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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
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第五十一章 託された想いを果たすために

 全員が背に乗り終えたのを確認してレヴも動き出すが、誰にも衝撃や風圧は来ない。リーズの魔道具のおかげだ。


『まずは一番近いルートゥレアちゃんのところ。次は前行ったアイリスちゃんとユーリのところを回って』

『着いたよ、レア』


 エルの言葉を遮って、レヴが位置を告げる。一時間どころか十分すら経っていない。


「す、すごい速さですね。ともかく行ってきます!」


 停止したレヴの背からレアが飛び降りる。周辺への影響を加味してかなりの高度だが、全員には念の為リーズが魔力回復薬とともに使い捨ての防壁魔道具を渡している。内装の魔力結晶で爆発的に風魔法を発生させる魔道具。科学工業製品的に言えばエアバッグだ。


『続けるね? その次はティアリスのところ。それから帝都を経由してステルラへ、最後にアエテルナかな。それぞれ順番もあるし、リーズとレリミアちゃんが完全に後回しになっちゃうし、行程的なムダも多いけど』

「異存は……ありません……みなさん……お好きな物を」


 エルの声に耳を傾けながら、リーズは空間収納の中身を展開する。出てきたのは、各種各属性用の剣、槍、スローイングダガー等々。ネレが露店で並べているのと遜色ない数である上、どれも魔導宝石が組み込まれている。エメラルド以外という注釈は付くが。


『ごめん、リーズ。アイリスのところに着いた』

「ありがとうございます、レヴさん。行ってきます」


 アイリスが飛び降りる。リーズはそれに目を向け、わずかに頭を下げた。目が合ったアイリスの方も頭を下げ返す。


「ウォーターカッターの話は聞いていますが……魔法剣は有効手です……ネレさんの打ってくださったものを……お借りしてきました」

「私はウォーターカッターは使えませんから、短剣をいくつかお借りします」

「わたくしはセラさんと同じで細剣を」


 アカネとユメは迷わず武器を選び取る。


「わ、私もお借りしていいですか?」

「どうぞ……お好きな物を」

「じゃ、じゃあ。ほわー、ネレリーナさんの剣だぁ」


 セラはユメが手にしたものと同型の細剣を掲げる。「いつか持てるだろうか」と言っていた言葉が思いがけず叶った形である。


「うーん、私はこの耐炎剣じゃないと無理かな」

「ネレさんの剣であれば……おそらく保つとは思いますが……それが無難かと」

「アタシは血剣があるからダイジョウブだと思いマス」


 各々、武器は決まった。唸っている最後の一人を除いて。


「ティアちゃん、早く選ばないとタブンもうすぐ時間切れだヨ」

「……わかっている。しかしいざとなると」

「迷ってる時間ナイって。間合いも取れるしコレでよくナイ?」


 ミアが選んだのは槍。かつてユーリがやったように大杖化加工されたものである。これならばウォーターカッターの補助も見込める。


「レリミア。勝手に」

「宝石付きの槍……ユーリ君もそういうの使ってたなぁ」

「よし。決定」


 セラの呟きでティアの心は決まった。全員が苦笑する。


『着いたよ』

「感謝」


 ティアが飛び降り、逆さのまま手を上げる。それを待ってレヴは帝国に向けて飛ぶ。

 数秒の後、セラは気づいた。



「……そう言えば、レアとアイリスさんに武器を渡してないんじゃ」

「『「「「「あ」」」」』」



 全員が一瞬、移動が止まった気さえした。そっちは気のせいだが、翼だけがバタバタと大きく羽ばたくのは気のせいではない。


『ひ、必要ならわたしが届けるから大丈夫だよ』

「ま、まああの二人なら大丈夫ですよねー。変なこと言って申し訳ないですあははー」

「ごめんなさい……おねがいします……レヴさん……」


 謝りながら、リーズは目に見えて肩を落としていた。


(そっか、ティトリーズ様ってこういう)


