拉致監禁
アンリミテッド魔法学園は、サイリユウム貴族学校とは違って使用人を連れてくることが出来る。とはいえ、色々と制限はある。
使用人は授業中の教室には入れないとか、主人と一緒で無いと移動出来ない場所があるとか、派手な服装をしてはならないとか、学生服を着てはならないとか、主の身分を笠に着てはいけないとか、それはもう色々と。
「過去に、なんかもめ事がある度にルールが増えていったんだろうな」
「名札が恥ずかしいんですけど」
「ルールだから我慢してよ」
アンリミテッド魔法学園の廊下を、カインとイルヴァレーノが並んで歩いている。カインはド魔学の制服を着ており、イルヴァレーノは黒いズボンに濃茶のベスト、ループタイという地味目の服装で、腕に『四年一組カイン・エルグランダーク』と書いてある腕章を付けていた。
使用人は主人の名前の書かれた名札を身につけること、というルールがあるのだ。
「他人の従者を騙って悪さしたヤツがいたんだろうな」
「これじゃあ、私がカイン様みたいじゃないですか」
イルヴァレーノは居心地悪そうに、腕章をつまんで引っ張ったりしている。主人の名前が書かれた名札は腕章である必要はないのだが、カインは「学生が自分の所属を表明するならやはり腕章」と言い張った為に腕章になっている。
ちなみに、他の生徒の使用人は主人のクラスと名前の入ったサコッシュの様なショルダーバックを提げていたり、主人の名前入りのハンカチを胸ポケットからこぼしたりしている。
カイン達が今歩いているこの廊下は、両側に大きな窓が並んでいて明るい。とはいえ、実はこの窓も魔法で設置されているものなので本物では無い。
両開きで開く作りの様にみえるのだが、押しても引いても窓枠はピクリとも動かない。はめ殺しになっている。
本当は廊下の両側に教室などの部屋があって外に直接は通じてないので、万が一窓を開けることが出来たとしても、外にはでられないのだ。
ちなみに、窓ガラスに映っている庭園の風景は光魔法で中庭の様子が映し出されているらしい。
面白そうなので、今度時間のあるときにディアーナとカインで廊下と中庭に分かれて本当に中庭の画像なのかどうか、リアルタイム映像なのかどうかを確認する実験をしてみようとカインは思っている。
「カイン様、ここです」
窓の景色を眺めながら歩いていると、一枚の窓の前でイルヴァレーノが立ち止まる。カインからは廊下に並んでいる他の窓と同じように綺麗な庭園と青い空を映しているだけに見えるのだが、イルヴァレーノにはソコにドアがあるように見えているらしい。
イルヴァレーノが窓枠に手をかけ、グイッと腕を手前に引くと使用人控え室の入り口が現れた。瞬きする前には窓があったはずのところには、木製のドアが現れていて、部屋のなかが見えている。
「人がやるのを見ると不思議だなぁ」
「普通にそこにあるドアを開けているだけなんですけどね」
そう言ってイルヴァレーノは体をズラしてカインを先に室内へと通す。続いてイルヴァレーノが部屋の中へと入って後ろ手に戸を閉めれば、そこにはまた窓が続くだけの廊下へと戻っていた。
「ご希望通り、シャワー設備と簡易キッチンのある使用人控え室を借りておきました。カイン様のご要望にあってますか?」
先に部屋の中へと入っていたカインは室内をぐるりと見渡し、目に付いたドアをあちこち開けてまわっていた。
「うん、うん。これで大丈夫そうだな。ありがとうイルヴァレーノ」
「まったく、何をするつもりなんですか」
「黒猫さんをプロデュースするつもり」
また、訳のわからないことを考えているな、と不審そうな目を向けるイルヴァレーノをよそに、カインは部屋に備えてあったソファへとどっかりと座った。
「ソファが固いな」
「使用人のための控え室ですからね」
ソファーでくつろぐカインをよそに、イルヴァレーノは持ってきていた鞄から色々な道具をテーブルの上に並べていく。
はさみと櫛、タオル、光魔法の込められた魔石やアイロン等が次々と鞄から出てきた。
