第四十九章 たのしいお祭りの日
やっとと言うかついにと言うか、騎士・魔法両学院トーナメントの日がやってきた。
会場はギルドの演習場。わざわざそこが借り出されたのは、対抗戦の比ではないと予想された観客量のせいだ。
スヴィンの言っていたとおり、無色の羽根は予選免除で全員参加。水精霊の祝福はティアさんがやはり予選免除で参加。姉さんはもしもに備えるとかで、ユメさんとミアさんは救護班に回るとのことだ。
うちのクラスからはスヴィン、マーヴィー、アオナが予選突破したらしい。他のみんな、悔しがってたな。
他には騎士学院から十五名、魔法学院から八名の計三十名。それにまだ周知されてないが両殿下。サプライズってレベルじゃなくなるなこれは。
ちなみにあと一名、参加したいと騒いでいた炎魔法使いがいた。無理に決まってるだろ。
「しかし、オレたちで出場枠四つも使うのは良かったのかな」
「そこはねえ……」
「わたしたちは事後承諾というか……」
うん?
「ほら、クラス全員で参加表明したんだけどさ。その後だったんだよ、優先枠が決まったの。予選でいい感じに敗退しようかなーとかあんまよくないことも考えてたんだけどさ」
「みんなはユーリくんが出ると思いこんでいて、わたしたちは出ないと思っていたんですけど……」
ああ、なるほどね。参加者が増えすぎてしまったことによる弊害か。力比べである以上は強い奴が上がってくるのは当然だが。
むしろオレを無理なく参加させるために決められたんじゃ。だとしたらとんでもなく申し訳ないことをしたのでは。
「まあ。楽した上に実力を隠したまま本戦に出られたのは幸運」
ティアさんとしてはそうなんだろうけど。逆に言うと予選を抜けてきた面子は疲弊してるわけだから、コッチが完全にズルすぎるんだけどな。
ともかく、脱落してしまった人の分まで観客を楽しませられるように努力しよう。参戦できなかったクラスメートの分も。
しかし……観客か。
「そう言えば、二人の家族は? レアのところなんか何をおいても駆けつけそうだけど」
聞いてみたら、二人とも困ったような顔をした。
「何やら急に絶対に外せない予定がこの日を指定してねじ込まれたと……怨嗟の言葉が手紙に長々と」
「うちも同じかな。そもそも来られるわけないけど、血の涙を流してるのが文面から伝わってきたよ」
二人とも愛されてるな。なんて思ったら、もう一人から絡みつくような魔力のうねりが。
「……なぜワタシを省く。ユリフィアス」
「ああいえ、ティアさんのご両親とはお会いしたことないですし」
忘れてたわけじゃない。というか、二人の家族が強烈だったのもあるかな。
少なくとも、一人娘が旅に出ることを否定しないならいい両親なんだろうとは思うけど。
「まあ。ウチは割と遠い。忙しいだろうし」
「ティアさんのところにも挨拶に行かないとですねー。結局クースルー家だけお邪魔してないですし」
「む。言われてみれば」
そう言えばそうだな。エルとの繋がりもあるしそのうちそんなこともあるのだろうか。
で、ハーシュエス家は……興味ないってことはないだろうが見ようとは思わなさそうだしな。うちも遠いし。
そんな話をしながら待機場所に向かうと、うちのクラスからの出場者の三人が既に待っていた。
「よう、来たな三人とも。クースルー先輩も。で、だ。なんか席には名前が書いてある……んだけどさ」
「うん。書いてあるんだけどさ……」
「……ああ」
スヴィンとアオナとマーヴィーに迎えられるが、何故か視線はオレに固定されている。
疑問に思って並べられた席を順に見るが、名前がない。オレのだけ。っていうか一席少ない。
どうなってるんだと思っていたら、魔法士団の制服を着た団員さんがやってきた。
「ユリフィアス・ハーシュエスさんはこちらにお願いします」
「「「「「「「はい?」」」」」」」
/
呼ばれて連れて行かれたのは、対抗戦のときにも使われていたマイクのような魔道具が並ぶ場所。
それはそれとしてだが、
「おう、来たかユリフィアス」
「待っていましたよ」
エルブレイズ殿下とリーデライト殿下が。あと、微笑むアンナさんも。
「案内ご苦労さまでした」
「はい……隊長もがんばってください」
第三隊所属なのか、オレを連れてきてくれた隊員さんとアンナさんは張り付いた笑顔でやり取りをして去っていった。
なに? なんなのこの席。
「解説者としてよろしくお願いしますね、ユリフィアスさん」
解説者? いやそんな気はしてたけどさ。でもだよ。
「あの……この並びにオレがいるのはおかしくないですか」
剣も魔法も使えはするけどさ。本物の王子二人と並ぶのはおかしいだろ。せめて手隙の先生に来てもらうとか。
「ふふ。ユリフィアスさん」
「はい」
いやさっきからずっと何その笑顔。
オレの困惑なんて完全に無視してアンナさんは、
「思考を放棄すればなんでも楽しくできるんですよ?」
ニッコニコの笑顔。
いや怖いわ。ブラックすぎるだろ。もしレインノーティアさんが見てたらトラウマが発動するぞきっと。
思わずリーデライト殿下を見てしまったが、笑って頷くだけ。どういう反応?
