第四十四章 無限色の翼と無色の羽根と水精霊の祝福と
「この辺でいいかな?」
ハーシュエス家を出て王都へ戻る道の途中。レヴが立ち止まって辺りを見回した。
探知の範囲を広げたが周辺に人目はない。
「問題なさそうだ」
実家を発つ前に王都まで同道することも提案したが、口を揃えて「それはちょっとズルいから」と却下された。何がズルいんだろうか。
「それじゃあ、エル、レヴ。近いうちにまたな」
「うん。待ってるね」
「私も。その前にリーズと霊力の制御ができるか考えないとだね」
霊力に関する知識が増えれば精霊との交流もできるようになるかな。この世界のことをもっと知るためにも学院を出たら早くリーズと会わないと。
夢の中でのようにレヴの身体が輝き、ドラゴンに変わる。エルもその背中に飛び乗る。
『それじゃあみんなも、またね』
「レヴさんもお気をつけて」
「ティアリスもユーリと仲良くね」
「……善処することは考えておくかもしれない」
レヴとユメさん、エルとティアさんがそれぞれ言葉を交わす。ティアさんのは「そうでもなくもないこともないが予定は未定」みたいな返答だったが。
『行くよーエル』
「りょうかーい」
レヴは翼を羽ばたかせることなくふわりと空へ舞い上がる。
『またねー、ユーリ』
「今度はみんなでねー」
「ああ」
手を振られたので振り返す。”また今度”の機会までにはまだしばらくあるだろうが、今回も含めたような例外もあるかもしれないし、十二年と比べればすぐだ。
その“また今度”のいつかが来るまで座して待つわけにも行かないな。
「行っちゃったねー」
「あらためて……ドラゴンってすごいですね」
「そうだね」
「またお会いできるでしょうか」
「エルフェヴィア姉とも」
「アタシとしてはティトリーズ様カナー。楽しみ」
「……負けないように頑張らなくちゃ」
「あはは、そうだね。私も」
それぞれ思うことはある。オレの秘密を明かしたことで変わったものもあるだろうけど、皆にとっても良い方向に働くといいな。
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王都に戻ったらまずやること。荷物の整理? 装備の再確認? 明日の用意?
馬鹿者。そんなもの作戦会議しかないでしょうよ。危急だよ。
「どうするのレア」
「いえあの。いきなり部屋に連れ込まれてそんなことを聞かれても」
いやいや危機感なさ過ぎよルートゥレア・ファイリーゼさん。ていうか、いい加減に魔法か男かの違いだけの頭ユーリ君にしないと無理だよもう。
「ユーリ君のことに決まってるでしょうが」
「だとは思いましたけど」
だからのんびりしすぎだって。
「聖女の騎士様だよ?」
「うっ」
「ドラゴンの騎士だよ?」
「ううっ」
「魔族の王女様の騎士だよ?」
「うううっ」
「帝国の皇女様の騎士ではないけど」
「そこはそうですね」
……なんでいきなり冷静になるのさ。事実確認は大事だけど。
ていうか万が一それも追加されたらどーすんの。姉上のはフレイアさんだからありえないけど。
あ。だったら私の騎士はレアでいいかな。解決。
で、なくて。
「理由はいまだもって不明ながら当人に今はその気はなさそうだけど、割とユーリ君とくっつきたい人結構いるよね。フィリスさんも今の状態に呆れてはいるけど、アカネちゃん状態のアカネさんを見てたぶん孫のこととか思い浮かべてただろうし」
「ですよね、きっと」
アカネさんが可愛かったのは事実だけどさ。私だってユーリ君とアカネさんの子供とか思い浮かべちゃったもんなぁ。アカネさん自身は昔を思い出そうとしただけで“そういうの”を狙ってたことは絶対ないって言い切れるけど。
「別に一夫多妻状態でも罪になるわけじゃないけどね。結婚しなきゃいけないってわけでもないし」
「そこはそうですよね。みんなが幸せになるならそれでもいいとは思います」
レアらしいっていうかなんだかんだでみんな同じこと考えてそうだけどさ。何なら私がレアを嫁にしたいくらいですよ。ちなみに私はフレイアさんの嫁で。
「でも、そもそもユーリくんが誰を選ぶのかっていうのもありますよね」
あ、そっか。そういう可能性もあるか。
昨日の話を聞くまではみんな横並びだと思ってたけど、第一候補はきっとソーマ様だよね。命の恩人だそうだし。レアはもちろん誰にとっても分が悪すぎる。