 それを見たミアは、安心している自分がいるのに気づく。

 ユーリが言っていた。「リーズはごく普通の女の子だ」と。失敗もすればそれに後悔もする。たしかにそのとおりなのだと、目の前の姿を見ればわかる。


「……お会いできてよかった、ホントに」


 その呟きは誰にも届かないが、自分の胸の中にはじわりと広がっていく。が、今は感傷に浸っていられる時ではない。レヴの動きも止まった。


『到着、帝都だよ』

『ネレのいるリーフェットまでは距離があるね。私もあちこち回れたらいいんだけど……』

『誰かは指示に回る必要があります。四精霊の皆さんを通して世界中の精霊と交信することができるエルさんが適任です』


 魔法通信でネレの声がその場の全員に届く。


「その分私たちが働きますから。ですよね、フレイアさん」

「そうだね。ちゃちゃっと片付けちゃわないと。剣の分も働かないとだし?」

「はい」


 笑い合って、セラとフレイアはレヴの背から飛び降りる。


『次、行くよ』


 言葉とともにレヴの飛翔が再開する。


『全員聞こえてるか? 王都は殿下たちに任せた。オレは聖都に行く。たぶん話はできなくなるからそのつもりで』


 一方的な宣言だったが、ここにいる者もすでに降りた者も全員が納得すると同時に少しだけ残念に思う。それでもそれに囚われている暇はない。


「次はわたくしたちですね」

「はい」


 ユメとアカネも降りる準備をする。狼人族の街と牛人族の街はさほど離れていない。レヴの速度ならほぼ同時に降りることになる。


『お待たせ』

「アカネさん、どうか気をつけて」

「ユメさんも」


 ステルラの二人は頷きあい、まずはアカネが飛び降り、しばらく移動してユメが飛び降りる。


『最後だね』

「……お願いします……レヴさん」

「ヨロシクですレヴさん。ソレと……」


 レヴの背にはシムラクルム出身の魔族二人だけが残された。アエテルナに着くまでは少しだけ時間があるだろう。ミアはリーズの顔を真正面から見た。

 覗き込んだ瞳は様々な不安に揺れている。その一つくらいなら取り去れるだろうか。


「……ティトリーズ様」

「……レリミア……わたしはそう畏まって呼ばれるような……立派なものでは」

「いいえ。そんなことはありません」


 ミアは、跪いて頭を垂れる。そこにいつものおちゃらけた調子は微塵もない。


「ユーリさんが教えてくれました。ティトリーズ様は普通の女の子だって。お会いしてみてアタシもそう思いました。けれど、アナタはこうして国と民を想っている。立派な方です」


 リーズは目を見開いてミアを見る。国を出て以降、魔族の誰かから王族としての評を受けるのは初めてだった。正直なところ、そんなことはないだろうと思いながらも罵倒される夢は何度も見た。それで飛び起きて泣いたこともある。

 思わず涙が溢れそうになる。けれど、今はその時ではない。


「ありがとうございます……レリミア……これが終わったら……貴女と話をさせてください……たくさん」

「はい。必ず」

『二人とも、アエテルナに着いたよ。待たせてごめん。それと話を遮って』

「いえ……ありがとうございました……レヴさん」

「コレが終わったら美味しいものでも食べに行きましょうネ、レヴさん」

『うん。みんなでね』


 リーズとミアが飛び降りると、レヴは即座に向きを変える。


『さあ、忙しくなるね。エル、精霊たち、どこに行けばいい?』



 身の丈を超えるサイズの剣は、それそのものを振るだけで剣圧を暴風として飛ばす。その上で強化や魔力斬が使えるようになった今となっては、攻撃と周囲への押し返しを同時に行える状態とさえ言える。


「ハ、何だこの剣! このデカさで今まで使ったどの剣よりも性能がいいのか! いい鍛冶師と付き合ってるなユリフィアス、羨ましいぞ!」

「絶好調ですね、兄さん」


 魔道具は選別が必要だ。たとえ同じ素材を同じように使って作成したとしても差異が出る。素材の個体差のせいだが、魔道具師の腕が良くとも無くすことはできないし、必ず違和感のようなものが出る。しかしユーリが置いていった大杖にはそれが感じられなかった。


「こっちの大杖もいい性能です。糧食技術より参考になるかもしれません。これも魔力探知によるものですかね」


 エルブレイズは次から次へと魔人を両断しつつ吹き飛ばしていき、リーデライトは魔法の連続行使で撃破と足止めの両方を行う。その光景は他の誰かが心配するような要素は一切なかった。


