Offstage プロメッサルーナの現状
「ソーマ様、おはようございます」
「本日もよろしくおねがいいたします、ソーマ様」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
朝の祈りを終えて、聖女見習い達と共に聖騎士と聖道士達の訓練場に向かいます。
こうするようになってさほど時間は経ちませんが、初めからやっておけばよかったと後悔しますね。探知で十分現状は把握できていると思いましたが、自分の目で見なければわからないことも多くあるものです。
そう言えば悠理が言っていましたね。「百聞は一見に如かず」でしたか。
歩いている最中、周囲や後ろから飛ぶのは羨望の視線。さらにその中に混じる嫉妬の視線。
妬むのは結構ですが、それでどうしようというのでしょうか。
選ばれれば聖女の価値を落として聖国を滅ぼし。
選ばなければ聖女を焼いてやはり聖国を滅ぼす。
どうしようもない手詰まりですね。そもそもなぜその心の在り方で光の属性を維持できるのか。いえ、光だけなら維持できるのでしょうか。
「……ソーマ様?」
「はい。なんでしょう?」
「いえ、なにか考えこんでおられたようなので」
そう聞いてきたのは一番の有望株のフィーリア。といっても、私同様これも本当の名前ではないのでしょうけど。
「貴女達の行く末を思っていました」
言葉として間違ってはいないのですが、誤魔化すことにはなりますね。心の在り方を説いたところでどうにもなりませんし。そんな経験はしたくなかったですし、しないに越したことはないですが。
「……ソーマ様は、後継者について既に決めておられるのでしょうか?」
私の心を言い当ててきたのはカリタ。聡い子です。ただ、彼女からは権威に対する欲のようなものを感じ取れます。加えて、最近では焦りも。そのせいか悠理と出会った頃の私のように力の減少が見られます。本人が気付いているかはわかりませんが。
「私の後継については誰にも可能性があります。この中にいるのかもしれませんし、いないのかもしれません。それはその時にならないとわからないでしょうね。幸運なのか不幸なのかは人それぞれでしょうけど、私の一存で決められる事ではありません」
基本的には、幸運なのは大司教に見出された子で、不幸なのは私に見出された子でしょう。探知ができるようになって聖女として成長してもその状況を変えることはできませんでした。
もっとも、フィーリアが相応しくてカリタがそうではないとは言いません。今はどちらも決定打に欠けるといったところでしょうか。やはり経験は重要だと思います。私がこの地位に居座り続けるのもいいことではないでしょうし、早く誰かに譲るべきなのですが。
そんな話をしている内に聖騎士隊と聖道士隊が鍛錬を行っている広場に着きました。
「みなさん、お疲れさまです」
「聖女様。いつも申し訳ありません」
「見習いさんたちも。ありがとうな」
多くの騎士や魔法使いが好意的に受け入れてくれます。名前を売っているだけではないのは魔力探知でわかります。けれど、そんな人達が黒い魔力を発するようになってしまうのかと思うと。既にそうなっている人もいますからね。
聖女見習い達は各々思い思いの所へ歩いていきます。近づかれた方はそれを微笑ましく思ったり励みにしたり疎ましく思ったり。まずは解呪の習得が必要ですかね。今日もこっそりかけておきましょう。
「……ん?」
「どうした?」
「っ、一瞬目眩が」
「大丈夫ですか騎士様?」
それぞれの鍛錬の状況を見守っていると、副聖騎士長様が隣に立っていました。探知には引っかかりますが意識には引っかかりませんでしたね。
「気配の消し方が大分上手くなりましたね、ヴァリー」
「お陰様で。ソーマ様に対してはまだまだのようですけど」
カヴァリエ・モラーレ。おそらくこの中では最も親しい相手でしょう。外から見た人が流した下世話な噂が私の耳を掠めるくらいには。
おかしな話ですよね。九羽鳥悠理の存在はどこへ飛んでいったのでしょうか。それに、その噂を流している人はヴァリーの事を何も知らないのでしょうかね。
「ソーマ様たちが来てくださるようになってから明らかに訓練の質は上がっています。ありがとうございます」
「必要だからやっている事ですからね。誰かは次代を継ぐことになるわけですし。そう言うヴァリーはどうなのです? “あれ”から実力は増しましたか?」
十五年という時間は一聖騎士から副聖騎士長という地位に登るには長いのか短いのか。それはちょっとわかりませんが、相応の力は手にしているのでしょうか。こうするまで話し込む機会も無かったですから。
微笑みかけてあげると、相手は困ったような笑顔で返してきました。
「どうでしょうね。いやまあ、魔法剣くらいは使えるようになりましたよさすがに。詠唱を無くす方はもう無理そうですけど」
そもそもヴァリーは騎士ですからね。魔法の方が不得手でも仕方ないでしょう。それでも魔法剣は切り札足り得るはずです。
「悪漢はもちろん魔人に遅れを取る気はありませんけど、本当にいつも思いますよ。ユーリがいてくれたらって」
そうですね。でも。
「いたらいたでずっと大変な事になっているでしょうけどね」
何度あんな大騒ぎが起きることやら。
悠理の世界だとそんな話が積み上がるほどあったそうですけど。いえ、物語の中だけでしたっけ?
