王子様の初恋
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とても嬉しいです。やる気が満ちあふれてきます。
王城に出向き、近衛騎士団の訓練所で剣術指南をうけるカイン。
地方癖は付いていたものの、基本は出来ている状態だったので時折本職の騎士に打ち合いをして貰ったりしていた。体格差があるため、ほとんどはアルンディラーノとカインで打ち合っていた。
副団長が居ない日は、交代で誰かがそばで見ていて、問題があればその都度指導してくれる。
「やぁぁー!」
アルンディラーノが声を張り上げて、カインの構えた木刀めがけて打ち込んでくる。それはガツッと良い手応えで、カインの手のひらが少ししびれるぐらいだった。
カインは、アルンディラーノが時々いやに大きな声を出し、振りが大きくなる瞬間があることに気が付いていた。
アルンディラーノは、午前中いっぱいの訓練をちゃんとこなすために体力を配分する事を覚えていた。打ち込みも型を体に覚えさせるための反復練習であることを意識して、ある程度肩の力を抜いてやっていた。
それなのに時々、突然大きな声を出すことがある。
何だろうとカインは思っていたが、その理由が今日わかった。
訓練所近くの回廊を、特定の女性が通りかかった時に声がでかくなるのだ。なんだよ思春期かよはえーよ。とカインは思った。
「アル殿下。それは男らしくありません」
「え!何。カイン突然なにを言い出すの」
構えていた木刀を下ろし、杖のように付いてやれやれと首を横に振るカイン。突然何を言い出すのかと慌てて目を丸くし、周りをキョロキョロと窺うアルンディラーノ。
カインはちょいちょいと小さく手招きし、打ち合い用に取っていた間合いを詰めさせた。
「大きな声をだして注目を寄せ、視線が来たときだけカッコつけて、あわよくば向こうから声をかけて貰おうというのは、あまりにも情けないですよ、殿下」
コソッと耳元でカインがそうささやくと、アルンディラーノの顔は真っ赤になった。半分涙目になって必死に何か言い訳をしようとするが、うまく言葉が出てこないようだ。
「空色のドレスの方ですか?若草色の方ですか?どちら?」
チラリと回廊に視線をやり、そこを歩いていく2人組の女性の特徴を告げて問う。アルンディラーノはうつむいて、もじもじしたままごにょごにょと何かを言っていたがカインには聞こえなかった。
さらに聞き出そうとしたところで、様子を見にきた騎士にサボるなと叱られたので仕方なく訓練を再開した。
せっかく良いところを見せようと思っていたのに、逆に騎士に叱られているところを見られてしまったアルンディラーノはばつが悪そうな、それでいてふてくされたような顔をして素振りをしていた。
その後、時間終了まで黙って訓練をこなし、昼食の時間になった。
汗を拭いて上着だけ着替えると、食堂に案内されてアルンディラーノと2人で食事をとる。
騎士団訓練場に通い始めてから数日経つが、国王陛下や王妃殿下が昼食の席に来たことはなかった。
「さ、では恋バナをシましょうか。アル殿下」
「こ、コイバナってなんだ」
「恋の話。略して恋バナですよ。訓練場側の回廊を歩いていた女性2人、どちらが殿下の好きな人ですか?」
「すっ!ススス、好きとか嫌いとか!そういうお話じゃないよ!」
相変わらず、温くて野菜に火が通りすぎているスープと焼きたてでもふわふわでも無いパンと、ちぎった野菜を盛っただけのサラダがテーブルに並んでいる。
カインはパンを手でちぎって中をみる。今日は刻んだりんごが入っていた。リンゴパンを口に入れてスープで流し込む。
食事の壁際にメイドが2人立っているが、マナーが悪いともなんとも声をかけては来ない。ただ、立っているだけだった。
「でも、気を引きたかったんでしょう?昨日もその前も、あの2人が通りかかる時ばっかり声を張り上げていましたからね」
「シー!シー!カイン、シー!」
アルンディラーノがカインの口を小さな両手で一生懸命塞いでくる。見た目は小さい幼児の手なのに、剣術訓練のせいで少し皮膚が硬くなっていた。
壁際のメイドをチラリと見ると、上目遣いの困った表情でカインを見上げてくる。
「内緒だよ。若草色のドレスの人、デディニィさんていうんだ」
「若草色のドレスの人ですね」
カインは心の中でデディニィさんと3回唱えた。人の名前を覚える為の前世からのカインなりの儀式である。
アルンディラーノの初恋がディアーナより先にあるのなら、そこをくっつけてしまえばよいのだ。そうすれば、デディニィさんには悪いが、王太子ルート通りシナリオが進んでしまっても、おっさん貴族の後妻に下賜されるのはディアーナじゃなくてデディニィさんになるわけだ。
デディニィさんには申し訳ないが。本当に申し訳ないが、カインはディアーナが不幸にならなければ知らない人がどうなろうが知ったことではなかった。
デディニィさんが枯れ専の可能性だってあるではないか。
ただ、どう見ても王宮の誰かの侍女か王城で働く女性文官といった感じだった。みた目通りなら二十代半ばぐらい。貴族であればすでに結婚してるか婚約してる年齢だし、そもそも4歳のアルンディラーノとは20歳ちかい年齢差になる。
「デディニィさんのどこが好きなんですか?」
「……あのね、先月転んだ時に褒めてくれたのがデディニィさんだったの…」
食堂のテーブルに2人並んで座っている。
転んだのを褒められたとはどう言うことかと問いつめれば、先月あの回廊で転んだ時に泣かずにひとりで立ち上がったところを見ていたデディニィさんが、殿下はお小さいのに偉いですねと褒めてくれたのだそうだ。
なんだそれ?とカインは思った。それだけ?と思ったが、口には出さなかった。
コソコソと、顔を寄せて小さい声で喋っていると、心なしか壁際に立っていたメイドが近くなっている気がする。
ゴホンとカインは咳払いして背筋を伸ばし、アルンディラーノと顔の距離を離した。
「アル殿下。良ければ今度僕の家にも遊びに来てください。僕の家には僕と同じ歳の侍従がいます。もし気に入れば、そちらのことは兄と呼んでも構いませんよ」
父上と母上にお願いしてみる!とアルンディラーノは嬉しそうに笑った。
公爵家では、イルヴァレーノが盛大にくしゃみをして執事に注意されていた。
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