Material 科学と魔法
「完全停滞ってズルくない?」
中庭でのんびりと昼食をとっていたら、突然セラがそんなことを言った。
ちなみに、珍しくレアはいない。姉さん達水精霊の祝福と“水魔法使いの会”だとかなんとか。“風魔法使いの会”もどこかにないものですかね。
それは置いておいて。
「ズルいってなにがだ?」
「いやだって、最初に教室で使った時みたいに文字通り完全に動きを止めちゃえるわけじゃない? 皇城の時のだと防壁より強いみたいだし、そうしたらあとはタコ殴りでしょ」
そうだな。そういう魔法として作った気はないが、そうも使える。魔力結晶を作った時の鋳型や防壁として使うのも想定外だ。
「一応、防壁と同じで魔力放射とかで解けはするけどな。魔力の干渉を阻害すればいいわけだから」
「そうなんだ、いいこと聞いた。って、わかってるし使えるからいいけど、普通だったら何されてるかわかんないし解けないよね」
「そうだなぁ」
魔法も手品も英語では「マジック」だ。タネがわからないに越したことはない。いつかは探知が一般化するのかもしれないが、当面は無詠唱魔法はそれだけで必殺技だな。
「ていうかそもそも完全停滞ってどんな魔法なの?」
「ん? 文字通り空気の動きを止めてるだけだけど?」
魔法の名前についても一考するべきかな。詠唱しなくていいから何を使うかばれないし、どうでも良くはあるんだが。
「だから、それでどうやって人とか物の動きまで止めてるのかなって。それも科学の力?」
科学の力か。
いや、科学か?
「物理学かな。魔法で捻じ曲げられるから解明や発展はしてないようだけど、それ自体はこの世界にも原理としてあるものだよ。それにそこまで複雑なものでもない。水の抵抗の話はしたよな。同じように空気にも抵抗はあるわけで」
「え? そうなの?」
まあ、空気抵抗はさほど意識できないしされないよな。この世界で速度の出る一般的なものといえば早駆けの馬くらいだろうし、既知の最高速度もそれじゃないだろうか。
前の世界でも空気抵抗が最大限認識されたのってたぶん音速の壁だと思うし、この世界で問題になるのは当分先かもな。
「ある意味でそれが風の根源の一つだよ。手や扇で仰げば風が起こるのは運動時に空気を押し退けてるから。空気抵抗の力については、一回防壁無しで身体強化をかけて全力でその辺を走ってみればわかる」
「……なんかものすごく間抜けな事になりそうだからやめときたいかな」
かもしれないな。いつだったか見た“巨大送風機に立ち向かう人”みたいになりそうだ。
「そっか。だから風魔法使いのユーリ君が飛び抜けてあれだけ高速で動き回れるのか。空気の抵抗も制御してるから」
「そういう事。速度を上げる時に一番の課題が空気の壁でな。この世界でもそのうち鉄道……軌道の上を走る大量に連結した馬車みたいなものは開発されるのかもしれないけど、時速二〇〇キロとか出す上でどう空気を受け流すかっていうのが一つの問題だったらしい」
「え、じそくにひゃく……?」
「一時間で二〇〇キロ進むってこと」
「いやそれはわかるよ。むしろそれだけ進めるのがすごいって驚いたんだよ」
「一回の乗客は一〇〇〇人とかは?」
「……とんでもないね、科学」
どうだろうな。馬車馬と同じく馬力っていう言葉もこの世界にはないけど、引き車の構造や足並みを揃える必要を考えると最大でも二馬力くらいだろうか。新幹線の馬力はそれとは比較にもならないだろう。でも、魔法でその力が出せないかというとそんなこともないと思う。
だとしても、外部入力を使って誰もがほぼ等しく同じ結果を得られるという点は科学の最大の利点だ。コストを無視してエネルギー量を増やしていけばその効果は飛躍的に上がっていく。そのエネルギー生成と供給の問題は当然あったけど、科学はいつか解決してしまうだろうな。
でも、魔法もそうだが結局は使う人間が善悪功罪を決めてしまう。悪用される分には色々と限界のある魔法のほうがまだマシかもしれないか。
とは言え、力の悪用だけ考えたらオレも相当なレベルに到達してるのかもしれない。さすがにジェット戦闘機と渡り合うような動きをするのは無理だろうけど、撃墜すること自体は不可能ではないだろうな。
「ともかく、物体が移動するには空気を押し退ける必要がある。歩きと走りで違うからわかるように、速度が上がるほど必要な力は大きくなっていく。その抵抗を極限まで増加したのが完全停滞だな。理屈上は水や土でもできるはずなんだけどさ。要は変形も動きもしないものと押し合いをしてるだけだから。風と違ってどこかから持ってきて対空させなきゃいけないから魔力は余計に要るけど」
ただし、水も土も大規模化すると視認が可能になる。不可視で不可避なのは風だけの特権だな。
「そっか。そうだね。って、ん? 火は?」
「質量がないから無理」
「なんでええええ……」
いやそんなこの世の終わったような顔をしなくても。自分の属性だけ無理なのはそりゃ悲報の極みだろうけど。
「何にも長所と短所があるものだろ」
「じゃあ、火の長所は?」
火の長所。なんだろうな。
「一番大きいのは拡大性か。水も風も土もそうだし氷なんかもそうだけど、基本的に減衰されていくものだからな。ほとんどあらゆる物が燃焼剤になって威力が拡大していくのは火だけだな」
