第四十二章 九羽鳥悠理とユーリ・クアドリとユリフィアス・ハーシュエスと
オレ、姉さん、父さん、母さん、レア、セラ、ユメさん、ティアさん、ミアさん、アカネちゃん、フレイア、エル、レヴ。総計十三人。ハーシュエス家の居間は大賑わいだ。
ただ、それは人数の面でだけ。みんな無言で視線をオレに向けている。その中でも五人だけが不安そうな表情だが、それが誰で理由が何故かは考えるまでも無いだろう。
「核心から話すと、オレは元々この世界の人間じゃないんだ」
「……大丈夫。ユリフィアスが人間ではないのは知っている」
「ちょ、ティアリス。ユーリは間違いなく人間だって」
「大丈夫エルフェヴィア姉。ワタシは間違っていない」
ドヤ顔のティアさんにエルがツッコんだが、たぶん許容量を超えてるだけだと思う。なんとなく目を回してるようにも見えるし。それは彼女だけじゃないけどな。
まあ、ティアさんには話の腰を折られたような気もするけど……こっちは許容範囲内だ。
「え、と? さすがのユーリ君でもそんなことを冗談や嘘で言わないとはわかってるけど。でも、ほんと? なんで?」
「前の世界で死にそうな怪我を負ったと思ったらこの世界にいたんだ。どういう力が働いたのかはわからないけどな」
「それって、この世界に来たら怪我が治っていたということですか?」
レアの言うことはある意味超常現象に近いが、
「意味合いとしては間違っちゃいないかもな。経緯をぼんやりと覚えてはいるが、はっきりと意識が戻ったのは聖国本教会の客室のベッドの上だった。実際は聖女ソーマに治してもらったんだが、世界を移って来なかったらたぶん死んでたと思う。元居たのは魔法のない世界だったから」
「……そこまで話すんだ」
レヴが苦笑いを浮かべた。そういう顔はあまり見たことがないな。
たしかに話し過ぎなのかもしれないが、隠すのはやめるって決めた。ララの本名の話や聖国で暴れる羽目になった話はとりあえず伏せておくけど。話が進まなくなるし。
「待ってください。ユリフィアスさんはアレックスさんとフィリスさんの息子で、アイリスさんの弟ですよね?」
「ええ。それは間違いないはずだけれど」
「……まさか入れ替わりとかか?」
ユメさんの疑問に母さんと父さんが不安そうに答えるが、それこそまさか。
「今のオレは紛れもなくユリフィアス・ハーシュエスだよ。九羽鳥悠理がこの世界に来てユーリ・クアドリって名乗り始めたのは十五……いや、もうすぐ十六年前になるのか? 当時二十歳だった」
「はい?」
「あれ? どゆこと?」
「んん?」
「え?」
「それでは計算が……え、ユーリ・クアドリ?」
レアやセラだけでなく両親やユメさんも首を傾げているが、
「それはひとまず置いておこうか。聖女様に助けられた“俺”はせっかくだからこの世界を見て回ろうと思った。ある意味二度目の人生だ。それからしばらくしてだな、エルと出会ったのは」
「ユーリにはピンチのときに助けてもらって。しばらく一緒にいてまたピンチになって助けてもらったんだよね」
「……さすがエルフェヴィア姉。雑」
今度はティアさんの言葉を否定できない。ざっくりとしすぎだ。
「二回目にピンチになったのはほぼ俺だけどな。人間の集団に襲われて。そこでこの世界にも人間至上主義みたいな考えがあることを知ったんだ」
「この世界にも、ですか。それはどこでも変わらないのですね」
ユメさんが残念そうに零す。その気持ちはわかる。
「そうですね。前の世界では人種族は人間しかいませんでしたから、他の動物とか植物に対してでしたけど。金の為や生存域を広げる為に他の生物を乱獲して滅ぼすようなことをよくやっていました。ただしそれだけに飽き足らずというか……立場を理由に他者を攻撃するのはこの世界にもありますけど、人種間や国家間や宗教間や派閥間でも割と簡単に戦争やってましたよ」
その辺りはレインノーティアさんとも共通認識だったな。世界の何処かで絶えず戦争してるようなものだったって。
「懇親会の時に言っていたこと、覚えています。年齢。家柄。権力。宗教。思想。言葉。肌の色。髪の色。体力。剣や魔法の才能でしたね。たとえ人間だけの世界になったとしてもそれだけで諍いを起こすと」
アカネちゃん、記憶力良すぎだな。言ったオレですら「腹立ち紛れに何か言った」ってことしか覚えてないのに。
「本筋から離れた話は今回は置いておこうか。楽しい話でもないし。でまあ、その後に出会ったのがアカネちゃんなわけだが」
「はい!?」
「ええっ!?」
「……ああ、やはり」
「そんな馬鹿な」
「おいおい」
「あらまあ」
当然、こういう反応になるよな。逆にアカネちゃんはなんだか嬉しそうだ。いや、なぜかユメさんもか?
