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風魔法使いの転生無双  作者: Syun
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第四章 風魔法使いの軌跡

「さー、今日もガンガンクエストやって行こー!」

「元気ですね」

「ホントにな」


 拳を突き上げて宣言するセラ。それをレアと二人で温かい目で見守る。

 まあ、オレとしても後顧の憂いが一つなくなったので心置きなくクエストをこなしていきたいところではある。


「ユーリくん、今日は槍も用意してきたんですね」

「試したかったものを試しておこうかと思ってな」


 例によって高い槍は買えなかったが、その代わり今回は安い水晶をいくつか巻きつけてある。これで槍としても大杖としても使うことができる。

 まだ想定の最低限にも届いていない以上、打てる手は可能な限り探して打っておくべきだろう。

 頭の中でできることを考えながらセラの開いたギルドのドアを潜ろうとしたら、その背中にぶつかってしまった。


「セラ? どうし……」


 レアの声も途中で止まる。

 血だらけで項垂れている冒険者が数名。血だらけでうめき声を上げている冒険者も数名。その周辺にはポーションの空瓶がいくつも転がっている。


「どうなってるのこれ……」

「どうもヤバいのが出たらしいな。すみません。何があったんですか?」


 手近にいた軽傷らしき冒険者に声をかける。相手をよく見る余裕もないのか、こっちが学生だということを無視して答えてくれた。


「湿地林でマッドマッシュやジャイアントトードでも狩ろうかと思ったら、いきなりデカいのが出たんだ」


 その言葉が伝播したように誰かが叫ぶ。


「スワロー・スネークかと思ったのに! あれはヴェノム・サーペントだった!」

「しかも五メートルを超えてる化け物だ!」

「ゔぇのむさーぺんと?」


 セラのイントネーションがおかしいが、それも仕方ない。特異進化種は出遭うこと自体が厄災レベルなのだから。

 ヴェノム・サーペントは蛇系魔物の中でも高ランク特異種に当たる魔物だ。蛇系最低ランク魔物であるファングスネークが進化してバイトスネークになる。さらに長期間討伐されずに他種捕食で進化するとスワロー・スネークになる。そこからさらに毒を持つ魔物を捕食し続けることにより、毒の耐性と生成を獲得した個体へと変異する。こいつを元の系統樹と区別するためヴェノム・サーペントと呼称することになる。

 問題は、スワロー・スネークになるまでにかなりの時を経て強力になっている上に初見ではヴェノム・サーペントとはわからないというところにある。近接攻撃で近づいて毒を吐かれて初めてそれとわかるのだ。

 つまり、近接攻撃主体で戦術を組んで向かうとその戦術が悪手になることになり、さらに高火力の魔法がなければ牽制すらできないという撤退不可能な状態に陥ることもある。それを思えば、治療を受けているパーティはよく帰還してきたと言うべきだろう。


「ヴェノム・サーペントがなぜそんな浅いエリアに……」


 そんな声が聞こえるが、なんとなく思い当たるフシはある。

 たとえある区域のある魔物を殲滅してしまっても、いつの間にか数匹がその場に戻っていることがある。隠れていたのか他所から移ってきたのかはたまた異界から湧き出てきたのか。明確にはわからないが、この現象は環境復活リバース環境復帰リターンと呼ばれる。