「エルブレイズ殿下!」

「リーデライト殿下!」


 騎士団と魔法士団の精鋭が活路を開いてやって来るが、


「助けは要らん! そもそもオマエらが守るべきは俺らじゃねえだろうが!」

「その通りです! 冒険者たちとも協力して市民の安全確保と敵の殲滅を優先してください! 僕たちは二の次で構いません!」

「「はっ、はい!」」


 二人の攻勢と気迫に押され、やって来た両士団員たちは再び王都中に散っていく。その間も魔人や魔物を斃し続けていた二人の王子の実力を疑う者はもういないだろう。



 無意識に放った魔力が呼び寄せた魔人。最初は驚いたけれど。慣れれば冷静に捌いていける。


『ぶつりぼうへきより。まほうぼうへきのほうがこうかがたかそうですわね』

「同感。探知でわかる。こいつら魔力密度が異常。きっとそっちに反応してる。でも一応複合メインで。何があるかわからない」

『わかりましたわ』


 ウォーターカッター。水属性放射ウォーターブラスト。複合防壁。魔法と精霊魔法。一人と一柱で敵を圧倒できている。

 それでも抜けてきた魔人は。魔法槍の突きと払いで。


「槍。悪くない」

『スタッフのこうかもあるんですわよね?』

「それも効いている。旅をするなら大杖くらい用意することにする」

『それがよさそうですわね』


 水精霊ウンディーネと共闘。魔力探知で敵を把握。使っているのはウォーターカッターと魔法剣。手法は無詠唱。


「ふ。ふふふ」


 それを意識した瞬間。思わず笑っていた。


『どうかしましたか?』

「ん。こうして戦えているのはユリフィアスのおかげ。アイリスと出会えたのもユリフィアスのおかげ。アカネさんもある意味そう。そもそもあなたとこうしていられるのはエルフェヴィア姉のおかげ。それも引いてみればユリフィアスのおかげかもしれない。なんでもかんでもユリフィアスユリフィアスユリフィアス。笑うしかない」

『……ですわね』


 釣られて水精霊ウンディーネも笑う。


「認めよう。ユリフィアス・ハーシュエス。あなたは誰かの人生に影響を与える天才。ありがとう」

『ええ』


 ボリュームの大きい独り言を言い終えるのと最後の魔人を倒すのは。ほぼ同じタイミングだった。

 常備している紐を槍の柄にくくりつけて。背負う。


「完了。エルフェヴィア姉。次はどこに行けばいい?」

『ティアリスの場合はあなたの水精霊ウンディーネが教えてくれると思う。その子に従って』

『こっちですわ。ティア。ここをかたづけてしまえばまわりはざこみたいなものです。さっさとおわらせましょう』

「うん」


 先導する水精霊ウンディーネに続いて走る。通り過ぎていく街並みと流れる風の中。エルフェヴィア姉の咳払いが聞こえた。



『……あのね、ティアリス。さっきの全部聞こえてたから。みんなにもだし、たぶんまだユーリにも。通信、ずっと繋いだままでしょ』



「そういう妄言くらいたまには吐くワタシだってぇ……」

『ティア……』


 魔力探知に精霊は映らないし。恥ずかしさで顔を隠してしまったから水精霊ウンディーネの姿は何も見えない。

 でも。残念な子を見るような笑顔をしているのははっきりとわかった。



 最後の一体を倒し終えるまで少しかかってしまったでしょうか。手伝ってくださった方の回復もいたしまして、これで本当に一区切りですかね。


「これでこの街は全てです。お父様、後をお願いします」

「あ、ああユメ。いや、後とは?」

「同じことが世界中で起きているのだそうです。わたくしたちはステルラを託されましたから」

「世界中……? しかしそうか、仲間がいるのか。なら安心か」


 それがステルラとしてはアカネさんしかいないのは言わないほうがいいのでしょうね。心配させるのもなんですから。


「では、行ってまいります。……エルさん、指示をお願いします」

『了解。ユメさんはアカネちゃんの逆方向だから……』


 細かい場所は動きながらでいいでしょう。紅狼族の街の方向に背を向けて身体強化で走り出します。

 無策ではないですが明らかに無謀だとはわかっています。十数人で世界を救うなどと。

 それでも、わたくしたちしかできないのであればやるしかないですし、やろうとも思います。ハウライトとしての義務だけでなく。

 おそらく、ユリフィアスさん自身もすべてを救えると思っていないのはわかっています。わたくしたちから見れば雲の上の強さですけれど、それでも足りないといつもおっしゃっていますからね。