「魔物に襲われたのを助けてもらいました。今はよくある話だと知っているんですけど、駅馬車の護衛をしていた冒険者が逃げ出してしまって。その後、こっそりと無詠唱での魔法の使い方や身体強化も教えてもらいました」
「アカネさんがわたしたち……いえ、ユーリくんと同じような魔法の使い方をしているのはなんでだろうと思っていましたけど、そういうわけですか」
「それ以前に、普通に話してるってことは二人ともとっくに打ち明けあってたってこと!?」
「はい。ほら、うちに来たときにユーリさんと二人で外に出たじゃないですか。あの時に。元々ユーリさんの役に立ちたいと思ってギルドの仕事を始めたところもあります」
「呼び方もユーリさんに変わってるー!? ってユーリ君もサラッとアカネちゃんって言ってたよね!?」
その辺は当人同士のアレコレがあるので。今後口調を使い分けなくていいのは楽でいいけど。
「なるほどなるほど。これは慶事ですね。よかったですね、アカネさん」
「ありがとうございます、ユメさん」
何やらステルラの仲間二人で通じ合うものがあったようだが何なのやら。さっきのも鑑みるに、少なくともユメさんにはギルドで働くようになった事情も打ち明けてたってことかな。
「次がネレ。っとそうか、彼女と直接の面識があるのはフレイアと姉さんとティアさんとセラだけか。世界最高の鍛冶師ネレリーナ・グレイクレイ」
「ネレリーナさんも!? 風牙を作ったのってやっぱり!」
ご明察。その辺りは数分とはいえセラもネレの剣を使ったからもあるのか。それにネレもあの時刀を使ってたからな。
「いや待った待った。フレイアさんのことを呼び捨てで呼んだってことは……」
「その前にレヴとの話があるな。そもそもレヴについてはこの中ならセラが一番詳しいんじゃないかと思うんだが」
「スルーしないでよってなんで私? え? レヴさんと? を?」
困惑しながらセラはレヴに目を向け、向けられたレヴは首を傾げる。
「セラのことはネレから聞いたけど、わたしが女皇龍だから?」
そうだな。エクスプロズ火山は帝国にあってセラはそこの皇女だったんだから、逸話くらいは聞いてるはずだろう。皇女として帝国史の勉強をする機会もあっただろうし。ともすればオレより詳しいんじゃないか。
「ド!?」
「ラ……?」
「ゴ」
「……ン」
「「…………」」
セラとレアとユメさんとティアさんが一文字ずつ口にする。マンガみたいだな。父さんと母さんに至っては気絶寸前になっている。
「この場だと無理だし、人のいる所で元の姿に戻るわけにはいかないから信じてもらえないかもしれないけどね」
レヴが微笑むが、事情を知らないほとんどの面子は何も返せず固まっている。ネレも最初はこんな感じだったか。
「ネレは鍛冶師としての在り方に悩んでたところを魔力探知と身体強化とオレの知識で自信を持ってもらった感じで、レヴとは友達になれないかと思って会いに行ったんだよな」
「うん。みんなとも友達になれたからユーリが連れ出してくれてよかったよ」
ネレについてももう少し色々あるが、そこまで話す権利はオレにはないだろう。そのうちお互いに自己紹介する機会も得られるだろうし。
「女皇龍のことはたしかに帝国史とか地理で教えてもらったよ。でも、私が生まれる前にいなくなったって聞いてたのに。冒険者や軍人の相手をするのが億劫になって、身を隠したかこの世界を去ったんじゃないかって」
その言葉を正しくするなら、「一人の冒険者の言葉を信じて山を降りた」とかになるのだろうか。結果的に失望させる事にならなくて本当に良かったと思う。
「それも間違ってはないかもね。意味もわからず攻撃されてもどうすればいいかわからないし」
「お察しします」
ユメさんが頭を下げる。獣人の環境とある種似ているからかな。友好的な相手もいただろうというのも。
「でも、よくドラゴンと友達になりに行こうなんて思ったよネ」
「前の世界では空想上の存在でしたから。逸話や噂話を総合すると言葉も通じない凶暴な生物ってわけでもなさそうでしたからね。物見遊山だったのは否定しませんし、ここまで友好的にしてくれるとは思いませんでしたけど」
「それはユーリがユーリだからかな」
「なんとなくわかる気がするけど、それでもそんな発想ないよ。あ、いや。リット兄上が同じようなことを言ってたかも」