「ユリフィアスさん。いい加減諦めてください」
影しかない笑顔。
あ、そう言えば初めてファイリーゼ領に行ったときにセラにこんな顔をさせたな。
仕方ない。ここで逃げればアンナさんだけに累が及ぶ。オレも生贄になろう。
大人しく席につくと、アンナさんは深呼吸をして拡声の魔道具に触れる。
『会場にお集まりの皆様、おはようございます。本日はお集まり頂きありがとうございます。進行役を承りました、近衛魔法士団のアンナ・アースライトです。よろしくお願いいたします』
……ウグイス嬢かな? かなりいい声であるのは事実だけども。
『今回、エルブレイズ・リブラキシオム殿下の発案で騎士学院と魔法学院の両校で大規模な交流戦を行うことになりました。どちらの学院の学生も、お互いになにか活かせるものが得られることを期待します』
年度頭とはそれぞれ経験が違う。あのときにやり合うのとは違う結果が出るだろうな。戦闘領域も倍どころか四面分はあるし。
『加えて、サプライズとして両殿下にも参加していただくことになりました』
「「「「「「!?」」」」」」
参加者はもちろん、会場中から困惑の空気が伝わってくる。そりゃそうだ。ほとんどの人は王族が戦ってるところなんて見たことがないだろうし、敵にしろ味方にしろ戦う機会があることも想定してないだろうからな。
アンナさんが両殿下に目を向けると、頷きが返る。まずはエルブレイズ殿下が眼の前の魔道具を握った。
『エルブレイズ・リブラキシオムだ。近衛騎士団と騎士学院を預かってる。どっちの学院の奴も手加減は要らない。負ける気はないからな。胸を借りるつもりで向かってこい』
会場は静まり返っている。当たり前だ。
続いて、リーデライト殿下が魔道具に手を触れる。
『リーデライト・リブラキシオムです。兄が言ったように手加減の必要はありません。絶対的な上手とまでは言いませんから、勝つつもりで来ていただいても構いませんよ』
意外と好戦的な物言いだ。まあ、実力を示そうとしている以上は手加減されて勝っても仕方ない面もあるからな。
『お二方には解説としても参加して頂きます。それと、魔法学院から法士爵持ちであると共にAランク冒険者、さらに剣魔両方に通じているユリフィアス・ハーシュエスさんにも解説をお願いしています』
……やめてください。オレが何者かを大々的に晒さないでください。たとえもう無意味だとしても。
そんな願いが届くわけもなく、アンナさんから満面の笑顔を向けられ続けている。
『……ご紹介に預かりました、ユリフィアス・ハーシュエスです。微力ながら解説役……を務められるようがんばらせていただきます。よろしくお願いします』
この晒し上げ状態で他に何を言えばいいだろう。最前線に立つのが苦ではないとは言え、これほど大量の人の視線に晒されるのはそれとは完全にわけが違う。世界の存亡に立ち向かう覚悟はあってもこういう有名人になる気はない。
なんとなくだが、同情や憐憫の目が多く向けられているようなのが救いだ。それなら誰か代わってくれ。騒いでた炎魔法使いの炎皇様とか。
『よろしくおねがいしますね、ユリフィアスさん。ご観覧の皆様もどうぞお楽しみください。それでは、参加者の紹介です』
もうこれだけで燃え尽きた感さえある。当たり前だが、誰が出るかと試合の順番はいまいち頭に入ってこなかった。
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いやー、なんか私は最初の順番に好かれてるのかな。見事に第一試合だよ。
「よろしくお願いします」
「僕は魔法使いとこうするのは初めてだ。こちらこそよろしく」
魔力探知の感じでわかってたけど、今回は前みたいなことはないね。そこは良かった。
相手は騎士学院三年。魔法でやるのが筋なんだろうけど、ちょっと私自身の剣の腕がどんなものなのか知りたい。胸を借りよう。
でも、相手は私の構えた木の細剣を見て怪訝な顔をした。当たり前だけど。
「ハーシュエスくんといい、今の魔法使いは剣も使うのかい?」
「うーん、成り行きですかね」
そういえばほんとに成り行きだよね。ユーリ君と出会わなかったら魔法剣を使うこともなかったけど、剣を選んだのも流れ。肌に合ったから良かったけどね。後ろに下がってるのも性に合わなかったし。
剣を魔力強化……あんまりやりすぎると相手の方を折っちゃいそうだから、こっちが折れない程度にしておこうかな。
「二人とも、準備はいいかな?」
「構いません」
「こっちもいつでも」
「では、初め!」
開始の合図が響く。でも、踏み出さず距離は守ったまま。カウンターがあるかはわからないけど、相手の実力も読めないし。
