女侯爵ディアーナ
その後、集まっていた領騎士団の部隊長たちに対してキールズが、
「それぞれ隊にもどり、ティルノーア殿から聞いた話を部隊に展開するように」
と命じた。
騎士団には時々、名家の三男四男といった貴族出身の者がいる。そして、彼らの結婚相手は平民だったり男爵家などの下位貴族の令嬢だったりする事が多く、魔力過多症の子供が産まれる条件に一致する。
「対処方法もご教授いただいてるので、該当する者は申し出るように。魔力過多症は貴賤結婚の証ではない。誰にでも起こり得ることだと周知するように」
そう言い添えて、その場は解散となった。
騎士団の部隊長達は、部隊の誰それの奥さんが妊娠中だから伝えてやろうとか、見回り先で赤子を見かけたら声をかけてみようなどと話し合いながら部屋を出て行った。
領騎士団は、広いネルグランディ領を巡回して見回るのも仕事の一つだ。行く先々の集落にそれぞれの自警団などもあるが、定期的に見て回って交流をもつようにしている。
一定期間毎の交代制で駐屯している小隊などもあり、それらが入れ替わることで「魔力過多症の対処法」が広まっていくだろう。
地域によっては「幼子は騎士に抱っこされると強い子に育つ」という験を担いで、積極的に騎士に赤子を抱かせようとする所もあるらしいので、騎士達の活躍には期待したいところだ。
アルディや侍女達も、早速皆に伝えないとね~と言いながら移動をしている。
アルディは特に公爵家直轄地のお母さん的存在で、時々平民達に交じって井戸端会議に参加していたり農繁期にまとめて子ども達の面倒をみたりしている。
お母さんネットワークに強いので、領城周辺についてはあっという間に「魔力過多症の誤解」は解けていくことだろう。
☆
「面白い話を聞かせてもらったな、ジャンルーカ。帰国した後の、わが国の未来の魔法使いたちのためにもこの国で良く学ぶんだぞ」
「はい、兄上。僕が魔力を持って生まれた事を考えると、兄上とシルリィレーア姉様の子も魔力を持って産まれてくる可能性がありますものね」
「……」
「ジュリアン様、お顔が赤ぅございますよ」
「ハッセ、うるさい」
サイリユウム組が固まって、サイリユウム語でそんな話をしている傍ら、エルグランダーク組も部屋に残って雑談を交わしていた。
「考えてみたら、俺はエルグランダーク子爵家の長男なんだし、男爵家のスティリッツとの結婚は爵位的にも差があるわけでは無いんだよな」
スティリッツの家が男爵に上がって数年しか経っていない新興貴族だったとしても、自分も子爵家なんだから貴賤結婚とか言われる筋合いは無いのだ、とキールズが開き直った。
「侯爵あげるっていってるじゃん」
カインは、前々からキールズに言っていた事を繰り返す。
エルグランダーク公爵家には侯爵と子爵の爵位もあり、そのうちの子爵を当主の弟であるエクスマクスが使っている。だからキールズは子爵令息という身分なのだが、カインは領地運営を代行してくれてるんだから侯爵の方を譲ってもいいと前々から思っていたのだ。
「カインが決められることじゃないし、いらねぇよ。侯爵なんて爵位税高いばっかりじゃないか」
「だからだよぉ~。僕が公爵継いだら、侯爵が余るからあげるってば」
「伯父様が引退するのなんかいつの話だよ。それくらいなら、法律変えてディに爵位譲れるようにしろよ」
「兄さん!カインにそんなこと言ったら!」
「カイン様は本気にしますよ!」
キールズは、冗談のつもりで言っただけだった。
ディアーナに関して、カインに冗談は通じないことを忘れていた。
コーディリアとイルヴァレーノが止めたが、時すでに遅し。
口から出た言葉は戻せないのだ。
「そうか……女侯爵ディアーナ……有りでは!?」
「私が、侯爵に!?」
「ディアーナが自ら爵位をもち、エルグランダーク侯爵家を起こせば結婚しなくても良いのでは!?」
「侯爵家当主になれば、私設騎士団の団長にもなれるし、自分で事業もできるよね!」
「やはり、学園を卒業したら法務省の役人になって、ゆくゆくは法務大臣になるしかないな!」
「私も、貴族家当主に必要な資格や資質がなにかを調べてみますわ!」
キャッキャと盛り上がる二人を、キールズとコーディリア、イルヴァレーノが残念な目で見つめている。
女性の騎士団入りより、女性が爵位を継ぐように法改正する方がむずかしそうなのに、という思いが皆の胸の中にうかんだのだった。
「どっちにしろ、カインが公爵を継いでからの話じゃないか」
「伯父様がディアーナに爵位をわたすとは思えないものね」
「それまでディアーナ様はお嫁に行かないつもりなのでしょうか……」
現実的な部分が見えていない二人の会話に突っ込みつつも、カインなら何とかしてしまうかもしれないという想いは三人の心のなかから消えないのだった。
「お嬢様が侯爵さまになられたら……侍女兼秘書にして頂こう……」
ただ一人、サッシャだけは女侯爵ディアーナに夢を馳せていた。
☆☆
西の離れ、子守部屋へと戻ってきたカイン達は三々五々にくつろいで過ごしていた。
キールズは騎士団の仕事に戻り、スティリッツとコーディリアやカディナが順番に手を取り、魔力循環の練習をしている。
「こうしていると、いつかのティアニア様の事を思い出しますねぇ」
ソファーにだらしなく座りながら、ティルノーア先生がのんびりとした口調でそうつぶやいた。
気を抜いているように見えるが、風魔法で室内の温度を調整しているのだから魔術師団のそこそこ偉い人というのは伊達ではないのだろう。
「あれは僕が十二歳のときで、今十六歳だから……四年前ですね」
「歳を取る訳だよねぇ~」
そんなことを言うティルノーアの見た目は、家庭教師としてエルグランダーク家にやってきたときとほとんど変っていない。
「魔力を持って生まれた赤ん坊が、ここみたいに皆穏やかに育つと良いんだけど……」
そう言って、エメリッヒを見るティルノーア先生の目は切ない。
もしかしたら、ティルノーア先生こそが幼い頃に魔力過多症で親から愛情を得られなかった人なのかもしれない。そう、おもうカインだった。
フカフカのラグの上で大の字になって寝ているジュリアンの腹の上で、エメリッヒはすやすやと気持ちよさそうに昼寝をしていた。
カディナの事を覚えていますか?
コーディリアの乳姉妹で侍女見習いだった子だよ。