 しかし、当然それにはタイムラグがある。他の魔物の縄張りを侵食することも当然あるし、時にはまるごと乗っ取ってしまうこともある。これが頒布図が書き換わる主な要因だ。

 この状況のキーワードは。“蛇”、“毒”、“浅いエリア”、“マッドマッシュ”。あと上がっていないが、“カエル”。


「蛇はカエルを食う」

「授業でスモールトード狩り尽くしたよね」

「たしかポイズンマッシュがいるという話でしたよね」

「そのクエストなら数日前に無くなっていたな」

「へー。カエルの代わりに食べたのかな」

「それで毒を持ったりすることもあるんでしょうか」

「その上、エリアボスのジャイアントトードも狩ってしまったな」


 ついでに、スモールトードを追い立てるために微妙なレベルの魔力を放ってしまった。

 なるほど。

 繋がったな。


「完全にオレのせいか」

「イヤイヤイヤ、それは責任抱え込みすぎでしょ」

「わたしもそう思います」


 どうだろうな。スモールトードの件はわからないとしても、ジャイアントトードの件は完全にオレのミスとしか言いようが無い。

 ヴェノム・サーペントか。サッサと討伐しておいたほうがいい魔物の一つだ。


「……手持ちの装備で行けるか」


 剣に槍にいくらかのアイテム。手数としては十ニ分だ。


「アカネさん」


 近くに来ていたアカネさんに声をかけると、早足で寄ってきてくれた。


「ごめんなさい、今ギルドがこの調子ですからクエストの手続きは」

「緊急クエストはもう出てますか?」

「……え?」


 アカネさんは時が止まったような驚いた顔をし、それでもすぐにこちらの意図を察し、


「あ、あのですねぇ! いくらユーリくんが規格外だからって、私にも限度ってものが!」

「スワロー・スネークもヴェノム・サーペントも本来はここまでの被害をもたらす魔物じゃないはずです。つまり異常進化個体だ。それを一秒でも長く放置するのはまずい」

「そっ……それはそうですけど」

「騎士団や魔法士団が出立接敵するまでも半日以上掛かりそうですし、オレが行くのが一番早いはずです」

「それはそ、いやそんなわけな、いやいや。あー、もう!」


 アカネさんはガシガシと頭をかいて悩んでいたが、最終的には折れてくれたらしく叫んだ。


「ギルド権限! 緊急クエスト発令! 湿地林のヴェノム・サーペントの討伐!」

「受けます。手続きの代理を」

「絶対に! 無茶だけはしないでくださいね!?」

「言われなくても」


 素材回収の為に持ってきていた袋を取り出し、転がっていたポーション瓶と蓋を詰め込んでいく。言うまでもなく空の方だ。まとめて風魔法で乾燥をかけておくのも忘れない。

 準備はこれでいい。と、そのまま飛び出そうとしたら袖を掴まれた。


「私たちも行……私は行くつもりだけど、レアはどうする?」

「もちろんわたしも行きます」

「……命の保証はないぞ?」

「足手まといになるつもりはありません」

「うん。それにユーリ君となら大丈夫だろうからね」


 なんの根拠だろうな。言われるまでもなくやれるだけのことはやるが。


「わかった。先に西門に行っていてくれ。少し追加準備してから行く」


 二人は頷くと、揃って駆け出していく。


「オススメはできませんけど、なんだか大丈夫な気がしてきてしまうんですよね」


 アカネさんにまで期待されたら応えるしかない。それでも万が一のときのことは考えておくべきだろう。


「アカネさん。保険として姉さんに連絡をお願いできますか。おそらく学院にいるはずですから」


 魔力を放出してこの場に呼ぶこともできるが、怪我人が多いこの場所では少々都合が悪い。それならアカネさんに走ってもらうのが妥当だろう。


「わかりました。気をつけてくださいね」


 アカネさんが走り出すのと共にオレも走る。魔力探知をかけ、露店の中に目当てのものがないか探す。

 見つけた。交渉の時間はないので表記値通りに硬貨を渡し、走りながら魔法付加アペンドをする。

 ネックレスに気配軽減。アンクレットに移動補助。宝石のサイズが小さすぎて気休め程度だが、二人には役立つだろう。加えて、大きめの密閉保存用ガラス瓶も。ポーション瓶よりこちらの方が用途に合う。

 西門に辿り着くと、二人は既に到着してオレを待っていた。


「待たせたな。魔道具を作った。即席だから効果はそれほど期待できないが、ないよりマシなはずだ」


 効果を説明し、身に付けてもらう。アンクレットの方は今はわからないが、ネックレスの方は問題なく機能しているようだ。門を通った時に衛兵が怪訝な顔をしていた。

 東西南北ともに王都から数十メートルは草原になっている。ここで一応の作戦会議をしておこう。


「レアは水以外の液体の制御はできるか?」

「はい。ある程度なら」

「なら、ヴェノム・サーペントに可能な限り毒を吐かせるからその毒を集めてくれ。毒性の研究に役立つはずだからな。周囲に置いたこのポーション瓶に集める感じでやれば気化毒を吸わなくて済むはずだ」

