まだまだ敵わない。
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その日の剣術訓練の後、カインはアルンディラーノとの昼食を取らずに母エリゼと一緒に邸へと戻った。
着替えて食堂に行けば、きちんとカインの分も用意されていた。執事が先触れを出していたのだろう。
終始無言で食事を終えると、食堂では食後のお茶を出させずにそのままカインとディアーナはティールームへと連行された。そこには、使用人用の食堂で昼食を済ませたイルヴァレーノも呼ばれていたのだった。
「ディアーナに剣の訓練はさせないと、お父様が言ったのは覚えていますか?」
ティールームの二人掛けのソファに子ども3人が並んで座らされていた。
エリゼの質問に、最初に口を開いたのはディアーナだった。
「ディは剣のお稽古してないよ」
イルヴァレーノとカインに挟まれて真ん中に座っているディアーナ。左の手はカインと繋いで膝の上に置いてある。
剣の稽古はしていないと言う、その目はまっすぐにエリゼを見ていた。
「嘘をついてもダメよ。練習もしていないのにあんなに上手にできるわけが無いでしょう?」
「ディの剣、上手だった!?」
嘘つきと言われたことはスルーして、都合の良いところだけを聞き取るディアーナにエリゼは深くため息をつく。
カインは背筋を伸ばしてディアーナの手をぎゅっと握ると、エリゼの顔をまっすぐに見て口を開いた。
「本当に、ディアーナは剣の訓練はしていません。警護騎士たちにも聞いてもらって構いません」
「自分たちが咎められるとわかっていて、素直に言うわけが無いでしょう。本人たちに聞いてもそれは証明にはなりません」
「騎士たちはみな誠実で正直ですよ。…彼らの言葉でダメなら、庭師のお爺さんに聞いてみてください。庭のどこでだろうと、剣の訓練なんかしていれば目に入ります」
「庭仕事と門番警護で仲が良いのであれば、同じことです。貴族に対して立場の弱い者たちは、徒党を組んで仲間をかばうことがあるのよ」
エリゼは、平民の言うことは信用できないと言っている。
ランニング時に挨拶を交わし、剣術の基礎部分を教えてくれた騎士たちに対する母の言葉にギリっと奥歯を噛みしめるが、ここはそれに反発するところではない事もカインはわきまえている。
「発言をよろしいでしょうか。奥様」
小さく手を挙げて、イルヴァレーノが発言の許可を求めた。エリゼは目線をイルヴァレーノに移して小さく頷いた。
「発言を許可します。けれど、あなたが証言しても同じよ。それは、平民だからではないわ。イル君はカインの味方だからこの件に関しては信用ならないと言う意味ですからね。今日も用意周到に運動服まで用意していて…はぁ。まぁ、話は聞くわ。言ってちょうだい」
「ウェインズさんに、聞いてみては如何でしょうか」
「パレパントルに?」
「はい。あの方がこの邸の中についてわからない事は無いでしょう。ディアーナ様が警護の騎士たちに剣を習っていたか、屋敷のどこかで剣の稽古をしていたかどうか確認してはいかがでしょうか」
イルヴァレーノの言葉にしばし思案したエリゼだが、戸口に立っていたメイドに声をかけると執事を呼びに行かせた。
執事が来るまでの間、エリゼはイルヴァレーノが運動服を用意していた経緯について質問していた。
「運動服については、カイン様は関係ありません。ディアーナ様が運動服で行くというのをロミーさんがとどめるために、運動服は持っていこうという事を提案してなんとかドレスを着ていただいたという経緯があるんです」
「出来ることを隠しておいて、いざというときに『こんなこともあろうかと!』って奥の手を出すのがカッコいいってお兄様が前に言っていたのよ!ディはその時の為にまずはドレスを着ることにしたのです!」
「…申し訳ありません。あの場で出すようにと言われれば、僕は出さないわけにはいかなかったのです…」
ドヤ顔のディアーナと、すまなそうな顔をするイルヴァレーノ。
イルヴァレーノは、運動服は持っていくだけ持って行って、出すことがなければそれが一番平和だろうと考えていたし、まさか大人たちがディアーナを剣の訓練に参加させるとは思ってもいなかったのだ。
「アルンディラーノ王太子殿下が、あんな事を言うとは思わなかったので…」
「…はぁ」
エリゼがため息をついたところで、ドアがノックされ執事のウェインズ・パレパントルがティールームへと入って来た。
「ウェインズさん。ディアーナ様は騎士たちに剣の稽古を付けてもらっていたり、屋敷の敷地内で剣の稽古をしたりはしていませんよね?」
イルヴァレーノがまず口を開いて執事へと質問をした。
このような場合、まず口を開くのはエリゼである。邸の女主人であるエリゼを差し置いて、エリゼが呼び出した使用人に質問をするというのは非常に失礼な態度である。
しかし、イルヴァレーノは無礼を承知で先に質問をしなければならない事情があった。
「イルヴァレーノ、立場をわきまえなさい」
案の定、パレパントルからも注意を受けるイルヴァレーノ。失礼しましたとソファーから立ち上がって頭を下げた。
「奥様。イルヴァレーノの問いに答えるのであれば、答えは『ありません』です。ディアーナ様がこのエルグランダーク家の敷地内で騎士より指導を受けたり、剣の訓練をしていたという事実はありません」
パレパントルはエリゼに向かってそう答えると、軽く頭を下げた。
そして、にこりと笑った後にちらりと一瞬だけ視線をイルヴァレーノとカインに投げた。
「………パレパントル。では、わたくしからも質問をするわ」
「なんなりと」
パレパントルは改めてエリゼに向き直り、右手を胸に添えてまっすぐに立ってエリゼの言葉を待った。
「ディアーナは、どこで剣術を身に付けたのかしら?」
エリゼのその質問を聞いた瞬間に、イルヴァレーノは頭を下げたままの状態で肩をビクリと震わせ、カインはソファの上でディアーナとつないでいない方の手で頭を抱えてうずくまった。
「カイン様の部屋でございます。少女騎士ニーナごっこと称してカイン様がディアーナ様に手解きをなさっておいででした」
子どもの浅知恵は、大人たちの老獪さにあっさりと敗北するのであった。
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