「ふむ、では」
相手の踏み込み。一閃。反射的に受ける。打ったらすぐ引いて別の角度で連撃が来る。
身体強化と防壁付加のおかげで衝撃は伝わってこないけど、さすがこうして本戦に出てくるだけのことはある。本職じゃない私じゃまともに相手するのは無理だ。
「ハーシュエスくんと同じAランク冒険者だったっけ。それだけの実力はあるってことか」
「そのつもりです」
「木の細剣なら叩き折れるかと思ったけど、それも魔法かな?」
「そっちは秘密で」
でも、魔法の力を使えば別。ユーリ君と打ち合うこともあるけど、明らかに手加減されてるその時よりまだ温い。ていうか転生前からずっと魔法使いだった言ってたのになぁ。短いとは言えユーリ・クアドリだった頃の経験がハンパじゃないってことかな。
『え、と。激しい打ち合いですね?』
『……これ、騎士と魔法使いの試合ですよね?』
『まあ、アルセエットにとってもこんな機会はそうないだろうからな。とは言えこれがずっと続くでもないだろ』
拡声されたアンナさんと殿下たちお二方の声が届く。どれもごもっとも。
じゃあ、次の段階に進もうか。防壁を展開して距離をとって、
『おおっとぉ、セラディアさんの剣が燃え上がりました!』
うっ。実況されるのってちょっと恥ずかしい。単に火を付加しただけでもそう表現できるのか。
『いつも思うんだが、あの魔法剣ってやつは剣自体にダメージはないのか? ワ……“昔使ってた奴”は毎回剣をぶっ壊してたが』
『限界値を見極める必要はありますが、剣というのは製造自体がもっと過酷な状況で行われるものですからね。基本的には問題は起こりません。各属性の魔物に剣が役立たないということもないでしょう? さすがにその“昔使っていたお知り合い”というのは魔法の出力が段違いだったのでしょう。炉と同じ状況になれば当然融けてしまうわけですから』
『なるほどな』
嫌そうだった割にちゃんとやってるなぁ、解説。
……解説かな? よくよく思えば魔法剣ってあんまり考えずにやってた気がする。普通にできたし。っていうかフレイアさんのことを隠す気があるのやらないのやら。
「説明されてみればそうだね。木剣で向き合ってるこっちはたまったもんじゃないけど」
相手は打ち込んでこない。当然だね。木なら燃えるわけだし。その割に私の方は燃えてないわけだし。
今度はこっちからかな。
「行きますよ!」
踏み込んで、連撃。長く接触していれば燃える可能性もあるからか、斬り結ぶことなく受け流されるように剣が外されていく。
それだけの実力差があるってことか。まだまだだなあ、私。それに、ユーリ君が「自分より強い人がいる」って思う気持ちもわかったかも。いや割とユーリ君は最強クラスだけどね。
身体強化を全開にして飛び退く。わざわざ付き合ってもらったんだから私も役に立たないと。
「ありがとうございました。今度は魔法使いとしての私をお見せします」
「こちらこそ。改めてよろしくお願いするよ」
まずはいつもどおり火の玉。出方を見よう。
連射したけど回避される。しかも前進も。あの時とは大違いだ。
『セラディアさん、さすがの連射速度ですね』
『ええ。ですが彼の方もいい動きと予測です』
『前と同じはちょっとな。騎士学院の面目も回復しとかないと』
ホントに。なめてかかる気はなかったけどこれは焦る。ユーリ君みたいに風の魔力斬で攻撃と押し返しを同時にしてきたりはしないけど。
でもこれ、スタンピードの時にやったみたいに防壁を足場にして上からとかやったら封殺だよね。それはやめとこ。
「次!」
火の槍。レイアルドが使ってるのを見て、いまさらだけど使えるようになってみました。全部火だから同じって言っても形状の特性はあるよね。たぶん。
少なくとも、球より棒の方が速度は上がった。誰かには「……火は空気抵抗が無いんだからおかしいよなあ」って言われたけど。イメージ的なものかな。ウォーターカッターもそうだし。
さすがにこれを回避することはできなかったらしくて、相手は木剣で受けた。でも出力を絞ってるからちょっと焦げるくらいでダメージは無し。うーむ、やっぱり騎士に有利かも。ちょっとした怪我ならユメさんが治してくれるだろうけど……だからってねぇ。
「本気で来てくれて大丈夫だ。救護班には優秀な人材が揃ってるそうだから」
……見透かされたね。じゃあ、全部使って行こう。
「行きます!」
さすがに出力は絞ったけど、周辺全部に渡るような火嵐を使って、その中を魔法剣を構えて突っ切る。
そうだね。せっかくのお祭りなんだ、派手に行かなきゃ!