 あの領域に達する自信は無いですが、これが終わってソーマ様にお会いする機会を作ってもらえたなら。その時は色々教えを請いたいですね。


「ユリフィアスさん、ソーマ様。他の皆さんも。どうかご無事で」



「絶対に誰も傷つけさせない!」


 短剣に火を纏わせ、石畳を蹴り民家の壁を蹴り空中の防壁を蹴り、三次元的にまっすぐ突き進む。魔人の基本的な攻撃は魔弾と魔力放射と近接攻撃だけど、狙いをつけることさえさせてやらない。

 心が燃える。昂ぶる。輪の中に入れてもらったことに。敬愛する人(ユーリさん)に頼ってもらったことに。離れてはいるけど、一緒に戦えることに。


「次! 次! 次っ!」


 魔人を斬り裂き、魔物を燃やし尽くす。止まらない。止まれない。

 探知。跳躍。魔法。魔法剣。思考するより早く身体が動く。初めての感覚。満月の日でもないのに獣人としての姿になっちゃってるし。でもそれがぜんぜん苦じゃない。


「って、アカネか!?」

「ギルマスお久しぶりです! でもまた今度!」


 途中で元いたこの街の支部のギルドマスターとすれ違ったけど、のんびり話してる暇はない。だってまだ助けないといけない人がいっぱいいるからね。

 今なら私、もっと速く強くなれる気がするし!



「っと、こんなところかな?」

「そうですね。ふぅ」


 私が息を吐き出すと、セラちゃんも同じように深く息を吐いた。

 敵の数は王都と同じく他より多かったみたいだけど、単純に手が二倍な上、誘引のおかげで鎮圧速度は結構早かった……と思いたいね。

 横目でセラちゃんを見ると、レヴさんの背中でそうしてたみたいに剣を掲げて目を輝かせてた。


「ネレリーナさんの剣すごいですよね。魔力はほぼ無限に受け止めてくれるし、それに応えるみたいに強化がかかってくれるっていうか」

「だね。まあでも、ユーリについてってたら十年以上早く手に入ったかと思うとね……」


 耐炎剣を撫でながら苦笑しちゃう。

 ネレさんはこれが試作だって話してた。なら、ちゃんと顔を合わせていればもっとすごいものを打ってくれてたのかもしれない。私の炎だって鍛冶に使えるだろうし、もっともっとすごいことができてたかもね。


「え、えーと。そこはまあ、色々良かったこともありますし? エーデ姉上のこととか?」


 うっ、セラちゃんに気を使わせちゃった。失敗失敗。


「そだね。セラちゃんと出会わなかったらエーデとの再会もなかったよね。うんうん」


 前にユーリが話してたみたいに、悪いことだけじゃない。セラちゃんと出会えたこと自体もそうだもんね。

 ……って、そう言ってた本人がなんでもかんでも自分の責任にしようとしてるんだから変な話だけど。

 でも責任とってくれるならそれはそれでいやいや。


「うわしまった、悠長に話してる場合じゃなかったですよフレイアさん!」

「あっ、そうだ。完全に気が抜けてた! エルさん、次の指示お願いします!」

『うん。リーフェットの方にはネレがいるから……北と西かな』

「師匠としては広い方を任せてもらおうかな。私は探知範囲も広いし。西に行くね」

「じゃあ私は北で。お気をつけて」

「セラちゃんもね」


 指示を聞いて、セラちゃんと別方向へ走る。別れ際に手を振ってくれた顔は笑ってくれていた。

 よし、がんばるぞ。私だってもう無限色の翼プリズムグラデーション・エールの一員のつもりでいるんだから。



 懐かしき魔王城。そこから出ていくのはあの日と変わりませんが、心持ちは当然違います。

 あのときは逃避。今は使命。もっとも、根底にあるのはどちらも変わらないとは思いますが。


「未曾有の危機……今回こそは……ですが……手段は考えなければ」


 アエテルナどころかシムラクルムですら留まらず世界の危機。けれど、全力を尽くしてこれに当たるのはまだ躊躇いがあります。その懊悩を話すことはないと思いますが。

 身体強化。加えてメイルローブとアクセルシューズを全開に……こうするとユーリさんと出会った時のことを思い出しますね。

 重ねがけで出す速度は七倍速ヘプタ。さらに思考加速。これで高速で動きながらも体感的には周囲の時間が遅くなった世界を作れます。わたしへの認識もしにくくなるかもしれません。