「わかりました」

「セラはレアのサポートを頼む。フォローする余裕はあると思うが、万が一があったら困る」

「任せて」


 作戦会議終了。


「じゃあ行くぞ」

「へ?」

「え?」


 身体強化して二人を抱えあげる。そのままいつもの要領で走り始める。


「喋ると舌を噛むぞー」

「ひゅぅっ……!」

「ちょ、待っ……!」


 何かを聞いている時間なんてない。時は一刻を争うのだから。



 戦闘区域を決定し、物理防壁をまとったまま地面に激突するように着地する。


「や、やりすぎ……」

「死ぬかと思いました……」


 二人とも青い顔をしているが、気持ちはわからないでもない。加速を重ねて時速一〇〇キロ近くで走り、最後は周辺地形を把握するために二〇メートルほど跳び上がったのだから完全にジェットコースターだっただろう。

 見通しが良い場所を選んだので寄りかかる樹もなく、下が泥なので座ることさえできないのはさらに悪かっただろうか。


「さて、準備をするか」

「え? こんな開けたところで戦うの? もっと身を隠せる場所があったほうがいいんじゃない?」

「いや、遮蔽物は身を隠すと同時に視線を切ることになる。高ランクの魔物に対しては行動が読めなくなるし逆に撹乱に使われて危険だ。それに巨体の魔物には薙ぎ倒されたら意味がないし、こっちの動きは阻害されてあっちは自由に動けるって状況になりやすい」

「厄介ですね」


 力や数で押せば倒せるなら世界から魔物は駆逐されているだろう。環境復活リバースのことはあるにしても、高ランクの魔物は狩り尽くされていてもおかしくない。

 そうならないのは人間とは単純に生物としての規格が違うからだ。その上、魔物は人間と違って身体性能も知力もそうそう劣化しない。つまり、簡単には死なず、生きれば生きるほど大きく強くなっていく。言うなれば、休みなく突っ走り続けるウサギとカメと言ったところか。


「もう少し場所を広げてくる。二人は付加アペンド装備の扱いに慣れておいてくれ」


 瓶を設置しつつ、邪魔な木を切り倒すことで槍の具合も見る。

 よし。魔法を展開して振るってもみたがこっちは問題ないな。

 二人の方も感覚は掴めたようだ。やや距離はあるが、そもそもまとまって動くつもりもないから合流の必要はないだろう。


「じゃあヴェノム・サーペントを呼ぶぞ!」


 隠蔽軽減、魔力開放。

 ただし全開にはしない。デコイの範囲で、奴が逃げ出さない程度だ。


「ってちょ、これ凄すぎない!? どれだけの魔力隠し持ってるの!?」

「もうユーリくんの魔力しか感じられないです……!」


 だがこれだけじゃ足りない。存在自体を知らせる必要がある。

 出力を上げた無属性探知を連射する。これで周辺の弱い魔物を追い払いながら、ヴェノム・サーペントの注意を引く。

 探知できていたひときわ大きな反応。そいつが向きを変えてこっちに向かって動き始める。


「釣った! 来るぞ!」


 最初は火が爆ぜるような音だったが、次第にバキバキメキメキと木の倒れる音が大きくなってくる。地面はぬかるんでいるがそれでも細かい振動が、


「んお?」


 思わず声を漏らしてしまった。足に伝わる振動が想像より大きい。

 震度一が注意していれば気づくぐらいだったか。明確に気づくので少なくとも二近くはある。

 注視していた方向からその姿が見えた。デカい。蛇なんだから長さ基準でそうでもないと思っていたが、単純に頭のサイズの目測かあの情報は。全長なら三〇メートル以上あるぞ。


「お、おおお、大きすぎます!」

「ほ、ほほほほら、言ったとおりでしょ!? ユーリくん関係ないって! こんなのジャイアントトードが敵うわけ無いじゃん!」


 ああ。たしかにこいつならジャイアントトードは餌にしかならないだろうな。


「それじゃあ手はず通りに!」

「了解!」

「わかりました!」


 ひとまずの主目的は毒を吐かせることだ。相手の噛み付きの範囲外を取り続けること。二人に注意を向けないこと。ここまでのサイズだとやや難しい条件だが、無理だと感じれば倒してしまえばいいだけの話。