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『一回戦第五試合。開始します』
ユーリくんが参加するとは思いませんでしたし、その上で解説役になってしまったので表立って応援もしてもらえません。心の中では応援してくれていると思って頑張りましょう。
「両者ともよろしいですか?」
「問題なしっすー」
「準備できています」
軽い感じですけど、強いですこの人。セラの相手もそうでしたけど、対抗戦の時のように余裕を持ってとは行きませんね。接近戦の覚悟もしておきましょう。
「では、初め!」
探知。魔力の動きから相手の行動を予測。魔法はまず大きめの水の玉を用意。初めて見たアイリスさんや夢の中のユーリくんのように連射の材料として。それを牽制として小さな水の玉を発射と周遊させます。
けれど、相手は最低限の回避と直撃ルートを切り飛ばして向かってきました。咄嗟に大杖を魔力強化。剣撃を受け止めます。
「アルセエットちゃんもそうだけど、今年の魔法学院生は近接もこなすのかい?」
「クエストは臨機応変ですから」
「なるほどねっ」
大杖に蹴撃。身体にも入れられたでしょうけど、配慮されたのでしょうね。それを不服だとは思いませんしありがたいとも思っていられません。
一回戦を勝って帰ってきたレアが「空中戦は無しの方がいいよね」と言っていました。同感ですから、平面で考えなければいけません。学院と違って舞台がありませんし、どこまでも逃げることはできますけど。
『今回は魔法使い側が苦戦してるな』
『こういう機会はもう少し作ってもいいのかもしれませんねぇ。学年始の対抗戦しか経験がないというのも今思えばおかしいですよね。あとは、騎士と魔法使い混合でパーティーを組んでみるとか、次からは考えてみますか』
『うーん、魔法の覚え方として一撃必殺を重要視し過ぎましたかね。言い訳にしかなりませんけど、一撃必殺が使えないとなるとそれだけで決め手に欠けて圧倒的不利ですから。対抗戦の時よりは中距離になりますがまだ近接距離ですし。とはいえ、騎士と一対一というのも想定しにくい状況ではありますが、魔物とで同じ状況に陥ることはあるでしょう。そういう場合の対処を騎士から学ぶのは必要かもしれません』
戦い方についてはユーリくんの言うとおりです。でも、それを不満だとは思いません。戦略を考えるにはこういうのもいいですし、いつもユーリくんはこんな状況でわたしたちと模擬戦をしてくれているのでしょうから。
わたしだって、今後誰かに魔法を教える機会もあるでしょうし。
「やる気は無くなってないね」
「当然です。勝つ姿を見てもらいに来たんです。負ける気はありません」
何より、ユーリくんに残念だと思われるつもりはありません! 絶対に勝ちます!
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この面子で。三人目はワタシ。
けど。初戦からこの人とやることになるとは思わなかった。不運の極み。
「よろしくお願いしますね、クースルーさん」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
嘘だ。お願いしたくない。どうあっても面倒なことにしかならない。
『さて、オマエの姉の仲間とうちの弟だが。どう見る、ユリフィアス』
『そうですね……ティアさんが実力を出せるかどうかだと思います』
『だろうなぁ。いくら全力で来いと言われても限度はあるか』
『当然ですよ……わたしでも無理です』
言ってくれる。でも間違ってない。よく「誰に対しても平然としている」とか言われるけど。ワタシにも不敬罪の概念くらいある。そうでなくてもこういうまっとうな権力者は。いろいろ困る。
「手加減は不要ですよ……おや?」
殿下の視線を追うと。兄王子とユリフィアスがなにかやり取りを。
片方とアンナさんが首を振ってるのがわかるだけだけど。それでもなにかを諦めたように見えて。
『……ティアさんは割と小市民的なところがありますから、全力を出すのは難しそうですね』
ほう。
言ってくれる。
「聞こえた? 水精霊」
『とうぜんです。きこえないわけがありません』
本心で言っていないことはさすがにわかる。だからこれは間接的に兄王子様の挑発に乗らされているだけ。
でも言っていいことと悪いことはある。応援してくれるだけなら穏便に済んだ。
「……間違いなく兄さんのせいですから、あまり怒らないであげてくださいね?」
「それは。時と場合によります」
『ええ』
やってやろうではないか。あわよくば勝ってやる。ユリフィアスと当たるのはセラディアとルートゥレアを下して決勝まで行かないとだけれども。
「そ、それでは。お二方とも準備は」
「構いません」
「一人と一柱も問題なし」
「では、初めてください!」
杖に魔力を込める。ユリフィアスのおかげで魔法制御力が上がったからこそ。さらなる補助が見込める。
水精霊との水属性放射二面攻撃。さすがにウォーターカッターはまずい。殿下は、
「……烈火、二撃」
ごく短い詠唱。いや単語。それだけで迎え撃つように火属性放射で相殺される。
一人と一柱の魔法。それもユリフィアスのせいでだいぶ強化されたはずの魔法を完全に相殺された。
「殿下……強い」
『ええ。これはそうていがいです』
探知。ッ!?