リット兄上ってフォルシュリット第一皇子だよな。たしかに知的好奇心の強そうな人だった。風牙やネレのことについてもかなり質問されたし。
「まあその辺りの話も追々。レヴの次がフレイアだな」
「そっか、わりと遅めだったんだ私」
正確には、エルとレヴを引き合わせた後だ。レヴはまだ旅に出る準備が整っていないと言い、エルはまたまた迷子となって消えたその後。
「そういえばフレイアさんよね、アイリスの推薦をくれたのって」
「あ、はい。それもご挨拶が遅れて申し訳ありません、お父様、お母様」
「こちらこそ娘がお世話になりまして。なるほど、こういう繋がりだったわけかユーリ」
そういえばその辺の話もあったか。すっかり忘れてたが。
「オレとの話は炎皇の物語のほんの一部分なわけだし、あとでフレイアから聞いたほうがいいだろうな。せっかく本人がいるんだから」
「えー? 自分で自分のことを話すのは気恥ずかしいんだけどなぁ」
フレイアさんフレイアさん。今オレはそれをやってるんですが? 既に何回かやったことではあるけど。
フレイア自身も今ちょうど何度目かの転換点に立ったわけだし、過去を振り返って整理する意味でも誰かに話すのは悪くないと思うけどな。
「オレからはとりあえず、魔質進化の場に居合わせたとだけ言っておくか」
「うわ、ユーリ君三人も立ち会ったの? すごい運だよ」
「そうなる。聖属性を持ってたソーマもいるけど、進化するところを見たのはフレイアが初めてだな」
「ユリフィアスさんの人を見る目が確かということもあるのでしょうかね」
「そこは私が初めて……えへへ」
進化魔法使い三人からそれぞれ目を向けられる。最初の人物当人は照れ笑いしてるが、なんかそんなところがあったか?
「ふむ。ユリフィアスの側にいれば。パワーアップする可能性が高い。と」
どうだろう。常人よりは立ち会う機会が多いだろうし可能性が高いのかもしれないが。
でも要因がなあ。セラは煽り倒し。ユメさんは地獄の状況で想定外の事態に半ば偶然に。フレイアは上級ダンジョン最奥に満身創痍で放置された。どれも喜んで飛び込む状況じゃない。再現性が高いのはフレイアの状況だろうが、確実性があるならダンジョンでの死人はいないだろう。
「で、最後がリーズになる。この中だと直接の面識があるのはオレとエルとレヴだけだけど。リーズはシムラクルムで会ったヴォルさんとリーナさん……魔王ニフォレア・ヴォルラット陛下とティリーナ王妃の娘、ニフォレア・ティトリーズ。唯一無二の天才魔道具師にして邪魔法使い。疑似精霊魔法の基礎魔法陣のほとんどを組んでくれたのも彼女だ」
「ってうおおおい!? ユーリ君、魔王様たちともそもそも知り合いだったんかいっ!」
「……どんな因果があればそうなるのですか」
同じような立場であるセラに絶叫され、似た地位にいるであろうユメさんには驚きと困惑の目で見られるが、それはオレにもわからない。レヴが言う“人助け”の一環であったのは確かだけどさ。
「……ユーリくん、やっぱり各国の偉い人とお知り合いでしたね。わたしはどう足掻いても普通の人ですよねこれでは」
そんな中、何故かレアが真っ白になっていた。いや、今の所ステルラはマコトさんだけだしリブラキシオムの王様とは面識がないけど。姉さんやフレイアもリーズを除いた同じ面子と会ってるしな。
それに、レアはある意味姉さんと同じ立場だ。早晩その事も知るだろう。
「でまあ、ユーリ・クアドリと聖女ソーマとエルフェヴィア・ニーティフィアとネレリーナ・グレイクレイと女皇龍レヴァティーンとニフォレア・ティトリーズで、無限色の翼なんて名乗ることにしたわけだ」
「うん」
「そうだね」
名乗ることにしたっていうか、その言葉の並びについてはリーズと話してたことをそのまま使った感じだ。別にパーティー登録してるわけでもないし、今のところ大層なお題目があるわけでもない。極一部に名前が売れてるくらいか。
「無限色の翼。わたしたちのパーティー名もそこからなんですか?」
「あの時言ったとおり直感だったけど、意識しなかったと言ったら嘘になるかな。無限の色の翼のどこかには透明な羽根があるだろうから」
「うーん、そう思うと複雑というか運命的というか狙われてたというか」
なんだ最後の。何も狙ってないぞ。
「それで? 最初に後回しにした年齢というか、ゆーりくあどりさんとユーリ君の問題は?」