 一瞬、注意が二人に向いたのがわかる。蛇は赤外線感知できるため気配隠蔽の効果が薄まるのだろう。それどころか違和感が逆に注意を引くかもしれない。


「お前の相手はこっちだろ」


 魔弾を連射。

 ダメージの入るものではないが、人間だって身体のあちこちを指で突かれまくったら不快になる。

 ギョロリと目が向き、口が大きく開かれる。狙い通りにその口の中から黒い液体と霧が吐き出される。


「コイツがヴェノム・サーペントの毒だ。頼むぞレア」


 吐かれた毒を風で集める。内側の液体に魔力が通ったのを確認して魔法を解除。タールのような液体が瓶に吸い込まれていった。デカいだけに一回あたりの回収効率もいい。


「まずは一回!」


 跳び上がり、叫びながら槍を振り抜く。強化のせいで斬り上げではなくアッパーカットになったが、その瞬間にも少量ながら毒は漏れる。そいつは手元のポーション瓶にも回収する。

 ヘイトは稼いだし、ターゲットは完全にこっちだ。打ち上がった頭を振り下ろすと同時に咬み付きを繰り出してくる。空中で対処できないと思われているのか。そんなわけがないだろう。むしろ風魔法使いには空中戦の方が得手だというのに。

 作り出した防壁を蹴ってバックステップ。そのまま出し続ければ多少はダメージを与えられるだろうが、あえて解除。


「シャアァァァ!」


 予想通り毒が吐かれる。集め、逸らし、制御が取られたところで解放。

 直線ラインが通ったところで前進して今度は横薙ぎに振り抜き頭を反らさせる。


「しっぽ!」

「見えてる!」


 こちらの力を利用した、不意打ちの尾による振り抜きも回避。

 この巨体にしては高速戦闘だが、目が回るほどではない。むしろ遅いくらいだ。

 ポーチの中から余りの水晶を取り出し、魔力で強化しさらに防壁を重ねる。竜巻のバレルを生み出し、そこへ向かって投擲、加速射出。両目を狙った二撃が直撃する。


「ギャオァァァ!」


 怒り狂ったヴェノム・サーペントがあたりに毒霧を撒き散らすがそれも予測済み。あとはレアに制御を託す。


「グルオァァァァ!」


 ざっと探知と計算したところ、大瓶が十本弱にポーション瓶が数本。もう十分か。意図的に毒を吐かせ続けるのも難しいものだな。


「終わりにしよう」


 無茶苦茶な噛みつきを捌きながら、槍に込める魔力量を上げる。さらに刃と柄の接続部に風魔法を展開。水晶にも魔法防壁をストックしていく。

 ……どこまでやれるかなんて計算する時間はない。それでも術式展開の端で同時に思考する。

 展開した風魔法の後ろに空気をかき集め、圧縮していく。圧縮した空気をさらに束ね、ジャイアントトードを運んだ空間圧縮魔法で限界を超えた圧縮をかける。

 ……魔力量は転生前から比べれば一割にも満たない。今のオレの体は風魔法に特化した術士構造に変わっているが、それでもレベルは全盛期まで達していないだろう。

 切っ先から竜巻を発生。こいつは射出した瞬間にライフリングの役目をしてくれる。

 ……全体把握。おそらく出力が足りないか。

 万全には万全を期したい。継戦は可能だがこの一撃で仕留めたい。


「だったら」


 周りから貰い受ける!


「ちょ!?」

「何この魔力!?」


 ブースト。オレが風魔法が最強だと気づいた最大要因の一つがこれだ。

 人が魔力を回復する手法にはいくつかある。

 一つ目は寝ること。生命活動全般へ割いている生命力量を減らし、魔力への変換分を上げるという工程。要は自然回復だ。欠点は、当たり前だが相応の時間が必要なことと無防備になること。

 二つ目は食べたり飲んだりしてエネルギーを体内で変換すること。こいつが一番手っ取り早い。ある意味では魔法薬も高濃度の魔力元素であり、これを強化したカタチとも言える。欠点は当然、人体の消化器に性能や容量の限界があることだ。

 三つ目は呼吸で取り込むこと。ダンジョンなど魔力元素の濃い空間で魔力回復が上昇するのはこれのせいであり、薄いながらも一般的な大気中にも一定割合で魔力元素は存在している。少し休めばそれなりに魔力が多少回復するのは体内生産の結果だと思われているが、実はこれが主要因だ。欠点は、大気中の魔力元素がそこまで濃くないこと。

