クリスの葛藤 1
夜も更け、カインの部屋でのまったりタイムも解散となり、自分たちに与えられた客室へと向かうアルンディラーノとクリスとゲラント、そしてジャンルーカ。
「なんか、頑張れば早くアル様の専属騎士になれる気がしてきた!」
サイリユウムでの平民騎士の出世方法や、凄い功績について語り合った興奮が冷め切っていないクリスは、時間を配慮して声量はおとしているものの、張り切った声をだしていた。もう眠気が限界に近かったアルンディラーノはあくびをしながら聞いていた。
「クリスなら出来るよ。私は魔法剣の方はさっぱりだったからね。クリスは魔法も使えるんだから、きっと私より早く近衛騎士にたどり着くに違いないさ」
ゲラントも、可愛い弟を見守る視線でそんなことを言う。クリスは、尊敬する兄からも褒められて、すっかりその気になっていた。
「魔法剣については、私もクリスに教えを請う立場だからなぁ」
とジャンルーカもクリスを褒めた。自国では魔法を封じられ、剣術訓練に没頭していたジャンルーカなので、魔法学園の放課後の剣術補習ではジャンルーカよりクリスの方が出来が良くみえるのだ。
「えへへ。アル様。俺、がんばってすぐに護衛騎士になるからな!」
「んー。クリスはそんなに急がなくても良いよ」
張り切ってアルンディラーノへと声を掛けたクリスだが、アルンディラーノから返ってきたのは眠そうな、気のない返事だった。
「ゲラントが来年から騎士団入りするだろ? 騎士としてはゲラントが側に居てくれるだろうから、クリスは友人として側に居てくれればいいよ」
もう眠さが限界なのか、アルンディラーノは目をこすりながらそんなことを言う。
「……」
「あ、いや。アル様。私も、見習いからのスタートですから、すぐにアル様の護衛騎士になれるわけではありませんよ?」
「んー? どっちにしろ、クリスはまだ六年も学園生活が残ってるんだから。そんな急がなくて良いよ」
じゃあ、お休み。と言ってアルンディラーノは割り当てられた客室へと入っていってしまった。そのドア前に、不寝番担当の近衛騎士が守るように立った。
「……。俺、アル様に期待されてないの……?」
自分よりの倍ぐらいの身長がある大きな近衛騎士を見上げ、そして自分の横に立つ頭一つ分大きい二歳違いの兄を見上げた。その真っ白になった顔をみたゲラントは、無言でクリスを抱きしめ、ジャンルーカは優しく背中を撫でた。
大丈夫。そんなこと無い。きっとすぐ側近騎士になれるさ。
とは、ゲラントもジャンルーカも言えなかった。
騎士学校に通い、騎士団の実態を学び体験しているゲラントと、騎士の国の王子として父親の差配や叙勲の様子、そして志半ばで去って行った身近な騎士達の姿を知っているジャンルーカには、気休めといえども、簡単にそんな言葉で慰めることは出来なかったのだ。
翌日、カイン達が昼食を取っているところに飛竜が到着したと連絡が入った。国同士の取り決めで飛竜は国境を越えてリムートブレイク王国側には入ってこられないので、川を渡って関所の向こうに居るらしい。カインは昼食の残りを腹に詰め込み、急いで関所へと向かった。
「盛大なお出迎えご苦労様!」
国をつなぐ大きな橋の上で、コーディリアが大きく手を振って待っていた。その向こうで、サイリユウムの騎士団所属飛竜隊のセンシュールがぺこりと丁寧にお辞儀をしている姿も見えた。
「ついでだからって、ジュリアン様が手配してくださったの。とても快適だったわ!」
コーディリアは以前、カインと代金を折半して飛竜で帰省をしたことがある。その時は民間の飛竜運搬会社に依頼したのだが、たしかに王国騎士団が扱っている飛竜の方が乗り心地は良い。背中に乗せた鞍(籠?)の性能なのか、飛竜を操る手腕の差なのかはわからない。
「コーディリア嬢、お元気そうで何よりです」
「ジャンルーカ様も、お元気そうで何よりですわ! シルリィレーア様もフィールリドル様もファルーティア様も、夏休みで帰省されるのを楽しみにしていらっしゃいましたわよ」
コーディリアは、気を利かせての発言だったのだろうが、『フィールリドル様とファルーティア様』という名前が出てきたときに、ジャンルーカの顔が引きつったのをカインは見逃さなかった。
