領地の異変 5
その日の夕方、母エリゼから「明日には国境の関所前に飛竜がきますよ」と告げられた。サイリユウムからジャンルーカの迎えが来ると言うことである。
「じゃあ、今夜は送別会ですわね」
ニコニコとディアーナが言うので、それならばと王妃とエリゼが許可を出し、貴族ではないクリスも夕食の席に同席することになった。クリスはジャンルーカと学友で同級生だからという理由である。ゲラントは、護衛騎士よろしくアルンディラーノの席の後ろに立ってその様子を見守っていた。
「ゲラントは、卒業したらそのままアルンディラーノの護衛騎士になるのかい?」
食事も終盤、そろそろデザートが出てくるかな? というところで、ジャンルーカがゲラントに声を掛けた。平民とは言え、同年代だし同級生のお兄さんだし、ましてやこの三日間は一緒に領内の見回りをしつつ近衛騎士やキールズ、領騎士団の第三部隊の騎士に一緒にしごかれた仲だからだろう。ジャンルーカはゲラントにとても懐いていた。
「とんでもございません。騎士団への入団試験に受かれば来年から見習い騎士となります。そこから精進して正騎士となり、正騎士として実績を積み、実力と信頼を得ることで漸く近衛騎士配属への挑戦ができる様になるわけですから……」
ゲラントが、にこやかに落ち着いた声で返答をする。本当に十四歳の少年なのかと、カインは感心するばかりである。
「幼い頃からの付き合いだし、気心知れたゲラントが専属騎士になってくれれば僕はすごい嬉しいけどな」
アルンディラーノは朗らかに笑い、早く出世してくれよなと後ろに立つゲラントを激励した。
その隣で、自分が正騎士になれるまで何年かかるのかを指折り数えて泣きそうになっているクリスの様子には気がついていなかった。
食事が終わった後には少しだけ談笑時間が挟まり、その後は大人達はミニバーの設備のある応接室へと移動し、子ども達はカインの私室へと移動した。ネルグランディ城のカインの部屋は広い割には物が少ない為、ある程度の人数が入ってもゆったりとできるという理由だった。
「本当に物が少ないな」
「休暇に遊びに来るときに寝泊まりするだけですしね。ここに居る間は外で遊ぶことが多かったですし」
家具類は一通りそろっているが、本棚はスカスカだし茶道具をいれる飾り棚には何も入っていなかった。応接セットとしてのソファーとテーブルがあり、文机セットの椅子や夏用の籐の椅子なども置いてあるので、椅子が足りないと言うことはなかった。
サッシャとイルヴァレーノが厨房からお茶のセットを載せたティーワゴンを押して部屋へと入って来ると、それぞれ座っている場所へとカップを配って回った。
「お休み前なので茶菓子は無しです」
と、サッシャが厳しめの声で言う。ディアーナとアルンディラーノが不服そうな顔をするが、サッシャはツンと顎をあげて見ないフリをした。王族がいようとも、子どもに厳しく対するのは出来るメイドの証である。サッシャの愛読書『優雅な貴婦人の夕べ』にもそう書いてあった。ただし、サッシャはメイドではなく侍女なのだが、サッシャは小さいことは気にしない。
「そういえば、サイリユウム王国は騎士が興した国なのですよね」
「ああ。世界の危機を救った旅団の剣士が、新天地を求めて旅をした末にたどり着き国を興したのがサイリユウムの最初だとされているよ」
ちなみに、カインの知っている歴史ではその『世界の危機を救った旅団』で魔法使いとして活躍した人物が、旅の末にたどり着いて興した国がリムートブレイクだとされている。隣同士で国を作ったなんて、歴史の授業で習った際には「仲良しだったんだな」と感心したものだった。
「それで、建国祭では王様が総騎士団長として騎士行列の先頭を行くんですのね」
ディアーナは自分が騎士行列に参加したことを思い出しているのか、機嫌の良さそうな声だ。ジャンルーカもその言葉にゆっくりと頷いている。
「では、騎士の採用方法や採用基準もちがったりするのでしょうか?」
「うーん。そうですねぇ」
