カインのお友達大作戦
その日、カインはいつものように家の図書室で書類仕事をこなしていた。
ディアーナは学園へと登校しており、不在である。
「カイン、ちょっといいか?」
ふと、手元に影が落ちたと思って顔をあげると、そこには父であるディスマイヤが立っていた。
父の後ろにはパレパントルが控えている。
「どうしました? 何か浮かない顔をしていますけど……」
「いや、その」
普段は、パレパントルか補佐官がカインに仕事の指示や書類の回収に来る。
こうしてディスマイヤが直接顔をだすのは珍しいことだった。
「あ、もしかして僕の執務室を用意してくれることになりましたか?」
「いや、それはまだだ。おそらく、当分先になりそうだ」
カインにはまだ屋敷内に自分の執務室がなかった。
処理するための書類やそのために必要な資料を置くには自室の文机は狭いので、こうして図書室で仕事の手伝いをしているのである。
「あ、もしかして締め切り過ぎている書類がありましたか? 優先順位確認して処理していたつもりだったんですが」
父親の浮かない顔と歯切れの悪い言い方から、自分の仕事にミスがあったのかと考えたカインは、慌てて手元の書類をめくって内容を確認する。
「いや、違うんだカイン! 書類は全て期限に余裕をもって届いている。内容もほとんど問題無い」
「旦那様、カイン様。ひとまずあちらのソファー席のほうへ移動いたしましょう。イルヴァレーノ、お茶の用意を」
「はい、ウェインズさん」
図書室内にある休憩用のソファーセットへと移動して、一息ついたカインは背筋を伸ばして話を聞く体勢を取った。
コホン、と空咳を一つして、父ディスマイヤが口を開いた。
「実は、エリゼから叱られてしまってな」
「……お母様が?」
なんだろう? 父が母に叱られたのと、父が自分と対面することの関係に思い当たることが無いカインは、首を小さくひねる。
母が、自分に関する事で何か父を叱るようなことがあっただろうか?
「先日の休息日、ディアーナはサラティ嬢たちを呼んでお茶会をしていただろう」
サラティ嬢とは、ケイティアーノの事である。
たしかに、数日前の休息日にはケイティアーノやノアリアが遊びに来ていたのをカインも覚えている。
「ええ、そうでしたね。課題の進捗を確認しあったり、夏休みの計画について話し合ったりしたようですよ」
その日の夜に、ディアーナが楽しそうに話してくれたので、お茶会の大まかな会話内容はカインも把握していた。その他もろもろ他愛の無い楽しい話をしていたらしく、ティータイムの時間はとても長かったが。
「先日は、サラティ嬢とは別の学友にお呼ばれして放課後ティータイムをしてから帰ってきていたらしい」
「ええ。ラティンデラ伯爵令嬢の家ですよね。ラティンデラ伯爵様が魔道士団にお勤めだそうで、令嬢も魔法に造詣が深いそうですよ。ディアーナが闇属性について色々な話が聞けて楽しかったと言っていました」
「……」
現在、後継者教育という名の領地経営仕事をこなしているカインは、水曜日以外は学校に通っていない。
進級試験や中間試験、学内イベントなどは登校しているが、その頻度はまれである。
「学校に行っていないのに、やけに詳しいじゃ無いか」
「僕が、ディアーナの行動や交友関係を把握していないとでも?」
カインの返答に、ディスマイヤは大きくため息を吐いた。
「エリゼの言った通りだ。このままではダメだな」
「良くありませんね」
ディスマイヤの独り言に、パレパントルが大きく頷いている。
「一体、なんだっていうんですか」
「カイン、後継者教育は一旦中止だ。復学しなさい」
「え。良いんですか?」
「ああ。それと……」
驚くカインに頷いて見せ、そしてカインの後ろに立っているイルヴァレーノに視線を移したディスマイヤ。
「イルヴァレーノ。君も学園に編入するように。編入試験は夏休み明けだ。勉強をしっかりして一発で合格して見せなさい」
「えぇ!?」
ディスマイヤの口から発せられた、カインの復学とイルヴァレーノの入学の話は予想もしていなかったカイン。思わずソファーから腰を浮かせた。
「む、無理ですよ旦那様!」
「入学前にカインと一緒に家庭教師から勉強を教わっていただろう。卒業時点まで進んでいたって話を聞いている」
「ですが、あれからもう五年も経っているんですよ!?」
「編入試験は夏休み明けだ。二ヶ月弱あるんだから頑張れ」