やっぱりこう、勢いで押し切っていやいやいかんて。身体張ってでも止めるんでしょうよそれを。
「正直さぁ。入学したての頃ってこう、レアとユーリ君の関係を楽しく見守りながら学院生活を満喫して」
「楽しくですか」
今はそこはスルーでお願いします。ちゃんとフォローはするつもりだったし。
「そのままズルズル卒業して、私の事情とかそれなりに適当に聞き流して、ユーリ君の実家のそばかファイリーゼ家の領地で適当に冒険者やりつつ二人とセラちゃんは幸せに暮らしました。おしまい。みたいな人生設計だったんだよね」
入学前は、卒業してどっかのパーティーに所属して好きな人ができてその人にだけホントのことを明かして……とか想像してたけど。いや妄想かこれ。
「そのはずが遠くに来たよね」
「そうですね」
レアとユーリ君との出会いから始まって。冒険者になって。デカい蛇と戦って。対抗戦に出て。そのためにダンジョンに行って。魔人っていうのに襲われ、てはないか。フレイアさんと引き合わせてもらって。上級ダンジョンに行ってユーリ君との差を見せつけられて。魔質進化して。ステルラやシムラクルムへ旅して。スタンピードも経験して。卒業するって決めたと思ったら帝国に攫われて。その流れで私、レアと抱えてた事情は説明して解決して。
で、トドメのユーリ君が異世界人か。ユーリ君にとっては私達みんながそうだったわけだけど。
そう言えば「転生したのは強くなるためもあった」って言ってたけど、なんのために強くなりたいのかって聞きそびれたような気がする。ソーマ様を襲った魔人を倒したのもスタンピードを吹き飛ばしたのもユーリ君だしもう十分な気がするんだけど、それを超える脅威があるんだろうか。魔人を作り出してる組織とかかな。
「どれだけ贔屓目に比べてもまだまだだけど、あの背中を追っかけるしかないね」
「ええ。でもいつか横に並ばないと」
そうだね。レアはもちろんだけど私だって。
何色にでもなれるって言ってくれたんだし、無限の色の羽根の一枚にならないとね。
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聖女のソーマ様。エルフのエルフェヴィアさん。鍛治師のネレリーナさん。ドラゴンのレヴさん。まだ会ったことはないけど邪魔法使いで魔道具師で共和国の王女のティトリーズさん。すごい人たちと知り合いだったんだなぁ、ユーくん。
勝ち負けじゃないけど、負ける気はしないけどね。わたしはアイリス・“ハーシュエス”なんだから。
というわたしの何度目かの静かな決意は置いておいて。水精霊の祝福全員でユメの部屋に集まって今後のことについて相談中。これも何度目かはわからないけどね。今回はちょっと毛色が違うかな。
「ユリフィアスさんの秘密を知ったあとだと、離れるのが少し恐ろしくはありますね」
「ユメに同感。誰かに漏れたところで普通は信じようがない話だとは思うけど。絶対に漏らしてはいけない」
だよね。「物語の中の話を現実に持ち出してくるなんて」って笑われそう。
「それでも。あの時も言ったけれど。アイリスと巡り会ったのはこれ以上ない幸運」
「ええ。ユリフィアスさんからもたくさんの力を頂きました」
「それでアタシたちだけ強くなるのはズルいかなって気はするけどネ」
「そこは探知で人は見てるから、っていうのも物言いとしてひどいけどね。でもわたしもみんなが声をかけてくれてよかったのもほんと。遅くなったけど、ありがとう」
今までこの話をしたことはなかったね。いい機会だからちゃんと話しておかないと。
「この学校で幸せな生活を送れたのはみんなのおかげだよ。こっちこそいっぱい力を貰ってた。返そうとしても返せないくらい」
「頭を下げる必要なんてありませんよ、アイリスさん」
「そう。本音を言うと。こっちも打算くらいはあった」
「水魔法使いとして何歩も先にいたからね、アイちゃん。切磋琢磨する相手としてこれ以上のヒトはいなかったし」
そうは言うけど、そうじゃないのはわかってる。わたしは周りの優しい人に救われてばかり。これからみんなや誰かに少しずつでもなにか返せるといいんだけど。
「持ちつ持たれつ。そういう話。それよりこれからどうするかが重要……しまった。エルフェヴィア姉に旅のことを聞くのを忘れていた」
「マタその機会もあるでしょ?」
「そう思いたい。やれやれ」
あはは。ティアもちゃんと動揺してたってことかな。いつでも冷静に見えて案外そうじゃないのも知ってるけどね。
