかに叩きつけていたかもしれません。魔力量も悠理が苦戦したあの魔人の数倍。
吹き出した魔力で探知が完全に阻害されましたが、その前に返ってきた感じでは魔人がここに呼び集められているようでした。だとすれば、周囲の被害は軽減されるでしょうか。
それと、援軍の魔力も探知しました。その二つが一応の朗報ですね。
「ソーマ様!」
ヴァリーが走ってきて私と魔人の間に立ちはだかってくれます。ですが、彼が敵うかどうか。私でさえも。
「脇腹と腕……怪我を」
「ああ、大丈夫。すでに治癒済みです」
「わかりました。さすがですね」
なるほど、二人が追ってきたのもそれでかもしれませんね。だとしたら私と同じく忘れていたということになるのでしょうけど。いえ、私の様子から治癒済みだとわかったのでしょうかね。
「なんの故があってこんなことをするんだ、おまえたちは」
ヴァリーが苦々しげに言いましたが、魔人の方は全く意に介さず自分の手を見ているような動きをして、
「シッパイカ? ダガ、ダンカイハジュンチョウニススンデイルノカ」
喋った?
いえ、悠理が風閃で葬った魔人も意思のようなものと感情は見られました。それでもここまでではなかったですよね。
段階が進んでいる? たしかに、グロリアと比べれば自分の意志で制御できるようになっているようには見えますが。
「ソーマ様! 行きます!」
ヴァリーの声で思考の海から引き戻されました。そうですね。今はそんな場合ではありません。
「我が剣に宿れ、流水の力!」
ヴァリーの水の魔法剣。見るのは何度目でしょうか。彼らしい繊細な魔法制御です。
「はあっ!」
それに、副聖騎士長まで進んだ剣技。少なくとも私の魔法剣よりは洗練されたもののはずですが、
「……ヨワイナ」
あっけなく弾かれました。二撃、三撃と繰り返しますが結果は変わりません。
「くそっ、ユーリみたいにはいかないのか!」
「補助します!」
水魔法に重ねて聖魔法を。ですが全く変わりません。魔人が反撃しないのは余裕の現れでしょうか。
効かないと分かっていますが、聖属性球を投げつけます。意図を察してヴァリーが跳び下がってきました。
「まずいですね」
「……ええ」
こっちも忘れていました。こいつに引かれて魔人が集まってきていたのでしたっけ。
使えるとしたら、そこらに転がっているナイフ。これはこれで皮肉ですね。
これまた意図を察してくれたヴァリーが目眩ましで踏み込んでくれました。その隙にナイフを拾い集めます。
身体強化、武器強化、魔法付加。グロリアにやったものでは足りませんから、もっと全力で!
「ガァ!?」
「グァッ!?」
「グゥ!?」
「ゴァッ!?」
一投一殺。ですがそれで手は無くなりました。次の聖女は自己防衛も考えないといけませんね。できるかはともかく、
「づぅっ!」
「ヴァリー!」
殴り飛ばされてきたヴァリーを防壁で受け止めます。即座に回復。
「ありがとうございます」
「お礼は早いです」
「……ですね」
周囲の魔人はどうにかなります。ですが、
「セイコクハモウスグオワリカナ?」
こいつだけはどうにもなりません。ひとまず逃げて武器を手に入れ、倒せるものだけでも倒すべきでしょうか。
「イヤ、ココデオワラセヨウカ」
そんな考え、お見通しですか。
手が掲げられ、闇が集まっていきます。そう見えるだけで実際はただの魔力なのですが、
「やめろ! ……なんなんだこの圧は、動けないっ!」
ヴァリーが立ち上がって前進しようとしますが、進むことができていません。