慌てたイルヴァレーノが、カインの座るソファーの背もたれに手を突き身を乗り出して抗議をしたが、聞き入れられなかった。
「……突然このような事を言い出すのは、一体何が原因ですか。お父様は、お母様になんと言って怒られたんですか」
「……ディアーナがサラティ嬢と中庭でお茶会をしているのを見ていたエリゼが」
「ディアーナのお茶会を見ていたお母様が?」
ディスマイヤの顔から血の気が失せていく。叱られた時のことを思い出して恐怖がぶり返しているのかもしれない。
「『そういえば、カインはお友達を呼んだり呼ばれたりしていたかしら?』と言ったんだ」
「はぁ」
「そうして僕は、そういえば見たことがないね、と答えた」
「……まぁ、そうでしょうね。友人を呼んだり友人に呼ばれたりしたことはありませんから」
カインの言葉を聞いて、ディスマイヤがクワっと目を見開いた。
「友人が、居ないのか!? 隣国で卒業済みなのに、ド魔学に編入するに当たって『我が国での人脈を広げる必要があるため』ってプレゼンしたのはお前だろう!? カイン!」
痛いところを突かれた、とカインは思った。無意識のうちに目が泳いでしまう。
「ゆ、友人なら居ます。えーと、ジェラトーニとか、アルゥアラットとか、ディンディラナとか……」
「それらは、サイリユウムの貴族達だろう?」
「……はい」
「国内に友人は出来たのか?」
「……クリスやゲラントがいます。あと、イルヴァレーノも友人です」
「……はぁ」
クリスとゲラントは近衛騎士団副団長の息子ではあるが、厳密に言えば貴族では無い。
二人とも将来は騎士団に入ると言っているので、あまり公爵家長男の有益な人脈になるとは言いがたかった。
イルヴァレーノに至っては、カインの従者である。
「エリゼが、カインに友人がいないことを気にしているんだ。学園を休んで仕事をさせている場合じゃ無いだろうと」
「怒られたんですね」
ディアーナが友人達と楽しんで居るのをみて、ようやくカインに友人がいないことに気がつく母と、母に叱られて初めて気がつく父。
放っておいても割り振った仕事をきちんとこなし、期日前には提出してくるカインは手の掛らない息子だったことであろう。
まさに、ゲームで描かれていたカインの心の闇の部分である。妹ばかり気にして、手の掛らない息子を放置する親の姿そのものである。
「カインは明日からでも学園に通い始めなさい。久しぶりすぎて勉強に追いつけないなんてことはないね?」
「それは、大丈夫ですが……」
「イルヴァレーノは、夏休み明けから編入してカインのフォローをしなさい。ボッチよりは、一人でも友だちがいる状態からスタートした方が良いだろう」
イルヴァレーノは今までも使用人として学園についてきていたが、使用人は授業中は教室に入ることができないし、食堂でも一緒に座って食べる事はできない。
学生として入学させることで、カインの友人関係についてフォローさせようという事らしい。
「今抱えている仕事の引き継ぎが必要ですから、明日からというのは難しいです。来週の初めから復学することにします」
「ああ、お前がそういうならそうしなさい」
話は終わった、と言うことだろう。ディスマイヤはソファーから立ち上がると図書室を出て行った。
「聞いたか? イルヴァレーノ。また学園に通っていいってさ。ディアーナと一緒に馬車で登下校できるし、ディアーナの成長っぷりを一時たりとも見逃さないチャンスがめぐってきたぞ!」
「カイン様こそ話を聞いていましたか? 旦那様はカイン様に友人を作れと言ったんですよ? 登下校は一緒に出来るでしょうが、昼食や休み時間はディアーナ様ではなく同学年のご学友と過ごしてもらいますよ」
「そんな、堅苦しいこというなよ」
「堅苦しいことを言う人がいないとハメを外すだろうから、俺にとばっちりが来たんじゃないですか!」
ヘラヘラと笑い、真面目に捉えようとしないカインの態度に、イルヴァレーノが怒った。
カインは「そうと決まれば善は急げだ!」と軽やかな足取りで作業机まで戻ると、やりかけの書類の処理と引き継ぎ資料作りに精を出し始めたのだった。
翌週の月曜日、終わらせた書類と引き継ぎ資料の確認を行ったディスマイヤは
「ボカァ、カインが優秀過ぎて怖いよ!」
と叫んだ。
カインのおかげで定時退勤出来る様になっていた補佐官達は、カインが後継者教育を中断して復学したことを知り、膝から崩れ落ちてむせび泣いていた。