「ユーリ・クアドリについての結末がそれだな。と言っても簡単な話だ。魔法で転生したのさ。そういう意図はなくとも邪魔法使いのリーズと知り合いになったからな。そのための魔法を作ってもらった」
色んな理由で無理を言った事はわかっている。それでも望みを叶えてくれたことには感謝しかない。リーズには頭が上がらないし才能にも追いつけないな、本当に。
転生魔法の中身は、魂と記憶の保存と転位による存在の移行だったか。ユリフィアス・ハーシュエスに限ってはちょっとしたオマケ付きだったけどさ。
ここまでが前世のお話だ。
「てんせいって、なに? わかりますかしら、るーとぅれあさん?」
「わかりません。なにもわかりません。かんたんなはずなのに」
「……ユリフィアスの言う魔法は。ワタシたちの知る魔法ではない。絶対」
「……ですね。魔法の粋を超えています。ユリフィアスさんらしいのかもしれませんけれど」
この世界においては殆どの魔法は奇跡の類ではないからな。物理世界でも頑張れば再現できたのかもしれないようなものばかりだ。
その中で、光と闇と聖と邪だけがオレから見ても完全に埒外の“魔法”と呼べるもの。オレの手には届いていないが使い手の知り合いはいるというのは不思議な感じだ。ララとリーズは規格外すぎるが。
「こんなところかな。あとは姉さんの事と学院に入ってからの事だから周知の事実だろうし、大まかだが大体語ったはずだ。まだ隠している事もあるし忘れている事もあるだろうけど、聞いてくれたら答えられると思う」
と言っても、前世の事で明確に話してないのはララの素性とかネレの背景とか相対することになるだろう“敵”の事くらいで、オレ自身についてはもう隠す気はないけどな。話し忘れてる事はいくらでもあるだろうけど。
「聞きたいこと、ですか。聞いても構わないのならたくさんありはしますけど」
レアは横目でオレを見て、視線を外して、を繰り返している。レインノーティアさんの事を隠しているだけに真っ直ぐ目を合わせるのは難しいな。
「聞くこと……ってもこんな話だとね。うん。私はたしかにユーリ君にも大っきな秘密を抱えててほしいと思った。けどこれはサイズが違いすぎる。私の秘密とか何なのって感じ」
セラからすればオレにも隠し事があってほしいと思うのは仕方ないのかもな。こんな内容は想像すらできなかったのも当然だとしても。
「セラディアさんのおっしゃるとおりですね。アイリスさんの話を聞くたびにユリフィアスさんがどんな人なのかと思っていて、実際にお会いしてからも独特な方だと思ってはいましたが」
ユメさんも「すぐに飲み込むのは難しい」といった顔をしている。どの辺りが独特だと思っていたかも聞いてみたいが、転移転生者であるオレが特殊であることは否定できない事実だ。
「実はワタシはユリフィアスをこの世のものではない存在だと思っていた。事実だった。やはりワタシは聡明」
ティアさんはしたり顔で薄い笑みを浮かべている。だが、よく見ると目の焦点が合っていない。というか、最初と言ってることが大して変わっていない。大丈夫か。
「ここじゃない世界から……」
「転生……」
父さんと母さんは息子としてのオレの素性に戸惑ってる感じかな。気持ちはわかる。理解できるとは口が裂けても言っちゃいけないだろうが。
ララからこっち、この話をした時の反応は色々見てきている。すぐに納得できるものではないというのはわかっている。
しばらく待っていると、セラが大きなため息を吐いた。
「納得できるかできないかって聞かれると、納得できるわけない話なのにできちゃうんだよね。あそうだ。アレックスさんとフィリスさんにも私の秘密をお伝えしておきますね」
そう前置きして立ち上がり、スカートの端をつまんで頭を下げる。
「わたくしめの本当の名前はセラディア・シュベルトクラフト。帝国の第二皇女です。けれど、皇位継承権放棄してきたのでこれからも変わらず接していただけると助かります。今後ともよしなにお願いいたします」
「ああどうもこれはご丁寧に……ん? は!? セラちゃんがシュベルトクラフトの第二皇女様ぁ!?」
「それもそれでビックリなんだけど……?」
「いやー、お二人以外はみんな知ってるのでここで詳らかにしておこうかと。この流れならこれっぽっちも重くないですし?」
かわいくウィンクしているが、なんかついでのように爆弾を処理していくのはどうなんだセラ。たしかにオレの後に言えばだいぶサラッと流されそうだけどさ。
