第四十六章 我らがクラスの力(約三名除く)
スモールトードの討伐以降、これまで何度も対魔物戦の授業はあった。それより上手と戦い続けているので正直どうでもいい面はあったしもう参加不要なカリキュラムだったが、この日は何故かクラスメート達全員に頼み込まれて重役待遇で参加していた。
場所は懇親会をした辺り。引率のリレヴィス先生は何もかも委細承知だったようで頭と胃の痛そうな顔をしているが……今回はオレのせいじゃないよな?
「それにしても、皆で頭を下げてまでなんでオレを引っ張り出したんだ?」
「いや、こうしないと駄目かと思って。あはは」
アオナがバツの悪そうな顔で笑った。狐の耳と尻尾もやや項垂れて見える。
駄目? 何がだ?
「ごめんなさい、ユリフィアスくん。断りにくい雰囲気を作り出そうと提案したのは私です」
首を傾げていたら、スフィーがもう一度頭を下げてきた。
断りにくい雰囲気? なんだろう。別に仮想敵みたいなのになれって言うなら断ることはないんだが、
「誘引ってのが使えるんだよな?」
レイアルドの言葉に理由をすべて察した。
なるほどな。誘引を使って魔物を呼べと。そりゃあ間違いなく断るだろう。危険が多すぎる。
ところで、誘引の話はどこから漏れたのかな? 容疑者は自白しないために目を逸らしているけども。
仕方ない、その辺りの追求は後でじっくりやらせてもらおう。
「使えはするがそんなに都合のいいものじゃないぞ。周辺の魔物を根こそぎ集めるか、弱いのを散らしてデカいのを呼ぶかって感じの魔法だ。場合によっては軽度のスタンピードにさえなる」
「構わないさ。むしろ望む所だ」
クレスが気合を入れるように拳と手のひらを叩き合わせる。
「俺らだって強くはなってるんだぞ、ユリフィアス」
マーヴィーがまっすぐオレの目を見てくる。
「セラとレアにも私達の力を見せないとね」
イリルが名前を上げた二人を見る。
「それにぃ、実力を試すのって必要じゃなぁい?」
テヴィアが髪をかきあげながら不敵に笑う。
「三人だって……アイリス先輩も合わせてだろうけどさ、不安を抱えたまま卒業したくないだろう?」
タリストが微笑を浮かべながら言う。
「防壁の話のときにユリフィアスが何を不安視しているかはわかったつもりだ。もっとデカくてヤバい敵を見てるってこともな。だから俺たちに後を任せられるってことを示させてくれ」
スヴィンがそう締めて、クラスの全員が頷いた。
「……みんな」
「本気なんですね」
セラとレアは驚いた顔をしている。たぶんオレもだろう。
なんとなく、リーデライト殿下がオレの事を本当に十二歳かと疑っていたことを思い出す。
その疑いは正しいがそれはそれとして、この世界では十五歳で成人と見なされる。魔法学院の卒業と同時だが、入学した時点……もっと言えば志望した時点である程度将来を決めているのだから、覚悟が前倒しになるのは別に特殊なことではないのだろう。
リレヴィス先生を見ると、心配そうな顔ながらも頷いていた。
「わかった。ただし、危険だと思ったら手を出すからな」
「さすがにその時は頼む」
オレ達無色の羽根とリレヴィス先生を守るようにクラスメート達が展開。ステルラで同じような事をしたのを思い出す。あの時は外側だったが。
「行くぞ」
弱めの魔力放射を連発。王都に近いこの位置にはいつも通りそこまでランクの高い魔物はいないが、懇親会の時とは戦力も頭数も違う。
不安はいくらでも湧いてくるが、信じて我らがクラスの力を見せてもらおう。
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環境復活は魔物だけではなく文字通り自然環境の回復も行う。懇親会の集合場所となったこの場は平時から開所となっているのだろう。ある程度の広さもあって見通しもいい。腰を据えて敵を迎え撃つなら悪くない場所だ。
遠間の木々の隙間からホーンラビットやハウンドが走ってくるのが見える。探知できる数は五〇もいないが、一斉に襲い掛かられれば重大な驚異になり得る。
あとは、大物が出てきた時の為にどれだけ早く数を減らせるか。
「来た!」
「役割分担どおりに。攻撃側は思い切りやっちゃって」
「おうよ。燃える火の力よ、球となりて敵を討て。火の玉!」
「こっちも。太陽のごとく輝き燃やし尽くせ! 火の玉!」
「大地の力よ、目の前の障壁を打ち砕け! 土の玉!」
攻撃魔法が飛んでいく。同時に防壁の詠唱も始まる。
「重なりし盾よ、尽くから我らの身を護り給え。多重防壁!」
「守るべきはわたしの仲間たち、その守護はあらゆる災難から。散開防壁」
「水の盾、散らばってみんなを守って。雨の防壁」
防壁の呪文。オレ達が無詠唱でやっているものを詠唱化するとこうなるのか。これはこれで興味深い。
張られたのは主に物理防壁。特性上内側からでも魔法はすり抜けていく。逆に突っ込んできた魔物は目に見える属性防壁を避けることに気を取られ、なにもない空間に頭をぶつけて突進が止まる。
「いい感じ!」
「二段目行くよっ! 貫け大地の一閃、土の矢……ごめん外した!」
「火よ貫く杭となれ、火の槍……っ、こっちも避けやがった!」
