Offstage 家族の半休日
翌日。
お父様の日程や王都への帰還の都合上丸一日の滞在は無理。でも半日は時間が取れる。ということで、家族の時間を持つことになりました。ユーリくんとセラの提案ですけど、二人が何をしているのか考えるとちょっとだけ不安も……というのは傲慢でしょうか。
「心配な気持ちはわかりますけど、きっと考えるだけ無駄ですよ」
お姉様がわたしの肩を叩いて、今までに見たことのない顔を。いえ、セラがたまにこんな顔をしていましたかね。色々諦めているような。
「そうだな。まあ、努力している限り彼はおまえのことも見ていてくれるだろうさ」
「だといいですけど……って、わたしがユーリくんのことを、その」
「見ていればわかります」
「むしろ気づかない上に全く悪気を感じられないユリフィアスくんは何なのだろう……」
お父様も同じような顔に。
その辺りは何かしら理由がありそうですけどね。ミアさんのお屋敷を発つときにあったこととか。セラの言ったとおり、今はきっと勝負すらできません。
「さて、久しぶりの帰郷の時間。どう使う?」
お父様がわたしの希望を聞いてくれますが、まずやることは決まっています。
「せっかく帰ってきたのですから、お母様にご報告を」
「そうしましょうか」
馬車で聖国教会の共同墓地へ。その一角にお母様の墓所はあります。途中で用意してもらった花束を持って、墓前に捧げます。
膝をついて、お祈りを。
「……お母様、お久しぶりです。わたしは元気でやれています」
哀しみしかなかった半年前までとは違う、強い気持ちが沸き上がってきます。学院で出会った人たちのおかげですね。
「見てるかい? ルートゥレアは立派になったよ、リースリーナ」
「半年で変わりすぎて驚かれているかもしれませんね、お母様も」
お父様とお姉さまも微笑みを浮かべているのがわかります。
わたしの人生はお母様がいた時間よりもいない時間のほうが長くて。ハッキリとしたものは当然ベッドでの姿が多いですから、あまりいいものとは言えないでしょう。
それでも、体温や手の感触は覚えています。優しさも。だから、できることならお母様のような人になりたいと思っていました。
その思いは今でも変わりません。けれど、そうなる前に必要なこともあります。その決意を口にするのには、きっとここ以上の場所はないと思います。
「お父様。お母様。お姉様」
立ち上がって、お父様とお姉様に正面から向かい合います。
「在学してたった一年ですけど、魔法学院を卒業することにしました。わたしはユーリくんと一緒に行きたいです」
ついていける自信があるとは言えません。それでも、覚悟はあります。ここで逃げ出すようでは絶対に先に進めません。
「親としては複雑だね……」
お父様は困った顔をされています。当然ですよね。力をつけてもつけなくても、戻ってくると思われていたでしょうから。
「ユリフィアスくんの行く道はとても険しいものになるだろう。それでも行くのかい?」
「はい」
「……なら、わたしが貴女の姉として生まれたことにも意味があったのかもしれないわね。おかしな話だけど」
「お姉様?」
どういう意味でしょうか。続く言葉がないので、その意図を今は明かしてくれることはないのだとは思いますが。あるいはそれが昨日お父様が口にされていた“ファイリーゼ家の秘密”なのでしょうか。
「何にせよ、ここで否定するほうがみんな後悔しそうですね。お父様?」
「わかっている。それに、止めるだけの力もなさそうだからな。Aランク冒険者とは。まだ信じられん」
……そう言えばお父様もお姉さまもご存知なんですよね、その件。そんなに噂になっているんでしょうか?