「けれど、ユーリが居れば貴女もこんなに長く聖女を続けることはなかったかもしれませんよ?」
ヴァリーはそう言って、残念そうに笑いました。彼も私が聖女でい続けることを不幸だと思ってくれているわけですか。
でも、どうでしょうね。悠理がそばに居たなら逆に心が安定して死ぬまで聖女を続けることになりそうですけど。それはそれで不自由で、逆に聖魔法の力を失くして聖女をやめなければならなくなるかもしれませんかね。
「十字属性魔法使いの音沙汰がなくなってもう十年以上ですか。まさか死んでるわけ無いだろうにどこで何してるんだ、あの自由人は」
「……自由人とは生温い。唐変木は唐変木らしく女の子に囲まれて楽しくやっていますよ」
「え? はい?」
おっと、思わず本音と事実が。
「わわ、魔法が」
「え……なんで?」
ついでに聖道士や見習いたちの魔法行使に影響を与えてしまうくらいの魔力の放射も。まだまだですね私も。
「な、なんだか実感の籠もった話し方ですね? どこかで会いましたか?」
ええ、会いましたとも。今なら話もできますとも。なぜ隣にいられないのかと爪を噛むほどですとも。枕は濡れる前に無意識の魔力強化と放射で爆散しましたけど。
「ま、まあ? 元気に越したことはないですよね?」
「元気なのも考えものかもしれませんが……はあ」
ため息を吐くと心がやや冷えました。
いいかげん、私も聖女らしくなくなっているのかもしれないですけどね。博愛より強いものが心にあるのですから。
「次の聖女。平和なのはいいですがそれも考えもの……と言ってはいけないのですが、困難が人を成長させるというのは往々にしてあることです。この子たちも荒事に対しでもしなければ状況は変わらないのかもしれませんね」
「ええ、まあ。弛んでいるとまでは言いませんが、王都での一件が堪えて奮起した者もいるようですね。今回僕は居残りでしたけど、かなりの規模だったとか」
魔人。悠理が転生して行方知れずになってから一度だけ襲撃を受けたことがありました。その時はヴァリーはいたんでしたね。
「もしも同じ規模の事件が聖都であったら……」
「間違いなく瓦解するでしょうね、この国は。物理的にも精神的にも」
ヴァリーの不安に安請け合いをする事はできません。
もし次があるとすれば、きっとあの規模ではすまないはず。あれで十年の蓄積によるものを使い切ってしまっただなんて楽観視極まった発想は私にはできません。災いの種と悪意の芽はどこにでも潜んでいるのですから。その上、ここには風魔法使いとその仲間もいないのですから。
起こらないのが一番ですが、起こるとすればそれまでに少しでも聖女に近づける者を育てなければ。私がここを出ていく為だけではなく、守られるべき人たちを一人でも多く守る為にも。