「んーじゃあ、私が帝国の元伯爵令嬢だとか、近衛魔法士団を辞めたとかいうのも言っておいたほうがいいのかな」
オマエもかフレイア。まあ、半生を語るならそこは当然話すことにはなるんだろうけどさ。
「あ、じゃあアタシも。血を吸わせてもらったから、そのトキからユーリさんのヒミツはずっと知ってた。ごめんネ、ミンナに黙ってて」
ミアさんまで。いやそれは言っておかないとダメか。
「……レリミアさんがユリフィアスさんになんとなく気を使っているのは感じていましたが」
「……なるほど。そういうこと。てっきりレリミアもユリフィアスの毒牙にかかったのかと」
ユメさんは頭の痛そうな顔をし、ティアさんは呆れている。とは言え、二人ともこんなとんでもないものを抱え込んだミアさんの苦労はわかるのだろう。特段責めることはない。むしろ毒牙云々についてはこっちから聞きたいことがいくらかあるが。
「で、では私も。私はお父さんが人間でお母さんは紅狼族なのでハーフです」
「ん。そう言えばワタシも。クォーターエルフだと話した覚えがない」
「アーその説明。種族の話だと、アタシは吸血鬼と夢魔のハーフですネ」
なんだか意図せず大暴露大会になったな。この面子での隠し事はもうないだろうけど。
ともかく、家族に隠し事をしていたのは事実。それにオレは純粋にハーシュエス家の人間とは言えないところもあると明かしてしまったわけで。
「オレ自身の事についてこれまで話さずにいて申し訳ない、父さん、母さん、姉さん……って、こう呼ばれることすら不快ならもう二度と口にはしないけど」
そう言って頭を下げると父さんと母さんはオレの言葉通りのイヤそうな顔をしたが、
「……それはそれで不快だぞ、ユーリ。それにいまさら他人行儀に呼ばれてもな」
「そうよ。貴方が何者でもわたしたちの息子であることに変わりはないもの。ただちょっと、思いもよらないというか思い至れないというか、ユーリから言われないと信じられなかっただろうというか……」
ふむ? 拒絶されているわけではなさそうか。
母さんの言った事の内、後の方はいまいちオレには意図が読みきれないが……何故か全員が首を縦に振っている。何がなんでだ。
まあなんにせよ、呼び方を変える必要はないってことだな。
「ありがとう、父さん、母さん。ただ、これだけは謝らないといけないし許しを請うべきだとずっと思ってた。もしオレがユリフィアス・ハーシュエスっていう存在に割り込んでしまったらとか、そうでなくてもオレが割り込んでしまったせいでハーシュエス家の本来の長男や次女が生まれて来られなかった可能性はあるんじゃないかって。生々しい話になるけど一年弱は母さんのお腹の中を占領してしまうわけだから」
それ自体は家族三人だけじゃなくてもう一人の“可能性の存在”にも許されなきゃならないんだが、どうあっても無理だからな。
「うーん、考えてみるとそうねぇ」
「でもこればっかりはなんとも言い難いからなぁ」
「そうそう。言われてみるまで思い至りもしなかったし」
「だなぁ」
父さんも母さんも微妙な顔をしている。「子供は授かりもの」とも言うわけだし、必ずしもオレが誰かを押しのけたとは言えないのかもしれない。だとしても可能性はあるからな。
「アレックスさんとフィリスさんはユーリ君のことを否定しないと思うし、逆にユーリ君がいないとどうなってたかを考えるほうが恐ろしい気もするね。それどころか仮に一年ズレてただけでどうなったことやら。あれもこれもそれも」
「……そうですね。わたしなんかどうなっていたか」
「うん。それを言うとアイリスもだよなぁ」
「そうねぇ。セラちゃんの言うとおり、ユーリがいなかったらアイリスは今頃どうなってたのかしら」
「アイリスさんのことで言うならば、わたくしたちもその恩恵を受けたと言えるでしょうね。わたくしについては聖属性の力のこともですが」
「まあ。ユリフィアスが居なければアイリスと出会えなかったと考えると。それは人生の損失と同義」
「チョット言い過ぎのカンジもあるけどネ。でもアタシもティトリーズ様のコトとかあるからナァ」
「ユーリさんが魔法学院に入らなければ私との再会もなかったでしょうか」
「私もかなぁ。アイリスちゃんのことが無かったらユーリがこうなってるなんて気付かなかっただろうし、気付いたとしてももっと先になってただろうし」