留学中に、そしてディアーナが遊びに来ていた時にある程度は不仲を解消できていたとは思っていたが、苦手意識はそうそう払拭される物では無いらしい。
「ではまた、後期の学園でお会いしましょう」
と美しく一礼をすると、ジャンルーカは飛竜に乗って帰って行った。出発直後、竜騎士であるセンシュールのサービスなのか、飛竜がカイン達の頭上を大きく旋回してからサイリユウムの王都へと向かって飛んで行った。
「いいなぁ。うちの国にも飛竜が居ればいいのに」
ぼそりとこぼしたアルンディラーノの言葉に、護衛として付いてきている近衛騎士達が微笑ましそうな顔で笑う。わかるー。飛竜とか憧れるよね。とカインは心の中で頷いた。前世の記憶があるせいで、ドラゴンライダーというのは中二病的な憧れ職業という意識がどうしても抜けず、口に出すのが恥ずかしかったのだ。
「我が国にも、未開拓の地がありますから。北方の山岳地帯などを捜索すれば飛竜もいるかもしれませんよ」
「王太子殿下が即位なされた暁には、捜索隊をお出しになってみても良いかも知れませんね」
いかにも、自国には飛竜がいるなんて思っていない大人の戯れ言であるが、たった今本物の飛竜をみたばかりのアルンディラーノやクリス達少年にはそんなことは関係なかった。
「夏休みが終わったら、ジャンルーカに飛竜の生態についてきいてみるか!」
「倒してはダメなのよね? 背中に乗せて貰うにはお友達にならなくっちゃ」
「卵生なら、卵を捕獲して……親代わりに……」
アルンディラーノとディアーナとラトゥールで、居るかどうかもわからないリムートブレイクの飛竜の捕まえ方について盛り上がり始めた。
「飛竜ってあの体で草食だから、ちゃんと管理した草原が必要みたいよ。その上にグルメだから干し草は食べないんですって」
「え? あの見た目で草食なのか?」
「そもそも、馬小屋では飼えませんもの。もし捕まえたなら大きな飼育小屋が必要ですわよ」
コーディリアまで混じってさらに盛り上がっていた。ちなみに、リムートブレイク王国での飛竜目撃情報は今のところ皆無である。
あれ、と思ってカインが周りを見渡せば、アルンディラーノとディアーナとコーディリアで盛り上がっている橋の上から、少し距離を置いた所にクリスとゲラントがたっていた。
昨日の夕飯はジャンルーカの送別会だから、と言うことでクリスが食卓に同席したが、王都から出発してネルグランディ城に滞在している現在まで、クリスとゲラントは基本的に使用人達と一緒に食事をしているので、アルンディラーノやジャンルーカとは別行動となっていた。
騎士見習い達と一緒になって見回りをしていた時には、昼食はアルンディラーノやジャンルーカも皆と一緒になって取っていたので同席だったが、その時だけである。その延長線上としてクリスとゲラントが気を遣っているのだと思ったカインは、二人の元に言って声を掛けた。
「クリス、ゲラント。コーディリアは普段から領民に混じって遊んでいるし、こういった場では身分差をあまり気にしない娘なんだ。うちのお母様や王妃殿下の目の届かないところであれば、友人として会話に混ざっても大丈夫だよ?」
ゲラントはわからないが、学園での様子を知っているカインとしては、クリスも飛竜の捕まえ方談義に混ざりたいだろうと思っての事だった。
「お気遣いありがとうございます、カイン様」
ゲラントがにこやかに返事をしてくれる。その隣で、少し暗い顔をしたクリスがぺこりと頭だけ下げて返事をしてきた。
「どうした? クリスは具合でも悪いのか?」
カインがそっと手を出して、うつむいているクリスの額を触ってみるが、特に熱がある感じはなかった。
「この後、キールズと合流して近場の魔獣発生場所に行ってこようと思っていたんだけど、クリスは城で休んでおくか?」
カインの言葉に、クリスはパッと顔を上げてぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ! いいえ、行きます。僕も行って沢山魔獣を倒しますよ!」
大きな声でそう言って、クリスはアルンディラーノ達の居る場所まで駆けだしていった。ゲラントがクリスの背中を心配そうに見つめていたのだが、カインが「どうかした?」と聞いても「大丈夫です」と返事をするだけだった。