視覚化されるほどの魔力は、それだけで空間を歪ませそうなほどの力になっています。さらに恐怖でしょうか。私も感じていますから。フィーリアもこんな気持ちだったのでしょうか。だとしたら悪いことをしました。
いいえ、この感じは二度目ですね。ならせめて最後にもう一度。
「サヨナラ、セイジョサマ」
集められた魔力が僅かに持ち上がり、
「そうはさせるかよ」
信じられない密度の魔力の塊が飛んできて、魔人の作っていた魔力塊に激突。爆煙とも呼べる土煙が辺りにばら撒かれました。
その衝撃から私達をかばうように立った誰かが防壁を展開してくれています。あまりの魔力の奔流にこの至近距離でさえ探知は使えない。なのに、それが誰かわかりました。
「……遅いですよ。きっとここまでにも人助けをしてきたんでしょうけど、大概に……して」
口元が綻ぶのと、涙が漏れたのがわかりました。
待ち望んでいたひと。期待して期待して、諦めかけていたひと。
「……それでもあなたはやっぱり、来て欲しいときにいつも来てくれるんですね」
「……それはそれでなんか問題がないか?」
困ったような返答。たしかにそうかもしれませんね。でも、嬉しいからいいんです。
最強の十字属性魔法使いではまだ足りないとその上を目指した、転生風魔法使い。煙が晴れた先には聖女ソーマではなくララ・フリュエットとしての私の最愛の人が立っていました。
「……悠理っ!」
「すまん。待たせたなララ」
私の勇者、|ユリフィアス・ハーシュエス《九羽鳥悠理》が。
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さて、ようやくララのところに辿り着いた。法衣についた血と回復済みの怪我のことも気にはなるが、
「……なんだ?」
魔物の群れを突っ切ってきた時から思っていたが、王都と聖都では状況が違う。
こっちは周囲の魔力元素状態がおかしい。ゼロ……というわけではないが、極端に少ない。魔力探知も至近までしか飛んでいかない。
ただ、一時的に漏出させてみた魔力の流れが眼の前の魔人に向いていることはわかる。こいつが吸い尽くしているのか?
改めて状態把握。体内魔力で身体強化は使える。延長上である武器強化もだ。空間圧縮に回している魔力は通常以上にかかってはいるが、それ以外にオレ自身の魔力が自動で目減りしていってもいない。基本的には魔封じの施された空間と考えて良さそうか。
「え? ゆうりって、ユーリ? ユーリ・クアドリ?」
「そうだよ、カヴァリエ・モラーレ。聖女様のことは任せていいか?」
「あ、ああ。本当にユーリなんだな」
「その話はいずれな」
十三年の修練のおかげで魔力なら有り余っている。それをぶちまけて塗りつぶせば掌握半径は伸ばせるだろう。が。
「なめるな!」
そもそも、風魔法にはこんなもの関係ない!
「ガッ」
「グアッ」
「ボッ」
「ゴブッ」
「バガッ」
各魔人の元を結ぶように駆け抜け、一体ずつ空に向かって蹴り上げる。空間収納から焼成矢を取り出し、目視と感覚でターゲッティング。リーズの魔法銃を参考に直接付加した超音速貫通撃で上方へ撃ち出す。
術式自体は魔法でも与えたエネルギーは物理現象だ。魔力は介在しない。さらに魔人のサイズは人間大。焼成矢が直撃した奴らはチリすら残さずに消し飛んだ。
魔人の目が空に向いた瞬間を逃さず、風牙を抜刀。風魔法で斬撃速度を上げ、片っ端から切り刻む。
これでザコは一掃。
「バカナ、ナゼソコマデジユウニマホウヲツカエル」
「自分で考えろ」
誰が懇切丁寧に説明してやるかよ……って、コイツ明確に言葉を発したか?