姉さんにも言ったが、何がどう働くかはわからない。九羽鳥悠理がユーリ・クアドリになったことも、ユーリ・クアドリがユリフィアス・ハーシュエスになったことも、意味があった事は多々あるとは思う。皆の言う通り、姉さんもレアもセラもユリフィアスであるオレが救ったと言って過言では無いのかもしれないし、今の水精霊の祝福は無かっただろうし、アカネちゃんとフレイアとの再会もなかったかもしれない。
「だからっていい事だけ列記してチャラになるかやしていいかは別の問題だろ。そりゃ、悪いことだけで全てが台無しになるとも言わないけど」
「そうだけどね。やっぱりユーリはいらない苦労を背負い込んでる感じがするよ。ん。土精霊たちも『同感だ』って」
「私もエルさんの言うとおりだと思うなぁ。あんまり『自分の責任だった』って言われ続けるとこっちも申し訳なくなるよ。炎魔法使いになれたあの時もそうだけど、ユーリのおかげでこうしていられてるのに」
エルと精霊達とフレイアがフォローしてくれるけど、
「でも、責任の方を一切合切放棄するとそれこそ誰のことも言えなくならないか? 最低だろそれ」
オレは少なくともそんな人間になるのはゴメンだ。何もかも人のせいにしたところで何も良くはならないのもあるけど。
「それもそうだけれどね。このことだって隠しておくこともできたわけでしょう? ユーリが不必要な苦労を背負い込んでいるというのはわたしも同感ね」
「ユーリの心配するようなことに責任が発生するなら、この世の大抵の責任はどうでもいいことになりそうだよな。そこまで考えてるやつなんてそう居ないぞきっと。自分のせいで誰かが産まれてこられなかったって、お前に限った話じゃないだろうに」
両親にも呆れられてしまった。
なんだろうな。悩むのが馬鹿らしいと言うつもりはないが、ここまで拒絶されないとは思わなかった。少なくともレインノーティアさんにとっては朗報かもしれない。その場合のレアの心の動きはちょっと予測できないが。
部屋の中はまた無言が支配する。
落とし所を探す時間が必要ならいくらでも取って欲しい。質問を考える時間も。
ボケっと待っていると、ユメさんがおずおずと手を上げた。
「あの、ユリフィアスさん。答えにくいことかもしれませんが、転生という手段を用いた理由は何だったのでしょう?」
「答えにくいことではありませんよ。当然の疑問でしょうし」
むしろ、転生の話をしたら最初に思うことだろうな。「何故か?」は。
「理由はいくつかあります。一番は、果たして世界の移動が不可逆だったのかということですかね。急に以前の世界に戻されたり。もしくはこの世界にいることが夢か何かで、ある日目覚めたら病院のベッドで目覚めるなんてことが起こりうるんじゃないかって。そんな夢も見ましたし」
「それって……ユーリ君にとってはそっちの方が良かったんじゃないの?」
セラの思う事も当然だと思う。それでも、オレは苦笑しながら首を横に振っていた。
「ソーマにも聞かれたよ。『元の世界に未練はないのか』って。その時もほぼ即答で『無い』って答えたな。死んだんだからさほどっていうのと、あんまり向こうの世界じゃ九羽鳥悠理自身に価値があったように思えなかったからな。最期もそんな感じだったし」
そう言えば、明確な死の記憶はララとレインノーティアさんにしか話していないのか。そこまで詳細に語る事でもないけどな。いつか聞かれたらでいいだろう。
「それでも家族や……その。恋人……いえ、年齢的には、奥さん、とか?」
レアがうつむきがちで聞いてくる。最後の方は何故か消え入るような声だったが。
「いないいない。ああいや、恋人とか配偶者の方な。家族はそりゃいたけど、世界を渡ってまで会いに戻ろうとは思わなかった。聞いてて気分がいいとは言えないだろうけどさ」
「それは……なんとも。いろいろと複雑ですけど」
余計にレアを暗くさせてしまった。しまったな。もうちょっとお母さんの事に配慮した言い方があったか。
別に家族仲が悪かったわけでもない。今の父さんと母さんとの関係と比べると良かったとも言い難いけど。
「ともかく、前の世界に未練は無い。何より本気で色々な事に向き合うためにもこの世界の人間になりたかった。今のこの状況だけでも転生した意味はあったよ」
それでもレアは顔を上げてはくれない。というか、みんなあんまりいい顔はしてないな。当然か。
「じゃあ、なんとかして元の世界に帰ったほうが良かったか?」