 だが、ブーストは周囲の大気濃度を上げるとともに魔力元素をかき集めて失った魔力を強制補填する魔法術式。言わば等価交換を超えたチート技だ。ただし、現在の魔力許容量を超えればどうなるかは言うまでもない。しかし、自分の限界を把握していないなんて三流もいいところだ。

 刃に纏わせる魔法への魔力供給を増やす。干渉した魔法同士がチリチリと静電気を発生させ、摩擦で温度を上げていく。

 身体強化。武器強化。魔法付加アペンドと魔力の追加注入。工程は完了した。空中でのステップバックと共に、ヴェノム・サーペントより高い位置まで飛び上がる。

 右腕を振りかぶり、上半身をひねる。ターゲッティングはリアルタイムで誤差修正。

 投擲。否、射出。同時にバレルの位置を固定、水晶にストックした魔法と加速用の風魔法を解放。

 音速に近い速度で射出された槍は徹甲矢の様にヴェノム・サーペントの頭を貫通し、首から抜け、もう一度胴体を貫通し、地面にぶつかった衝撃で魔法がオーバーロードして炸裂する。

 槍の穿いた軌跡上にはオレ一人くらいならくぐれそうな穴が開いていた。


「……ガ」


 念の為剣を抜く準備もしたが、しばらくすると糸が切れたようにもたげていた鎌首がゆっくりと倒れていく。地面に付くと盛大な地響きがした。


「倒した、か?」


 死んだふりではないかと念の為魔力量を探るが、急速に下がっていくのでこれで終わりでいいのだろう。


「「やったー!」」


 レアとセラが抱き合って喜んでいたのですぐそばに着地する。


「ありがとう二人共。手伝ってくれて助かったよ」

「いやいや、私何もしてないし?」

「わたしも手伝えたとは思えないですが」


 そんなことはない。レアのおかげで戦闘に集中できたし、セラには安心してそのフォローを任せられたのだから。

 とか考えていると、


「ん。ちょうど終わったんだね」


 姉さんが現れた。涼しい顔をしているが、これでも全速力で来てくれたのだろう。


「わ、また強い人が来た」

「これでわたしの役目なくなりました……」


 二人ともゲンナリした顔をしているが、緊張が解けたということで良しとしよう。


「まあ、魔石を取り出さなくちゃいけないからな。姉さんが来てくれたのは……」


 言葉を続けられなかった。

 さっきまで死んだふりを疑っていたオレはもちろん、姉さんもある程度常態的に魔力探知を発動している。だからこそこの異常に気づくことができた。

 ヴェノム・サーペントの魔力が回復している。そんなことはありえない。この世界に蘇生魔法はないのだから。


「ユーくん」

「わかってる。二人共、気をつけろ」


 姉さんと共にレアとセラを背中に庇いつつ倒れた筈の大蛇に目を向ける。ちょうど、ゆっくりと頭が上がっていくところだった。それと同時にビキビキと体表にヒビが入る。

 蛇の鱗というのは魚のそれとは違って硬化した表皮のようなものだ。そのはずなのに境目に沿って分割されていく。いや、分裂していく。

 さらにあちこちにひときわ大きな欠落が起き、そこから何かが隆起してくる。


「なに、これ……」


 レアの悲鳴のようなつぶやきに、この世界には起源が存在しないであろう言葉を思い出す。

 蛇足。

 故事通り、蛇を描けと言われて足を生やすのは問題外だと言えるだろう。そんなものは蛇ではありえないのだから。

 しかし、生物学的に蛇に足や手があったらそれは蛇足だろうか。

 もし角が生えれば。

 なかったらなかったで別のそれになるが、翼なんて生えたら。

 その蛇は“竜”とか呼ばれるんじゃないのか。


「ど、ドラゴンっ!? なんでっ!?」


 傷つけたはずの目が完全に開き、セラの悲鳴で視線が合う。

 なんだこれは。

 眼の前で魔物が進化する瞬間は見たことがないわけではない。まさに目の前の光景とほとんど変わらない。

 しかし、ドラゴンは存在そのものが魔物とは違う。進化するならリザード系からだろうとか、そういう問題ではないのだ。

 いや、待て。

 そうか。


「そういうことか!」


 魔力をまとった拳で地面を殴りつける。接触したところで解放し、魔力探知に乗せる。