「どうして知っているのかという顔だな。別に不思議でもないだろう? 領主として冒険者ギルドと交流を持つことなど山ほどあるさ。それだけでなく、ファイリーゼ領からも冒険者や学生に限らず王都と交流のある者はいくらでもいる」
言われてみれば当然の話でした。
「けれど、学院間対抗戦を見に行ったことまではまだ気づいていないようですね」
「な、レインノーティア!」
お父様が一瞬で焦りの表情になりますが……嘘。あれを見られていたんですか。というか、見に来てくれていたんですか。全く気付きませんでした。
「はあ。娘の晴れ舞台……晴れ舞台だったかはともかく、期待と心配をするのは当然だろう」
「伝言のように話を聞いてから家の中で一番心配して、強引に日程を開けて、潜り込むように観戦したあの場で一番興奮していたのはお父様ですのに」
「うっ、言うなレインノーティア。ただ、その直後のユリフィアスくんでほとんど全て吹っ飛ばされたがね」
でしょうね。けれど、わたしのことを見に来てくれた上に喜んでくれていたのは嬉しいです。
言葉を尽くさないといけなかったのはわたしもなんでしょうね。
「あの時からもっと強くなったと思います」
「だろうねぇ」
「でしょうねぇ」
「もちろん、ユーリくんにはまだまだ及びませんけど」
「それもそうだと思う」
「ええ」
そこは否定して欲しかった……というわけではないですけど、なんだか呆れられている気がします。ユーリくんの隣に立つにはまだまだ全然足らないのだとはわかっていますけど。
「……お父様。わたし、少しだけ妹の道行きが心配になってきました」
「……奇遇だね。私もだ」
どことなく、白い目で見られている気がします。
ああ、そう言えば最初の頃わたしたちもユーリくんをこんな目で見ていましたね。そう考えれば、わたしも少しだけユーリくんに近づけたということでしょうか。
「……レインノーティア。どうやらルートゥレアは私たちの手の届かないところに行ってしまったようだよ」
「……そのようですね」
そこまで言われると複雑ですけど。
でも、わたしはもう手の届かないところに行くつもりはありません。
お父様とお姉さまの手をとって、それをわたしの手で包んで。
「わたしはお父様の娘でお姉様の妹です。いつでも戻ってくる場所もあります」
「はは。ああそうだね、ルートゥレア」
「ええ。お父様も、お母様も、わたしも。いつでもここにいますからね、ルートゥレア」
三人で笑い合って。きっとお母様もここに手を重ねてくれているはずで。
「では、そろそろ行こうか」
「そうですね」
歩きだすお父様とお姉様に少しだけ遅れることを覚悟で、もう一度お母様の墓碑に向かい合って。
「お母様。必ずまた」
次はもっともっと胸を張れるように。そう誓って墓前に背を向けて、
『頑張りなさい、ルートゥレア』
励ますような声が聞こえた気がして、振り向きました。
確認するまでもなく空耳だったのでしょうけど、その声にはどこか懐かしさもあって。貰った笑顔のまま前を向いて歩きだします。
行ってきます、お母様。
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その後は、馬車に乗らずに歩いて帰ることにしました。お父様の顔は知れ渡っているらしく、皆さん挨拶をしてくれました。お姉様もですね。
わたしはここ数年屋敷にこもりがちでしたから、あまり顔が周知されていなかったようです。それでも名前だけはこの数ヶ月で一気に広まったようで、それで一致させてくれる方が多くいました。特に冒険者の方ですかね。
買い物や食事をして。それもふらっと入っても歓迎されていたので、お父様はいい領主なんですね。これまでそんなことにも目を向けていませんでした。
食事の間もいろいろな話をしました。セラやユーリくんと出会ったことから始まって、ヴェノム・サーペントのこと、ダンジョンに行ったこと、ユーリくんの実家にお邪魔したときのこと、ソーマ様がいらっしゃったときのこと、アイリスさんとユメさんとティアさんとミアさんのこと、連合と共和国に行ったこと、スタンピードのこと。セラのことやアカネさんのことのような、今はまだ話せないことはいくつかありましたけど。
「半年の間に随分色濃い経験をしたものだ」
「ええ。どういう理由かはなんとなくわかりますけど」
お父様とお姉様は興味深く聞いてくれていましたけど、最後にそんな感想を。けっしてユーリくんだけのせいではないと思うんですけどね。
「こちらとしては苦笑するしかないが、笑って話せるのならいい経験だったのだろうね」
「はい、それはもちろん」
「まるでハラハラする物語のよう。お父様もそんな冒険には憧れるのでは?」
「私にも少年の頃はあったからな。冒険譚を読んで胸を躍らせたこともある」
そんな話をしながら街を歩きます。お土産に持ち帰るものだけお父様が持ってくださって、残りは配達を頼んで。お昼をだいぶ過ぎてからゆっくりと屋敷に帰り着きました。
門の前にはユーリくんとセラがいました。
「お帰り。楽しんできたみたいだな」
「いやー、一家団欒よきよき」
ユーリくんはいつもどおりでしたけど、セラは満面の笑顔です。セラも帝国で家族と話をしてきたそうですから、それででしょう。
でも、なんとなく非難めいた空気も醸し出しているような。気のせいでしょうか?