 鈍化した世界を駆け、魔人を一体ずつネレさんの作った剣で斬り裂いていきます。相変わらず何かを斬っている感覚が無いほどの業物です。

 時間の遅くなった世界では探知しても討伐は観測できません。ですが、たとえ倒せていなくてもシムラクルムの軍や冒険者達なら対処できるはずです。信じましょう。

 そうしながらアエテルナの街並みも観察しますが……何も問題は見られませんね、王女であるわたしがいなくても。寂しくも嬉しくもありますけど、それでいいのだと思います。

 と、今は置いておきましょう。レリミアと、それとユーリさんとゆっくり話す時まで。


「この機会……次のためにも使うべきですね」


 魔力解析……やはり無理ですか。これだけの対象があるのに、相変わらず魔人化の手法はわかりません。魔力が魔物と同質化しているのは初めて魔人を見た時からわかっていますけど、全く別種の存在に変わるようなその作用は再現できる気がしません。

 正直。それができるなら、わたしを人間に変えてしまうことができるのでは、などという夢も見たのですが。


「……やめましょう」


 余計なことを考えればそれだけ時間は過ぎます。魔族のみんなが危険なのは当然として、今は世界のすべての種族が同じです。

 それにララさんが心配です。「何かあれば力になる」と宣言したのですから約束は守らないと。それ自体はユーリさんも聞いていましたし、直接は無理でもできることを限界まで。


「……加速解除アクセル・オフ


 周囲の時間が瞬時に等速に戻り、あちこちの魔人の魔力が消滅しました。同時に七倍速で身体を動かしたダメージのうち、身体強化で軽減しきれなかったものが襲ってきます。


「っ……周囲の状況では……致命的になりますね」


 回帰で回復し、体勢を立て直します。膝をつくことはできません。その時間すら惜しいです。


「アエテルナの魔人……殲滅しました……他に向かいますね」

『了解。えーと』

「しばらく大丈夫です……他の方のサポートをお願いします」


 超広域探知。エルさんの仕事も少しは楽にしなければ。

 何よりもララさんのところに向かったユーリさんを失望させるわけには行きません。そこは躊躇わずにいきましょう。



 窓から飛び出したのはいいケド、今アタシはユーリさんがよくやってるみたいに空中に作った防壁を蹴ることで移動してた。

 飛べるって昔はすごい利点だと思ってて、吸血鬼ヴァンパイアのお父さんに感謝したこともあるケド、コレができるようになると速さが段違いなんだよネ。ゴメンお父さん。

 ソレでも、力の価値はなくならない。無詠唱で自由化された血液操作の力を使って、倒した魔物の血で血剣をドンドン増やしていく。

 血剣の実態は魔法剣でもあるから、コレだけで結構有用みたい。ウォーターカッターの出力を微妙に落として、ユーリさんの焼成矢射出みたいにガンガン打ち出していく。刺さったら話に聞いた“血液循環への割り込み”で一撃必殺。


「でもソレが効かない相手もいるから、ネレリーナさんの剣も借りてきて良かったカナ、っと」


 血剣を弾いた魔人。遠くのはウォーターカッターを使うけど、至近距離は剣で両断。魔法剣を使わなくてもコレだけで魔人を倒せるのはすごいネ。ユーリさんが風牙で魔人の腕を切り飛ばしたっていうのも納得カモ。

 無限色の翼プリズムグラデーション・エール。ティトリーズ様はスゴイ仲間を見つけたんだナァ。アタシもそんなヒトたちの一人になれるのカナ?


