忙しい夏休みだった
その年の年末。令嬢達に謝るために帰ってくると言っていたカインは、結局リムートブレイクに帰って来ることが出来なかった。
三年生の魔獣討伐訓練が冬に行われることになったからだ。
座学については学年末の進級テストを二学年分クリアすれば飛び級の条件はクリア出来るのだが、実技系はそういうわけにはいかなかった。
馬術や剣術は実技授業に全日数の六割以上の出席をしている上で、技術テストを合格している必要があり、魔獣討伐訓練については参加が義務づけられているのだ。体調不良など、どうしても参加することが出来なかった場合は別学年の魔獣討伐訓練に参加することで補完できるのだが、カインの『実家に帰りたい』というのはどうしても参加出来ない理由とは認められなかった。
本来なら、建国祭休暇から神渡り休暇の間の授業を欠席して長期休暇とし、リムートブレイクに戻る予定だったカインである。
その建国祭と神渡りの間に魔獣討伐訓練の日程を組まれてしまっては日程不足でリムートブレイクに帰ることが出来なかったのだ。
であれば、自分がまた隣国に遊びに行けば良い! と主張したディアーナであったが、神渡りは貴族家そろって王宮へと出向くイベントであり、二年連続で夫人が欠席するというわけにはいかなかった。もちろん、まだ十歳のディアーナだけで隣国へと旅行出来るわけがなかったので、母がいけないとなった時点でディアーナも隣国へは行けないのであった。
カインとディアーナの再会が叶わないまま年があけ、冬生まれのカインは十四歳となった。
三年生と四年生の進級テストを無事にクリアしたカインは予定通り飛び級をして五年生へと進級し、一年後の進級テストで五年生の進級テストと六年生の卒業テストをクリアできれば無事に卒業となる。
カインがサイリユウムで過ごすことになる最後の一年。カインは絶対にあと一年で帰るという決意の元に、勉強を頑張った。
出身家の経済状況や領地の風習などによる学力差を埋めるため、一年生から三年生までは座学の方が多いが、学力がそろってくる四年生以上では実技授業が増えてくる。
卒業後の社交界デビューに向けたダンスレッスンや、馬術や剣術といった貴族のたしなみを学ぶ授業の他、学園敷地内の農場での農作業や家畜の世話、収穫物を使った商店体験とその売り上げを使った経理経営などグループで行う実習が急激に増えるため、ますますカインは休みを取ることが出来ず帰省する事が出来なかった。
サイリユウム貴族学校は、花祭り休暇や収穫祭休暇、建国祭休暇、神渡り休暇など長期休暇も多いのだが、どれも長くてギリギリ二週間。飛竜を使っての移動が出来ない限りはエルグランダーク家に滞在できるのは半日のみとなってしまう。往復で飛竜を使ったところで国境から王都までの往復八日間は縮まらない。勉強が忙しくなりこなせるアルバイトが減ってしまったカインは飛竜代を稼ぐのが難しくなっていたのもあって、夏休みしか帰省することができなかった。
その夏休みも、従兄弟であるキールズとスティリッツの結婚式があった関係で領地への帰省で終わっている。
一月半もある夏休みだったが、キールズとスティリッツの結婚式の準備に奔走され、忙しい夏休みだった。留学のために国に居なかったカインとコーディリアは、急いで礼服を作るために一週間もお針子さん達と一緒に衣装室へとこもらされた。
エルグランダーク子爵家は公爵家の代わりに領地を治める領主代理をしているので、結婚式の前後で領民に向けたお披露目会なども開催され、領地のあちこちで屋台が出てお祭りムードとなっていた。カイン考案の綿菓子やコールドプレート式アイスクリームは構造が単純なためか、あちこちの屋台で提供されており、領民に大人気の駄菓子となっていた。
ディアーナとカインは、イルヴァレーノとサッシャを連れてそんなお祭りモードの街中で遊んで楽しみ、つかの間の夏休みを満喫した。
結婚式当日は、列席するためにおめかしをしたディアーナのかわいらしさにカインが気絶をした。
コーディリアが留学先から帰ってこられる時期に合わせて、ということで夏休みに結婚式を挙げることになったキールズとスティリッツ。その晴れ姿は格好良くて綺麗だった。
「留学して目を離した隙に、スティリッツが太ってる……」
そうコーディリアがこぼしていたが、騎士として鍛えているキールズは軽々と横抱きにして幸せそうにくるくると回っていた。
この年、カインがディアーナと一緒に居られたのはこの夏休みだけだった。
カインもディアーナともっと一緒に居たかった、無理をしてもたとえ半日だけだったとしても長期休暇のたびに帰省したかった。
しかし、勉強をおろそかにして卒業時期が伸びても困るのだ。
カインのグランドクエストは『ディアーナを幸せにする』事で、そのために必要なのは『悪役令嬢化の阻止』なのだ。
ゲームの舞台はアンリミテッド魔法学園。なんとしても、ディアーナの、そしてヒロインの入学と同時に転入しなければならない。同じ舞台にカインが立てないなどあってはならないのだ。
予定通り、あと一年で卒業しなければならない。そのためには、必要な授業はしっかりと出て成績を残さないといけないし、五年生と六年生の二年分の授業内容を頭に入れて、五年生最後に行われる進級試験と卒業試験を合格しなければならない。
そのために、泣く泣く帰省を我慢して勉強に集中した。
ディアーナのお茶会終了後、サイリユウムに戻ってきていたイルヴァレーノが常に十枚ハンカチを持ち歩くぐらい日常的に泣きながらカインは勉強と実技を頑張った。
イルヴァレーノから頭を下げられたサッシャが作成し、毎月送ってくれる「今月のディアーナ様」という小冊子を心の支えに、カインは頑張っていた。