 超広域探知。精度が下がる代わりに通常よりはるかに広い範囲を捜索できるその魔法に思った通りのものが引っかかる。

 急速に思考が冷えると同時に、種々雑多で昏い感情が湧き上がってくる。


「タイミングが想定外だが、これまで運が良かっただけか」


 その辺りのことはあとに回そう。

 さて、まずはこの眼の前のドラゴンモドキを片付けないとな。


「三人とも、下がっててくれ」


 前に進み出て、ポーチの中に隠していたホーンラビットの角を空中にばらまく。

 ああ、そうだ。


「何事にも埒外はあるからな。おい、人語を解するならなにか喋ってみろ。言葉が通じたらお仲間に紹介してやる。無理なら」

「ジュアァァァァ!」


 やはり無理か。

 ドラゴンは神や精霊に近い種族だ。人間の言葉くらい話せないはずがない。というか鳴き声、いや威嚇音がほぼ蛇のままだな。


「そうか。せっかくだ、今の最高出力を食らっていけ」


 静かにそう告げると、無意識に魔力隠蔽が外れていた。


「ちょ……!」

「こ、これ……!」

「この魔力量、流石だねユーくん」

「ウガァゥウル……」


 オレから吹き上がる魔力に、セラとレアの二人だけでなく姉さんやドラゴンモドキまで気圧されているのがわかる。


「本物のドラゴンはこの程度でビビらないぞ、ニセモノ」


 こんなもので怯んでいたら本物に失礼だろうが。いや、驚いてはくれるか?

 まあそれはいい。

 さっきの投擲以上のものを見せてやる。

 弾速を上げるだけじゃ足りない。

 想像し組み上げるのはアンチマテリアルライフル。

 投げ上げて空中に留めておいたホーンラビットの角を魔力強化。

 空気圧縮の重ねがけで射出エネルギーを確保。

 竜巻を各弾体の周囲に展開。回転エネルギーを与える。

 弾体の射線上を真空化。超長距離まで延伸でターゲット固定。これで威力減衰がゼロになる。

 ここからはさらに風魔法の真髄を倍盛りだ。

 ブーストで魔力を取り込み、内側から術式に魔力を過剰供給する。これは変わらないが、同時にもう一つ魔法を重ねる。


「ちょ、さっきよりすごいことになってるんだけど!?」

「なんなんですかこれ!?」

「この魔力の流れって……!」


 バースト。変換効率や精度は下がるものの、魔力をオレ経由ではなく直接魔法自体に流し込める名前通り魔法構造自爆覚悟の荒業。魔力結晶で同じことができるが、大気中の魔力を操作できるオレには必要ない。

 内と外から強引に魔力を押し込む。ホーンラビットの角は回転数をさらに上げ雷光を放ち、圧縮空気は度合いを増しすぎて炎を上げる。

 誰にだってわかる。オレなんてもう笑いが止まらない。

 それどころじゃなく、竜巻がコイルになり弾丸がプラズマ化しているのか血が沸騰している気さえする。

 ここまでできるのか、風魔法は!


「くらいやがれッ!」


 全魔法術式解放。名付けて、



 超音速貫通撃オーバーソニック・スラストッ!



 撃った瞬間、完全に音が消えた。

 たぶん、その場の誰にもただオレが展開していた魔法が消えたようにしか見えなかったはずだ。

 当のオレでさえ何が起こったのかさっぱりわからなかったが、なんとかターゲッティングしていたところに小さな穴が空いているのだけは分かった。その数は放った角の個数と同じ五個。

 問題はその後。何故か視界がぐにゃりと歪んだ。

 次の瞬間、ドラゴンモドキはズタズタのスプラッターになって弾け散った。降り注ぐなにかしらは姉さんが展開してくれていた防壁に阻まれる。


「なんだ? いや、そうか」


 超音速なんだからソニックブームか。っておい待て。一体マッハいくつになればこんな結果になるんだ。

 ダメだ。魔力不足で目眩がして今は計算できない。


「い、一瞬で倒しちゃっ、た?」

「も、もう何も言えません……」

「やっぱりユーくんはすごいなぁ」


 ただ考えられたのは二つ。コイツをブーストとバースト無しで使えるようになり、さらに連発できるようになる日が来るのだろうってこと。それと、その日が来るのが楽しみやら恐ろしいやらってことくらいだった。

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