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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
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第四十章 二人の転生者

 ユリフィアス・ハーシュエスとレインノーティア・ファイリーゼ。

 オレ達二人は互いに正座で膝を突き合わせ……ていたら十数秒で限界を迎えたので、改めてテーブルを挟んで向かい合った。

 正座ってそこそこのスキルだったんだな。骨格に影響を与えるって話もあったと思うから当たり前か。


「ちょっと待ってね……うん、これでよし」


 レインノーティアさんは、貴族の邸宅にはよくあるらしい遮音の魔道具を起動した。絶対に聞かれちゃいけない話だからかな。


「もう一度になるけど、お互いこの世界の人間じゃないのよね。もちろん、わたしだけが特別だなんて思ってなかったけど。近いんだか遠いんだかわかんないところにお仲間がいるものなのね」

「オレもずっと注意はしてましたけど、レインノーティアさんが初めてですから割と特別なのかもしれませんよ」

「わたしも異世界人と会ったのはユリフィアスくんが初めて。たしかに異世界間移動の物語ってそんなたくさんの人がってわけじゃないから、そうなのかも」


 そういうものなのだろうか。レインノーティアさんが言ってるのは地球での創作物の話かな。

 でも、転生者が山程いたら多少は情報が出回るか。さすがに世界で二人だけってことはないだろうが。


「改めて自己紹介しようか。わたしは新草あらくさ雨音あまね。今となってはあまり意味のない名前だけどね。享年三十歳、になるのかな」

「オレは、九羽鳥くわどり悠理ゆうりです。こっちの世界に来たのは二十歳のときですね」

「お互い日本人で、若くして……三十歳って、若くしてだよね? まだまだ若者だよね?」

「はい? 十分若いと思いますけど」

「そ、そうだよね」


 新草さんはわかりやすく胸をなでおろしている。

 女性にとって年齢は鬼門だからなぁ。もちろん、新草雨音さんって人がどんな人だったかはオレには知り得ないけど、年齢的なことだけ言えば母さんとかフレイアとか十分若々しいし。精神的なものが外見と一致しないことも多々あるし。


「思い出したくない記憶だろうけど、この世界に来た原因とか覚えてる? ちなみにわたしはたぶん過労死よ。ハッ、ブラック上司はまだのうのうとしてるのかしらね」

「えーと、それはお疲れさまでした」


 新草さんはこれ以上ないほどやさぐれた表情をしている。こういうとき労うのは逆効果になることもありそうだが、そうせざるを得ない。少なくともそれから解放されたことは喜ばしいことではあるだろうし。