「ティトリーズ様とゆっくり話すのがタノシミ!」


 ともあれ、まずはコノ事態を片付けないとネ。よっし、ヤルゾー。



 エルさんの指示に従って、身体強化と魔法加速で最短距離を突き進む。道中の魔物は防壁を張って体当りして無視。魔力ももったいないし。

 世界中に現れたっていう魔人。アエテルナの会議室で周辺地図は見せてもらったけど、この世界全部を地図にするとどれくらい大きくて、そのどれだけが魔人に塗りつぶされてるんだろう。そのうちのどれだけを自分が救えるんだろう。


「……世界って、わたしが思ってたよりずっとずっと広いんだね」


 エルさんの手元には世界地図があるみたいだけど、そのすべてを巡れる日が来るのかな。

 いつかユーくんや他のみんなと一緒に。そのためにも、ここで世界を壊しちゃうわけにはいかない。ちゃんと守らないとね。


「見えた……行くよ」


 ウォーターカッターだけじゃない。ユーくんから貰った魔法の力のすべてで。



「お嬢ちゃん、あぶな……くなかったな」


 走り抜けながら一閃。居合というのでしたっけ? 魔人ははるか後方で腰の辺りから二つに分かれました。

 刀を打ち始めて、完成して、その使い方にもだいぶ慣れたと思います。ですが、ユーリさんの言っていたようにこれでいいのかというのは疑問が残り続けますね。

 刀にこだわりはありますけど、破斬剣のようなものも作りましたから私自身の使う物は直剣に回帰する可能性はあるでしょうか。でも二人で刀を使うのもいいのかも。

 ユーリさんの学院卒業も近いわけですし、やりたいことがようやくやれるようになるのは嬉しいですね。真打の完成も。


「ガアアア!」

「お嬢さん危ない!」

「だからお嬢さんじゃないです!」


 でも今は、この鬱憤もこれまでのものも合わせて魔人や魔物にぶつけましょうか。ある意味で刀の力を本気で試して測るチャンスでもありますからね。



 基本的にどの街や村にも冒険者はいる。滞在はもちろん、依頼を受けて定住に近い形で守護を担うこともある。

 だが、そのランクは当然一定ではない。魔人一体をそれなりの驚異として処理できてしまうところもあれば、消滅の危機となってしまう場所もある。この村も後者の一つであった。