「セラはユーリくんと街でも見回っていたんですか? 行き違いですかね?」
食事くらいは一緒でも良かったかもしれません。そこまで気を使ってもらう必要もないですから。
と、思ったのですが。
「あのねルートゥレアお嬢様。このお方が紳士らしく『我々はのんびり観光しようか』とか言うと思いますのですか」
笑顔のまま、セラはユーリくんを両手で示しました。
言ってくれそうな気もしますけど、そう言うならそうではなかったと。
「では何を?」
「ギルドの放置クエストの処理。ついでに周辺の高ランク魔物との戦闘。それも何故かユーリ君からの不意打ちを捌きながらという全方位敵状態。なんの為に来たのかわからないとはこの事ですわようふふふふ」
セラは話している間も満面の笑顔を崩していません。そのままグイグイと顔を寄せてくるので、表情に影が。
「レアくーん。次はきみもやろうねぇー?」
「えーっと、善処します」
「くふふ。くふふふ」
怖いです。ただひたすら怖いです。
あれでしょうか。「笑顔が張り付いた」というのはこういう状態でしょうか。それだけ過酷な時間だったと。わたしの今の恐怖よりずっと怖い思いをしたということでしょうか。
「……まあ、この悪の所業がレアに向かなかったと考えるとそれだけでも価値はあるのか」
「……言わなくてもわかると思うが、徹頭徹尾全部聞こえてるからなセラ」
「聞かせてるとは考えないんですかねぇ?」
ようやく「やれやれ」といった表情に変わったセラに、ユーリくんが告げました。でも、ふたりとも冗談を言い合ってるだけだということはわかっています。
「またなんというか……セラディアさんの言うとおり普通に観光していればよかったのではないのかい?」
「ええ。王都で暮らす人にとっては退屈かもしれませんが」
お父様たちがそう言うと、ユーリくんは申し訳無さそうな顔になりました。
「退屈なんてことはありませんよ。お祝いというかお詫びというか、仲間の家の残務処理に力を貸したかっただけです。街の中で顔を合わせて家族の時間を邪魔するのもなんですから」
「最初からそう言ってくれてればもうちょっと前向きになれたのにさぁ。最後に言われてもねぇ」
と言いつつ、なんだかんだセラもわかっていたのではないかと思います。
それにしても、お祝いはともかくお詫びってなんでしょうか。
「さてレア。名残惜しいかもしれないがそろそろ出ようか」
「そうですね」
ふたりが待っていたのはそういうことなのだろうというのはわかっていました。
王都に戻るのは来たときと同じだけの時間がかかります。行きは順調に来ましたけど、長距離移動は何があるかわかりません。
心残りはいくらでもありますが、今はこのままにしておきましょう。
大杖はユーリくんが預かってくれていたので、返してもらいます。お父様から受け取ったお土産も、ユーリくんが空間収納してくれました。それを見たお父様は絶句していましたけど。
お母様の墓前のときと同じように、家族に向き直ります。
「お父様、お姉様。必ずまた帰ってきますから」
「さすがにそれはなんか大げさじゃない、レア?」
「セラディアさんの言うとおりだね」
「いつでも帰ってきていいのですからね。それに、皆さんでまたいらしてくださいな」
二人が抱きしめてくれたので、わたしも同じように。
そうですね。今度はアイリスさんたちも一緒に。今回できなかった観光も。
「セラディアさんも。今度はルートゥレアと街を巡ってあげてくれるかな」
「はい。その時はレインノーティアさんも一緒に。ユーリ君は抜きで」
「ふふ。楽しみにしていますね」
セラの言葉にユーリくんだけが苦笑いしていました。
「ユリフィアスくん。ルートゥレアのことを頼んだよ……色々とね」
「……お願いしますね」
「……承りました。忙しなくなってしまってすみません、アイルードさん、レインノーティアさん」
なんでしょう、今の間。その色々には、えーと、将来のこととかも関係あるのでしょうか。
「色々良かったねぇ、レア」
「ええ、まあ、はい」
実際良かったこともあるので、セラの言葉を完全には否定できません。
決して、ユーリくんをお父様とお姉様に紹介できたことだけを言っているのではないですよね、セラ?
さあ、挨拶も済ませました。出発ですね。
この言葉を言うときにセラが不思議な感覚になったと言っていましたが、わたしも同じです。違和感があるはずなのに違和感がない。そんな安心感。
「帰りましょう、王都に」




