第五十章 “世界”が崩れる日
観客席やバックヤードから悲鳴が聞こえる。同時に炎や水の魔力の増大も感じるが、フレイアと姉さんたちだろう。
「ユリフィアス、こいつはもしかして」
エルブレイズ殿下も前々から騎士として気配の感知はできただろうが、強化の技能が上がった今は探知に近い反応が感じられるのかもしれない。周囲を見渡して苦い顔をした。
「はい、魔人です。けど」
それだけじゃない。オレたちの周囲にもだが、魔物まで湧き出している。
魔人の魔力は魔物と同質。魔物の魔力はダンジョンと同質。つまりこれだけいる魔人の魔力が撒き散らされれば擬似的にダンジョンが形成されるということか?
なら優先して魔人を潰すべきだな。魔物ならオレ以外でも対処できるだろうし。
空間収納から直剣を取り出し、エルブレイズ殿下に手渡す。風牙も取り出して腰に差す。
「ともかく、行きます」
「頼む」
意図的に身体強化や魔力放射をできるようになったとは言え、さすがに移動速度は魔法の使えるこちらが上だ。それに、固まって行動する意味もない。殿下なら「自分の身くらい自分で守れる」って言うだろうしな。
上空に飛び上がる。リターニングダガーを抜き、空気圧砲に装填。探知で魔人をロックして撃ち出す。
いろいろ試した結果わかったが、リターニングダガーの帰還条件は距離ではなく時間らしい。それもある程度の見通し線が必要。この使い方がベストだ。
再発射。さらに戻ってきた刃をもう一度撃ち出そうとしたら、通信魔道具が接続される感覚がした。
『ユーリ! 魔人が!』
エルか。精霊を通して教えてもらったのか。
「わかってる。とんでもない数だ。王都を落とす気かもな」
だが残念だったな。そのつもりだとしてもまだこんなものじゃ、
『そうじゃない! 世界中に!』
何? 世界中……世界中!?
「ここだけじゃないのか!?」
ここだけでも数え切れないのに、他もこうなってるのか? 魔人の適能者、多いってレベルじゃないだろ!
『王国もそこだけじゃなくて、前に行ったユーリのお家も、アーチェリア……ティアリスのお父さんのいる所も。帝国もあちこちに……リーフェットの方にはネレが走っていったけど、あとはステルラもシムラクルムも』
「……嘘だろ」
『私もそう思いたいけど……』
嫌いな台詞の一つだが、無意識に口から出ていた。エルや精霊を疑う気はこれっぽっちもないが、嘘だと言ってくれたらどれだけ安心できるか。
世界中各国各場所。だとしたらまさに大陸全土だ。魔人なんてそう簡単になれるものじゃないはずなんだが、敵の技術が進んだのか人間がそれだけ救えないのか。どちらもどっちならいいってものじゃないが。
いや待て、一国足りていない。むしろそこだけは直接連絡が来ないといけない場所が。
『それだけじゃなくて……ララと連絡が取れないの。プロメッサルーナにいる精霊とも』
「っ、ララ! 答えろ! 聞こえてるだろ!?」
応答がない。
前回王都に湧いた魔人どもはララを狙って来ていた。あの時も今回も本命は聖女か!