「なにこいつ!? 魔族なの!?」

「俺は以前に会ったことがあるが、こんな感じじゃなかったが……そもそもコイツ、昨日暴れてたあのオッサンなんじゃないか?」


 人型。異形。敵。そんな単純な単語が単純な誤答を導くことはあるし、四人の中の一人の叫びが全員の観念を固定してしまうこともある。

 あるいは魔人を大量発生させた者はそれが目的なのかもしれないが、答えを知ることはできないし多くの者はそんな予測すらできない。

 何より、そんなことを考えている余裕がないというのが大きいが。


「剣は足止めにしかならないか。魔法は?」


 前衛の剣士が後衛の魔法使いたちに目線を送る。問われた二人は魔法の選択を一時中断し、答える。


「届いてない。ひょっとして、見た目に騙されているとか?」

「つまり、このサイズでダンジョンボスとか最上級ランクの魔物に匹敵する力があるっての?」

「じゃなきゃ僕らの攻撃が通じないわけないよな」


 もう一人の前衛の指摘にその場の全員が驚愕と恐怖で身を震わせる。と同時に、


『そうだよ』


 全員に聞こえる声がした。場の全体に響くような音量だったが、不思議と威圧感はなく、



「よい……しょお!」



 さらに続けて、空から降ってきたドレスの少女が魔人を叩き潰した。あまりの衝撃に土煙で何もかもが隠れるが、だからこそその瞬間は全員の目に焼き付いた。


「あのね、これは魔族じゃないよ。そう思うんだったらシムラクルムに行ってみればいいと思う。自分の目で世界を見ないと」

「えっ」


 土煙の中からした声にリーダーの剣士が声を上げる。が、暴風が起こりどちらの言葉も続けられない。

 土煙が吹き飛ばされたあとに残ったのは、ひび割れた地面と潰れた魔人だけ。

 彼らが滞在していた村を騒がせていたのはその一体だけだったので、辺りには静寂が戻った。


「……自分で言っておいてなんだけどさ。魔族も私たちとそんなに変わらないんだろうし、無茶苦茶に強くなるわけないしこんなでもない、のかな?」

「……かもね? そう思いたいし、そうじゃないとやってられない」

「……落ち着いたらあの子の言う通り行ってみるかい、シムラクルム?」

「……そうだな。俺たちは冒険者だものな。それも冒険か」


 あの少女は何者だったのか。魔族だったのか、それともまた違うなにかだったのか。

 スタンピードのときと同じく“世界各地で目撃された紅い髪と白いドレスの少女”の噂もまた後に迷走することは、誰もまだ知らない。



 フレイアさんと別れて帝国の北部へ。たしかこっちの方って母上の生家があったんじゃなかったっけ。

 よっし気合入った。一人でも大丈夫。やってみせるよ。


「……ユーリ君がいなくてもね!」


 探知で補足していた魔人に接敵。ネレリーナさんの剣に火柱ファイアピラーを付加して一撃で斬り捨てる。

 魔人の反応はまだいくつかある。その周囲に戦っている人の魔力もあるけど、四方八方に散ってるから走り回るのも魔力を消費する。

 なら、フレイアさんから教えてもらった魔法を試す時だ。


「集まってこいっ!」


 誘引。その実態は魔力探知にかける魔力量を増やして瞬間的に連射するだけの魔法。でも、加減は考えないといけないって。だからとりあえずフレイアさんがやってたのと同じくらいでやってみた。

 再度探知。よしよし集まって……んお? なんか魔人以外も。街の外の方から。

 感じたことのない魔力反応もあるけど、ハウンドとかゴブリンに似てるかな。ってことは。


「魔物も呼んじゃったー!?」


 やりすぎたー!? でも仕方ない。やるっきゃないね。

 こうなったらユーリ君みたく二刀流だ。私の愛剣も受けてみろ。


「こんなところで止まってられない。さっさと片付けて次に行かせてもらう!」


 帝国も守る。世界も守る。これからの私たちの使命、その一回目だ! 絶対にしくじるわけには行かない!



「と気合を入れつつ、魔物はさっくりとね」



 試合の時にはやらなかった、防壁で空に浮いて足元に火嵐ファイアストーム。構ってられないし。

 寄ってきた本命の魔人は魔法剣でそれぞれ一撃。ユーリ君が戦った魔人って、あの時持ってた片刃剣じゃダメで風牙で倒したらしいけど、今のとこそこまで強いのはいない。世界中に出てるって話だけど、アレがあったならこんなで十分とは思わないよね。


「陽動? なんの?」


 ふとそんなことが頭に浮かんだけど、どうなんだろう。帝都や王都に出たのは「強いのもいたけどそれだけ」って感じっぽかった。ということは。


「……気をつけてよ、ユーリ君」


 あの時みたいに、聖女様が本命の可能性が高そうだからね。せっかくお墨付きもらったんだからちゃんと卒業式やろうね、絶対に。



 魔人。当然ですがこうして戦うのは初めてです。ですが驚異とは思えません。ユーリくんのおかげですね。というか手合わせをしてくれる時のユーリくんのほうがよっぽど……いえいえ。

 さ、さて。ここを収めて次に行くにもお父様とお姉様を守るにも、何にせよやることは短期決戦。そう決めていたので大杖の補助と共にウォーターカッターの術式を複数構築したのですが、


「気をつけろ、ルートゥレア。それはダヴァゴンだ」

「……え?」


 お父様の言葉に動きを止めてしまいました。振り返りながらも探知は続けていたので感覚だけで迎撃はできましたが、魔法自体は水属性放射ウォーターブラストみたいになってしまいました。


「オーリストル・ダヴァゴン。おまえを害しユリフィアスくんに」



「……そうですか」



 瞬間、意識が飛んで自分の中がぐちゃぐちゃのごちゃまぜになった気がしました。

 驚き。戸惑い。冷静。嫌悪。軽蔑。虚しさ。後悔。諦念。哀れみ。怒り。喜び。それ以外の言葉にできないいろいろ。どれがどうでどのくらいだったのかはわからないですが、そのすべて。