思わず飛び退いてしまった。なにこれ。やばい。
「実は僕もそれなりに魔法バカでしてね」
さっきまでは気づかなかった。体型を隠す用途だと思っていた大きめのローブそのものも。服の下に隠したブレスレットもアンクレットもペンダントも。魔道具山盛り。完全武装している。
隠蔽していた? それも魔道具で?
「水精霊」
『ええ』
水属性放射以上ウォーターカッター未満の水魔法で攻撃してもらう。思った通り。死角から予備動作無しの魔法も魔道具の作った防壁に阻まれた。
「あなたたちと違って独力ではないのは心苦しいですが、これもまた戦い方の一つということで」
立場がどうとか抜きにして謝る必要はない。アイリスだって大杖を使っている。ユリフィアスなんて風牙というやりすぎの刀兼杖を使っている。ズルいとは思わない。
けれどこれが魔道具によるものだとしても。殿下の独力が低いと言えないどころか見えてすらいない。
「ふ。ふふ。世界は広い。ユリフィアスは正しい」
大杖や魔法剣の使用。ワタシも真剣に考えるべきかもしれない。
それでも。ただ負けるわけには行かない。そんなことしたらユリフィアスに笑われる!
『それはげんそうでしょうけど』
やれるだけやる!
/
「次、ユリフィアスさんの番ですね」
「もうそんなに進みましたか。早いですね」
両学院十五人ずつに殿下二人で三十二人。一回戦は十六試合だからもう少しかかると思っていた。
「頑張ってくださいね、ユリフィアスさん」
「負けるなよ。心配ないとは思うが」
「この約束は今日で消化しておかないと後顧の憂いになりそうですね」
アンナさんには応援されたが、両殿下からは割と背中を突かれている気がする。特にエルブレイズ殿下はこの次に当たる位置だからな。作為的か偶然かは知らないが。
「了解です」
立ち上がり、椅子に足をかける。
「って、ユリフィアスさん!?」
「これだけ目立っているのだからいまさらでしょう」
身体強化で跳ぶ。相手を待たせるのも悪いし、色々と思うこともある。
魔法も併用してステージの真ん中に降り立つ。そのまま相手に向き直った。
『……俺もあれやるか』
『こうして見ると悪くないかもしれませんねぇ』
『殿下方はやめてください!?』
解説席から悲鳴が聞こえるが、対戦相手は笑っている。
「派手な登場だね」
「緊張は解れただろ?」
魔法学院の制服と、それより目立つ狐の耳と尻尾。オレの一回戦の相手はアオナだ。
さっきまでは魔力が微かに乱れていたが、今はそうでもない。冗談みたいなことをやったかいはあった。
「ユリフィアスくんと当たれるなんて運が良かったな。それとも悪かった? 瞬殺だけはやめてね?」
「そんな気はないさ」
それじゃもったいない。アオナの知らないアオナを引き出すのがクラスメートとしてのオレの最大最後の役目だろう。
『それでは、一回戦第十二試合。ユリフィアス・ハーシュエスさんとアオナ・クオンさんの試合を開始します』
「両者、よろしいですか?」
「ええ」
「バッチリです」
と言いつつ、アオナが杖を構える様子はない。オレも木刀を握らず素手のままだけどな。
実際のところを言うと、杖、いや魔導宝石は携帯しているだけで効果がある。魔法の発生先に向けなきゃいけないわけじゃない。それなら柄の先に付けてるオレなんて常に自爆してないとおかしい。
「では、初め!」
アオナは蒼狐族の水魔法使い。どんな魔法を使ってくるだろう。
「舞い踊れ、水の盾矛!」
詠唱で辺りに無数の水球が浮かぶ。それに一瞬気を取られると、アオナの身体が揺れた。
よろめいたような動きからの一瞬の加速。揺らめくような踊るような動きをしつつ腕を後ろに伸ばして突っ込んでくる。
多くの獣人は人間と比べて身体能力が高い。アカネちゃんのような徒手空拳や、柄の短い取り回しのいい武器と相性が良くなる傾向がある。アオナも体術使いか?