通信魔道具は魔法の力を利用している。阻害されることはあるかもしれない。だが、世界に遍在する精霊と意思疎通が取れないのはどう考えても異常事態。
加えて、ある意味でもう一つの異常事態が猛スピードで近付いてくる。
『ユーリ!』
「れ、レヴ!?」
ドラゴン状態で王都に姿を現すとか、それだけで混乱の元に。
いや待て。転生後に会ったただ一人、リーナさんだけが持っていた色を純化したようなこの魔力は。
「お久しぶりです……ユーリさん」
メイルローブのフードで顔を隠しているが、その特異な魔力の色を間違えるわけはない。オレがこの世界でただ一人、“真の魔法使い”だと思う相手。
「リーズ!?」
驚いて名前を呼ぶと、彼女はレヴの背中から飛び降り、オレがやっているのと同じように空中に展開した防壁の上に立った。フードを脱ぐと、見覚えのある顔がそのままある。
「今は話は……あれこれ言っている状況では……ないですから」
「そうだが……」
言葉を選んでいると、地上からも魔力反応が集まってくる。レア、セラ、姉さん、ユメさん、ティアさん、ミアさん、アカネちゃん、フレイア。つまりオレの事情を知る全員。
「ユーリくん!」
「みんな……」
「なんでって? レヴさんが来たのがわかったら集まるって、当然。ってかそれがなくても集まらないわけないけどさ」
セラが呆れたような顔をするが、それはそうか。このカオスな事態が下の混乱に反映されていないといいが。
集まったメンバーの中で、ミアさんだけが驚いた顔をしていた。そうか、オレを通して顔を知っているのは彼女だけか。
「もしかして……ティトリーズ様?」
「エルシュラナ・レリミア……ですね……はじめまして……話があれば道々」
言いながら、リーズは腰のポーチからなにか取り出す。道々?
「本来は……ユーリさんの判断を待つべきでしょうけど……他に手はありませんから」
通信用魔道具。それも人数分。それを渡すのに別にオレの許可は要らないが、いや。
世界中に出た魔人。
ドラゴンの姿のままのレヴ。
なるほど。考えていることはだいたいわかった。
「使い方は……わかっていると聞いています」
それぞれ試したからな。受け取った全員が手首にはめる。
「以後のやり取りはこれで……どこをどうと……言っている場合ではありません……全員でことに当たらなければ」
『わたしが飛んで世界中に送るから。詳しい場所はエルから聞いて』
それしか無いか。
「世界中? ってそれ、これが世界中で起きてるって意味!?」
「この状態がですか!?」
セラとレアが悲鳴に似た声を上げる。気持ちはわかる。ただでさえ足元の光景は信じがたいのに。
「その情報は正しいらしい。残念ながら」
世界中の精霊と交信できるティアさんが肯定してくれる。同時に自分の地元のことも聞いたのだろう。感情を抑え込んでいるような顔をしている。
「ってことは、リーベ様もエーデも……」
フレイアは帝国の知人を思い、
「お父さんとお母さんも……」
「お父様やお母様やノゾミたちも……」
アカネちゃんとユメさんはステルラの家族を思い、
「アエテルナも、スタンピードがあったのにまた……」
唇を噛むミアさんにはリーズが首肯し、
「もしかして、うちも?」
姉さんにはオレが頷きを返す。
『……襲われてない場所を考える方が難しいかも』
通信越しのエルの声はみんなに届いたらしい。一様に顔を青ざめさせる。
「な、なら早く行かないと。だよね、ユーリ君」
「そ、そうです。でもまずは近くから。ですよね、ユーリくん」
セラとレアがオレに方針決定を求めてくる。
何事にも優先順位はある。救われない人間を勝手に決めるわけにはいかない。
などとは言わない。
「……レヴ。何度も同じ場所を通ることになるかもしれないが、みんなを行きたい場所に送ってくれ。まず不安を払拭しないと出せる力も出せない」
『ん。わかった』
「でも……」
セラが難色を示す。この場には皇族の彼女もレアやユメさんやミアさんのような貴族もいる。フレイアだって元貴族だ。果たすべき責任はある。道理にも反しているのかもしれない。
それでもだ。
「ファイリーゼ領もか、エル」
『うん』
「ッ!」