「ありがと。九羽鳥くん……自己紹介しあってなんだけど、クセになって不意に出るとまずいから今の名前で通しましょうか」

「わかりました」


 新草さん……レインノーティアさんの心配は妥当だな。

 まあ、ララだけがオレのことをずっと“悠理”っていうフラットなイントネーションで呼んでるけど。あれも色々理由があるんだろうから止めはしないけどな。


「ユリフィアスくんは、どうしてこっちに?」

「オレの最期ですよね。オレは……たぶん見知らぬ馬鹿共に信号無視の車の前に蹴り込まれました」

「うっわ……まさかとは思うけど、車来てるのわかってたのにやられたとか?」

「はい」


 しばし無言で見合う。完全に別人だが、何故か鏡を見ているようで。


「お互い悲惨ね……」

「ええ……本当に……」


 なんだこの最悪の不幸自慢合戦。分かち合えるのがおかしいとも分かち合えてよかったとも言えるが。


「時期とかは覚えてる?」

「二〇一三年の年末頃だったはずです」

「じゃあだいたい同じなんだね。気が利いてるのか利いてないのかわかんないクリスマスプレゼントだよねぇ。でも歳は違うのか。たどり着いた時にズレがあるのかしら?」


 たどり着いた時のズレ? あ、現状の年齢の話か。


「レインノーティアさんは、完全な転生だったんですか?」

「そうね。気づいたら赤ちゃんになってた。意識があるのに喋れないしろくに動けないし割と辛かったなぁ」


 ああ、あの感覚は独特だな。


「……生理現象も自由にならないし」


 ……ああ……あの感覚は独特だな。


「ん? “わたしは”ってことは、ユリフィアスくんは違うの?」

「はい。この世界に来たことについてだとオレは転移の方だったみたいです。聖女の隊列のど真ん中に放り出されたらしいですから」

「はい? 転移? ハタチでよね? 計算上は三十代中盤になるのにどう見てもそうは見えないけど?」

「ユリフィアス・ハーシュエスとしては魔法で転生しました。身体年齢的にはれっきとした十二歳ですよ。妹さんと同じです」

「ええっ!? なんか超絶ハイスペックなことしてない!? そんな魔法この世界にあったの!?」


 こうしてると明らかにレインノーティア・ファイリーゼの外面と違うな。ある意味両方地ではあるんだろうけど。


「そこはまあ、色々と出会いもあって。それに、何かの拍子に元の世界に戻されたりするんじゃないかってちょっと怖くなったのもあったので」

「ああ、たしかにね。わたしも考えたことあるし会社で社畜やってる夢は見た。今はそういう夢は見なくなったけど」


 そんな昔話があったな。ユーリ・クアドリやユリフィアス・ハーシュエスは九羽鳥悠理が、レインノーティア・ファイリーゼは新草雨音が見ている夢かもしれない。その不安はなくなったとは言えないけどな。


「はー。わたしはそこそこ平和ならモブでもいいかって思うけど、そっちは主人公みたいなことやってるんだ」


 主人公。たしかに見方によってはそうなのかな。面倒なことがよく起きるし。

 誰でも自分の物語の主人公だとは誰かが言ってたけど。


「でも、転移か。わたしは寝落ちしたみたいなものだから転生したと思ってるだけで、ホントは転移だった可能性もあるのかな」

「それはオレも考えたことがあります。本来だと九羽鳥悠理は死んでたはずで、偶然が重なって助けられたんじゃないかって」


 実際、場所が悪ければそうなってたはずだ。ララも自分の完全回復パーフェクトヒーリングじゃなきゃ絶対に助からなかったって言ってたし。だからこそオレは、ユリフィアス・ハーシュエスとしての人生を“三回目”だと定義づけている。


「さすがに二人じゃ母数が少なすぎるね。隠してる人もいるのかもしれないし、記憶を無くしてる人とかもいるのかもしれない。どうして転生したのかは知りたいのになぁ」

「それこそ、レインノーティアさんが言ったように神様からのクリスマスプレゼントだとか」

「んー、そういう理由もそうなんだけどね。目的の方をさ。せっかく生まれ変わったんだからのんびり人生謳歌しようとは思うけど、先立つものは必要じゃない? そういうことも合わせてどこまで元の世界の知識を使っていいのかって。むしろそういうのを期待されてる可能性もあるのかなってね」

「なるほど。オレもそれはよく考えます」


 ネレやリーズに関しては思いっきり使ってもらってるが、限度はちゃんと考えてくれてるからな。それ以外で大っぴらに使ったのは拙い農業知識とウォーターカッターを始めとするいくつかの魔法か。でもそれも科学の領域まで達しているとは言えない。迂回して超えてしまっているものもあるが。


「調理家電や空調的な魔道具はあるけど、なんかもうちょっと改良の余地があるなーとかさ」

「構造や原理も知らず使っていたこともありますけど、魔道具はそもそも電気で動いてるわけじゃないですからね。ある意味でこっちが上のものもありますよね」

「うん。でも電気じゃないと駄目なものもあるじゃない? 作りたくても発電機の方も家電の方も構造わかんないし、特許とっちゃうようなことするともう完全アウトかもしれないけど」


 電気じゃないと駄目なもの。映像機械とか電子レンジは電気じゃないと駄目かな。


「ていうかさ。スマホどころか電話も無いって割と辛いんだなってのは身に沁みたよ。暇つぶしのゲームも調べ物も夜中の世間話もできないし」

「ですね。まあ、通話だけなら魔道具は作ってもらいましたけど」


 腕にはまったその魔道具をかざすと、レインノーティアさんは目を見開いて固まった。


「……ユリフィアスくんの知り合い、ハイスペックすぎない?」


 オレもそう思う。リーズなら下手したらスマホみたいなものくらい作れちゃうんじゃないかな。


「と言っても、明らかに電話そのものじゃないですけどね。骨伝導とか風魔法による共振とか量子テレポーテーションの魔法再現とか適当に出したアイディアをまとめてくれたんでしょう」