魔力探知に違和感。ポイントは手。
視界を塞がないように腕を十字に組み、打点に防壁を展開する。刃付きの武器ではないと思っていたが、
「もう一撃!」
こちらも耐える。その得物に目が行ったのに気づいたのか、ニヤリと笑われる。
「イリルに作ってもらったの。ユリフィアスくんの剣を見て」
「誘引を使ったときは使ってなかったよな」
「奥の手は隠しておくものでしょ」
違いない。
アオナの両手には、甲に宝石があしらわれた手袋がはめられている。このデザインだと裏拳はできないだろうが、高度な感覚器官である手を魔力の操作器官と放出口に変えるのにはいい装備だ。
「守護を打に変えて!」
飛び膝蹴り。防壁のおまけ付き。スヴィンの火の壁もだが、防壁を攻撃に使う方法も考えついたってことか。
着地してすぐにオレを飛び越えるように前宙。背後からもう一撃。速いな。攻撃も退避も、
「交差!」
追撃も!
展開されていた水球のすべてが飛んでくる。盾で矛。呪文のとおりだな。
「っ、やっぱ無理かぁ」
食らったらダメージはあっただろう。だが、オレの防壁を抜くには足りない。そもそも本気の攻撃は躊躇うというのもあるだろうが。
仕切り直しで飛び退いたアオナに振り向く。彼女はしゃがんで……アンクレットを付けたのか。
「さすが目ざといね」
「魔道具で自力を上げるのは戦術として正しいよ」
いつだったか言ったように頼り切りになるのは危険だが、魔力節約やここぞという時の強化としては有用だ。リーデライト殿下もやっていたしな。
頼り過ぎなければ全力のさらに上を意識させる効果もあるし、こういう場で使ってみるのは悪くない。
「これでもクラスの女子の期待を背負ってるからさ」
地面に手を突いたアオナはそこで言葉を切って小声の早口で何かをつぶやく。「大地から噴き上がれ水の刃よ」、かな。
「そう簡単にはね!」
足元からの水の槍。
どんな奴でも真下からの攻撃は意識の外になることが多い。見えないのもそうだが、足場の信頼性を無くしたら落ち着いて立っていられないからな。ステルラで気をつけるように言ったのもそのせいだ。
宙を舞う。が、あの時と同じ。防壁で受けて飛んだだけ。
「チャンス!」
当たらなかった槍が向きを変えて襲ってくる。手袋型杖の制御向上だけじゃない。努力の成果か。
こいつを食らってみるのもいいが、それは逆に失礼だろうな。
探知で射線を予測。単純な回避先にも詰めが置かれている。素晴らしい。
瞬間的に完全停滞を手のひら大で発動。足場代わりに空中を蹴って回避する。体勢を立て直して着地。
「普通の相手なら全部食らってただろうな」
「それって褒めてる?」
「ああ。褒めてる」
魔力探知ができなければ下からの攻撃も予測はできない。空中に足場が作れなければ位置を変えることもできない。オレが例外だっただけだ。その例外さえも考慮して魔法を使っていたしな。
「そか。ねえ、もしも先に声をかけたのがレアじゃなくて私だったら……」
それは誰でも考えることかもしれない。レアとアオナだと二人とも水魔法使いだ。ホルンやスフィーもだけど。
その場合、水精霊の祝福との関係は変わらなかっただろうが、無色の羽根のメンバーは違ったかもしれない。オレの秘密を教える相手も。
「悪かったな。オレも割と人見知りと人間不信の気があって人付き合いの悪さや友達作りは悩んでる」
「あはは。だよね、“ユリフィアスくん”!」
クラスメートみんなについてもだけど、呼びたきゃ「ユーリ」って呼んでくれていいんだけどな。
また小声での詠唱。向けられた手のひらから水属性放射が飛んでくる。
カウンター。
居合。魔力斬と風魔法。すべて押し返す。
「ぶふっ! 女の子に水ぶっかけるとか!」
「そりゃ悪かった」
ぷるぷると震えるアオナを温風と湿度低下で即乾燥。女の子がずぶ濡れになってるのは色々と問題がある。このくらいは気を使おう。
「もう、冗談でも憎めないなあ。これで勝ったら色々お願いしたいところだったんだけど」
「悪いな。エルブレイズ殿下との約束があるから負けてやるわけにはいかない」
暗に「オレには勝てない」と言ったに等しいが、アオナは笑ってくれる。
「じゃあ仕方ないね。それでも体術の練習の相手くらいはしてくれる?」
「もちろんだ」
受けあった瞬間飛びかかられる。体術を剣術で受け、返し、攻める。合間にこちらも体術を取り混ぜ、さらに詠唱と無詠唱で魔法の打ち合い。
お互いにそれを繰り返す時間は、とても楽しく感じられた。
/
セラとレアは危なげなく二回戦を突破。レアの三回戦はリーデライト殿下だが、その前に問題はこっちだ。