「クソォッ!」
魔弾が乱射される。が、王都の時のように上空に弾き飛ばす。一撃それぞれは重いがこれはどうにでもなる。むしろエルブレイズ殿下の連撃の方がずっと重かった。
「ユリフィアス・ハーシュエス。オマエガココニクルコトハソウテイガイダガ、イマシマツスルダケノコト」
うん、喋ってるな。でも関係ない。突っ込んで風牙で斬りつけ、
「ッ!?」
「そんな……」
ララからも驚愕の声が聞こえたが、当然だ。
風牙の刃が通らない。前回と違い今回は魔力強化して手加減無しなのに、焼き直しみたいに。
「駄目だユーリ、そう簡単には!」
「斬撃で駄目なら……」
今度は突き込む。が、刀身が曲がりそうな感覚がして思わず手を引いてしまった。
なら。
腰から鞘を外して納刀。魔法展開。数度やった術式構築はもう一瞬でできる。
風閃。被害の増える袈裟懸けの斬線ではなく、頭上から唐竹割りの斬線で放つ。魔人の後方はオレが通ってきた道。長距離探知ができない今は変わらず人がいないことを願うしかない。
が。
「ナニカシタカ?」
心配は無意味だった。直撃は霧散。相手は無傷。これも駄目なんてダンジョンの壁より硬いのかこいつは。
当然か。ただの魔人ならララやヴァリーが後れを取るわけがない。
「ハ。コレナラスベテネジフセラレル」
「……その前に鏡見ろ」
それでも諦めるという選択肢はない。風牙を納刀して腰に戻し、直上に向かって跳び上がる。周囲に焼成矢を展開。超音速貫通撃で連射。それに混ぜて、魔法銃も全弾撃ち尽くす。
「うわああああ!?」
「きゃああああ!?」
ヴァリーとララの悲鳴が聞こえるが、ララもオレも防壁でカバーはしている。それでも最低限にしか気を割いていられない。
辺りの土煙が邪魔だ。風の玉で一気に晴らすが、
「オワリカ?」
これも無理か。じゃあ、
「使わせてもらうぞ、リーズ!」
結局今まで使わずに来た回帰結晶。時間を逆転し過去に戻せるのなら、魔人への変化前に戻せる可能性はある。数個まとめて空気圧砲で撃ち込む。赤ん坊や前世まで戻っても知ったことか。
結晶が砕け、術式が発生する。空間が歪んだのでそこまではわかったが……魔人自体には変化は無い。理由はわからないが駄目か。
空中から後退。ララとヴァリーの前に着地。
「悠理……」
目的はおそらくララだ。なら彼女を攫って逃げるか。なんて、そんな選択肢は無いな。その場合のこいつは、ララを追ってくるのと聖都を滅ぼすのとどっちを選ぶかわからない。どっちも駄目だ。
空間圧縮解除。破斬剣サイズの木剣を取り出す。
「ヨリニモヨッテ」
バカにしたようなことを言われるが……どうかな。
魔力強化。突きの構えで突っ込む。
「ゴ、ハッ!?」
なめられているなら奇襲に近い。超重量の鈍器を使ってようやく数歩後退させることに成功した。
「よりにもよって、どうだって?」
だが、これでは時間稼ぎにしかならないだろうし倒せるはずもない。破斬剣を預けてきたことを悔やみそうになるが、それはそれだ。
相変わらず通信魔道具は使えない。みんなは大丈夫だと思うが、世界の方はどうなってるだろう。
「……こいつが動いたら心配しても無駄か」
やれることは全部やろう。疑似精霊魔法水属性放射風属性放射重複展開。ウォーターカッター・イミテイト。さすがに本家ほどの切れ味は出せないが。
「コザカシイ」
直撃、霧散。これも無理か。
魔弾の連射による反撃。これは破斬木剣の強化で耐える。そのまま地面に突き刺して盾にし、視線を切って横っ跳びで回り込む。
次は魔力強化の応用。過剰注入で結合崩壊を狙ってみる。
「これも無理だな」
「ナニガシタイ」
魔力構成に割り込めない。思えば魔物でも試したことはなかったな。
空間圧縮から数打ちを取り出す。オレ自身を弾丸として撃ち出し、剣の崩壊前に突き込めるか。
……これも無理か。剣が砕けた。
あとは何ができる?
