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悪役令嬢の兄に転生しました  作者: 内河弘児
サイリユウム留学編
318/465

先輩ルート

「ふんふんふーん」


ディアーナが、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら机に向かっている。

できたての青い羽ペンで、父や母や刺繍の会の友人達に向けて『羽ペンを作りました』という報告という名の自慢の手紙を書いているのだ。


「ねぇ、イルヴァレーノ。天使の歌声が聞こえると思わない」

「ソウデスネー」

「ねぇ、イルヴァレーノ。返事が雑じゃない?」


カインは手紙を書くディアーナの後ろ姿をうっとりと眺めながら、自分はソファーに座って夏休みの課題をこなしていた。



あの後、鼻血まで出し始めてしまったアウロラは工房から父親が出てきてそのままつれて帰られてしまった。

セレノスタと工房の代表からは羽ペン作り体験を騒がせてしまったことを謝罪されてしまったが、羽ペンは無事に完成しているし直接的な被害があったわけでもないのでカイン達は謝罪を受けいれてその場で水に流した。

ディアーナは


「なんだか面白い子だったね」


と面白がっている様子だった。

ゲーム版のド魔学を知っている転生者でゲームの主人公。そんな重要人物であるアウロラについてカインは警戒しているが、今のところカインと彼女には接点がない。

アウロラは孤児ではないため、孤児院への慰問という形で接点を持つわけにも行かない。定期的にセレノスタの家庭教師をしているということではあるが、カインがそれに合わせてこのアクセサリー工房に出入りする訳にもいかない。

セレノスタはイルヴァレーノの弟分でもあるので、イルヴァレーノに探らせるという手もあるのだが、カインはそれはしたくなかった。単純に、主人公とイルヴァレーノに接点を持たせたくないからである。

皆殺しルートで回想シーンとして挟まれる「優しい思い出」というイベントは回避してあるが、ゲーム開始前に必要以上に主人公と仲良くなって、彼女を救うためにまた手を汚すという事にならないとは限らない。

カインに恩を感じているイルヴァレーノは、時々「カインのためなら何でもする」旨の発言をするのだ。主人公にのめり込めば、主人公のために何でもすると言い出したっておかしくない。

ご機嫌なディアーナの背から視線を剥がし、傍らに立つイルヴァレーノを見上げた。


「なんですか?」

「いつまでも、俺のイルヴァレーノで居てね?」


カインの視線を受けて眉をしかめたイルヴァレーノに、カインはコテンとあざと可愛らしく首を倒した。


「んなっ!」


顔を真っ赤にしたイルヴァレーノは眉毛をつり上げると、バシンとカインの背中をたたく。


「たちが悪い!」

「うははははは」


カインがイルヴァレーノに怒られている一方で、ディアーナの文机の前では、


「私は、ずっとお嬢様のサッシャでございますからね!?」


と、サッシャがディアーナに詰め寄っていた。





アクセサリー工房から帰宅した夜。カインは布団の中で思案する。


現在十三歳であるカインは、まだゲームパッケージやゲーム内の立ち絵のキャラクターデザインに比べれば幼い。最近成長期に入り、ぐんぐん身長が伸びていっているし、声変わりもしたので大分近づいて来てはいるが「クールビューティなお兄さんキャラ」というにはまだ若干物足りない感じだ。

さらに、カイン自身が「ゲームのキャラクターデザインとイメージを変えるため」に髪の毛を伸ばしているのもあって、ゲームを知っていてもひとめ見てカインと気がつくのは難しい。

何より、ゲームでは常に無表情で冷静ぶっているキャラなのだ。好感度が上がっていってようやくクリア直前に微笑みスチルを一枚ゲットする事が出来るレベルで笑わないキャラクターと、紳士的で人前では常ににこやかな今のカインとは結びつけ難いに違いない。

何より、ゲームのカインはディアーナの事を嫌っているのだ。厳しくしつけられている自分とちがい甘やかされている妹に、嫉妬と羨望の気持ちを抱き、八つ当たりしないために接触を避けていたゲーム版のカインのイメージがあれば、仲良く手をつないで工房に現れ、作業中も楽しそうにおしゃべりをしながら笑い合う兄妹を見ても普通は同一人物だとは思わない。

だから、アウロラも最初はカインとディアーナに気がつかなかったんだろう。

セレノスタに聞いたのか、イルヴァレーノの存在には気がついていた様なので、イルヴァレーノ目当てであの場に参加し、イルヴァレーノばかりに気を取られていたというのもきっとあるにちがいない。


「サイオシキタ。最推し来た、かな」


あのタイミングであの言葉を叫んだのであれば、アウロラの最推しはイルヴァレーノではなくカインなのだろう。

ディアーナを幸せにすると決心した頃から考えている回避方法の候補の一つである、『カインルートに持ち込んで主人公を制御し、ディアーナを断罪させない』を実行するのには大変都合が良いことである。


「……」


工房でのアウロラの姿を思い出しながら、カインは一つ寝返りを打った。

天蓋付きベッドのカーテンの向こうに、小さく明かりが透けて見える。夜番で邸内を見回りをしている騎士の足音が遠くに聞こえる。

静かな夜。

目を閉じたカインのまぶたの裏に、今日出会ったアウロラの姿が映る。

自己紹介をしてぺこりと頭を下げた、愛らしい姿。

顔を背け、ブツブツと独り言を言う不気味な様子。

まるでリアクション芸人のように派手に椅子から転げ落ち、コントの様に頭に落ちてきたカップ。

膝立ち状態で雄叫びを上げながら振り上げられたガッツポーズ。


「カインルート案は、保留にしよう」


カインはもう一度寝返りを打つと、布団を頭からかぶってぎゅっと目を閉じた。


カインはディアーナを幸せにしたいが、出来れば自分も幸せになりたかった。


誤字報告ありがとうございます。

昨日のお話の冒頭にちょっと致命的な間違いがありました。修正済みです。

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