アオナが「運が良かった」と言っていたが、本当にそうだろうか? なぜなら、第十一試合の勝者はエルブレイズ殿下。オレたちの枠の二回戦の相手。一個前の試合だったから組み合わせ発表の時点である意味対戦相手はすでに決定されていたわけで。いや、アオナが緊張してたのはそのせいもあったのかもしれないか。
「俺たちの番だな。ユリフィアス、“さっきのやつ”をやろうか」
「さっそくですか、兄さん」
「エルブレイズ殿下……」
リーデライト殿下が苦笑しアンナさんが頭を抱えるが、あまり時間をかけると大会自体が長引く。
「では時間短縮のためにも」
「さすが、話せるな」
オレは身体強化、殿下はほぼ素のままで舞台に跳び下りる。二階の窓くらいの高さがあるが、現実で人間はこんなことできるんだな。
オレたちの登場方法に会場が湧く。その中に混じってレアやセラからの応援の声も聞こえた。
「ようやくだな。できれば決勝が良かったし予想以上に早かったが」
「ですね」
決勝はなんだかんだで両殿下がやり合うことになるんだろうな。本気で行ったとしてもレアとセラはリーデライト殿下には勝てないだろう。あの実力と戦い方はオレも予想外だった。やっぱり世の中は広い。
「全力で来い……とは言えんな。手心は最小限で頼むぞ」
「わかりました」
殿下の仰る通り、手心を加えないわけにはいかない。とは言え、加減をしている余裕があるかはわからないな。殿下は強すぎる。
「お二方とも、準備はよろしいですか?」
「ああいや、待ってくれ」
審判役の騎士団員さんを殿下が止めた。何か準備があるのか?
「アレコレ言ったがそのままじゃ勝てる気がしない。コイツは最初から使わせてもらうぞ」
そう言って殿下は深呼吸をする。それが終わると魔力の濃度が上がっていく。漏出が抑えられ、体内循環分が増えていく。
「こんな感じでいいのか?」
「……はい。十分です」
身体強化。しかもオレたちのと遜色ないものを無詠唱でか。
殿下が木剣を構えるのに合わせてこちらも木刀を正眼に構える。
「すまんな。準備完了だ」
「こちらも構いません」
「了解しました。では、いきますよ」
審判の騎士さんも深呼吸。一拍おいて、
「初め!」
開始の合図がかかると同時に殿下が二人に見えた。
セラやノゾミとは違い、打ち込みの予備動作はない。こちらが呼吸をした一瞬に距離を詰められた。以前の状態でも速かったがそこに身体強化の力が乗っている。
一閃目を正面から弾く。そのまま二閃目。速くて重い。それが絶え間なく三閃四閃五閃。おそらく大振りになれば空いた部位を打たれる。かと言って小振りでは剣ごと弾き飛ばされるだろう。身体強化がなければ初撃で終わっている。
観客から見れば一進一退かもしれないが、こちらがなんとか耐えていることを思いっきり贔屓目に見てようやく互角の打ち合い。やはり相手の方がはるかに上手だ。
だが、オレも前回から無策じゃない。次の一合で仕掛ける。
「くっ」
魔力放射。これなら予備動作無しでできるし、打ち込み受け太刀どちらにも乗せられる。一瞬でも隙が作れたら、
「ビリビリくる……なっ!」
「ッ!?」
耐えられた上に返された!?
無意識に魔力を放射すること自体は誰にでもできるが、攻撃や防御にまで使えるほど洗練させるのは訓練がいる。
「策を持ってきたのがお前だけだとでも思ったか!?」
「仰る通りで!」
それでもこんなことで終わりにはしない。勝つわけにも行かないだろうし勝てるとも思えないが、上手とやれるこの機会を逃すのは惜しい。
無意識で使える魔法はいくつある? 身体強化武器強化剣速加速運動加速魔弾魔力放射各種防壁。もっと増やす必要があるな。しかも風魔法は構築から発動までのラグがある。気付かされることばかりだ。
「楽しいな、ユリフィアス!」
「ええ! これ以上なく!」
ともかく、展開した魔法に注ぐ魔力を増やして剣速を上げる。防壁は展開するそばからバキバキ割られててまったく意味がない。魔力放射は一瞬遅れたカウンターで全て返され続けている。
レアの試合解説でもそれっぽいことを言ったが、オレは戦闘狂じゃなくてどちらかといえば暗殺者の思考に近いだろう。継戦や防戦一方なんてストレスの極みだ。それでも今は戦うこと自体を楽しく感じる。これは今までなかった感覚だ。
いや、一度だけあったな。実技再試験で姉さんとやり合った時。力を出せるのが嬉しくてたまらなかった。
「こういうのはどうだ!?」
おそらくオレと同じような笑顔をしているのだろうエルブレイズ殿下。その手に持つ木剣が輝きを放ち始める。
これは……武器強化!?