駄目だ。現状では見つけられない。
「コチラノカチダナ。マケルノハハジメテカ?」
「さっき負けたばかりだ。残念だったな」
勝敗にこだわってきた覚えはない。それでも負けられない戦いに負ける気はない。今はそれだ。
相手の魔力放射。防壁を重ね、風属性放射と魔力斬で相殺。
勝ち誇るのは考えが甘すぎる。こちらも手が無いが相手の力もこちらに通じない。わからないものかね。
あとは、魔人の魔力が尽きるのかか。今のところ一向にその気配はないし、さっき触れた感じではありえそうにない。
最後の手はあるが、魔法が乱れるこの状況では無理だ。千日手のこの状況を変えられるとすれば、
「ユーリ!」
空からそのキーパーソンが降ってきてくれた。
女皇龍レヴァティーン。彼女の力なら。
「レヴ!」
ララが名前を呼んだのと同時。空間収納に破山木剣を収納し、代わりに直剣二本を取り出して二刀流で突っ込む。レヴから目を逸らすためにも。
「やっと来られたよ。あとはここだけ。さあ、どうすればいい?」
「魔力放射だ! 全力でやってくれ!」
折れた瞬間次の剣を出して攻撃を継続。面倒だ、最初から浮かせておけ。
「うん! ……うん? え、わたしが倒すとかブレスとかじゃなくて? いいの? どうなるかユーリならわかるよね?」
「問題ない!」
バキバキ剣を折って意味のない連撃を続けながら叫ぶ。
懸念はわかっている。だが、その辺りはちゃんとこっちで調整する。それに何より、これまで言ってきたようにレヴにすべてを任せる気は無い。
「わかった。えーい!」
レヴが魔力を放射する。物的被害がありそうな方向へは防壁や風魔法で防御と湾曲。さすがに威力とオレの魔法の威力限界で被害ゼロとは行かないし、当たり前だが魔人も倒せはしない。
が。
「狙い通りだ」
魔法使いの杖。その意味も持つ力が腐りきった魔力とそれを根源とする黒雲を消し飛ばしていく。
……そういえばレアとセラに言ったことがあったな。「ドラゴンと同等の魔力を持つ人間が自爆したら王都が五個ほど吹っ飛ぶ」って。つまりある意味でそれはドラゴンには王都を五度満たせるほどの魔力総量があるということになる。被害規模の概算だから、住人の魔力を満たすだけならその倍は行けるだろうけど。
とにかく探知距離も掌握距離も戻った。放出された魔力を届く範囲の人全員にブーストで供給。ついでにオレ自身もいくらか回復させてもらう。
「ありがとう、レヴ!」
魔法展開。咆哮威圧。
『魔法使い! 暗雲は払った! 魔法はもう問題なく使える! 立ち上がれ!』
オレの叫び声がちゃんと届いたのか、あちこちで鬨の声と魔法の反応がする。各属性と、場所柄か一番多いのは光。
それと。
『繋がった! みんな、繋がったよ! ユーリ! ララ! 火精霊も水精霊も風精霊も土精霊も信じてるから! 頑張って!』
『ユリフィアス! 死んでたら許さない!』
『ユリフィアスさん! ソーマ様!』
『ユーリさん! 私の声は届いていますか!?』
『ユーリ、負けるわけないよね!』
『ユーリさん……貴方ならララさんを……!』
『ウン。ユーリさんなら大丈夫だよネ、ゼッタイ!』
『今度は負けなかったから! ユーくんも!』
『ユーリさん! 風牙が折れても構いませんし直しますから! 思いっきりやってください!』
『まだ教えてほしいこといっぱいあるし教えてくれる約束もしたよね、ユーリ君!』
『ユーリくん! 聞こえていたら絶対に無事に戻ってきてください!』
「すごいね。みんなの心が響いてくる」
「悠理、聞こえますか。貴方を想う声が」
聞こえる。みんなの声。それが何よりも力になる。魔力の根源である、心の力に。
「ナニヲシタ!?」
「自分で考えろって言ってるだろ」