「っ、そ! 高ランク魔法はまだ制御が甘いか!」
誘引の効果はあくまで存在を認知させる程度でしかないし、永続的に続くわけでもない。引き寄せられてきた魔物はすでにこちらを群体として認識しており、意識をクラスメート全員に向けているやつも多い。本能的に魔力の探知能力を持っている魔物が回避行動を取るのも当然だ。
「なら動けなくすりゃいいんでしょ。リュフィ、足場崩しのアレやろう!」
「了解。確かなる足元よ、その存在を不確定にせよ、土から砂へ」
「流れる水がその動きを阻む、大地を川に!」
リュフィが土を砂に変化させ、ホルンが流した水を含み流砂となる。突然の地形変化に多くの魔物が足を取られる。
「アシストする! 漆黒の覆いが世界を包む、闇の装面!」
リシュタの闇魔法が別の魔物数匹の視界を奪う。
「三人ともナイス! 土の散弾!」
「土の矢雨!」
「火の三槍!」
固定標的となったハウンドやホーンラビットに次々と魔法が突き刺さっていく。アレンジしたオリジナル魔法もいい感じだし、スピードも悪くない。これなら間に合ったか。
「……来るね」
「……みんな、気をつけてください」
セラとレアの呟きに呼応するように領域の外の木が薙ぎ倒される。
現れたのはブラッドグリズリー。大物だ。
二足歩行していた大熊は上体を倒し、四足走行で突進してくる。
「スヴィン!」
「まだだ!」
介入しようとしたが、叫びと漏出魔力の増加で風牙にかけた手を押し止められる。
「土の矢!」
「火の玉!」
「水の玉!」
「我が友の征く道を作れ、土畳」
「襲い来るすべてのものから層となって我が身を守れ! うおおおお!」
残った魔物に向けて魔法が飛んで行く中、流砂の中にリュフィが道を作り、スヴィンがこの場のボスへ走る。叫んだのは複合防壁多重展開の呪文か。
熊と人との体当たりは両者激突で土煙を上げるが、積層化した防壁のおかげで拮抗状態で止まる。講義をしたかいがあったな。
「燃え上がって俺を守れ、火の壁!」
さらに火属性の防壁。だがスヴィンはそれを防壁だけとして使わない。
「対魔の壁よ、重ねて俺を守れ! おおっ、らぁっ!」
多重魔法防壁を張った両手を当てて力づくで押し込む。どんな無茶だと言いたくなるが、アカネちゃんは普通にやるしオレもたまに似たようなことをやる。詠唱では精度が落ちて反応にラグが出るくらいか。むしろ気合を入れた分かなりの強度になっている。
「今だみんなやれぇ!」
声に応えてさらに魔法が飛ぶ。残りはこのデカブツ一体。集中砲火。
一歩間違えば自滅覚悟だが、今のスヴィンは全方位に防壁を展開している。この位は耐えられ、
「……やっぱ怖いわ! 魔法防壁、後方にさらに多重展開!」
だろうな。たぶんオレでも怖い。
「ちゃんと避けて撃つから大丈夫だってば」
叫んだスヴィンにイリルがツッコむ。言葉通り、皆が撃った魔法はスヴィンを避けて左右や上からブラッドグリズリーに向かう。まっすぐ撃たれたものも後頭部の上に見えている顔に向かっている。
「グオォォォ……」
たとえ高ランクの魔物とは言え、ここまでの魔法乱射を受けて無傷ではいられない。何よりスヴィンの属性防壁で体表が煙を上げている。
「すごいね」
「ええ」
「皆さん努力していましたからね」
セラ、レア、先生が感嘆の声を発している。オレも気づいたら風牙から離した手を握りしめていた。興奮で笑みが浮かんでいるのもわかる。
「終わりだ! 俺の火魔法の力全部持ってけ! 烈火のごとく立ち昇れ、火属性柱!」
ブラッドグリズリーの足元から天に向けて火の柱が伸びる。
探知でわかったが、それがトドメだった。大熊の巨体がゆっくりと横に倒れていき、地響きを立てる。探知の使えないクラスメート達はしばらく状況を見守り、終わった事を認識してそれぞれ息を吐き出す。地面にへたり込む者もいたし、スヴィンは後ろ向きにぶっ倒れた。こっちは魔力に余裕はあるみたいだから大丈夫だな。
「っ、はぁ。やったぞ!」
「うっし!」
「やったぁ!」
「勝利ぃ!」
「やりましたね……!」
「被害なし。上出来よね」
「間違いない」
「うわあ、上位ランク撃破しちゃったよっ!」
口々に安堵や歓喜の言葉を発するクラスメート達。その熱は確かにオレにも感じ取れる。
「どうだ、ユリフィアス!?」
倒れ込んでいたスヴィンが拳を突き上げた。拍手で応えようかと思ったが、なんだかそれも違うような気がしたので歩み寄ってその手を取る。
「お見事」
「ありがとよ」
力を込めて引き起こす。微かな震えが伝わってくるが、多少の疲労と巨大な達成感故だろう。
セラの時も感じたが、やっぱり人の成長を目の当たりにするのは心に響く。皆にはことさら何かを教えたわけでもないけどな。
「まあ、お前たちに比べたらまだまだだよな。ってことは、まだずっと強くなれるってことだろ?」
「そうだな」
スヴィンに肩を貸して歩く。
この世界には、オレが気づいてないだけでまだまだ志を持った人達がいる。そういう人達の助けにもなれるといいな。
さて、まずはさっさとあの輪の中に戻ってリレヴィス先生を安心させてあげないと。今にも倒れそうだ。