「一応、通信用魔道具は作ってもらえるよう頼んでくれるとは言ってたネ、ユーリさん。それは朗報じゃナイ?」
「そうだね。離れてても話ができるなんてすごいよね」
ユーくんたちに貸してもらってみんなで試したけど、あれが普通に使えるようになれば世界が変わりそう。隠れた悪巧みもできるようになるわけだから公にするつもりは無いって言ってたけど。
ユーくんってそういうところ慎重というか、悪く言えば臆病なんだよね。そう言えば「死にそうな怪我を負って」この世界に来ることになったって言ってたけど、どうしてそうなったのかっていうところは聞かなかったっけ。その辺りに関係あるのかな。
「手紙も良いものですけど、顔の見えない距離でも気軽に話せるのならこれ以上は無いですね」
「さらに。絵や動く絵……シャシンにドウガなるものも保存してやり取りできていたとか、お互いの顔を見ながら話せたとか。カガクは魔法よりすごいのかもしれない」
「ユーリさんいわく一長一短らしいけどネ。それでもあの科学技術っていうのにはちょっと憧れるナァ」
ユーくんの元いた世界、か。帰る気はないってきっぱり言ってたけど、ちょっとだけ実物を見たいって気持ちはある。ユーくんの故郷だものね。
「ともかく。話すのは魔道具。会うのは身体強化含めた魔法。これで何の問題も無くなった。そこはユリフィアスを褒めていいと思う」
「素直じゃないネェ、ティアちゃん」
「本当ですね」
うん。ユーくんの秘密はわたしたちの誰も想像のつかないものだったけど、おかげでわたしたちは繋がっていられる。ありがたいよね。
水精霊の祝福はまだまだ続いていくんだ。たとえ離れてもずっと。
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『ユーリもそろそろ王都に着いた頃かな?』
『こっちもちゃんと着いたよー』
寮の部屋に戻って空間収納に突っ込んだものを整理していたら通信が来た。
『本当にお久しぶりですね、エルさん』
『ご無沙汰……していました』
『よかったですね、エル』
オレとララを除いてメンバーが集まったわけか。オレはどうにでもなるが、あとは。
「ララ、そっちの方の状況はどうだ?」
『可もなく不可もなくですね。めぼしい子と交流をして能力の成長を促していますけど芳しくはないです。……少々威圧しすぎたでしょうか』
威圧って。まあ当代どころかおそらく歴代でも最高の回復魔法使いは存在そのものが大きいんだろうけど。
『こう言うと不謹慎ですが、共和国のスタンピードに居合わせれば大きな経験になったでしょうね。聖国にいるだけではあまりにも籠の鳥でありすぎます』
聖属性の根源は慈愛の心。なら救いを求める者達のいる場所で輝くものこそ本物、か。
けどな。地獄に居合わせるのはそれだけで才能だろうが、望んでいいものではありえないな。
「弔問や事後即応みたいなものは無理だったのか?」
『私も提案したんですが……大司教の数名が排他種族主義のようで、ここ数年はステルラやシムラクルムへの表敬訪問も叶っていません。リーズには本当に申し訳ないです』
『いえ……心を割いてくれるだけで……十分ありがたいです』
そんなところまで侵食されているのか。この分だとユメさんが聖国に呼ばれることはなさそうだな。むしろ命の危険があるかもしれない。
頭が痛いな。人の傲慢さや愚かさが目についてばかりだ。あるいはオレにもその傾向があるかもしれないが。
『力になれなくてすみません、ララさん』
『わたしも……何かできればいいのですが……ごめんなさい』
『いっそのことセラディアちゃんみたいに攫われてみたり?』
『わたしがドラゴンの姿で聖国に行ってみるとか』
『もしもの時はそうしましょうか』
「おいおい。って、聖国で暴れる事を考えたオレが言う事じゃないか」
最終手段としては悪くないかもしれないな。ドラゴンが迎えに来ればそれはそれで話の種として箔が付いたりするかもしれないし。
「ともあれまずは正当な方法でな。動けるようになれば聖国にも出向くからさ」
『うん』
『そうですね』
『わたしにできることは言ってね、ララ』
『わたしも……できることならば聖国へ』
『ええ。待っています』
ララの幸福を守るのはオレの使命だからな。さんざん待たせたんだから失望させないようにしないと。




