Offstage この世界の色
「……実験はこんなところか。くそ、なんだあの子供は」
「実験? こんなくだらないことが何になるんだ?」
アホなことを呟いていた黒ローブの後ろから話しかけたら、飛び退るように距離を取られた。
人相を隠すようにかぶっていたフードの下の顔が驚愕に歪んでいる。
「おいおい。まさか見てるだけで済むとでも思ってたのか? 幸せな奴だな」
「ど、どうしてここにいる? 何故気づいた?」
「さあ。どうしてだろうなあ」
今回の一件、遠因はオレが作ったと思っていた。魔物のテリトリーはそう簡単に変わらないし変異種がそうそう都合悪く現れるわけではないとしても、ヴェノム・サーペントが現れただけならオレも疑問を持たなかったし運が悪いと呆れただけだろう。
しかしポイズンマッシュというクッションを挟んだことがぼんやりとした違和感を持たせていた。さらに埒外の個体サイズに、そこにトドメの異常進化。
だからこそ超広域探知を使って、案の定引っかかった。今はさらによく見える腐った色の魔力が。
「やっぱりおまえら“混沌”の魔力は見るに堪えないな」
混沌。名前だけ見れば大仰ではあるが、単なる人間至上主義集団だ。ただ割と大きな組織なのと、理想の先が単色だってことをわかっていない辺りが救えない。
「……なぜ、貴様のような子供ごときが我らの」
「そういえばオレもそういうの付けたんだよな。名乗ったほうがいいのか?」
「おい、貴様」
どうもまだ思考能力が戻りきっていないらしい。自分の発言が支離滅裂な気もする。
「まあいいや。せっかくだからそっちは教えてやるよ。混沌とか名乗りながら実質ゴミみたいなクズ色単色が見苦しいから最初は虹色にしようかと思ったんだけどな。よく考えるとこの世の中は七色程度じゃ全然足りないだろ? お前らは知る気もないんだろうけど、中間色もいくらでもあるし。だからもっと増やすことにした」
「……まさか」
「で結局、無限色の翼って名前にしたんだが。今思うとやっぱり長かったかこの名前」
この世界にその概念は無いのになぜか問題なく通じるとは言え、英語とフランス語が混在してるしなあ。でもそれもまた多様性を表してていいのか?
「そんなバカな! なぜ貴様のような子供がその名前を!」
「全然人の話聞いてないな。まあ当然か。聞いてる余裕なんてもうないしな」
「なに、カハッ」
フードの男が口から血を吐く。なんだか図ったようなタイミングになってしまった。そんな意図はなかったのだが。
とは言え、芝居がかっている分にもその芝居がうまくいく分にも別に問題はない。
「自分で出したゴミは自分で処理する。実験以前に人生の基本だぞ、まったく」
「な、なん、ガハッ、グゲ」
「まだわからないのか? ヴェノム・サーペントの毒だよ。お求めの実験結果だ。返しとくぞ」
「グ、アガハ」
口からだけでなく目や鼻からも血を流し、男は倒れた。
さすがに気化した毒は化学兵器と変わらないな。今後どこかで使われないことを祈ろう。
「緊急クエスト、これで完了だな」
レアとセラの二人にはもちろん言わなかったし姉さんにさえ結局教えていなかったが、いずれ知ることになるだろう。ある意味で既に出遭っているとも言えるし。
この世界には。いや、どこの世界にも辞典や地図に絶対載らない魔物がいる。それはこの剣と魔法の世界だけでなく、オレの最初の人生の舞台でもある物理と科学の世界でも変わらなかった。
相互理解も共存も不可能な最悪の魔物。それは“人間”だ。