種族。魔質。外見。魂の在り方。使えるようになった広域探知に返ってくる色がオレの思い描く無限色に変わっていく。そこには一つとして同じ色と形はない。
「貴様らにはわからないだろうな。世界はこんなに輝いてる」
完全に戻った魔法制御で身体強化と防壁を全開、体当りする勢いで突っ込む。接触寸前で躱して魔人の脇をすり抜け、後ろから組み付く。
「え、悠理!?」
「ユーリ!?」
「ちょ、何やってるんだユーリ!?」
ララとレヴとヴァリーの困惑する声が聞こえるが、無視。多重積層した防壁で魔人を包み込み、地面を蹴って浮かび上がり、風魔法で上空へ向けて全力で加速する。
「ナ、ナニヲスル!?」
「気にするな。昔っから一度やってみたかったんだ。最初におまえなんかとやる気はなかったけどな」
風魔法使いの力ならはるか高空へ上がるのにさほど時間はかからない。目指すのはかつてエルやレヴと行ったところよりはるか上。おそらくこの世界の誰もまだたどり着いたことのない場所へ。
雲を突き抜けると気圧も明確に下がり気温も下がるが、風魔法で自分の分の調整くらいはどうにでもなる。まだ行ける。
「バカナ、ココカラ、オトソうとで、も……なんだ、ちからが」
魔人の声色が変わってきた。極低気圧からだけではない。オレも急激に魔力が抜けていく感覚がする。魔法使用による減少量を超えている。
やはり、オレたちの魔力はあの大地を通して貰っているんだな。
そこからしばらく進むと、薄い青だった空が深い藍色に変わってくる。空気抵抗や大気圧諸々の要素は減少しているはずなのに、ブレーキをかけることもなく速度が目に見えて落ちる。
魔法も使えなくなりかけているんだ。この辺がその限界高度か。
「落ちるなら一人で落ちろよ!」
「……そうさせてもらう」
物理防壁を微小展開して足場にし、薄くなった身体強化で魔人を蹴り上げる。相手も下で誇っていた力の殆どを失っているようだな。ただ、探知で見た限り漏出魔力はともかく魔人としての強度は失っていない。斬り捨てるのは無理か。
残った魔力で魔法陣を描画。注ぎ込む魔力は今のオレのだけじゃ足りないだろうな、さすがに。魔法陣自体も複雑なのは描けなかったが……なんとかなるだろう。
綻びかけた空間収納から破山木剣を取り出し魔法陣の中心にセット。さらに風の魔力結晶を取り出し、魔法陣に向けて大量に放り投げる。
「じゃあな。空の向こうの住人によろしく伝えてくれ」
結晶が魔力へと戻り、魔法陣に吸い込まれていく。空気圧砲が発動し、撃ち出された破山木剣が魔人を“さらに上”へと押し飛ばしていった。
残響はない。衛星軌道の向こうまで飛ばすのに必要なエネルギー計算はわからないからありったけ使ってやったけど、一瞬で見えなくなった。たぶん帰っては来れないだろう。帰ってきてほしくもない。
「なんとかなったな。しかし、落ちないってことはこういうことだと思うんだが……想像力がヌルくないか?」
倒せない相手を倒す方法くらい考えてある。っていうか、捨てる方法かこれは。創作物で使い古された手法だろうけどな。
海なら打ち上げられるかもしれないから、宇宙に捨てる。魔法が使えるなら帰ってこれるのかもしれないが、この感じだとここから上の領域ではたとえ生きていても二度と魔力は戻らないし魔法も使えないだろう。
「っ、と」
魔力が抜けてふらついたせいで防壁を踏み外した。でももう足場は必要ないか。
当面はあいつの言う通り自由落下するだけ。呼吸は……さすがにちょっとキツイ。今高度何メートルだろう。風魔法で……いや、なんか流れていっちまうな。速度の問題か。それとも。
「空の向こう、か」
背中を下にして落下しているので、当たり前だが宇宙と星が見える。このはるか遠くには地球があったりするのだろうか?