 それでも、頭を振ってあらゆる感情を一度押し流します。それから躊躇いなくウォーターカッターで目の前の敵を両断。オーリストル・ダヴァゴンだったらしいものは崩れ落ちました。一つ幕引きですね。


「守護。覚悟。証明。始末。決着。いろいろなものがひとまとめになるなんて不思議ですね。ユーリくんはこういう結末は喜んではくれないんでしょうけど」


 こぼれ落ちるものを吐き出しながら前進し、ウォーターカッターを放ち続けます。無心でいようとしていたらダヴァゴンに続いてお父様とお姉様を追いかけていた五体を倒すのに一分とかかりませんでした。


「レア……大丈夫?」


 近寄ったお姉様が抱きしめてくれましたけど、達成感ではない空虚さはなくなりません。


「わかりません。喜びの感情はないですけど、辛いとも思えません。不思議な感じです」


 心配に答えた声は淡々としていました。自分のことなのにまるで他人事のようです。

 ある意味で初めての殺人。元から敵ですし、これを人と定義できるのかは今は答えられません。ユーリくんがなんと言うかも今は考えないほうがいいでしょう。

 深呼吸と瞬きで気持ちを切り替えます。


「今は……わたしにできることとやらなければいけないことをやるだけです。頼まれましたし、配慮もしてもらってしまいましたから」


 ただそれだけ。後悔するような何かがあれば、それは後ですればいいです。


「すまない、ルートゥレア。背負うものができてしまったときは私も一緒に背負おう」

「もちろんわたしも。だから気をつけてね、レア」

「はい」


 行きましょう。敵はまだ数え切れないほどいるのですから、ここで躊躇って誰かを不幸にするわけにはいきません。自分で言ったとおり、やれることをやりましょう。それくらいできなければユーリくんの隣を歩くことなんてできません。



「……みんながんばってるね」


 色んな方向から伝わってくる情報を整理すると、仲間だけじゃなくていろんな人たちが大事なものを守るために戦ってる。

 少しだけ悔しいかな。私だってできることはあるはずなのに。戦う力はあるんだし。


『悩む必要はないぞ、エル』

『そうですわ。貴女にしかできないことが今ここにあるのですから』


 土精霊ノゥ水精霊ディーネがそう言ってくれるけど、なんかね。もっと早く私の体質に気づいてたら良かったのになって思っちゃう。


『でもそうしてるとえらい指揮官みたいだよね、エル。かっこいいよ』

火精霊サラの言うとおりかも。人の動きを決めるなんて責任重大じゃない?』


 火精霊サラが笑いながら私を褒めてくれて、風精霊フィーがウィンクしながらそれを肯定する。

 気を使ってくれたんだろうけど、そうだね。これは私にしかできないことだね。私もできることをやらなきゃいけない。



『エルフェヴィア姉。次はどこに行けばいい?』

『わたくしも次に向かいます、エルフェヴィアさん』

『エルさん、次はどの辺りですか?』

『探知範囲が広いのも考え物かなあ。でもとりあえず見つけた魔人は全部燃やし尽くせばいいんだよね』

『広域殲滅魔法のようなものを……創るべきですかね……この距離をカバーするには……でも……それはそれでどう制御と制限をするか……』

『ヨッシ、オシマイ! エルさん、ツギはどうします?』

『効率的に行ってるとは思えないけど……どれくらい進んであとどれくらい残ってるのかな』

『ここは完了です。聞こえてくる声から皆さん順調なようですね。頑張りましょう』

『みんなすごい速さで進んでるね。エル大丈夫? 手伝ったほうがいい?』

『誘引失敗するんですけど! 魔物まで寄って来ちゃうんですけど! なんかコツとかあります!?』

『まだ魔力に余裕はありますね。頂いた魔力薬もありますし。エルフェヴィアさん、この次は』



「でも限度はあるよー! ちょっと待ってー!?」



 あちこちから通信が来るし! どれが誰で誰がどれでどこが誰!?



『……ぼくも頭がこんがらがりそう』

『……ですわね』

『……実は外に出た方が楽だったり?』

『……案外、一番忙しくて面倒なのはエルの役目かもしれんな』


 精霊たちは契約者が爆発するのを静かに見ていた。

 しかし、世界中からの情報を伝えるのが自分たちである以上は妥協できないのだった。

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