「絶対ダメです! あ、いえ、その……困ります」
「私もです、ユーリさん」
「みんなに同じかな。まだ恩も返せてないし、これから返すとこじゃん」
叫んで真っ赤になったレアにアカネちゃんもフレイアも同意してくれる。
「愛されてるよね、ユーリ君」
「ええ。よかったですね、ユリフィアスさん」
「まあ。結局の所この集まりの中心は。ユリフィアスではあると思う」
「そうだネ。人望がないと無限色の翼なんて作れないと思うし」
「なんだかんだでユーリがいないのはみんなイヤじゃない? 素直じゃないだけでティアリスもそうでしょ」
「うん。わたしもそう思うよユーリ」
セラもユメさんもティアさんもミアさんもエルもレヴも。この場にはいなくてもララもネレもリーズもきっと、みんなオレを否定しないでいてくれる。それが何よりありがたい。
「これだけ慕われてる息子がいることが不幸なわけ無いでしょう、ユーリ」
「だな。こんな秘密があってみんなが受け入れてくれてるなら、お前は間違ってないんだろう」
「ありがとう、父さん、母さん。とまあ感動的な流れを断ち切るような気もするけど、もっと強くなりたかったのもある。レアとセラには話したけど、固定化された魔力が干渉して目減りしてきてる気配があったからな。それに、十字属性じゃ辿り着けない領域まで行けるのが風だって仮説も立てたし。まだ証明途中段階だけどな」
そう言ったら、みんな安心したように表情が柔らかくなった。半分は呆れなんだろうけど。
「やっぱり、知り合いの知り合いってユーリくん自身のことだったんですね」
「最初の“知り合い”がフレイアさんみたいな前世の知り合いで、後の方の“知り合い”がユーリ君ってことか。間違ってないよね。うん。たしかに間違ってない。感心はできないけどていうかむしろちょっと腹立つけど」
そこを説明するわけにも行かないし、嘘も吐きたくなかったからな。
「レヴさんが知り合いの知り合いの友人。つまりユリフィアスとユーリの友人。迂遠ながら正しい。うまく説明したと感心するべき。なわけあるわけないユリフィアス。何もうまくはない」
「セラディアさんとティアリスさんのおっしゃるとおり、間違ってはいないのですけれどね」
そっちだって説明するわけにも行かなかったんだから仕方ない。知ってた組は苦笑だが。
ひとしきり呆れたり笑ったりしたところで、
「ほんと、ユーリにもレヴちゃんにもセラちゃんにもフレイアさんにもミアちゃんにもアカネちゃんにもティアちゃんにも驚かされたわ。でも、一番驚いたのはアイリスにかしら。なにか見えてたの?」
母さんがオレではなく姉さんを見て言った。
どういうことだ? 父さんもオレと同じ顔をしているが。
「ああ、ユーリもお父さんもその場にいなかったものね」
「忘れていました。アイリスさん、すごいこと言っていましたね」
アカネちゃんも?
フレイアに目を向けると首を傾げている。ってフレイアと母さんは今日まで面識が無いか。
あとは水精霊の祝福のメンバーだが、三人も同じように「よくわからない」という表情をしている。
となると、初めて帰省した時に何かあったのか? 女子会をしてたとか言ってたものな。
「……言ってた。ユーリ君と血が繋がってるけどそうじゃないような感覚がするって。あの時はあれで雰囲気が死んだんだよね」
「ええ。おっしゃってましたね。あの時は全然意味がわかりませんでしたけど、ユーリくんの話を聞いた今なら驚きです」
それはまたすごいこと言ったな。ある意味本質なのかもしれない。
そして当の姉さんはここまで全く口を開いていないな。そういえばレヴの事も転生の事も全くリアクションをしていなかった。
「姉さん。やっぱりなにか引っかかることがあったかな?」
「ん。あ、うん。話はちゃんと聞いてたから引っかかることはないよ。わたしがユーくんのことを特別だと思ってた理由だよね? 正直言うと、よくわからないんだ」
全員がガクッと肩を落とした気がした。
「ユーくんが生まれたときは『お姉ちゃんなんだからわたしが守ってあげなくちゃ』って思ったんだけどね。そばにいると安心するとか、見つめるとじっと見返してくる目が他の子供とは違ったとか、大きくなるにつれて逆に守られてるんじゃないかって思ったりとか。でも目を話すと一人でどこか行っちゃうからやっぱりわたしが守らなきゃとか。うーん、やっぱりこれって言えるものは特にないかなぁ」