「いやそういう知識とか組み合わせとかが出てくるだけで大したもんだわ。そっか、刀とかもそういう」

「そっちは単純に使ってみたいなぁって言ったら形にしてくれたんですよ、ありがたい事です」


 どっちもひたすら試行錯誤を重ねてくれたんだろう。改めて礼を言わないとな。ネレともあんまり話せなかったし。


「うーん、わたしも女剣客とか目指そうかな? 言ったら一本くらい打ってくれる?」

「と思いますよ。どうせなら剣客以外にこんなのもありますけど」

「いやちょっと待って銃はやばいって銃は」


 流れで魔法銃を見せたらドン引きされた。そりゃそうだ。でも、自慢するために見せたわけじゃない。


「ユリフィアスくん、実は世界征服とか乗り出したりする?」

「まさか。別に量産してどうこうってわけじゃないですよ。ただパチモノにしても現物を見ておくのは悪くないかなって。手にするとは思いませんでしたけど」

「うん? 銃を見ておくのも悪くないってなんで?」

「それは……」


 ずっと、これを誰に最初に話すことになるだろうかと考えていた。ララか、リーズか、それとも無限色の翼プリズムグラデーション・エールの全員か、すべてを打ち明けようと思っているみんなか。でも、転生者としてこの世界に馴染んでいるレインノーティアさんこそ最適かもしれない。



「もしも、悪意のある人間が転生してその悪意と知識を全開にしてきたら。遠い未来か近い将来に現代兵器を持った地球人が世界の壁を超えて攻めてきたらどうしようか。そんなことを考えてしまったからですね」



 これがオレが転生したもう一つの理由。世界を相手にするには十字属性クアドリクスでは足りなかった。なら、それを超えなければいけない。

 転生前の世界でも半分空想だった兵器を見て青い顔をしていたレインノーティアさんは、オレの言った事を聞いて完全に固まった。しばらくして咀嚼できたのだろう。頭を抱えた。


「……そっか。そうだよね。悪意のある人間なんていくらでもいる。わたしたちを殺したのもそういう奴らだ。そういう奴らがこの世界に来て好き放題する可能性なんていくらでもあるのか」


 レインノーティアさんは、その光景を想像したのかガタガタと震えだした。ちょっと大げさに過ぎたか。


「すみません。脅す気はなかったんですが、言葉を大きくしすぎました」

「ううん。わたしもちょっと考えが甘かったかも。下手に文明を進めたり変えちゃうのはまずいかなぁってくらいにしか考えてなかった。そうだね。地球って、地図のどこかで絶えず戦争してるような世界だったね」

「この世界でも、獣人や魔族に偏見を持っている人間はいます。何が兵器転用されるか分かったもんじゃない。その上でゲームのノリで魔族や魔王様を倒してやろうなんて馬鹿野郎が現れる可能性はあるんじゃないかと」

「そう、そうだ。絶対にそうなる。自己中な転生者なら絶対。それだけじゃなくてこの世界の人もか。そんな人に利用されることもありえる」


 世界がどう見えているかは人それぞれだろう。その点、レインノーティアさんはちゃんと世界を見ていると思う。知らない世界を自分の尺度で勝手に決めつけたりはしていないし頭ごなしに否定もしない。


「もしも。もしもだよ? わたしがそんな人間だったらどうしてた?」

「そりゃ当然、もう一度転生できるか試してもらいますよ。無理だと思いますが」

「だよねぇ……即答されると怖くなるけどさ」


 そんな遠い目をしなくても。こっちとしてもそうしなくてよかったとは思うけどね。


「さすがに、同郷人が異世界に迷惑をかけるのを止めるくらいの義務は背負わなくちゃいけないと思って。でもレインノーティアさんにもそうしろとは言いません」

「そうしてくれると助かるかなぁ。正直、命のやり取りは考えたくない。って、ユリフィアスくんに押し付けちゃうのもダメかな、お姉さんとしては」

「構いませんよ。レインノーティアさんの『何事もなく平和に生きたい』っていう想いもわかりますから。それを守るのもオレの誓いの内側でしょう」


 本当はそれが一番いいんだよな。第二の人生を割り切るというより、最初の人生を振り切って楽しむっていう。この世界に連れてきてくれた“誰か”がいるとしたらそう望んでいるのかもしれないし。


