案ずるより産むが易
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「さて、王太子殿下誘拐の現行犯ということで間違いないか?カイン・エルグランダーク」
カインとアルンディラーノの後ろに立つ、ファビアン・ヴェルファビア副団長は厳しい顔をしてそう問いかけた。
脇に抱えられたイルヴァレーノは腕から抜け出そうともがいていたが、ファビアンはビクともしなかった。流石は近衛騎士団の副団長である。
「副団長…。なんでここに」
ここには隠し通路を使って来ているし、隠し通路に入るところも見られてはいないはず。中庭に2人がいないことにメイドが気付いたとしても、そこからメイド長などの上司、衛兵、騎士団、と連絡が伝達されるのにはもっと時間が掛かっても良さそうなものだ。何せ城は馬車で移動したいと王妃がこぼす程に広い。
「訓練中になんだかそわそわしていただろう。仕事柄、悪巧みしてるヤツってのは何となく解るんだよ」
「場所がわかる説明になってない…ですよ」
カインはファビアンとアルンディラーノの間に立つ。
ファビアンも、本気でカインがアルンディラーノを誘拐しようとしたなんて思ってはいないだろう。だが、抜け出そうとしたことで叱られるのは確定だ。
アルンディラーノが母親に良いところを見せて認めて貰う為の作戦を遂行しようとして、いたずらを叱られるだけに終わるという結果だけは避けたかった。
なんとか、アルンディラーノを逃がして「カインが許可なく城内をうろついた」という罪だけで済ませられないかと頭をグルグル回転させるが、焦ってなかなか良いアイデアは出てこなかった。
とりあえず、アルンディラーノだけでも逃がさねばと少しずつ後ずさるカイン。
「なんかやらかすんじゃないか、と思って巡回してたら見覚えのある少年がいたんで、話しかけようとしたら逃げ出すから。とっつかまえてここで待ってたんだよ」
「カイン様…すみません…」
イルヴァレーノがファビアンに抱えられた状態で情けない顔をして謝っている。
カインはイルヴァレーノに向かってひとつ頷くと、ファビアンに改めて顔を向けた。
「イルヴァレーノを返してください。彼は僕を迎えに来ただけです。城の通用口前を歩くことは罪では無いはずです」
「誘拐しようとしたんじゃなければ、何をしようとしていたのか。それを説明してくれたら返してやろう。コイツは人質だ」
「人質って」
まるで、ファビアンの方が悪役である。
カインは俯いてため息を飲み込んだ。どうやら隠し通路がバレた訳ではなさそうなので、まだやり直しの機会はあるかもしれない。
なんとか、都合の良い説明をしてこの場を見逃して貰うしかない。今日孤児院に行くのは諦めるとして、アルンディラーノが両親から叱られない方向へと話を持って行かなければならない。カインは自分は叱られても良いと思っている。
ディアーナと引き離されさえしなければそのほかの事は全て些事である。
「アルンディラーノ王子殿下に、同じ年頃の子と遊ぶ機会を作ろうと思ったんです。王妃殿下の用意した場を僕が壊してしまいましたので」
「城の外でか?」
「僕が潰した機会の時と同じ人たち、同じ規模で集まろうとするといつ機会を作れるかわかりませんし、僕の力ではとても無理ですから。僕の友人たちを紹介したかったんです」
「カインの友人…ねぇ」
「デディニィさんは…その、殿下とは歳が離れすぎていますし。同じ年頃だと感性や趣味が近くて楽しいと言うことをまずは感じて欲しいなぁと、愚考しました」
「あぁ。なるほど」
終始難しい顔をしていたファビアンだが、デディニィさんの名前を出したら急に納得したような顔をした。
そうして、イルヴァレーノを地面に下ろして2歩で近づくと、カインを押しのけてアルンディラーノの前に跪いた。
「王子殿下。あの後お調べしたのですが、デディニィ夫人は既婚でございました。3人のお子がおるそうです。お諦めください」
ファビアンは真面目な顔をして、アルンディラーノの目をじっと見ながら諭すようにそう語った。
アルンディラーノは顔を真っ赤にし、カインは「あー」と言いながら同情するような顔をした。
「違うってば!そんなんじゃないってば!なんでそんなこと調べてるの!」
「お子さんがいらっしゃるから、転んだ殿下にああいった声を掛けてくださったんですね…」
「バカ!バカ!カインも副団長もなんだよ!違うったら!」
顔を真っ赤にして怒っているアルンディラーノの頭を撫でつつ、見た目二十代半ばっぽかったのに3人の子持ちなのかーと全然関係のないことに思いを馳せるカイン。
解放されたイルヴァレーノが駆け足でカインの側にくるとグッと足に力を込めて踏ん張るとファビアンに力のこもった視線を向けた。
ファビアンはやれやれといった感じでため息を吐くと、3人の子どもに順番に視線向けていく。最後にカインへ視線を戻した。
「王子殿下を連れて遊びに行きたかったのなら、勝手に連れ出すようなことはせずにちゃんと許可を取れば良かっただろ?護衛や馬車の都合が付けば許可が降りないという事もないと思うぞ。なぜそうしなかったんだ?」
カインがそれをしなかった理由は色々ある。正直に言える理由と言えない理由が。
「以前、エルグランダーク家へご招待申し上げた際に、実際に足を運んでいただけるまで2週間かかりました。理由あって2週間後では遅いのです」
「急いで王子殿下を連れて行きたい所があったと言うことか?」
「ええ」
王妃殿下と一緒に孤児院へ慰問にいく前に、孤児院がどんなところなのかを知って貰う事。孤児院の子ども達と遊んで仲良くなることで偏見を無くす事をアルンディラーノに体験させたかった。
それで、初めての孤児院慰問なのに物怖じしない、偏見を持たずに接する事のできる優秀な王子っぷりを王妃殿下にアピールする作戦だった。
つまり、王妃殿下に内緒で予習がしたかったのだ。慰問より後に遊びに出かける許可が出ても意味が無いのだ。
「では、許可を取りに行こう。付いてきなさい」
「へ?」
「俺だけでも許可は取りにいけるが、君たちを置いていったら逃げるだろう。付いてきなさい」
そう言って、またイルヴァレーノを捕まえて小脇に抱えるとファビアンはスタスタと歩き出した。
イルヴァレーノがなんでだ!はなせ!と暴れているがファビアンは高笑いしてその訴えを無視した。
実際のところ、王妃殿下付き侍女頭にファビアンが申し出ると、アルンディラーノの予定を確認しただけで許可が出た。
警備体制と行き先、同行者と帰城予定日時間を伝えて問題がなければ外出は可能なようだった。警備として近衛騎士が二名以上付くことが条件だったようで、ファビアンともう一人近衛騎士団から連れて行くことで許可が出たのだった。
「こんなあっさり…」
カインは頭を抱えたくなった。隠し通路まで使って立てた計画は一体何だったのか。
もちろん、もともとカインは近衛騎士団から人を借りる伝手も権限も無かったし、王妃殿下の侍女頭とも面識がなかったので許可を取るのは難しい事ではあったのだが。
「馬車を用意するから、それに乗って出かける事になる。さすがに王太子殿下を馬に相乗りさせてお連れするわけには行かないからな」
王族が乗ってると判らない様に無印の騎士団の馬車に乗って出発した。カインとイルヴァレーノとアルンディラーノ、それにファビアンが乗り込み、もう一人の騎士は御者台に乗っている。
「それはそうとして、カイン。黙って王太子殿下を連れ出そうとしたのはいけないことだ」
そう言ってファビアンからげんこつをもらったカインは、孤児院に着くまでずっと説教をされていたのだった。
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