「これは単にユーリ君大好きすぎなだけなのでは……?」
「でしょうかね……」
「わたくしもそんな気がします……」
「惚気ではない惚気。これぞアイリス……」
「アハハ。アイちゃんらしいネほんとに……」
学院組の言うとおり、たしかに答えになる答えではないな。
それでも人には第六感とか超自然的なものがあると言われてるし、言葉にできない何かを姉さんが見ていた可能性はある。まあ、オレの魔力の余波の影響を受けてたっていうのが一番説明がつくんだろうけど。
「ところでね。ユーくんはユーくんでわたしの弟なのは変わらないんだけど。それでもずっと考えてたんだけど、これからもユーくんって呼んでいいのかな? それともユーさんって呼ぶべき? アカネさんやミアみたいにユーリさんの方がいい?」
……喋らないと思ったらそんなこと考えてたのか。年齢問題って人によっては割と重要ではあるけど。
「うっ、そうだ。ずっと『ユーリ君』って言ってたけど、もしかしてアレックスさんとほとんど年齢変わらないんじゃ。そうでなくても『ユーリさん』じゃん」
「そう言えばっ。で、ではわたし……い、いえ。わたしたちなんて娘みたいなものなのでは?」
セラとレアもどこに衝撃受けてるんだ。
「あー、なんか微妙に親近感を覚えることがあったのはそのせいなのか、ユーリ?」
「いやそう言われてもどうなのかは。精神的な年齢相応のものだったとしたらそうなのかもしれないけど、人の親になったことはないし父さんほど人間できてないと思う。自己分析が正しいかはわからないけど、精神的には十二歳と二十歳前後が混在してる感じかな」
この世界だと十代で結婚して子供を持ってって感じだけど、オレなんかまだ社会人としての生き方すらぼんやりとしててなんとか明瞭な部分を探してたくらいだったからなぁ。
というかそういう話じゃないか、今は。
「まあなんだ。呼び方については姉さんの好きなようにしていいよ。みんなも好きに呼んでくれていい。ていうかオレも姉さんって呼び続けていいの? さっきは何も言ってくれなかったけど」
「そっちもユーくんの好きなようにしてくれていいよ。でもそうだなぁ。ちょっとだけ名前を呼ばれてみたい気もするね。ずっと『姉さん』だったし」
名前ねぇ。
お望みなら呼んでみようか。
「アイリス」
「即断即決流石ユーリ君」
セラが茶化しと驚きの混ざったような声で言うがとりあえず無視。目を閉じて微笑んでる姉さんの感想や如何に。
「ん。うん。これもこれでいいけど、やっぱりお姉ちゃんっていう特別感のほうがいいかな。たまに呼んでくれてもいいけど」
「……アイリスが特殊な世界にいる気がする。気のせい?」
なんとなくだけど、オレもティアさんに同感だ。ユリフィアス・ハーシュエスの姉がアイリス・ハーシュエスしかいないってこともわかるけどな。オレにとっても姉さんはやっぱり姉さんだし。
「動じてないねぇ。お互いにだけど。ユーリ君ってユーリさんだった時からこんな感じなんですか? 感情音痴みたいな」
「感情音痴って……違ったよね?」
「私はまだ小さかったですからなんとも言えませんけど、ここまで何も……いえ、余裕がある感じではなかったと思います」
セラの疑問にフレイアとアカネちゃんが顔を見合わせて首を傾げる。
「……ソッチは多分まだ隠しておいておいたほうがいいカナー」
「そうかもね」
「うん」
ミアさんとエルとレヴ。この三人が知る感情面での共通項と言えば……色欲封じの事か。たしかに今は伏せておくべきかもな。あ、その秘密もあったか。
「まあわかるのは、これからもユーリ君はユーリ君なんだってことだよね、当面。よし、それじゃあ次はフレイアさんに英雄譚を聞かせてもらおう」
「え? 私? うっ。ま、またの機会じゃ駄目かな?」
「せっかくみんな揃ってるんだから今で!」
「オレも聞かせてもらいたいな。なんだかんだで聞く機会がなかったことだ」
「えー? マトモに話せる気がしないなぁ」
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どんな人にも秘密はある。それを共有できる仲間に出会えることが最もかけがえのない財産になるんじゃないだろうか。
あとはオレがみんなからの信頼を裏切らないように努力しなければいけないな。その道が険しくても、立ち止まる気も折れる気もない。改めて、三回目の人生を歩き続けるだけだ。