「身体強化といい、誰かから教わったんですか!?」
「いや、やってたらできた!」
殿下は剣戟の片手間の話にも付き合ってくれる。
……いや、理由を聞くオレも意味不明だが「やってたらできた」ってそんなアホな。
「この世にやってやれない事はない。オマエを見てるとそう思えるからな!」
一撃の速度と威力が段違いに増す。魔法で埋めていた差が開き直す。
この世にやってやれない事はないか。その前提で他人がやってるんだからできないわけがない。真理だな。
まったく。リーズもそうだが、天才が本気になるとこっちの悪足掻きが丸裸で無駄になるな!
「オマエを楽しませられて何よりだ!」
「こちらこそ!」
だがそれを超えてこそだ。
こうなればもう、防御は木刀の反りを生かして受け流すしかない。今までできなかった訓練がこの場でやっとできるのはどんな皮肉だ。
魔力探知による攻撃予測。防壁による圧点の耐久強化。重心の移動による荷重ズラし。防壁を付加した刃を滑らせる打点移動。考えられる技法すべてを使って耐えるしかない。これでは勝負は決まっている。が、胸と腕を借りよう。こんな機会当分ない。
「前もだが、本来の剣なら負けてるのは俺だろうな!」
「ですが今はこの状況ですから、っ!」
「さすがだ、やるな!」
よし、数十合に一合だが反撃もできるようになってきた。殿下が手を抜いてくれているのでなければだが。
こうなったら全部捌くのではなくて、いくつかはあえて受けて逆に打ち込み返すか。攻撃は最大の防御だ。
「オマエがまだ成長してるってのが恐ろしくもある。オマエを強くして、その強くなったオマエと打ち合えば俺もまだ強くなれるんだろう、が」
距離が開けられる。仕切り直しということかと思ったが、
「さすがにここで負けると……面目が立たないからな!」
剣への魔力供給が増える。素振りと共にその魔力が切り離され……魔力斬まで!?
「っ、の!」
剣速と魔力斬の速度は比例関係に近い。ここから魔力斬で相殺するのは無理。木刀に魔力を纏わせて弾き飛ばす。
魔法への対処は常日頃から使っているこっちに一日の長はあるが、
「遅い!」
振り上げた木刀を返す前に超至近距離に入り込まれる。反射的に防壁を展開するが、当然のように突き割られた。
左耳の指一本外を切っ先が通り抜けていく。あるいはオレが避けたように見えたかもしれないが、
「……お見事です」
突きの軌道に対しては反応できなかった。殿下が外してくれただけだ。笑うしかない。魔法はともかく剣術はどうやっても埋めきれないな。
「参りました」
改めて両手を上げ、審判に敗北を伝える。
コールはかからない。会場も静まり返ったままだ。
『え、エルブレイズ殿下の勝利、ですよね?』
アンナさんが拡声するが……なぜ疑問形?
『……ユリフィアスくん、魔法使いですよね? しかも十二、いえ、もう十三でしょうか。やれるとは聞いていましたが、それで最強クラスの騎士の兄さんと互角に打ち合えるとか。ちょっと幻覚を疑いますよね。というか本当になんの試合でしたっけこれ』
しまった、やりすぎたか。それでも殿下が勝ったのだからいろいろと結果オーライ。
とはならないかもしれないな、これは。
「これで俺の一勝一分。本音を言うともうちょっとやっていたかったな。残念だ。オマエが全盛期を迎える頃には俺は鈍り始める頃か」
オレが二十歳の頃殿下は三十。そのくらいで腕が落ち始めるってのは早すぎるだろうが、それ以前に、
「まさか。殿下の腕が鈍るなんてそれこそ夢物語でしょう」
「は。期待に応えられるように努力するか」
本当に、努力を怠らない天才は無敵だな。
「またやれるといいな。今度は区切りを決めずに何度でも」
「同感です」
そうできればお互いにずっと上に行けるだろうな。そう心から願った瞬間、
「ヅッ!?」
「なんだ!?」
殿下自身は探知は使えないだろうが、テンションを上げていたせいで内在魔力や漏出魔力に対しての影響があったのだろう。身体を硬直させるオレに対して周囲を見回している。
周辺……会場の内外両方から黒く昏い魔力が膨れ上がる。この感覚は。
「魔人? な!?」
探知を拡大して数を数えようとしたが、無理だった。
いや正確には、“数えられるだろうが意味がない”。三桁いるかいないかのようなものは。
こんなにもいたのか、魔人の適能者は……なんて的はずれなことが頭に浮かんで消える。
だとしても、この数は異常だ。どうなってるんだ。