いつもは排除している風圧が纏わりついてくる。摩擦で暑いのか暴風で寒いのか。どうにも感覚や思考がぼんやりしている。低酸素症か高山病かな。
上層雲を一気に突き抜け、そのまましばらく落下していたら、
『ユーリ! 掴まっ……えええ!?』
ドラゴンの姿のレヴがあっという間に通り過ぎて高空へと昇っていった。そうか、迎えに来てくれたのか。ならちゃんと掴まないと、って無理に決まってるだろ。相対速度差を無くさないと。いや合わせないといけないのはオレか。
「……ごめん、レヴ。ミスった」
通信魔道具を起動することすらできずに自嘲したら、遠くなったその背中から誰か降ってきた。
金色の髪。白い法衣。
今みたいに意識が薄かったからこそ最も深く記憶に残る色合い。この世界での俺自身の根源とも言える少女。
その彼女が魔力放射で加減速と軸合わせをしながら近づいてくる。
「悠理!」
「……ララ」
ぼんやりとした頭で緩い風魔法を展開し、こちらも微妙な加減速。なんとか相対速度を合わせながら伸ばされた両手に手を伸ばす。腕を引っ張り、胸に抱き留める。
「やっとつかまえた、悠理」
抱き返されると身体に力が戻ってくる。この感覚は完全回復か。
緩んでいた頭が冴え始める。瞬き一度であらゆる情報が頭に入ってくる。
「……やりすぎだ」
「なにか文句でも?」
文句はないな。表情はわからないが、ララには肝心なときにいつも助けられてばかりだ。
ブースト。地表に近づくことで大気中の魔力元素量が戻ってきたのはもちろん、レヴが残していってくれた漏出魔力もある。少しだけだが、ララの発しているものも。その全てがオレに再び力を与えてくれる。
体内魔力が急速に回復し、気力から何から全てが戻ってくる。
「やれやれ、楽しい空の旅も終わりか。もうちょっとのんびりしたいところだけど」
「……どちらかといえば墜落事故でしょう、これは。心中するつもりでなければ早くなんとかしてください」
「はは。了解」
呆れたララの声に苦笑で返し、風魔法を展開する。この速度で地面に激突したらいくら防壁があっても耐えられないだろうからな。
流れていく世界が天地正転してゆっくりになっていき、最終的にはパラシュートで降りているような速度に変わる。
……いや、スカイダイビングの経験はないけど。だいたいこんなもんだろ。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
状況が落ち着き中層雲を抜けるのと同時に、燃えるような強い光に意識を奪われる。
魔法ではない自然の光景。ララと二人でその光を見つめる。
「美しいですね」
「そうだな」
はるか遠く、山も川も国境線も海岸線も越えた向こうの水平線に夕日が沈んでいく。いつの間にかそんな時間か。
オレたちの視界を遮らないようにか同じものを見ようとしてか、背中側にドラゴン状態のままのレヴが近づいてくる。
『ふたりとも大丈夫?』
「ありがとうな、レヴ。迎えに来てくれて」
「ありがとうございます、レヴ」
『どういたしまして』
ドラゴンの顔だと目を閉じているようにしか見えないが、声色やこれまでの付き合いから笑っていることくらいわかる。
再び開かれた目が、オレたちが見ていたのと同じものに向けられる。
『きれいだね、世界って』
「ええ」
「本当に」
魔法。聖女。ドラゴン。要素を数えたらきりが無く、あらゆる意味でこの世界でしか見られない光景だ。
これがオレが生きていく世界、か。