ジャンルーカはまだこちらに留学して半年ほどしか経っていない。だが、クリスと同級生であり、放課後の剣術訓練補習に参加している事もあってリムートブレイク王国の騎士事情というのもさわり程度には理解していた。ただ、領地持ちの貴族でも個人的には騎士団を持ってはいけないとか、辺境の地を治めている場合は特例で騎士団を持つことができるとか、そういった細々とした事まではまだわかっていない。
「我が国では、貴族は必ず王都にある貴族学校に入学する必要がありますので、騎士になるのは卒業後ということになります。その代わり、騎士科を卒業すれば試験なしで見習いとして騎士団に入団することができます。……その後騎士になれるか見習いのまま終わるかは本人次第ですが」
言葉の最後の方で、ジャンルーカがニヤリと悪い顔をして笑う。
「実は、我が国の騎士団は入団試験そのものには年齢制限がありません。ですから、実力さえあれば平民の方が若いうちから騎士になれる可能性があるんですよ」
「え? そうだったの?」
この言葉に、カインが驚いた。三年間の留学生活でジュリアンや友人達と色々学んだし騎士を目指している級友もいたが、「卒業したら騎士団に入る」と言うことしか聞いていなかったので平民なら早くから騎士になれるという話は知らなかったのだ。卒業後に平民になる、という知り合いも一人居たが、その人は「食堂の料理人になる」というのが夢だったので騎士とは全く関係なかった。
「そうなんですよ。まぁ、騎士団に入ってからの出世という話になるとまた話は別ですね」
「まぁ、それはねぇ……」
貴族、王族と関わるほどに出世するには強いと言うだけではダメなのだ。身分がないのであれば、なおさら礼儀やマナーが身についていないと「不敬罪」という武力ではあらがえない力で排除されてしまう。遠回りに見えたとしても、リムートブレイクの様に騎士学校に三年通って最低限の礼儀とマナーを身につけて置けばその分出世の道筋も見えてくる。
サイリユウム王国の、平民出身だが騎士団入団試験一発合格の実力者。というのは、性格が伴っていなければ魔獣頻出地域や国の端っこの他国との隣接地域などに派遣されて終わりになってしまうだろう。
「ああでも。戦闘頻出地域へと配属されれば、それだけ手柄が立てやすいと言うことでもあるからね。ずいぶん昔の話ですけど、平民出身の騎士がすごい手柄を立てて『聖騎士』という特別な称号を与えられ、王妃の護衛騎士になったという逸話があるよ」
その後、王妃の娘である王女と結婚したとかしないとか。ジャンルーカの口から曖昧な話が続いている。
「じゃあ、俺も。俺も、すんごいお手柄を立てれば、すぐにアル様の護衛騎士に抜擢される可能性もあったり!?」
クリスが、キラキラとした目で叫ぶ。二年年上の兄、しかも学生時代も半分短く卒業できてしまう兄に対する焦りを、解消する方法があるのかと期待しているようだ。
「見習い騎士から一足飛びに王族の護衛騎士か! どれくらいの功績をあげればいけるんだろうな?」
「貴族出身の先輩騎士達をも納得させるぐらいの功績じゃないとダメでしょうね。そうなると、国難を退けるぐらいしないとだめでしょうか?」
「ドラゴンを倒せば良いんじゃないかしら!」
「……うちの飛竜は無害ですからね? ちゃんとドラゴンと区別してくださいよ?」
「じゃあ、魔王ね! きっと、魔王を倒せば『聖騎士』になれるに違いないわ!」
「前例を踏まえると、魔王を倒したら聖騎士どころか王様になれるんじゃ無いか?」
クリスの言葉を皮切りに、アルンディラーノやゲラント、ディアーナまでが盛り上がる。今のネルグランディ領は魔獣の出没が増えているので魔獣百体斬りを達成すればどうか、魔獣はバラバラに出てくるらしいから、百体斬りするには集めなくちゃダメでは? 水は電気を通すので川に雷撃系魔法を打ち込んで魔魚を一網打尽にしよう! などなどと、子ども達は大いに盛り上がった。珍しいことに、ラトゥールも参加していかに効率よく魔法を使って魔獣を倒すかを一生懸命に考えていた。
ゲラントの大人っぽい姿や、アルンディラーノの王族らしい立派な態度を見て感慨にふけっていた昼間とは打って変わり、やっぱりまだまだ子どもだなぁとホッとしつつ、ほのぼのとした気持ちになったカインなのであった。