「授業は良いんですか?」
「次の時間は選択授業だから大丈夫。それより、一年生の授業はそろそろ移動だから準備してくれる?」
「本当にやるんですか……」
カインは、今日ラトゥールを拉致監禁するとイルヴァレーノに説明してある。ディアーナの楽しい授業を邪魔しまくっているヤツを懲らしめる為、と説明してある。
「消すんだったら、学園の外の方が証拠が残りにくくていいと思うんですけど」
「物騒なこと言うなよイルヴァレーノ。ちょっとお話し合いするだけだよ」
「お話し合い、ねぇ」
イルヴァレーノは眉間にしわを寄せつつテーブルに並べたはさみやアイロンに目を向ける。話し合いにはさみが必要だとは全く思えない。
「とにかく、一年生の休み時間になればディアーナとサッシャがラトゥールをこの部屋に連れてくる手はずになってるから」
「良くサッシャが納得しましたね」
「ディアーナの授業がそいつのせいで遅れてるって言ったら腕まくりしてたよ」
その時の様子を思い出して、カインがくっくと喉を鳴らしてわらっている。
「学園のドアは『必要な人の目にしか映らない』ようになってるから、部屋に引き込んでしまえば、もうイルヴァレーノとサッシャ以外の人にはこの部屋の入り口はわからなくなるからね」
カインの言葉に、イルヴァレーノはそっとため息をつきながらドアの前に立つ。部屋の中から見れば、ドアは普通の木製のドアでしかない。
留学前に、カインがティルノーア先生に別れの挨拶をするために魔道士団の詰め所に行った時は、ティルノーア先生のドアに似たような魔法がかけられていた。魔道士団詰め所の各部屋のドアには招かれざる客を拒むために魔法がかけられていて、おどろおどろしい牢屋の鉄格子やただの壁や血痕が飛び散った扉などが並んでいた。カインが「ここがティルノーア先生の部屋ですね」と指差さねば案内係の魔道士も通り過ぎるところだった。
魔法学園のドアには、その部屋に用のある人以外には壁や窓にみえる魔法がかけられている。間違えた教室に行ってしまったり、入ってはいけない部屋に入ってしまったりするのを防止するためだと言われている。
目的地を思い浮かべず、ぼんやりと考え事をしながら廊下を歩いていると、ドアが見つからずにどこにもたどり着けないこともあるそうだ。
今、カインとイルヴァレーノがいるこの部屋は、カインの使用人であるイルヴァレーノと、ディアーナの使用人であるサッシャの控え室として申請して借りた部屋なので、ドアを見つけることが出来るのはイルヴァレーノとサッシャしかいない。
主人であるカインですらドアが見えないようになっている。
この部屋にラトゥールを引っ張り込めば、後は誰からも邪魔されることは無いと言うことである。
「来たようです」
ドアの前に立っていたイルヴァレーノがソファーに座るカインを振り向いて報告すれば、すぐにドアの向こうからザワザワとした音が聞こえてきた。
コンコン。とノックの後にガチャリとドアノブが回り、開いた隙間からサッシャが部屋をのぞき込んできた。
「ふわぁ。凄いね。本当にサッシャがドアを開けるまで部屋があるなんてわかりませんでしたわ」
「は、はなしてよ。きみ……きみたちはいったい。なに? なんなの」
サッシャがドアを開いているうちに、ぐいぐいとディアーナに背中を押されたラトゥールが部屋へと入ってきた。
ラトゥールの背中を押すディアーナが完全に部屋の中まで入り、サッシャがドアを締めるとイルヴァレーノがドアの前に立って逃げ道を塞いだ。
ディアーナに背中を押されて部屋の真ん中程までやってきたラトゥールの前に、行く手を阻むように立つカイン。ラトゥールはディアーナと同じぐらいの身長で、カインより頭一つ小さい。
ぼさぼさの髪の毛に、分厚いレンズの眼鏡をかけたラトゥールの顔を上からのぞき込むように見下ろすカインは、にっこりと笑ってこう言った。
「ようこそ、ラトゥール・シャンベリー。ちょっと僕とお話をしようじゃないか」