「ふむふむ」
ボール系魔法は基本的には飛ばして使うわけだが、それぞれ作用自体はあるもののその後の魔力を用いず継続的な効果が残るのは火だけだ。フレイアの炎は威力自体は大きいが、制御を手放すと無酸素状態や燃焼物の浪費を起こしてしまいすぐに鎮火してしまうことが結構あった。魔法剣の事例もあるし、強い事が必ずしもいい事だとは限らない。
「あとはエネルギー効率かな? 入力とか費用に対して出力が大きくて同時に安定してるのは物を燃やす事だから。こういう」
空間収納から魔法銃を取り出す。
「金属の球を飛ばす“銃”っていう武器があったんだが、開発されてから千年以上経っても爆発する粉末を使うのは変わらなかった。物を空に飛ばすのも結局は燃料を燃やしてどうこうしてたからな」
前の世界で軍事ネタとして見たのは、レールガンとか開発しようとしてたけど機構とサイズ的に軍艦にしか乗らなかったって話だったと思う。マスドライバーってやつに至っては構想しかなかったよな。あっちの科学力が今どうなってるかはわからないが。
「え。金属の弾を飛ばすって、そんなヤバいものも作ったの?」
「コイツは超音速貫通撃の術式を使ってリーズが作ってくれたモドキだけどな。威力がヤバすぎたからいざということでもないと使う気はない」
「ならいいけど……いやよくないのか色々と」
いざという時がどういう時かはともかく、そんな時は来てほしくないな。
「それじゃあ、今後は科学の力ってやつも教えてくれるのかな?」
「いずれな。まあ十字属性なんて触れ回られてたけど、なんだかんだでオレも四属性を極めたわけでもない。魔法としての火の可能性はフレイアやアカネちゃんやネレとも追求してくれ」
「くっそー、絶対に強くなってやるぅー」
おかしな流れでセラの闘志に火を点けたようだ。いや、薪をくべた感じか。
どちらにせよ、悪い流れではない。口角が上がるのを自覚しながら魔法銃を空間収納に放り込む。
「あ。その空間収納の話とかももう聞いていいの? ネレさんの持ってたカバンにも同じような付与がされてたような気がしたんだけど」
その話も別にしてもいいのか、今は。
「これは空間そのものの圧縮だな。規定した空間のXYZ軸……幅と高さと厚みを極限まで縮めて、戻らないように防壁で固定してる感じ」
戻すときは防壁を解除すればいい。そこは探知できるセラにもわかっているだろう。
「なるほどね。邪魔法って言ってたけど、ティトリーズ様の魔法なんだ」
「正確にはオレ少々とリーズの魔法かな」
「うん?」
セラが首を傾げる。確かに意味不明なことを言ったか。
「オレがアイディアを出してリーズが作ったんだよ。それまではこの世界にこんな魔法は無かった」
「へえ。……え。作っ、た?」
「そう。三日くらいだったかな。邪魔法としての構成に一日。完成に二日。ついでに転生前に魔法陣化するのに一晩くらい。冗談だったんだけどな。どうやっても物理学に反した行為だし」
「みっか、で?」
ブーストもバーストも各種疑似精霊魔法も大体いつもそんな感じだった。
リーズは空気圧砲を始めとする風魔法に関する発想や手法についても、検証に組み上げて想定の八割九割の威力で発動していた。おそらくオレの書いたノートの魔法はほぼ再現可能だろう。風魔法については転生してから証明するつもりだったのに。
「未だに邪魔法ってのがどういうもの……何を司る魔法なのかはわからないけど、リーズは過言無しの天才だよ。セラやティアさんは四六時中魔法の事を考えてるオレを『魔法バカ』って呼ぶけど、オレなんかまだ甘い方だ。転生魔法を作るのも一週間かからなかったからな、彼女は」
そういえば、「天才は九十九パーセントの努力と一パーセントのひらめきだ」って言葉があった。本来は「ひらめきがなければ天才にはなり得ない」って意味だって話もあったけど、リーズの場合はひらめきが大部分でそれを形にできるだけの知恵と思考と努力と運があるという……なんて表現すればいいのかな。
「はえー。常識外れはユーリ君だけじゃなかったんだね」
「それもよく言うけど、オレは単にこの世界の常識で話してないだけだろ? リーズはそれすらもあっさり超えてくるからな」
魔法についてはリーズこそが何色でもある無限色そのものだな。本人はあまりそれを誇りはしないけど。
「しかし、こういう話を気兼ねなくできるようになったのは楽でいいな」
今までふんわりややんわりとするしかなかった説明をほとんど誤魔化さずに話せる。誤った情報を与えないで済む事もだが、言葉を選ぶ苦労が無いのが一番気楽だ。
「こっちはある意味今まで以上に気が気じゃないけどね。疑問がすぐに解消されることで差し引きゼロかプラスって感じ。にしても無限色の翼の人たちみんなすごすぎでしょ」
「そうだな」
「……あのさ。自分はそうでもないって顔してるけど、言うまでもなくユーリ君もだよ?」
いや、オレは……ユーリ・クアドリは力なき異端者であり世界の異物でしかなかったと思う。望む姿となって皆が肯定してくれた今でさえその不安は消えきってはくれない。別の世界の知識の取り扱いに悩んでいたレインノーティアさんも同じようなことを思っているだろうか。
それが晴れる日は来るのかな。




