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悪役令嬢の兄に転生しました  作者: 内河弘児
サイリユウム留学編
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サッシャとイルヴァレーノ

エリゼが午後のお茶の時間に、ディアーナとお茶会の相談をするといってティールームにこもっている間、サッシャとイルヴァレーノはティールーム併設の簡易厨房でメイド達の手伝いをしていた。

お茶会開催についての相談事なので、ティールーム所属の使用人達がみなエリゼとディアーナの元に行っているので、本来の侍女と侍従であるイルヴァレーノとサッシャがこちらに引っ込んでいるのだ。


「貴族家婦人というのは、端から見るよりも忙しいものなのです」


と、サッシャが布巾を畳みながら諭すようにつぶやいた。

隣で銀食器を磨いているイルヴァレーノは、視線だけをサッシャに向けて聞いていることを示す。


「王城での官僚仕事や騎士としての警備警護の仕事をしている男性からは、女性はお茶会やお買い物、舞台見学にダンスパーティなどなど、楽しく遊んでいるように見える様ですが、それは違います」


綺麗に畳んだ布巾をかごにいれ、次の洗濯済み布巾を取り出してしわを伸ばす。隣に立っているイルヴァレーノも磨き上げた銀のフォークを目線まで持ち上げて光を当てて磨き残しがないかを確認する。


「もちろん、気の置けない友人や嫁いでいった姉妹などと形式張らずにおしゃべりを楽しむだけのお茶会もあることは否定しません。しかし、正式に招待状を出して開催される中規模から大規模なお茶会は、まさに貴族女性の戦場といっても過言ではありません」

「大げさな」


磨き残し無しを確認した銀のフォークをケースへしまい、手が空いたイルヴァレーノがようやく相づちを打った。食器磨き中は自分の呼吸すら食器へ掛からぬようにと息を潜めているので、会話が出来ないのだ。


「大げさなもんですか。招待状を出すか出さないかだけでも、派閥の違いや先代・先々代同士が仲が良かったとか悪かったとか、子息令嬢同士の仲が友好か婚約関係かなどを考慮して判断しなければなりません。断られることを前提に出さねばならない招待状もあります。そして、この招待状を出すか出さないかの判断基準となる情報を収集するために、『情報収集のためのお茶会』を別途開いたりもするのです」


イルヴァレーノがうさんくさい物を見る目でサッシャを見る。十三歳になったイルヴァレーノはカインと同様に成長期が訪れており、すでにサッシャと変わらないぐらいの身長になっている。


「貴族家の夫人というのは、家や使用人の管理や家同士のバランス調整、お茶会や芸術鑑賞会などの社交の場への参加による情報収集などが主な仕事ですが、爵位の高い貴族家の夫人はそれに加えて慈善活動や文化活動などへの支援も行っていることが多いのです。ウチの奥様は西の孤児院への寄付や訪問を良くやっていらっしゃるのは知ってるわよね」


すでに次のフォークを手にしていたイルヴァレーノは頭を縦に振って答える。知っているも何も、エリゼが西の孤児院を支援するきっかけになったのはイルヴァレーノだ。

最初はイルヴァレーノを前倒しで引き取る為の賄賂として寄付をしたのだが、いつしか孤児たちから献上される可愛らしい刺繍ハンカチや木彫りの小さな飾りやアクセサリーを楽しみにするようになっていた。


「孤児院や治療院の支援にしても、劇団や音楽ホールの支援にしても、音楽家や芸術家の支援にしても、お金だけじゃ無くて慰問や訪問をしたり、屋敷で鑑賞会を開いて客人を招いたり、劇場へ足を運んだり。とにかく行動する方がより尊い行いだと評価されるのです。そしてそれらは相手のある行為なので一度立てた予定はずらしにくいの」

「孤児院に貴族が来る予定だからってマシな服を着て待っていたってのに来なかった事が何度かあったけどな」


一ケース分の銀食器を磨き終わって蓋をしめたイルヴァレーノが嫌味をこぼすが、サッシャは我が意を得たりという顔でイルヴァレーノへ向き直った。


「ほらね! 予定していたのに反故にするとそうやって悪印象になってしまうでしょう?」


にやりとあくどく笑ったつもりのサッシャだが、育ちが良いせいで明らかに作った悪い顔になっている。


「別に、悪印象を持ったってわけじゃあ」

「持ってなかったらそんなの覚えてないもんなのよ」


そうだろうか? そうかもしれない、と逡巡してイルヴァレーノは眉毛をさげる。


「そういったズラせない予定を立てている人たちが多いから、大々的なお茶会を開くのは大変なのよ。おそらくだけど、ディアーナお嬢様の為のお茶会は三ヶ月後ぐらいになってしまうと思うわ」


最後の一枚となった布巾をきちっとたたみ終えたサッシャは、それを畳み済み布巾の上に重ねてふぅと息を吐いた。


「三ヶ月後か」


食器を磨き終わっていたイルヴァレーノも自分の顎に手を添えて思案顔をする。それに体ごと向き合ったサッシャが、腰に手を当てて肩をすくめた。


「そう、三ヶ月もあるわ。さ、カイン様が他にどんな案をあなたに授けたのか教えてちょうだい。今度こそ完璧にお嬢様をフォローしてみせるんだから」


ほぼ変わらない身長になったイルヴァレーノに対して、胸を張って立ち顎を上げることで見下ろそうとしているサッシャ。教えを請う側であるにもかかわらず、偉そうな態度のサッシャにイルヴァレーノは思わず吹き出した。


「なによ。カイン様が居なくなってから一年ほどだけどディアーナ様お世話仲間だったのを見込んで、一緒にディアーナ様を盛り立てさせてあげるって言っているのよ」


サッシャはもう二十歳をとうに過ぎているのだが、ディアーナと一緒にいるせいか態度がすこし幼い気がする。イルヴァレーノは笑いをこらえると、右手をすっと差し出した。


「なに?」

「サイリユウムでは、右手を握り合って友情を確かめ合うって挨拶があるんだって」


イルヴァレーノはカインから教わった『握手』をサッシャに求めた。戸惑いながらも、サッシャはイルヴァレーノに右手を差し出し、握り混む。

ちなみに、それは男性同士での挨拶であることはカインが伝え忘れている。


「カイン様から預かった策もうほとんど出尽くしてるんだけどね。使いこなして、冬にカイン様が帰ってくるまでディアーナ様をお支えしよう」


イルヴァレーノもサッシャの手を握り返し、力強くサッシャの目を見返した。

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