ダメ押しに使う気はないしレアにも悪いとは思うが、決め手にするには十分な情報だと思う。
「何かに心を取られて勝てるような相手とは限らない。まずは憂いを無くすべきだ」
この面々がいまさら魔人ごときに後れを取るとは思わないが、不安は可能な限り消し去りたい。どうあっても後悔はするだろうが、最大のはさせたくない。それに「英雄が家族を守れませんでした」なんてのはナンセンスだと思うし、それで責めてくるような相手に守る価値があると思えない気がする。傲慢なんだろうけどな。
「ユーリさんの言うとおりダヨ。アタマとココロがバラバラだと力が出せないカラ」
「わたしも……そう思います」
ミアさんとリーズはスタンピードの時に似た経験をしているからか、オレの言葉を否定しなかった。
「オレはとりあえずここを受け持つ。後の連絡は随時適宜に……みんな頼んだ」
「うん、わかった」
「ユーリくんも気をつけて」
「お父さんとお母さんは任せて、ユーくん」
みんなとレヴが飛んでいくのを見送る余裕はない。一番デカい後ろ髪が残っているのはオレだ。さっさとここを片付けてやることをやらせてもらう。
動きながら探知。
さっきと比べて魔力が種々雑多入り乱れている。やはりレヴの出現が場を荒らしているな。上空からの狙撃は巻き込みと周辺被害を招くか。
まずは足元にいる殿下たちと合流しよう。上から見下ろし続けるのもよくないだろうし。
地面に降りるついでに、風魔法で周囲の魔物を打ち上げてから石畳に叩きつける。
「ユリフィアス」
「エルブレイズ殿下、今は詳しい話は」
「そうですね。ここは任せてください」
「……え?」
今、なんて?
いや、聞こえていたが。
「ハ……いいところはリードに取られたな。オマエの仲間が散ったってことはここだけじゃないんだろ? しかもそれとは別に気になってることがあるってツラだ。そっちに行け」
話は聞こえなかっただろうに、動きとオレの顔からそこまで読み取ったのか。それも王族としてのスキルなのだろうか。
説明の必要がないのもその申し出もありがたいが、そういうわけにも。
「甘んじて受けておいてください。僕たちとしてもこのままだと立つ瀬が無いですからね。いえ、僕だけかな」
リーデライト殿下に苦笑される。立つ瀬が無いってそんなことはないが……そうだな。信じるか、二人を。
「両殿下、こいつを」
空間収納から破山剣と大杖を取り出す。
身体強化したオレ以上の膂力を素面で持つエルブレイズ殿下なら、普通の大剣と同じ感覚で破山剣を使えるだろう。
リーデライト殿下にはリローディングスタッフを渡したいところだが、アレは探知が使える前提の装備だ。装備の差は勘弁してもらうしかない。ってそうか、誰かに渡しておけばよかったな。
「あのバカでかいののオリジナルか。こういうの、一度使ってみたいとは思ってたんだ」
「僕には大杖ですか。使ったことはありますが……」
リーデライト殿下、大杖は肌に合わなかったか。魔法制御力が上がれば上がるほど些細な抵抗による術式の阻害が気持ち悪く感じるからな。
だがこいつは強化と探知を併用して魔力抵抗部位を徹底的に潰した上、どんな属性の魔法使いが持ってもアシストが受けられるよう宝石を配置した特別製。制作企図自体は専用宝石が手に入らない風属性ゆえの苦肉の策でもあるが、殿下なら十二分に使いこなせるだろう。
「……悪くないですね」
「ご希望なら献上しますよ」
リーズに頼めばもっといいのを作ってくれるだろうからな。それなら一番うまく使える人の手にあるのがいいに決まっている。
「こっちの剣もか?」
「すみません、そちらはちょっと……」
そっちはネレがオレのために打ってくれたものだからな。エルブレイズ殿下には申し訳ないが。
「冗談だ。だが、機会があればもう一本頼んでおいてくれ。こんなの、使えば気に入るに決まってるからな」
「了解しました」
二人に背を向ける。カッコつけたわけではなく、聖都がこっちの方向だからだ。
オレが走り出すのに合わせて二人とも逆方向に突っ込んでいくのを感じる。
「行け、ユリフィアス!」
「聖女様によろしく伝えてください!」
行き先と目的までバレてるのかよ。ホント優秀だな、この国の王子様方は。