「ありがと。もちろん、何かあったらできる限りの手助けくらいはするよ。この世界はわたしにとってももう生きるべき世界だもの。だからユリフィアスくんも誰彼殺して回るような人にだけはなっちゃ駄目だよ?」

「ならないようには気をつけてます」

「ならいいけどね。今はお父様が遠ざけてくれてるけどわたしも貴族として処断を行うこともあるのかもしれないからね。冒険者としてやってるとその前段階で、やっぱり野盗とは切っても切れないんでしょ?」

「ええ」


 人を殺すことに慣れたとは言えない。それでも、常に躊躇いがあるというのも違う。今オレは割と微妙なところにいるのかもな。


「ついでみたいな言い方になっちゃうけど、自分の命の方も気をつけてね? せっかく新しい世界でこうしていられるのに死んじゃったらもったいなすぎるよ」

「ご心配をおかけします。レアもちゃんと守りますから」

「よろしくね。ルートゥレアも自分で自分の身を守れるのが一番だろうけど」


 誰も彼もオレのように生きられないし、生きるべきだとは思っていない。業になりかねないこの覚悟を仲間に負わせようとも思っていない。


「あと、レアにもこの話をしようと思うんですが。一切合切」

「え、マジで? うーん、たしかに付き合っていく以上は事実からは逃げられないんだろうけど……」

「転生前の知り合いにも話しましたし、信頼できる相手なら大丈夫だって信じてます。何ならご紹介しますよ。もしものこともあるかもしれませんから」

「うーん、お願いしようかな。でも、何より最低限ルートゥレアに話してからよね。ずるいとは思うけどユリフィアスくんの後なら受け入れられやすいかな」

「そう思います。レインノーティアさんの事をみんなに話すならそれからの方がいいかな。むしろオレがレアに話す段階で拒絶されないかどうか」

「ソレハナイナイ」


 即答か。お姉さんがそう断言するのなら大丈夫だな。

 レインノーティアさんは、盛大にため息をついた。


「あー、ユリフィアスくんは将来安泰そうだよね。羨ましい。まさか転生しても結婚相手に悩まされることになるなんてなー。この秘密のせいで相手も普通以上に気を使わないといけないし。前世と比べたら簡単な環境のはずなのにね」


 ん? レアの話からなんで結婚相手の話に?

 流れはわからないが、貴族としては跡継ぎが必要だってことだろうな。

 つまり。この流れは。もしかして。


「ねえ。ユリフィアスくんの事情を知ってる人に男の人いない? これを許容できるなら最高の人格者じゃない?」

「……そう、ですね」


 やっぱりそういう話になるか。見た感じ姉妹二人っぽいものなファイリーゼ家。


「あれ? なんで目をそらすの? 魔道具作った人とか刀鍛冶とか……ってまさか、ハーレム主人公やってるんじゃ」

「ノーコメントです」

「それって一般的にイエスと同じじゃ? ずーるーいー! わたしも平和に逆ハーやーりーたーいー!」


 わかってるんだそれは。その理由がわからないだけで。

 好意に鈍感でも状況の客観的把握くらいはできる。ララにも言われたし。何人恋愛感情を持ってくれてるのかはともかく。


「ああ、一人いました。魔王様が」

「絶対に無理じゃん! って魔王様と知り合いなの既に!? そりゃ勇者の敵になるわね!?」


 せっかくの同郷人なんだから、堅苦しい話ばっかりするのもつまらない。こういう話をしてもバチは当たらないだろう。

 それに、不幸な最後を迎えてるんだから多少なりとも俗物的な部分があってもいいよな、レインノーティアさんにも。

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